第110話 魔王、の家にエルフの女王がやってきたのじゃ

「邪魔しておるぞ魔王」


 朝起きると、偉そうなエルフのガキが食堂に居座っておった。


「おいメイア、生意気なエルフのガキがおるぞ。飴玉渡して追い出せ」


「畏まりました」


「おいやめろ! 勝手にわらわのポケットに飴玉突っ込んで首根っこ掴むでない!」


 メイアに運ばれるエルフのガキがバタバタと暴れるが、その手は頑として離れず家の外へと運ばれてゆく。


「おはようございます! って、あれ? 誰ですかその子?」


 また魔法書を明け方まで読みふけっていたのじゃろう。

 目元に隈が出来たテイルがあくび交じりで食堂にやってくる。

 こ奴、メイアの前で自堕落な姿を晒すとは良い度胸じゃのう。

 まぁわらわには関係ないから良いけど。


「ああ、タダのエルフの女王じゃよ」


「あー、ただのエルフの女王ですか。あっ、先輩、私にも朝ご飯お願いし……んん?」


 図太くも朝食を強請ろうとしたテイルの動きが止まる。


「って、エルフの女王ぅーっ!?」


 おっ、やっと気づいたか。


「うむ、アレはエルフの国の女王じゃよ」


「マジですか!? あのちっちゃい子が!?」


「そうじゃ。あのガキがじゃ」


「ガキはお互い様じゃろうがー! お前に言われたくはないんじゃー! っていうかはよおろさんかこの駄メイドがぁー!」


「わたくしは駄メイドではなく超絶有能メイドですので、命令を聞く義務はございません。とりあえず生ごみ処理場に廃棄する事にしましょう」


「あっ、あっ、止めるのじゃ! 有能じゃから止めるのじゃー!」


 ◆


「朝っぱらから酷い目にあったのじゃ。茶を所望するのじゃ。勿論最高級の茶葉での。おお、極上の茶菓子も忘れるでないぞ」


 メイアの拘束から解放されたクソガキエルフことエルフの女王は勧められても居ないのに席に付くと、勝手に近くのメイド達に図々しくも茶と菓子を要求する。


「かしこまりました。安い茶葉と見習いメイドの失敗作のクッキーでよろしいですね」


「貴様の所のメイド教育はどうなっておるんじゃー!」


「完璧じゃろ? ウチのメイド隊はわらわの命令しか聞かぬように躾られておるからの。どこの馬の骨とも知れぬエルフの女王の命令なぞ聞かぬわ。」


「あの、エルフの女王と言うだけでもう十分過ぎる程どこの馬の骨か分かるのでは?」


「そうじゃそうじゃもっと言ってやれ乳のデカい娘!」


「やっぱり海に捨てて来ましょうか?」


「なんでじゃー!」


 庇われた事で調子に乗った阿呆は、自らの迂闊な発言で一瞬にして味方を失った。


「というか、師匠ってエルフの女王様とお知り合いだったんですね」


「まぁ国家の代表同士じゃからの。顔を合わせる機会もある」


「成程」


 テイルはあっさり納得したが、そんなことはない。

 そもそも国の国王同士が顔を合わせる機会など、人生に一度あるかどうかじゃ。

 尤も、仮にそんな機会があるとすれば、それは相当な大事件が起きている時じゃろう。


 わらわとこ奴が出会ったのは、それ以前の時代の話じゃからな。

 まぁそんな昔の事をテイルに話すつもりもないが。


「で、一体何の用じゃ。もしやあまりに人望が無くて国を追われたのか?」


 弟子への説明を終えたわらわは、安茶を飲んでだらけている阿呆に来訪の理由を尋ねる。


「貴様と一緒にするなー! 貴様こそ部下に謀反を起こされて国を追い出されたくせにー!」


「なんじゃ、知っておったのか」


 意外にもこやつがわらわの国の事情を知っていた事に驚く。


「当然じゃ。我等エルフの情報網を甘く見るなよ」


 まぁ腐ってもエルフじゃからの。知っていてもおかしくは無いか。


「お主が人族の勇者ごときに封印されたと聞いたときは何の冗談かと思ったら、まさかこんなところで楽隠居しておるとはな羨ましい」


 本音が漏れとるぞ。


 ◆


「という訳で新顔もおるようじゃし、わらわの事を教えてやろう。わらわはエルフの国の女王クリエール・ラド・ヴァ・トライトメルト・ソルストルカルファじゃ!」


「ク、クリ……ラ?」


 無駄に長い名乗りにテイルの頭が思考を止める。

 分かるぞ。どうでもよい事を覚えるのは苦痛じゃものな。


「クリエール・ラド・ヴァ・トライトメルト・ソルストルカルファじゃ! もうちっと覚える努力をせんか!」


「まぁお主の名前無駄にクソ長いからの。クで十分じゃろ」


「略し過ぎじゃーっ!」


 ちゅーてもエルフのフルネームなんぞ長すぎて覚え切れんのじゃ。

 コイツ等無駄に時間と高すぎる自尊心のせいで、面倒極まりない命名ルールを種族単位でやっとるアホ集団なんじゃよなぁ。


「ええと、テイルです。師匠、なんていうか、ちょっと、その……」


「イメージのエルフと違うか?」


「はい」


 うむ、エルフと言えば、気位が高く、魔法に優れた美男美女というのが人族の認識じゃ。

 実際容姿の良い者は多い。


「基本的にエルフの長老になるのは魔力が高く、エルフでも寿命の長い者達じゃ。つまりコイツのように無駄に歳だけとって考えが凝り固まった連中なんじゃよ。対して若いエルフはコイツ等はよりはまだ柔軟性がある故、他種族の相手なぞ若造共で十分と魔力の少ない連中が選ばれるんじゃ」


「あっ、それが私達の知ってるエルフって事ですか」


「うむ。お主も知っての通り、この世界の生き物は魔力がある程肉体の成長が遅く、長生きする。だから表に出るエルフと裏でのさばっとるエルフに著しい乖離が起きるのじゃ」


「成程ぉ」


「お主等さっきからわらわへの経緯が足らんぞ! 何のためにわらわが直々にきてやったと思っておるのじゃ!」


 クリエール以下略ことクリエの言葉にそういえばとわらわは気付く。


「そういえばお主、どうやってここに来れたんじゃ? ここの事は誰にも言っておらん上に、結界を張っておいたんじゃぞ?」


 するとクリエめは無駄に苛立つドヤ顔を浮かべてこう言いおった。


「ふふーん、愚かにも我等に喧嘩を売った人族の国で諜報樹相手に魔力妨害をしておる者が居たと聞いてな。あのへんの人族の国にそんな術者が残っておる訳がない。当然他国の密偵だと気づいたわらわが直々に調査してお主の存在に気付いたのじゃ! あとはお主の転移術式の痕跡を調べれば、この島にたどり着くも容易という訳よ!」


 これだけ聞くと難しくないように思えるが、そもそもわらわの転移距離を把握して魔力が切れる事なく追跡転移できる時点で並大抵のことではない。認めるのは癪じゃがな。

 しかしそれはつまり……


「つまり政務が嫌になって逃げて来たという事じゃな」


「あー、そういう人ですかー」


「って人の話を聞かんかー!」


「でもそう言う事じゃろ? 今頃お主のところの宰相が無表情で青筋立てて探し回っておると思うぞ。帰ったら地獄のお仕置きコースではないかのう」


「ひえぇ……たしゅけるのじゃあ……」


 一転して真っ青な顔になってプルプルと震えるクリエ。


「ええと、クリエール様って女王で偉いんですよね? だったらそこまで酷い事にはならないんじゃないんですか?」


「それは違うぞテイルよ」


 わらわは弟子の勘違いを窘める。


「クリエの宰相はこやつの姉なのじゃ」


「ええ!? お姉さんが宰相なんですか? 普通はそっちの方が女王になりそうなんですけど」


 年功序列が好きな人族の感覚ならそうじゃろな。


「クリエの姉はリュミエールと言ってな、アレはこやつの事を溺愛しておるのじゃ」


「溺愛してるのなら、こんなに怖がるのはおかしくありません?」


 と、テイルは部屋の隅で丸まってプルプル震えるクリエに視線を向けて言う。


「リュミエはな、クリエの事が可愛くて可愛くて仕方ないのじゃ。だから自分の全てをクリエに捧げる事を誓ったのじゃ。じゃがそれは、エルフ族始まって以来の天才と呼ばれた己の全てを妹に継がせるという意味でもあった」


「天才……ですか?」


 そう、それこそがクリエの悲劇であった。


「うむ、リュミエはわらわから見ても非の打ち所のない天才じゃ。エルフでありながら他種族を見下したりしない人徳も持っており、多くの国の要職の者達が敬意を示す程じゃ。力を信奉する魔族もまた、リュミエの凄まじい室力には敬意を示しておる」


 政治的能力だけでなく、単純な戦力と言う意味でもリュミエは優れておるのじゃ。


「しかしじゃ、そんな天才の技術と発想を、ただ魔力があるだけのボンクラエルフに受け継げると思うか?」


「ぼんくらはよけいじゃぁ~~」


「それって…。。」


「うむ、天才にしか出来ぬ事を凡人に強要してるのじゃ」


「ひえっ」


 その恐ろしさを欠片なりとも感じ取ったテイルがうめき声を上げる。

 ちなみに実際にはテイルの想像の1000倍はヤバい修行をさせられている事は、その現場を実際に見て心底後悔してしまったわらわだけの秘密じゃ。


「さらに困ったことに、リュミエは天才故、凡人のクリエでも自分の技術を告げる鍛錬法を編み出してしまったのじゃ」


「それって凄い事なんじゃないですか!? だって天才の業ですよ!?」


「その代わり心が死ぬぞ」


 まさに技ならぬ業と呼ぶにふさわしい末路を、わらわ達は部屋の隅を見て実感する。


「のじゃぁ~~」


 と、姉を思い出すだけでああなるのじゃから、まぁ知らぬ方が良い事もあるのじゃよ。


「……もしかして、エルフの国が喧嘩っ早いのって」


 ふっ、流石は我が弟子。それに気づいたか。


「うむ、エルフ生来のプライドの高さもあるが、国を侮辱されるイコール国のかじ取りを行って折るクリエを馬鹿にされたと判断したリュミエの怒りが原因じゃ。本物の天才が考えた一部の隙も無い作戦と膨大な魔力と実力を持つエルフの軍隊の組み合わせ。まぁ地獄絵図じゃぞ」


「ひぇ」


 これだからエルフの国と関わるのは嫌なんじゃよなぁ。

 だって下手したらクリエを侮辱されたとリュミエの恨みを買ってしまうのじゃから。


「まぁそう言う訳じゃから。リュミエをこれ以上怒らせない為にもさっさと帰るがいいのじゃ」


 わらわ達も巻き込まれたくないからのう。


「いやじゃー! 姉上のお仕置きは嫌なのじゃー! どうせもうお仕置き決定なのじゃからお主の島で一年泊くらいさせるのじゃー!」


「ずうずうしすぎじゃ阿呆ぅ! せめて一拍と言わんかい!」


「一ヶ月泊でもいいからかくまってたもれー!」


「ええい、エルフ感覚か!」


「エルフじゃあー!」


 結局、錯乱したクリエに根負けしたわらわは、クリエを暫く逗留させる事にしたのじゃった。


「ただし、リュミエには一筆したためるからの。戦争にでもなったらたまらんからの」


「ここがバレないのなら構わんのじゃ~」


 まったく、調子のよい奴じゃ。

 どっと疲れたわらわは、二度寝を決め込む為に自室へと戻る。

 するとベッドの上に一枚の紙が置かれておることに気付いた。


「なんじゃ? っっっ!?」」


 特に妙な魔力も肝心だわらわは、その紙を手に取って硬直する。


『妹の事をくれぐれもよろしくお願いいたします』

『リュミエール・ロ・ヴァ・トライトメルト・ソルストルカルファ』


「ひぇ」


 あやつ、めっちゃ把握されておるではないかぁ……

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