第109話 魔王、エルフに支配された国の見学をするのじゃ。
人族の国がエルフ国に支配され、更に数日が過ぎた。
「混乱は最初の数日のみで、今はエルフの国から齎されるものの恩恵が多く、不満はほとんどないようです」
メイアからの報告を受け、テイルが不思議そうに首をかしげる。
「あの、メイド長。エルフの国の恩恵とは何でしょうか?」
「はっきりといえば食料と治安の安定化ね」
「食料は分かりますが、治安の安定化とは? 寧ろ他国に支配された事で荒れるものでは?」
「まぁ普通に考えればの。しかし人族の国は我等魔族と何百年も戦ってきた。その為優秀な者達の多くが失われ、今残っているのは出涸らしのような連中ばかりじゃ。上澄みでも最盛期の中堅にギリギリ届くかといったところかの」
「そんなにですか!?」
「うむ、それ故、野盗や魔物の襲撃を撃退できるのは王都や大都市、あるいは流通の要となる一部の町くらいじゃの。そういった町は規模が小さくとも、国外からやってきた腕の良い冒険者などが一時的に滞在しておることが多い故、リスクを考えて襲われないことが多いのじゃ」
「そうだったんですね。確かに言われてみれば私の実家があったのは大きな町でした」
「そういう訳ですから、特に国や貴族の援助がなかった土地の住民からとても歓迎されています」
他にもエルフ達は警備の手が回らぬ村には魔物が忌避する匂いを出す植物を村の周囲に植えるなどして、魔物との接触を避ける援助をしているそうじゃった。
純粋に数の少ないエルフ故の対策じゃの。
「色々聞いていると、もっと早くにエルフ達に支配された方がよかった気になりますね」
と、テイルが自嘲気味に笑う。ま、そう良い事ばかりでもないんじゃがの。
「せっかくじゃ、情勢も安定してきた事じゃし、エルフの国の統治ぶりでも見に行くとしようではないか」
「え!? 良いんですか?」
「小競り合いも沈静化しておるようじゃし、情勢の落ち着いておる町なら問題あるまいて。エルフの統治を直接見る事はお主にも良い学びになるじゃろう」
◆
という訳でいつもの町にやってきたわらわ達。
ちなみにテイルは宮廷魔術師になっておるので、変身魔法でいつもとは見た目をかえてある。
「すっごいいつも通りですねぇ」
テイルの感想道理、町はいつも通りの光景じゃった。
「多少見覚えのない衛兵が増えていますがそれだけですね」
増えたのはエルフの国から派遣されてきた者達じゃな。
とはいえ、戦争で支配下に置かれたにしては明らかに少ない。
寧ろ気にすべきは別の部分じゃ。
「それだけではないぞ。もっとよく以前の光景を思い出してみよ」
「え? 他に何かありましたか?」
テイルは町の中を見回すが、やはり違和感は感じなかったらしく、首をひねる。
「全然わかりません。町の中に木が増えてる気がする程度で、特に違和感もありません」
「うむ、それが答えじゃよ」
「え?」
「木が増えている。それが正解じゃ」
「は? 木?」
木が増えているから何なのかとテイルは困惑するばかりじゃ。
確かに普通に考えれば、町を支配された末の変化が、武力による制圧などではなく、ただ木が増えただけとあっては肩透かしも良いところじゃろう。
それがただの木ならばな。
「あの木こそがエルフ達にとっては肝要なのじゃ。アレはエルフ達が町を監視するために植えた木なのじゃよ」
「町を監視する為? ……あっ、もしかして魔法ですか!」
流石魔法好き、エルフ達の行いの真相に気付いたようじゃの。
「正解じゃ。あれは植物を通してその土地の様子を確認する魔法の触媒なのじゃ」
エルフは植物を介した魔法との適性が高い。
それゆえ、エルフが支配する森に入ると、こちらの動きは筒抜けになるんじゃよね。
「ちなみに監視用の植物は初見のものより、長年近くに置いた植物のほうが負担が少ないそうじゃ」
「だからわざわざ持ってきて植えたんですね」
「それだけではないぞ。あの木の実は美味いのじゃ。ゆえに表向きは食糧難対策の名目で植えられるのじゃ。実際には自分達に対して叛意を抱いていないかを確認する為じゃがの」
「……あの、それだと私達の会話、警戒されちゃうことになりませんか?」
事実に気付いたテイルが、こんな話をしていたらマズイのではないかと顔を青くして訪ねてくる。
「安心せよ。魔力によるジャミングをかけておるゆえ、会話の内容を聞かれる事はない」
「あっ、そうなんですね。よかったー」
「まぁ代わりに街中で会話を聞かれぬようジャミングを駆けた事で、別の意味で疑われたかもしれんがの」
「駄目じゃないですか! さっさと逃げましょうよ!」
「まぁすぐにはどうこうされんよ。買い物だけして何もせずに町を出ればそれで問題ない」
「ほ、本当なんですかぁ!?」
はっはっはっ、そう怖がることもないぞ。何せこれ自体はただの木じゃしな。
「ちなみにこの木の実を菓子にすると美味でな。その結果、実が美味い事を知った民はこの木の種を様々な場所に植えて育てるようになるのじゃ。そうすることでエルフ達は最小限の労力で民を監視する木々を増やす事が出来るのじゃ」
そんな感じで町の散策を終えたわらわ達は、エルフの国から流れてきた食材を片手に島へと帰るのじゃった。
うーん、今回は平和じゃったのう。
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