第108話 魔王、人族の国が崩壊するのを見るのじゃ

 人族の国がエルフの国に制圧された。


「うっそぉ……」


 わらわと共に報告を聞いていたテイルは、困惑のあまり動揺しておる。

 まぁ事が起きて一日かそこらの話じゃからなぁ。


「もともと人族の国は長年の魔王国との戦いで疲弊しきっておった。ぶっちゃけ我が国の過激派や血の気の多い連中のガス抜きの為に制圧してなかった程度じゃしな。エルフの国から本気で攻撃されればこうもなろう」


「で、でも立った一日ですよ!? 軍を率いて攻撃してくるにしても、準備がかかる筈です! 私はそういうのよくわかりませんけど、王宮の騎士団が魔王国との戦いの最前線に部隊を送るには準備がかかるって話してるのを見た事ありますよ?」


 仮にも王宮に努める騎士団が、そんな機密性の高い話を関係者以外が聞ける場所で話すのはどうかと思うんじゃが……

 まぁそういう連中ばかり残るように仕向けたのはわらわ達なんじゃがね。


「そこはエルフの魔法技術の高さ故じゃな。エルフの国は国内のどこであろうとも一瞬で魔法通信を開くことが出来るし、大型の転移魔法装置を使って大部隊を国境付近まで一気に運ぶことが出来る。


「転移魔法装置!? そんなものがあるんですか!?」


「うむ、エルフは魔力が高い故魔法使いとして優れておるが、それを技術に転化した魔法装置の開発にも秀でておる。大規模な人員や物資の輸送では、そういった魔法装置を使った方が魔力消費や術式制御の面でも楽じゃしな」


「でもそんなものがあるのなら、他の国に狙われたりしないんですか?」


 確かにその懸念は尤もじゃ。事実エルフの国は過去に何度も狙われた事があるからの。


「その答えは簡単じゃ。まずエルフの国の魔法装置は、戦で負けても容易に持ち帰ることが出来んよう意図的に大型に作ってある」


 そう、コンパクトな道具では持ち去られてしまうが、施設に固定されているうえに、大型過ぎて運び出すのも困難な代物ではその場に居残って研究するしかない。


「となればエルフ達が再び施設を奪い返すまで技術を盗まれずに済むという訳じゃ」


「成程、持ち帰れないようにわざと大きく作ってあるんですね。でもそれだと突発的に設備をどこかに運び込んで使いたいときには手間がかかりすぎちゃいそうですよね」


 テイルの疑問も尤もじゃ。


「しかしの、テイル。その問題はとっくに解決済みじゃ」


「何か良い方法があるんですか? でも運びやすくしたら敵に取られちゃいますよね?」


「簡単なことじゃよ。緊急時はエルフ達が自力で転移魔法を使えばよいのじゃ。あ奴ら事態が生きたマジックアイムみたいなもんじゃからな」


「あっ」


 そこまで言われたテイル、ここでようやくエルフ自体がそういった魔法技術を持っていた魔法エリートなのだということを思い出す。


「そうでした。うっかりしてました」


 エルフにとってマジックアイテムとは、魔力消費を浮かすためと、魔法を使う手間を省くための物じゃ。

 無ければ無いで何とかしてしまえるのがあ奴らなんじゃよ。

 エルフ達はやたらと喧嘩っ早いが、それでいて技術も高いから面倒な相手なんじゃよ。

 

「それで師匠、これから私達の国はどうなってしまうんでしょうか?」


 エルフの国の故郷が制圧されてしまったとあっては、さすがのテイルも今後が心配で堪らないらしいの。


「安心せよ。今回の大本の理由は人族側の貴族のやらかしじゃ。問題を起こした貴族と、あとは王族に責任を取らせ、その後は属国として残った貴族達に統治を任せて民には大した影響はなしといった所で終わるじゃろう」


「そんな簡単に戦争が終わっちゃうんですか!?」


 信じられないと困惑するテイルじゃが、意外とそれで終わるんじゃよな。


「普通の戦争なら難しいが、今回は敵味方双方にとって気兼ねなく責任を取らせることが出来る元凶がおるからの。そ奴に全ての責任を取らせたら、ある程度の賠償金を支払って戦争は手打ちになるじゃろ」


 民族間、国家間の長い確執があるとそうはいかんが、今回は分かりやすい原因がおる。

 そしてエルフの方も誇りを傷つけた相手に報いを与えて名誉が保たれれば、あっさりと引く。

 舐めてきた相手をぶん殴ってワビを入れさせたら勝ち。この話はこれでおしまい、とするのがエルフのやり口じゃ。


 これによって自分達の強さを見せつけつつ、危険な狂犬アピールをして他国が舐めた口を叩かないようにする。

 数千年の長きにわたって学んできたエルフ特有の処世術がここにあった。

 ぶっちゃけエルフは寿命が長い分、種族全体の数が少ない。あと長生きしているせいで、政治の面倒くささも理解している為、わざわざよく知らない国を直接管理したくないというズボラな面も現地の貴族達を救っておったりする。


 まぁ人族は寿命が短い故、すぐに忘れてまた争いの原因となる発言をするんじゃがな。

 なんなら国が滅びて情報が散逸し、新しい国が興って何も知らずに再び争いの種をまく。


 エルフもエルフなら、人族も人族という訳じゃ。


「一週間もすれば、民は普通の生活に戻れるじゃろ」


「はぁ……」


 事実、わらわの予言通り、おおよそ一週間で状況は沈静化した。


 今回の原因となる発言をした貴族は、戦争の原因になる愚行を行ったとして、爵位没収のうえ全財産を賠償金にする為に没収されてしまった。

 更に王家が家臣たる貴族達を管理できなかったことが原因であるとして、爵位を没収された貴族が払いきれなかった賠償金の残りの金額の補填を行うことになってしまったのじゃ。


「ここでエルフの国が上手かったのは、責任は暴言を吐いた貴族と王家だけにのみ求めるとして、関係ない貴族には一切の責任を求めない事を宣言し、自分達の支配を受け入れれば、領地はそのまま統治しても構わないと宣言したことじゃろうな」


 貴族にとって領地の維持とお家の存続こそが最も重要な至上命題じゃ。

 それが維持されるなら時に上が変わっても問題はない。


 むろん王家派閥の貴族などは自分達の権勢に大きな影響が出てしまう為、素直にはいとは言わぬ。

 結果、無慈悲なエルフ達によって王家派閥の貴族達がなすすべもなく吹き飛ばされた。


「えぇ……王家派閥の貴族って国内じゃ結構な権勢を誇っていた筈なんですけど……」


「田舎の村の力関係など大都会の凶悪な権威の前では無意味ということじゃな。結果、中立派と反王家派閥が新たな権勢を握ることになると」


 ちなみに王家は見せしめとして残されたが、一貴族の身分に降格となってしまった。

 こうして人族の国は大陸の地図から消えてしまったのじゃった。


「まぁ、人族は他の国にもたくさんおる故、人族至上主義の国が消えただけなんじゃけどね」


「扱いが軽すぎませんか師匠!?」


 いやだって、実際ただの中規模国家が滅んだだけの話じゃし。

 あえて問題を上げるなら、あの国で国内のガス抜きとして使っていた故、今後はどう国内の不満を解消するかじゃな。


「ま、わらわにはもう関係ないがの!」


 そのあたり、ヒルデガルド達に任せる所存なのじゃ。


 ◆ヒルデガルド宰相◆


「エルフ共め! 我等の獲物を横からかっさらいおった! あのやせ細った雑草共!」


 そのころ、魔王国王都では幹部であるドトッグが戦況を知って激高していた。

 エプトム大司教によって行われた信者による自爆攻撃で受けた傷がようやく回復した彼は、汚名を返上するべく軍の再編成を行っていた。

 しかし出撃直前でこのニュースである。

 彼が起こるのも無理はない。


「こうなったらエルフ共で我が怒りを晴らしてくれる! 総員! エルフの国に出撃! 我らの獲物を奪った恥知らずなエルフ共に目にもの見せてやれーっ!」


「や、止めてぇー! あんなヤバい連中に喧嘩を売らないで―!!」


 ヒルデガルド宰相の必死の説得で、エルフの国への出撃はなんとか取りやめられたが、代償として彼女は胃に激しい痛みを訴える事になるのであった。

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