第五章 世界獣の森なのじゃの章
第107話 魔王、エルフの国の開戦を聞くのじゃ
エプトム大司教の件も片付き、平穏な日々が戻ってきた。
前線では信者による自爆攻撃もなくなり、魔族側も幹部の軍が少なくない損害を受けた為に積極的な攻撃は減っておる。
おそらく前線はここ数十年で最も平和な状態となっておるじゃろう。
「いやー、平和って良いのう」
四、五百年くらいこのくらいの緩い緊張状態が続いてくれるとええのじゃがのう。
「大変です師匠―っ!」
そんなわらわの淡い期待も、部屋に飛び込んできた弟子の悲鳴に破り捨てられる。
「なんじゃい唐突に。また邪神の使徒でも出たのか?」
「そんな世界の危機を害虫みたいに言わないでくださいよ!」
まぁ実際害虫みたいな存在じゃし。
「違うんです! 大変なんです!」
「落ち着け。何があったのじゃ」
「それが……」
荒げた息を整えたテイルが、新たな騒動の名を口にする。
「エルフの国と戦争になりそうなんですよぉーっ!」
「なんじゃエルフか」
ビックリさせおって。わらわはてっきり……
「なにぃぃぃぃぃっエルフじゃと!? まことか!?」
「うわビックリした!? なんですか師匠急に!」
「そりゃこっちのセリフじゃわい! 本当にエルフと戦争をするつもりなのか!?」
エルフと戦争とか、正気か!?
「え? いや、戦争になりそうって話なんですけど……」
「詳しく説明せよ。詳細にじゃ」
「ええと、ですね。私が聞いたところによると……」
テイルの話では、わらわを封印したことで、人族の国は国威高揚と周辺国への威嚇というか国力を見せつけるような感じで祝勝パーティを王都で開いたらしい。
いやわらわを封印したと信じているとしても、停戦条約も休戦条約も結んでおらんのに戦勝パーティとか気分早過ぎんかの?
案の定、パーティにやってきたエルフの外交官にそれを指摘されたところ、話をしていた貴族が逆上したのだそうな。
その貴族はあろうことか、自分達の国は神に選ばれた勇者を要する国だ。お前達のような日和見の下等種族の国とは違うのだと言ってしまったらしい。
「きっとその話を聞いていた周辺国のパーティ参加者はすぐにその場を、いや会場から逃げ出したことじゃろうな」
「いやいや、さすがにそれは大げさですよ。ただ、エルフの外交官との口論はかなり拗れたらしく、その外交官は戦争だと言い残して国に帰ってしまったそうです。まぁ、よく考えるとさすがに戦争は無いでしょうけど、エルフの国は強国ですし、ちょっとまずいですよね」
ちょっと? その程度なわけあるか。
「テイルよ、師として命令じゃ。すぐに国に戻って王都に滞在する他国の外交官がどうしているか調べ……いや、お主は王都に帰らずここに残れ」
駄目じゃな。外交官が王都を去ったのならもう遅い。
既に本国に連絡が行っておることじゃろう。
「え? でも仕事が」
「いいから残れ。メイア!」
「既に部下は国から脱出させました。隣国に居る者も人族の国から離れた地域に避難するように命じてあります」
「ちょ、ちょっと師匠、さすがに大げさすぎません? いくら何でも、口論程度で戦争なんて起きないですって」
「そうじゃな、戦争は起きんじゃろう。起きるのは……もっとヤバい事じゃ」
◆
翌朝、城に泊まったテイルを交えて朝食をとっていると、その報告は届いた。
「リンド様、エルフの国に潜ませた者達から緊急報告です」
「うむ」
「エルフの国が人族の国に宣戦布告を宣言しました」
「やはりか」
「ええ!? 何で!?」
メイアの報告に、テイルが目を丸くして声を上げる。
「テイルよ、お主は若いから知らんのじゃな。エルフはの……」
わらわはため息を吐きそうになるのをこらえながら、テイルに告げる。
「めちゃくちゃプライドが高いんじゃ」
「……は?」
まぁ、そういう顔するわな。
「ええと、プライドが高い……となんで宣戦布告なんですか?」
「よいかテイルよ。エルフはな、長寿じゃ。かなり長生きする」
「それは知ってますけど……」
「うむ、ゆえにエルフは長い歴史を持ち、戦士や術者としても他種族よりも優れた者が多い。国政も同様じゃ。長く生きるからこそ、実感を伴った経験が蓄積される」
それは後継達に知識としての情報だけが伝わるよりも、自身が体験した事とあって災害などが起きた時には経験したが故の危機感と迅速な対応が行える。
「それだけにエルフ達は自らの積み重ねに誇りを持っておるのじゃ。そこに生まれて間もない小僧がしたり顔で自分達の積み重ねてきたものを侮辱したらどうなると思う? ろくに剣も使えない鼻タレ小僧が、お前が何百年とかけて鍛えてきた剣は自分達には無意味だとどと抜かして来たら?」
「それは……怒りますよね」
「うむ、その通りじゃ。現実も知らんくせに口だけは大人以上のガキ。そんな身の程知らずに出会ってしまったなら……あれじゃ。この身の程知らずに現実というものを教えてやらんとな、となるわけじゃ」
「い、いやそれでも何百年も生きているのなら、子供の生意気な物言いにそこまで怒るなんて大人げないことは……」
さすがにそれは大げさではないかと半笑いの顔になる。
「人間じゃったらな。しかしのうエルフは長寿故、精神の成長も肉体の成長に合わせてゆっくりなんじゃ。つまり、とても、未熟なガキが多い」
そう、それがエルフの恐ろしいところじゃった。
「数百年分の経験と知識と技術を持った、しかし精神年齢はそこまで大差ない存在。ならば、こうなる。舐められたら負けだ。力づくで分からせないと、とな」
つまり、煽りにすっごい弱い。
「……えぇ」
そして、わらわの言葉が事実であった事が、ほんの数時間で証明されることになる。
「人族の王都がエルフの軍勢に襲撃され、制圧されました」
ほーらの、わらわの言ったとおりになったじゃろ。
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