第106話 魔王、勇者の悩みを知らぬのじゃ

 ◆勇者SIDE◆


「どうしてこんな事に……」


勇者達は困惑していた。

 自分達を魔物の姿に変えた怨敵エプトム大司教を倒したというのに、元の姿に戻れなかったからだ。


「で、でも前よりはマシになったじゃありませんか」


 そう、聖女の言う通り、勇者達は言葉通じぬ脆弱な魔物の身から、獣人の子供の姿へと変わっていた。

 相も変わらず弱いままだが、それでも手が自由に使えて、他者との会話が出来る事の恩恵は大きかった。


「ああ、そうだね。シュガーのいう通りだ」


 完全に元に戻る事は出来なかったものの、それでも一歩前進したのだと、勇者は己を納得させることにする。


「こうして僕達以外の人間と会話が出来るようになったのは本当に大きい。これでようやく誰かに助けを求める事が出来るからね」


 そう、人との会話さえ出来るようになれば、自分達が国に裏切られ、更には呪いで姿を変えられた勇者と聖女だと伝える事が出来るのだ。


「……ですが、一体誰に助けを求めればよいのでしょうか?」


 そんな風に希望を持った勇者の言葉に疑問を呈したのは聖女だ。


「誰ってそれは勿論国の貴族達に……あっ」


 そこで勇者は思い出す。

 自分達を切り捨てたのは所属していた国のトップである国王、そして聖女を擁立した教会を統べる教皇だ。

 そうなれば当然貴族達は主君である国王に従う。

 各地の教会も同様だ。

 ならば国や教会の権力の及ばない相手に救いを求めようと思ったところで、勇者はその相手が思いつけなかった。


「誰に助けを……」


 そう、勇者達の活動は全て国と教会のバックアップあってのことだった。

 それはつまり、全てのお膳立ては周りが行い、勇者が直接交渉や交流を行ったことはないのだ。

 交流があったのは国の貴族達ばかりで、彼らが助けを求める事の出来るような立場の人間は全くいなかった。


「誰も、居ない……」


 ここに至って勇者は自分達が孤立させられていた事に気づいた。

 全てを貴族達がお膳立てする事で、勇者達が自分達の庇護のもとでないと十全に活動できないようになっていたのだ。

それはまるで自力で生きていく事のできない、他者に世話をされなければ死んでしまう蚕蛾のようでもあった。


その事に気づいた勇者は愕然となる。

自分達は、完全に管理された存在だったのだと。


「誰に助けを求めれば良いんだ……」


 必死にその相手を探すも、まったく見つからない。

 それでも誰か権力の影響を受けない頼れる者は居ないかと探し求めた先で、たった一人だけその人物の姿を思いついた。


「魔王」


だが、その相手こそ、勇者が最も頼ってはいけないとされた相手だった。


「魔王しかいないなんて……」


 頼ることが出来るかもしれない相手が、よりにもよって仇敵ただ一人と気づき、勇者は愕然となる。

 しかし、事実これまでの人生の中で、勇者を助けてくれたのは魔王ただ一人だったのだ。

それ以外の者達は自分を勇者として利用しようとする者、助けを求めてくる相手くらい。

援助を申し出る貴族達も、善意ではなく打算故の申し出。


 けれど、魔王は頼るものも居ない自分達を、言葉も通じない自分達を助けてくれた。

 そして今も、獣人の幼子の姿となった自分達を保護し続けてくれている。

 果たして人族の国の貴族達が自分達を助けてくれただろうか?


 よしんば自分達が魔物ではなくただの獣にされたとしても、獣人ではなく人族の子供の姿だったとしても、間違いなく貴族達は助けてくれなかっただろう。

 貴族達の欲望に満ちた姿を知っていたがゆえに、確信をもって予想が出来るのだ。


「せっかく言葉を伝える事が出来るようになったのに、誰も居ないなんて……」


 それでは何の意味もない、と吐き捨てそうになった勇者の手を誰かがそっと包み込む。


「そんな事はありません」


「シュガー?」


 勇者を宥めたのは聖女だった。


「確かに私達を助けてくれる人は今は思いつきません。ですが言葉を伝える事が出来るようになったのなら、探せばよいではないですか。助けを求める事のできる相手を」


「探す?」


「そうです、私達が自分の目で見て、知って、助けてくれるであろう相手を見つけるのです」


 考えてもみなかった。自分は助けを求められる側であって、助けを求める側ではないからだ。

 しかし、それを教えられて初めて勇者は救いを求める側の気持ちがわかった気がした。


(皆、こんな気持ちで僕達に縋り付いてきたんだな)


 これまでの旅で自分を勇者と呼んで救いを求めてきた平民達、彼らもまた救いを求める相手がおらず、誰でもいいから助けてくれと願っていたのだろう。

 そう思うと、今の自分は改めて誰かに救いを求めて良いのだと気づく。

 と同時に、不思議な安堵を感じた。

 それは、羽を休める木もなく、ひたすらに飛び続けてきた鳥が、ようやく羽を休める枝を見つけた気分であった。


「けど、それでも協力してくれる人を見つけるのは難しいだろうね。何せ今の僕達は人族じゃないから」


 安堵を得た事で考えを巡らせる余裕のできた勇者は、重要な問題に気づく。

 それは自分達が魔族に分類される獣人の姿になってしまった事だ。

 これでは人族に救いを求めるなど無理だ。

それどころか勇者と聖女の名を騙る卑劣な魔族として討伐されかねない。


「ならば人族と魔族の戦いに中立を示す国家に行くのはどうでしょうか?」


「魔族相手に中立を示す国家?」


 勇者もそうした存在の話を聞くことはあった。

 しかし人族の貴族達によって徹底的に情報を操作されて来たために、邪悪で冷酷な魔族が自分達に服従しない者を放っておくわけがないと信じ込み、眉唾物の噂としか思っていなかったのだ。


「ええ、エルフやドワーフの国などは、人族と魔族の戦いから一歩引いた立場と聞いています」


 たいしてもともと下層民だった聖女は、勇者よりは世情に詳しかった。

 その為エルフやドワーフの国が実在していることも知っていた。

 最も、彼女もまた偏った教育を受けていた為、他国の詳しい情報はほとんど無いのだが。


「よし、ならまずはそこを目指そう! エルフは古の英知に満ち、ドワーフは不思議な力を持った道具を生み出すと聞く。彼らの力を借りて、元の姿に戻るんだ!」


「おーっ! です!」


 なお、この島が周囲に陸地の無い孤島であり、そもそも外部に行き来するための船すら無いと知って、絶望に崩れ落ちるのはこれからほんの数十分後の事であった。

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