第101話 魔王、古の都市に足を踏み入れるのじゃ
「ふむ、ここがエプトム大司教の潜む遺跡か」
わらわ達がやってきたのは、人族の国にある忘れ去られた遺跡じゃった。
「かつてここには大きな都市があったそうですが、争いで滅び、そのまま放棄されたとのことです」
「放棄? 再建しなかったんですか?」
テイルが驚いたのも無理はない。
人族は自分達の住む土地を重視する種族じゃからな。
ほかに住みやすい土地があったとしても、自分が生まれ育った土地からなかなか離れようとはせん。
移住先でよそ者が受け入れられるのに時間がかかるなど、移住に気後れする理由があるのも事実じゃがな。
「何分昔のことなので、なぜ放棄されたのかは分からなかったのです。ただ……」
「せっかく開拓した土地を手放さざるをえなかった理由があったんじゃろうな」
そしておそらくそれは邪神に関係することなのじゃろう。
だからこそ、エプトム大司教もここを潜伏場所に選んだのじゃろうからな。
「それにしても瘴気が濃いの」
瘴気とは生命や土地を蝕む穢れた空気のことじゃ。
瘴気が濃い土地は人が住むのに適さず、土地を腐らせ、アンデッドなどの邪悪な魔物を生み出す温床となる。
「かつて人が住んでいた場所に瘴気か。どうせ禄でもないことがあったのだろうな」
そう吐き捨てたのは聖獣であるガルじゃった。
「そうだな。放置してもろくなことにはなるまい。大司教ごと土地を焼き尽くしてしまえばよいのではないか?」
などと物騒なことを言いだしたのは、大蛇の聖獣レーベじゃった。
こ奴、長年人のおらぬ場所で暮らしておったせいで、かなり過激な提案をしてきよる。
「エプトム大司教の目的を探りたいでの、土地ごとの殲滅は最後の手段じゃ」
まぁわらわ達ならやってやれぬこともないがの。
「では行くとするか。どこから敵が出てくるとも知れぬゆえ、お主等も気を付けるのじゃぞ」
と、ついてきたウィーキィドッグ達に注意を促したわらわだったのじゃが……
「わ、わふゅう~」
「きゃ、きゃふきゅ~」
振り返ればウィーキィドッグ達は目を回して倒れておった。
「って早いのっ!?」
「どうやら瘴気酔いのようですね。これでは連れていくことは無理かと」
むぅ、まさかこうもあっさり瘴気にやられてしまうとは。
「仕方ない。結界に入れておくか」
わらわは瘴気を遮る結界を張ると、そこにウィーキィドッグ達を寝かせておく。
「これでしばらくすれば体も楽になるじゃろ」
ま、ウィーキィドッグ達にとってはこの方がよかったかもしれんな。
下手にこの先へついてきたら、戦闘の余波で死んでしまう危険が高い故。
「ではガルよ、ウィーキィドッグ達を頼むぞ」
「承知した」
ウィーキィドッグ達を保護者のガルに任せると、わらわ達は先へと進む。
すると、瘴気の陰からゆらりと白い影が蠢く。
「スケルトンとゴーストか」
現れたのはアンデッドの定番、スケルトンとゴーストじゃった。
「よし、テイルが相手をせよ」
ちょうど良いのでテイルの練習相手にしようかの。
「え? でもゴーストって神聖魔法でないと攻撃が通らないですよ!?」
「そりゃ人族の生臭坊主共が自分達の優位性を示すために言い出したデタラメじゃ。魔力を直接叩き込むタイプの魔法ならしっかり通じる」
「そ、そうだったんですか!?」
人族の国ではそんなことになっておるが、他種族の国では普通に神聖魔法でもゴーストを滅ぼせることは知られておる。
それゆえ、ある程度実績を積み、国外での仕事も多くなった冒険者はこのことをしっかりと理解しておる者が多かったりする。
「というわけで行けテイルよ!」
「は、はい! マナバーン!!」
テイルが放った魔力弾はスケルトンとゴーストの混成部隊の中心で炸裂した。
魔力弾は中央の一体に命中すると、そこから破裂して周囲の敵に襲い掛かる。
結果、魔物達は大きく数を減じた。
「わわっ、本当に効いた!!」
自分で攻撃しておきながら、攻撃が通じたことに驚くテイル。
「そうじゃろう。さ、次が来るぞ!」
「はっ、はい!!」
テイルは次々に現れるアンデッド達を攻撃してゆく。
「それにしてもアンデッドか。やはりこの地で死んだ者がアンデッドと化しておるな」
事実、この遺跡では他の魔物は現れず、アンデッドだけしか出てこなかった。
ただ、もとは大都市じゃったこともあって、数は多い。
「じゃがまぁ、この程度ならテイル一人で十分じゃの」
人族の魔法使いなら苦労もするじゃろうが、テイルは仮にも魔族。
その潤沢な魔力で十分すぎるほどアンデッド達とやり合うことが出来ておる。
しばらくすると、アンデッド達の殲滅は終了した。
「はひー、疲れましたぁ」
「うむ、ご苦労じゃった」
テイルが近隣のアンデッド共を駆逐してくれたことで、しばらくは敵と遭遇せずに移動ができるじゃろ。
まぁ、こっそりとメイア達メイド隊も敵の数を減らしてくれておったのじゃが、そのあたりはまだ気づけておらんようじゃな。
「魔王よ、この先によからぬ力を感じる。おそらくは件の大司教とやらだ」
レーベの言う通り、この先から人の気配を感じる。
最も、その気配は人と呼ぶにはあまりにも禍々しいものじゃったが。
「な、なんですかこの感じ? すごく嫌な感じがするんですけど」
まだ戦いにそこまで慣れていないテイルでも、気配を敏感に感じ取って警戒しておる。
そして、しばし進むと、祭壇らしきものが見えてきた。
祭壇のそばには、いかにも司祭といった装いの男と、そして不自然なほどに白い肌の者達の姿と無表情に立ち尽くす者達の姿があった。
「あれは吸血鬼と、それに洗脳された信者達か」
司祭とともにいるのが高位アンデッドとか、碌な予感がせんの。
「ようこそお客人。歓迎いたしますよ」
すでにわらわ達の接近に気づいていたのじゃろう。
待ち構えていた司祭がわらわ達に形ばかりの歓迎の意を見せる。
「おぬしがエプトム大司教じゃな」
一見するとその見た目は温和な笑みを浮かべた老司教。
しかしそれはとてもこのような場所で、しかも吸血鬼を侍らせてする表情ではない。
「ええ、その通りです。偉大なる神にお仕えしております」
神のう、一体なんの神に仕えていることやら。
「その神は邪神でよいのかの?」
わらわが問うと、エプトム大司教は邪神に仕えているのかと問われた事に怒るでもなく、驚きの表情を浮かべる。
「おや、もしや我々のことをご存じで?」
決まりじゃな。こ奴は邪神の使徒じゃ。
「ああ、ようく知っておるよ。邪神の使徒じゃろう?」
わらわが断言すると、エプトム大教はニンマリと笑みを浮かべた。
「どうやら、ただの迷い人ではなさそうですね」
「さてどうかの。たんなり迷子かもしれんぞ」
「ははっ! 魔獣を引き連れておきながらそれは通らないでしょう! この地を支配しに来た魔族の尖兵といったところですかな?」
おっと、割と鋭いところを突きおる。
「おしいの。魔族の関係者なのはあっておる。じゃが別に支配しに来たわけでないぞ」
「ほほう、では何の御用で? 我が神に帰依するためですかな?」
「戯言を、むろんお主の企みを暴く為じゃよ」
わらわの言葉に合わせ、メイド隊が展開してゆく。
同時にエプトム大司教のそばに控えていた吸血鬼達もまた広がってゆく。
「ふふふ、企みですか。私の目的は神の教えを世に広めることだけですよ」
「信者を自爆兵に仕立て上げることがか?」
「おや、そこまでご存じでしたか。ええ、その通りです。厳密には信者を敵もろとも自爆させることで、死者の怨念をため込み、我が神を復活させるための儀式を行うためです!!」
おおよそ、予想していた通りの答えが返ってきた。
「さしずめ死者の多い土地をつなぐと魔方陣を生み出すための起点になる感じかの」
広い土地に影響を与える大儀式ではよくある話じゃ。
結界の起点となる魔石を正確に設置するように、人の命を起点としたのじゃろう。
「ふむ、術式への理解も深いようだ。それゆえに惜しい。今からでも遅くありません。我が神に帰依しませんか?」
「不要じゃ。邪神に下るつもりはない」
というか、下ったら最後、世界の破滅にまっしぐらじゃからな。
「そうですか。本当に残念です。しかし、貴女の命は我が神復活の貴重な力となることでしょう」
と、心底嬉しそうに語るエプトム大司教。
「実は儀式はあらかた完成していましてね。あとはこの地で新鮮ないけにえの魂と、死者達の怨念を捧げるだけで儀式を始めることができるのです」
なんと、予想以上に事態の進行が進んでおったか。
ギリギリじゃったの。
「さぁ、信者達よ、授けたマジックアイテムを使ってこの地の死者達の魂に安らぎを与えなさい!」
それがこの信者達を自爆させる為のキーワードなのじゃろう。
操られた信者達は、表情を失ったままで立ち上がると、手にしたマジックアイテムをかざす。
「おっといかん。スタンクラウド!!」
急ぎ広範囲の対象を麻痺させる魔法を放ち、信者達の自爆を阻止する。
「何っ!?」
同時にメイド達がエプトム大司教達に襲い掛かり、吸血鬼達が迎撃に立ちふさがる。
しかしそれはおとりじゃ。
わらわ達はその隙に倒れた信者達を回収すると、マジックアイテムを没収して転移で別の場所へ彼らを非難させる。
念のため結界に閉じ込めてじゃ。
「よし、操られておった信者達の回収は完了した。これで後は敵を倒すだけじゃな!」
「まさか今のは転移魔法!? き、貴様一体何者だ!?」
想定外の事態にメッキが剥がれたのか、大司教の口調が乱れる。
「なぁに、ただの冒険者じゃよ」
そして、元魔王でもあるがの。
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