第100話 魔王、(知らずに)勇者と共闘するのじゃ!
「では往くか」
メイド隊の調査によってエプトム大司教が隠れ潜む場所が分かった。
となれば早々に向かうべきであろう。
時間をかければかける程、洗脳された者達による自爆攻撃で民に犠牲が増えるからの。
とはいえ、魔族であるわらわ達にとって敵国の民の犠牲はそこまで重要な問題ではない。非常に思われるじゃろうが、それが為政者というものじゃ。
重要なのは、この犠牲が原因となって何をもたらすかじゃ。
「無駄に死者を増やすこのやり口は、間違いなく勝利よりも死者を産み出す事そのものを重視しておる。であれば、必要な数の死者が揃った時、何かが起きる筈じゃ」
「な、何が起きるんでしょうか師匠?」
「さての。ただ死者を大量に生み出して何かするという事は、何らかの呪術であるのは間違いあるまい。教会の大司教とは真逆のものじゃの」
なんらかの大儀式を行う場合、大量の魔力を集めたり、魔術触媒や宝石といった特定の素材を大量に使用する事が一般的じゃ。
そうした下準備を必要とする儀式の中で、死者を産み出す事が術の発動条件となるものは大抵がろくでもない結果を産み出すなのじゃ。
それゆえに、大きな犠牲を強いる魔術儀式は、呪術と呼んで忌避される傾向にあった。
教会関係者なら呪術は敵視するもの、間違ってもそれを使う事はない。
間違っても教会の重鎮である大司教が扱うものではなかった。
つまりは、邪神の使徒じゃろうな。
「邪神の使徒であれば我々メイド隊も全力でお供いたします。テイル、貴女もリンド様の弟子として恥ずかしくない戦いをするのですよ」
「は、はいメイド長!!」
そこらの木っ端ならともかく、邪神の使徒が出るなら絶対についてゆくと、メイアを始めとしたメイド隊が整列する。
「ならば我も同行しよう」
そこにやってきたのはガルじゃった。
「良いのかガル? 相手は大司教じゃぞ?」
教会と袂を分かったとはいえ、仮にもガルは聖獣と呼ばれた存在じゃ。
万が一わらわ達の側に付いた事が大司教から教会に知られれば、後々困ったことになりかねんぞ。
「邪神が関わる事件なら地上の民である我にも無関係ではない。手を貸そう」
しかしガルは自身の立場よりも、邪神の問題こそ最優先であると告げる。
「それにだ。今更教会の関係者である事に気を遣う必要もないしな! はははははっ」
「う、うむ……」
まあガルと守り人達は、属性相性の事を忘れてしまった教会から利用価値無しと切り捨てられて結界の中で餓死するところじゃったからのう。
それゆえに完全に人族の国と袂を分かつ事を決めたか。
「魔王よ、我も協力するぞ」
更にやってきたのは巨大な蛇の聖獣レーベイクじゃった。
「レーベ、お主もか?」
「うむ。大司教が隠れ潜む場所は僻地と言うではないか。ならば我が暴れても人族に見つかる事はあるまい。邪神には借りを返したいからな」
レーベは隠された島でずっと封印された邪神の力を守っておった守護者じゃ。
しかし気付かぬうちに漏れ出ていた邪神の力によって精神を捻じ曲げられ、荒れ狂っておったからの、借りを返したいと思うのは当然か。
「承知した。協力感謝するぞ」
ふふ、聖獣が二体か。まるでわらわ達が勇者一行になったような気分じゃの。
「よし、それでは往……」
「ワンワワン!!」
「む?」
その時じゃった。皆を転移させようとしたわらわの下に、ウィーキィドッグ達がやってきたのじゃ。
「どうしたのじゃ? お主からわらわの所に来るとは珍しい」
こ奴らはわらわの事が好かんのか、近づこうとせなんだ。たまに顔を合わせても、まるで親の仇のように吠え立ててきたんじゃがのう。
「わんわわん!」
「何といっておるのじゃ?」
ウィーキィドッグ達はあまりにも魔力が少ない故、わらわ達とは意思疎通が出来ぬ。
なのでこ奴らと唯一意思疎通が可能なガルに通訳を頼むことにした。
「ふむ、どうやらこ奴等も魔王と共に戦いたいようだ」
「なんじゃと!?」
あれだけ敵意を振りまいて来たというのに、一体どういう風の吹き回しじゃ?
というかじゃな……
「いや、気持ちは嬉しいのじゃが、お主達では戦いについてこられんじゃろ」
何せウィーキィドッグは世界最弱の魔物。絶滅したとすら思われていたある意味伝説の存在じゃ。
とうてい邪神の使徒であろう大司教との戦いについてこれるとは思えん。
何なら余波の余波が掠っただけで死にかねん。
流石にそんな場所にウィーキィドッグ達を連れて行くのは気が引けた。
「ワンワワン!」
しかしウィーキィドッグ達はわらわの服の裾に噛み付くと、意地でも就いていくとばかりに意思表示を示す。
「キャンキャキャン!!」
「ふむ、ほうほう」
ウィーキィドッグの鳴き声に、ガルがふむふむと頷く。
「何を言っておるんじゃ?」
「どうもこ奴等、どうしても自分達も一緒に戦わねばならぬと言っておる。」
「何じゃと? 何故こ奴等がエプトム大司教と戦いたがるのじゃ?」
ウィーキィドッグ達はエプトム大司教と何の関係もないじゃろうに。
「確かにな。何か理由があるのか?」
「ワ、ワフ」
「キャ、キャン」
「「?」」
ガルが訪ねると、ウィーキィドッグ達はあからさまに動揺した様子を見せた。
まるでその理由を聞かれたくないかのように。
「……リンド様」
と、メイアがわらわの耳元で囁く。
「もしかして、このウィーキィドッグ達の飼い主は、エプトム大司教の洗脳で前線に送られたのではないでしょうか?」
「何?」
「最弱とは言えウィーキィドッグは魔物。そこらの犬よりは賢いでしょう。となれば彼等が魔物に追われていたのも、姿を消した主を追いかけていたか、主を攫った教会関係者への復讐の為に飛び出したのでは?」
成程、そう考えると辻褄が合うか。
「ふむ、もしかしたらどこかでお前達の話を聞いていたのではないか? そしてエプトム大司教が主の敵と知ったのだろう。そう考えれば、こやつ等がお前についていきたいと言い出したのも納得できる」
むぅ、隠していた訳ではないが、聞かれておったということか。
「しかしのう、こやつ等の強さでは一緒に戦うどころか、初手の牽制で死にかねんしのう」
と言うか死ぬ、絶対に死ぬじゃろ。
流石のわらわも死が確定している戦場に連れて行く気にはなれん。
「……魔王よ、この者達だが、我に任せてほしい」
すると、ガルがウィーキィドッグ達の護衛を申し出て来た。
「お主が? しかしじゃな」
「分かっている。だが強くなりたいと願ったこの者達の目的が大司教との戦いなら、鍛えると約束した我が手を貸してやるのが道理だろう」
自分が面倒を見ると言った以上、本懐を遂げさせてやりたいとガルは言う。
「倒すことは叶わずとも、せめてひと噛みはさせてやりたいだろう? 安心しろ。死にそうになったら首根っこ掴んで戦場から離脱させる」
いや、ウィーキィドッグでは死にそうになった時点で既に致命傷ではないかの?
しかし……じゃ。
「……分かったのじゃ」
野生の命である魔物が戦場で戦う事を望むのなら、やりたいようにさせるのもまた野生の道理か。
「感謝する」
「ワンワワン!」
「キャンキャキャン!!」
わらわが同行を許可すると、ガルだけでなくウィーキィドッグ達も感謝を伝えるかのように尻尾をブンブンと振る。
うーん、愛いのう。でもここで撫でまわしたら絶対怒るんじゃろうな。我慢我慢。
「では今度こそ往くぞ!」
「「「「「はっ!!」」」」」
「は、はい!」
「うむ!」
「ワンワワン!」
「キャンキャキャン!」
「任せるがよい」
……なんじゃろうなこの戦力に統一感の無い面子は。上限と下限の差が天と地に振り切れておるんじゃけど。。
そこはかとない不安を胸に抱きつつ、わらわ達は決戦の地へと向かうのじゃった。
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