第98話 魔王、洗脳魔法に襲われるのじゃ?
「ふむ、ここが依頼主と落ち合う場所か」
教会からの依頼を受けたわらわ達は依頼主と落ち合う場所へとやってきた。
周囲を見回せば、わらわ達以外の冒険者達の姿もそれなりに見受けられる。
依頼内容が難民の保護と言う事もあって、必要とされる人数も相応に必要と言う事じゃな。表向きは、じゃが。
「な、なぁ、本当にここで良いんだよな?」
「ああ、その筈だが……なんか妙に落ち着かねぇな」
「ああ、まったくだ」
そんな中、集合場所に集まった冒険者達が不安げな様子で周囲をキョロキョロと見回しておる。
それもその筈、ここはなんとも嫌な感じのする場所だったからじゃった。
一見すると街道から離れただけの少々見通しの悪い場所なのじゃが、それだけとは言えない居心地の悪さがあった。
名目上は街道に大量の冒険者が集まったら、道行く人々の迷惑になるから街道から外れた場所を選んだとの事らしいが……
「なんだか気味が悪い場所ですねぇ」
変身魔法で姿を変えて付いて来たテイルも、気配の異様さにソワソワしておった。
『これは結界が張られておるな』
『ひゃっ!? け、結界ですか? で、でも結界って人が近づかないようにしたり、中にいる人を守る為のものですよね? これだと逆なような気が……』
突然通信魔法で頭の中に話しかけられた事で、テイルがビクリと体を震わせる。
『うむ、これは良くない方の結界じゃな』
『結界の良いとか良くないとかあるんですか?』
『あるぞ。中に居る者に悪影響を与える類じゃ。例えば洗脳とかじゃな』
「せっムグ!?」
驚いたテイルが声を上げようとしたのを、すかさずメイアが口を塞いでカバーする。
『よい仕事じゃメイア』
『お褒めに預かり光栄にございます。テイルは後で何があっても動揺しないように特訓ですよ』
『うひぃ~!』
まぁ頑張れ。メイアの特訓は厳しいぞ。わらわには関係ないが。
『で、でも洗脳とかヤバいんじゃないですか? 早くここから逃げた方が……』
『安心するがよい。結界の質は大した事ない。この精度じゃと、術者は大司教ではなく配下じゃろうな。わらわ達の力なら何もせんでもレジスト出来る』
もし邪神の使徒かもしれぬ大司教が術者なら、結界はもっと強力なモノになっておったじゃろう。
『それは師匠達だからですよぉ~。私じゃあっさり洗脳されちゃいますよ』
やれやれ、こやつは自分が人族よりも遥かに魔力に満ちた魔族へと変じた事の自覚が無いのう。
『分かった分かったレジスト魔法をかけてやる故落ち着くのじゃ』
『わーい!』
まぁ実際の所、油断せんに濾した事はないからのう。保険の意味を込めてレジスト魔法をかけておくとするか。
「よくぞ来てくださいました皆さん!」
と、レジスト魔法をかけた所で依頼主と思しき者が姿を見せる。
「テメェが依頼主か! こんな気味の悪い場所に呼びやがって一体何のつもりだ」
すると先ほど気味悪がっていた男が依頼主に文句を言う。
「おお、これは申し訳ない。しかし事は前線で苦しんでいる無辜の民を救うためです。分かって頂けますよね?」
その瞬間、結界内の魔力密度が一気に高まったのを感じる。
「……ああ、わかった」
「おお、それは何より! やはり人は言葉で分かり合えるものですね!」
依頼人は大げさに喜ぶが、対する冒険者は、視線を宙にさ迷わせ……と言うより何も見ていないような茫然とした表情になっておった。
『し、師匠、もしかしてあの人、洗脳されてません!?』
『うむ、結界の魔力密度を上げて一気に洗脳を行ったの。魔力が弱い者は今ので大半が洗脳されたか我を失っておる』
実際、戦士系の職の者は今の冒険者と同じく、視線が宙をさ迷っておる。
魔法使い系の職の者は辛うじて耐えておるが、今襲われたら成す術も無かろうな。
『精神が健常な状態でいきなり洗脳を行おうとすれば、対象の抵抗に遭う為洗脳が不完全に終わる事が多いです。ですから最初は結界の出力を低くする事でじわじわと精神に影響を及ぼして洗脳を行う為の下地を作っていたようですね』
『成る程、あの気持ち悪いのはそういう事だったんですね』
『しかし、ここまでお膳立てしておきながら全員を洗脳できなんだのは、やはり術者の腕が良くないの』
『いやいやいやいや、これだけの人数の冒険者を洗脳出来ないまでも戦闘不能にしたのなら、十分過ぎますよ!!』
まぁその辺りは見解の相違じゃの。
計画立案の視点で言えば、労力の割に成果が少なすぎる。
わらわ達ならば、同じだけの労力をかけたのなら、より多くの成果を求める。
「それでは皆さん、依頼についての詳しい説明をしますから、よーく聞いていてくださいね」
そんな事を話している間にも、話は進んでおったようじゃ。
『説明にかこつけて洗脳が完全ではなかった者達を洗脳するつもりのようじゃな。わらわ達はこのまま洗脳された振りをするぞ』
『わ、分かりました』
そんな相談をしている間も依頼主はペラペラと聞いている者が居ない説明を続ける。
『何で誰も碌に聞いてないのに説明を続けているんでしょうか?』
『対象に違和感を抱かせぬ為じゃの。あくまで教会からの依頼という体じゃから、それにそって話をする事でこの状況は正しいと誤認させながら洗脳を継続しておるのじゃ』
『実際問題、攻撃されているわけではありませんし、洗脳するぞと宣言された訳でもないですからね』
そういう事じゃ。何が起きているか分からぬのなら、気分が悪いとか、頭がぼーっとするとしか思えぬじゃろうからな。
「では説明も終わりましたので、さっそく前線に向かいましょうか。ですがその前に皆さんこれを身に着けてください」
そう言って依頼主が取りだしたのは、ゴツい腕輪じゃった。
「これは皆さんが危機に陥った時に敵を倒してくれるマジックアイテムです。戦って勝つのが難しいと思ったら、このマジックアイテムを起動させて敵に突っ込んでください。そうれば敵は全滅します」
依頼主の言葉に従い、ゾンビの集団のようになった冒険者達は腕輪を身に着ける。
『いやー、これは完全に黒じゃな。教会関係者が魔法で洗脳する時点で完全に犯罪じゃが、この腕輪は酷い』
『内部を解析したところ、ため込んだ魔力を暴走させて大爆発を起こすマジックアイテムとも言えないような品ですね』
『それって敵諸共自分達も死んじゃうじゃないですか!?』
『うむ、じゃから敵だけを倒すとは言っておらんじゃろ」
『そうですね。敵は全滅しますと言っていますが、マジックアイテムを装着した者の身が安全とは一言も言っておりません』
『それって詐欺じゃないですかーっ!!』
洗脳魔法の常套句じゃな。いかに洗脳されて負ったとしても、自身の身に強い危険が及ぶ命令は従わせにくい。
それゆえ判断力が著しく低くなった意識に都合のよい事だけ教え、都合の悪い事は黙秘するのじゃ。
『まぁ安心せよ。こんなバカな物、誰にも使わせんからの』
大司教がおらん以上、このような茶番に付き合う必要はない。
「むん!!」
わらわは結界内に一気に魔力を放出する。
すると結界はわらわの魔力の圧力に耐えきれず、あっさり崩壊した。
「「「「うぉっ!?」」」」
「あ、あれ? 俺達何してたんだ?」
「何か変な夢を見ていたような……ん? 何だこの腕輪?」
そして結界の魔力で精神を侵食されていた冒険者達は、そのままわらわの魔力に押し流されて強制的に正気を取り戻す。
ぬるま湯が流れる風呂に入っていたら、急に冷水をぶち込まれた感じと言えば伝わるかのう。
「ば、馬鹿な!? 洗脳が解けただと!?」
対して依頼主は突然洗脳が解けたことに困惑しておる。
わらわの強引な妨害に気付かないあたり、かなりボンクラじゃな。
「計画が失敗したようで残念じゃったな」
「なっ、うぐっ!?」
依頼主の背後を取ったわらわは、相手が反応する前に意識を刈り取る。
「おおいかん! 依頼主は具合を悪くしたのか倒れてしまったぞ。これでは依頼の説明どころではないのう。わらわ達は依頼主を医者に見せる故、皆は一旦依頼主から提供された腕輪を返してギルドに戻るがよい」
「お、おう。任せていいのか?」
「うむ。代わりにギルドへの報告は頼むぞ」
こうして、わらわ達はエプトム大司教の目論見を潰すと共に、かの者に繋がる手がかりを手に入れたのじゃった。
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