第97話 魔王、懐に飛び込むのじゃ

「リンド様もご存じの通り、志願兵の家族からの問い合わせの増加によって、王都での志願兵募集が出来なくなりました。しかしその後王国各地から志願兵が前線に向かい、自爆攻撃は再開されておりました」


「となると、最初から王都での兵の補充が出来なくなることは織り込み済みと言う事か」


「どちらかと言えば、王都で兵を集めていたのは、洗脳によって躊躇いのない自爆攻撃が出来るかの実験の意味があったのだと思います」


「そしてある程度の成果が見込めた事で、王国中に魔の手を伸ばしたと」


「現在人族の王国は、魔王様を封じたにも関わらず、魔物による災害が頻発して民の心が不安に陥っています。民の心に寄り添う教会としては、非常に都合が良い状況と言えるでしょう」


「特にエプトム大司教にとっては、じゃの。国王の企みで秘密裏に育てられていた魔物は、多くの町に被害を及ぼした。結果二次被害で仕事を失ったり、作物どころか畑そのものが駄目になった者は多い」


 その結果、食い扶持を稼ごうといて教会に騙され、最も危険な最前線へと送りつけられてしまったか。


「問題は志願兵達を自爆させる理由が分からんと言う事じゃな」


 戦いに勝つ為とは言え、何の意図もなく自爆などをさせる筈がない。

何か意図がある筈なのじゃが……


「民の平穏を守る教会とは思えぬ行動。自らの立場と著しく乖離する行い。そんな事をする者と言えば……心当たりがないでもないのう」


 わらわの脳裏に浮かんだのは、あの無人島で出会った勇者の新しい仲間。

 じゃがその正体は正義とは真逆の存在じゃった。


「もしかしたら、邪神の使徒かもしれぬなぁ……」


 世界を滅亡させる事を目的とする邪神に仕える使徒なら、そのくらいの事をしてもおかしくない。

 というかやな、寧ろここまでやらかして邪神と何の関係もなかったら、そっちの方が危険人物なんじゃよ。


「メイアよ、自爆攻撃が行われた場所は分かるか?」


「人づての情報なので正確な位置は分かりませんが、大まかな位置なら」


「それで構わん」


 メイアが前線の地図に自爆攻撃の行われた位置をマーキングしてゆく。


「これは……」


 一見すると規則性のない配置じゃが、それぞれの点を線で繋げていくと、奇妙な形になる。


「古代文字ですか?」


「神代の呪力文字じゃな。それぞれの文字が何かしらの力を持つと言われておる。この文字の意味は穢れや汚染を意味する文字じゃ。つまり、自爆によってまき散らされた血や命を強く汚す事で、呪われた地を作ろうとしておるのかもしれん」


 うーむ、明らかに悪意を感じる行為ではないか。

 すぐさまエプトム大司教を探して情報を吐かせたいが、肝心かなめのエプトム大司教が見つからぬ。


「現在エプトム大司教は雲隠れをしており見つかりません。どうやら我々が探っている事に気付いたようです。とはいえ、誰が探っているか迄は気づいていないでしょう」


「ふむ、ではエプトム大司教に関しては引き続き捜索を続けるとして、別の角度からも情報を探る必要があるの。幸い、新しい情報源も育ってきておるようじゃしな。


 ◆


「それで私に仕事を頼んだ訳ですか」


 クッキーを頬張りながらそう言うのは、王都から戻ってきたテイルじゃ。

テイルが王宮で得た情報を報告しに来てもらったのじゃよ。


「そうですね。まず王都の貴族は前線の戦いには全く興味を持ってませんね」


「全くか」


「はい、全くです。自分達の息のかかった兵が居るのならともかく、自分達に利益が無いなら気にする必要もないと言った感じです。どちらかと言えば、現地に仲間が駐在している騎士団の方が気にしてますね。まぁ、騎士団も派閥があるみたいで、前線での指揮権や重要な作戦をどこの騎士団が担当するかでバチバチやってるみたいです」


 まぁその辺はいつもの事なので放置でよかろうて。


「他には領地を持つ貴族が急増した魔物の被害や、冒険者の大量国外流出の件で苦情を言いに来てますね。何で国内に冒険者を残せなかったのかと。お抱えの騎士団や自警団の規模が小さい領地の領主様は死活問題みたいです。正直、私の方にもとばっちりが来てるので、何とかなりませんか師匠?」


ふむ、そろそろ本気で冒険者の不足が問題になってきた感じじゃの。


「エプトム大司教が雲隠れしておるし、そろそろ冒険者達を戻しても良かろう」


 村人達が食うに困って志願兵が増えては堪らぬしの。


「冒険者が戻ってきたところで教会から接触がある可能性はないんですか?」


「あるじゃろうな。寧ろこのタイミングで冒険者達に接触してきたら、エプトム大司教の手が回っている可能性が高い。ならばこちらから近づくチャンスじゃ」


「成る程。教会は信徒の志願兵の件で積極的に関わりたくないでしょうしね」


「うむ。さっそくグランドベア達を島に戻し、冒険者達を国に返してやるとしよう」


 方針も決まった事で、わらわ達は教会の動きを待つことにする。


「という訳で……」


「「クッキーお代わりー!」なのじゃ!」


「はーい、ただいまー」


 わらわ達はお茶請けのクッキーのお代わりを要求するのじゃった。

 いやいや、ダンデライポンの蜜をたっぷり蓄えた魔物蜂のハチミツを使ったクッキーがお茶請けに最高なのじゃよ。

 食べると不思議とポカポカする故、元気が出るんじゃよな。


 ◆


 数日後、冒険者達が国内に戻り始めたある日の事じゃった。

 様々な依頼が貼られた依頼版に、新たな依頼が書かれた紙が貼りつけられたのじゃ。 


 依頼内容は前線に取り残された難民の救助。

 依頼主は短く『教会』とだけ書かれておった。


「さっそく動いたようじゃの」


 さぁて、エプトム大司教に直接ご挨拶と洒落込むかの!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る