第96話 魔王、駆除作業に勤しむのじゃ
アートシー伯爵の依頼を果たす為、わらわ達はインセクトロールが異常繁殖している農場地帯へとやってきた。
今回はわらわとメイアだけでなく、テイルとガル、それにダンデライポン達も同行しておる。
「うう、バレやしないかとヒヤヒヤしましたよぉ」
そう言いながらプルプル震えておるのは褐色の見知らぬ娘……ではなく変身魔法で姿を変えたテイルじゃ。
「何を言っとる。お主いつも変身しておるじゃろうが」
今のテイルは褐色の肌に銀髪美女に変身しておった。
……この魔法、身長だけでなく胸のサイズまで変えられんのじゃな。
もしかしてそれ程役に立たんのではあるまいか?
「耳と尻尾を消すだけとは違うんですよ!? 師匠はよくそんなにポンポン違う姿に変身できますねぇ」
「別の自分に変わると言う意味では同じ事じゃ。ようはハッキリとしたイメージを持っているか、じゃな」
「はぁ、そういうものですか……」
「テイル、リンド様の変化は他の魔族とは隔絶しています。普通は二つの姿に変身できれば上出来な方ですよ」
「や、やっぱりそうなんですね!」
「ちなみにメイアは10を超える姿に変身できるぞ」
「急にフォローに説得力が無くなったんですけど!?」
「リンド様にお仕えする者として、姿の5、6変われて当然です。勿論我がメイド隊は全員そのくらい出来ますから、テイル、貴女にも期待していますよ」
「ひぃーっ! 期待が重い!!」
まぁ正直な話、魔族は戦いによる名誉を尊ぶ者が多い故、わざわざ自分の手柄を隠すような真似をする意味がないと考える者が多いのじゃ。
その為、純粋な魔力量と魔法を感覚的に扱えるという圧倒的アドバンテージがあるにも関わらず、変身魔法の練度に関しては人族に劣っておった。
まぁその人族も今では純粋に実力不足で変身魔法を使える者が激減しておるのじゃが。
「さぁ、お喋りはここまでじゃ。そろそろ仕事をするぞ。わらわとメイア、ガルがインセクトロール成体の駆除。ダンデライポン達はインセクトロールの幼体をおびき寄せて食べる。テイルはダンデライポン達の護衛じゃ!」
「はっ」
「は、はい!」
「うむ」
「「「「まかせるポン!」」」」
ダンデライポン達はさっそく地面を掘って自ら土に埋まると、顔を太陽の方向に向けて日光浴を始める。
「「「「あ~、太陽の光が心地よいポン。蜜が溜まる~」」」」
そういうモンなのか?
「インセクトロールの匂いは知っている。我は独自に動かせてもらうぞ」
「うむ、任せるのじゃ」
「グルォォォォォォォン!!」
雄たけびを上げると共に、ガルが文字通り風のような速さで飛び出した。
「ではわらわ達は地道に大きな群れを狙うのじゃ」
「畏まりました。メイド隊、行動を開始しなさい」
メイアが通信魔法でメイド隊に指示を出す。
流石に今回は範囲が広い為、わらわ達だけではちと手間がかかり過ぎる。
それでメイアが訓練がてらメイド隊も依頼に参加させたのじゃ。
最も、ジェネがこれだけの人数の実力者を保有していると知られると、要らぬ警戒を招きかねん故、メイド隊の参加は伏せておるがな。
その間にわらわは探索魔法を放ち、近くに居るインセクトロールの群れを察知すると、ガルの反応から遠い方を選んで移動する。
「よし、向こうじゃな」
反応のあった場所に移動すると、予想以上のインセクトロール達が荒れ地で蠢いていた。
「おお、これは凄いのう」
「荒れ地に見えますが、元は麦畑があった場所のようですね。痕跡が残っています」
時期的に麦の収穫はまだ先じゃというのにこの荒れ具合。
恐らくはインセクトロール達に麦を食べ尽くされたのじゃろうな。
「何とも無残なものじゃ」
かつては黄金の海と形容できるような大農場だったであろうに。
「今期の収穫量はキツい事になりそうじゃの。伯爵には同情するぞ」
インセクトロールは中堅冒険者にとってはそこまで恐れる相手ではないが、雑食で何でも食べる為、生存能力が非常に高い魔物じゃ。
「その割にはあまり数を見ないと思っていたが、よもやダンデライポンが原因だったとはのう」
自然界は上手くできておるモノじゃ。
「ですが、今はそのバランスが崩れています。インセクトロールの早急な駆除と、ダンデライポンの現地保護がl重要ですね」
「そうじゃの。保護の方は伯爵に任せるとして、わらわ達は駆除に専念するとしようか!」
「そうれ! フレイムスコール!!」
上空に炎の雲が出現し、南国のスコールのように火の雨が降り注ぐ。
「ふははは! 荒れ地じゃから麦に燃え移る心配が無くて良いのう! 灰になったインセクトロールを肥料にしてくれる!」
「成る程、焼き畑農業ですね」
かくして瞬く間に一つの群れが燃え尽きたのじゃった。
「では次は私の番ですね。ロゼコキュートス」
メイアの足元から無数の氷の茨が沸き上がると、新たなインセクトロールの群れに襲い掛かる。
インセクトロールに巻き付いた茨はその身に宿した棘でインセクトロール達を傷だらけにしてゆく。
じゃがそれだけでは終わらず、インセクトロール達の体が傷口から凍り出し、その身を巨大な氷のバラの花に包み込む。
そしてかつて麦畑だった場所は、一面の氷のバラ園へと変貌したのじゃった。
「咲き誇った花は散り果てるが定め」
メイアがそう呟き指を慣らすと、氷の華が一斉に砕ける。
あとにはインセクトロールの欠片すら残らず、全ては塵となって風に流されていった。
「久しぶりに見たが、相変わらず見事なものじゃ」
「お褒めに預かり恐縮でございます」
流石はわらわの部下でも古参なだけはあるの。
常に技術を磨くことに余念がない。
「ウォォォォォォォォォン!!」
ひと際甲高い雄叫びに視線を向ければ、インセクトロールの群れにガルが飛び込んで行くところじゃった。
「グォォォォゥ!!」
その勢いたるや正に疾風怒濤というヤツじゃ。
目の前のインセクトール達を爪で切り裂き、牙で噛み千切り、体当たりで粉砕し、四つの足で踏み砕く。
文字通り、触れるだけでインセクトロール達は粉々に打ち砕かれておった。
「おーおー、魔物戦車もビックリの突進力じゃのう」
ちなみに魔物戦車とは、人族が使う馬に連結した戦車の魔物版じゃ。
魔物は普通の馬よりも力も足も強いから人気なんじゃよ。
魔物戦車にする魔物は、魔物使いのように心を通じ合わずとも、力でねじ伏せる事が出来れば言う事を聞くのも良いところじゃな。
ガルはそんな魔物戦車以上の力を、単体で発揮しておった。
あの姿を味方の側で見れば、聖獣と呼びたくなるのかもしれんなぁ。
敵の側であったら悪夢じゃろうがな。
その後はメイド隊の活躍もあいあって、農場地帯に巣食うインセクトロールはみるみる内に減っていく。
まぁ人族にとっては厄介でも、わらわ達魔族から見れば少し硬い程度の相手でしかないからのう。
「ふむ、後はガルとメイド隊に任せて問題なさそうじゃの。わらわ達はダンデライポン達の様子を見に行くとしよう」
「畏まりました」
ガル達に後の事を任せて戻ると、ダンデライポン達の周りには無数のインセクトロールの死骸が横たわっておった。
「あ、師匠! お疲れ様です」
「おお、頑張っていたようじゃな。ようやったぞテイル」
そこにかつての気弱な少女の面影はなく、激しい戦いを終えたばかりだというのに平然とした様子で微笑みを浮かべておる。
「はい! 運よく王宮の禁書庫で面白そうな魔法を見つけて試したかったので、丁度良かったです! 欲を言えばもっと使いたいヤバい魔法があったんですけど、そっちは王家からの無茶振りで回される仕事の方で使いますね!(二次的な被害が大変そうですし)」
……あー、何と言うか、ちょっとよろしくない方向に吹っ切れてしもうておる様な気がするが……って言うか今小声で凄い事言わなんだか!?
ま、まぁ、迷惑を被るのは人族の国じゃし、ええか!
と自分の気持ちに整理をつけたところで、ダンデライポン達の様子を見る事にする。
決して現実逃避ではないぞ!
ダンデライポン達、激しい戦いで怯えておらねば良いのじゃがな。
「うーん、久々の味わい、クリーミーで美味しいポン」
「あー、ちょっと大きくなってきて食べにくくなったのも歯応えがあって良いポン」
「僕は脱皮したての柔らかいのが良いポン」
……何か食いながら食レポしておるのじゃ。
「あー、お主等何喰っとるのじゃ?」
「あっ、リンド様。インセクトロールの幼虫を食べていたんだポン」
そう言ってダンデライポンは手にしていた虫をわらわに見せてくる。
「なんじゃと!? もう見つかったのか!?」
差し出された虫はダンデライポンの手にギリギリ収まるくらいの大きさで、幼虫らしく柔らかい見た目をしておる。
「よく見るとインセクトロールの面影が見えない事も無いが……」
「インセクトロールの幼虫は僕達の蜜の匂いを辿って自分からやって来るんだポン。それにここには沢山のインセクトロールが居るから、幼虫も沢山いるんだポン」
成程、確かにこれだけ成虫がおれば、幼虫はそれ以上に居ると考えるのが道理か。
となれば探さずとも、そこら中に居るじゃろうから、見つけるのも至極容易と。
「すっごく美味しいポンよ。リンド様も食べるポン?」
「わらわは遠慮しておくのじゃ……」
ともあれ、これでダンデライポンの有用性も確認できたの。
あとはアートシー伯爵に報告するだけじゃな。
「とはいえ、あれだけの規模の魔物を短時間で倒したとなると、余計な騒動を招きかねん。ダンデライポン達の護衛を兼ねて、暫くここでゆっくりするのじゃ」
◆
インセクトロールの駆除から数日後、そろそろ良いかと判断したわらわは、アートシー伯爵に依頼達成の報告へとやってきた。
「何と!? もうインセクトロールの討伐を終えたというのか!?」
「信じられぬなら部下に調べさせると良い」
ふむ、まだ少し来るのが早かったかの?
「お館様、信じられない事ですが、館の庭には凄まじい量のインセクトロール討伐の証である素材が詰まれております。それどころか庭には置ききれずに、館の外にまで積まれている程です」
伯爵の疑惑を、家令である老人が真実であると証言する。
「うぉっ!? 何だあの黒い山は!? アレが全て討伐の証だと!?」
「魔物の討伐証明は基本的に一つしかない部位を切り取ります。つまりあの山は全て一匹のインセクトロールから獲れた部位のみで構成された山なのです」
「あ、あれだけの数のインセクトロールを倒したのか……」
文字通り山となった討伐証明に伯爵は愕然としておった。
「な、成る程、確かにあれほどの山なら討伐完了を認めざるを得まい」
実際には消し炭になったり塵になったのもおる故、倒した数は倍以上なのじゃがな。
面倒くさがらずに死骸が残る様に倒してくれたガルとメイド隊に感謝じゃな。
「素晴らしいっ! 流石はジェネ嬢が紹介してくれただけある!!」
漸く討伐が完了した実感が湧いてきたのか、アートシー伯爵は大喜びじゃ。
「報酬には期待してくれたまえ。表向きは冒険者ギルドに依頼を出していない事になっている故、君達の功績と公表できないのが申し訳ないが、その分報酬を弾もう」
「うむ、期待しておるぞ」
伯爵がこのように言ったのも、わらわが紹介する冒険者は、国外の大規模討伐に参加せず休息をとっていたパーティという設定だったからじゃ。
本来なら仕事を受けるつもりはなかったが、知り合いであるジェネのたっての頼みで依頼を受けたという体になっておる。
「しかも姿の見えなくなっていたダンデライポンまで見つけてきてくれるとは、本当にありがたい!」
「うむ、インセクトロールの成体に襲われていた所を助けた事で、わらわ達の傍なら安全と判断して懐かれたのじゃ」
「おおっ、それは素晴らしい! 今後は我々が責任をもって保護しよう!」
「うむ、任せたぞ」
今回手伝ってくれたダンデライポン達は、伯爵家が守ってくれる事を条件に戻る事を受け入れてくれた者達じゃ。
わらわの島を気に入って残る者も少なからずいたが、インセクトロールの幼体を食べるのが好きな者達が戻る事を望んだのじゃ。
「失った作物は惜しいが、土地を取り戻せたのは大きい。再び畑を作れるとなれば、出稼ぎに出て行った農民達も戻ってきてくれる事だろう」
「ほう、出稼ぎとな? どこぞの町の店でも丁稚奉公しに行ったのか?」
確かに畑どころではなくなったら、どこぞに仕事を探しに行くしかないからの。
「いや、彼等が向かったのは戦場だ。兵士になったのだよ」
「戦場? まぁ乱取りが許されるなら、危険な戦場に参加する者もおるか」
意外かもしれんが、平民でも戦争に参加する者は少なくない。
給金が貰えるというのもあるが、戦いに買った時は制圧した町での略奪が許されるからじゃ。勿論全ての戦いで略奪が許される訳ではないがの。
「……それが、彼等が向かったのは、よりにもよって魔族との最前線の戦場なのだ」
「最前線じゃと!?」
最前線と言えば、わが魔王軍の中でも選りすぐりに戦争好き達が参加している戦場じゃ。
それこそ訓練を受けた軍人でも危険な場所ではないか。
「魔王が封印された事で状況が落ち着いたとはいえ、最前線はこの世の地獄と呼ばれた場所だ。碌な訓練を受けていない者が行って無事で済むはずがない。非常に残念なことだが、我が領地から戦場に向かった領民も例外ではなく、彼等の遺品が定期的に送られてくる現状だ」
「待て待て、定期的にじゃと? この領地はそこまでせねばならぬ程困窮しておる者達が多いのか?」
流石にそれはおかしい。メイアの報告ではインセクトロールの被害は大きいが、領地経営が揺らぐまでには至っておらず、被害を受けていない土地の農民達は今も農作業をしておる筈じゃ。
何より、そこまで多くの者が普通の働き口を探さずに、よりにもよって一番危険な戦場に向かうなどあり得ん。
「いやいや、確かにインセクトロールの件は頭の痛い問題だったが、そこまで困窮している訳ではない。安全に働ける町はそれなりにあるし、何なら隣領地の町に出稼ぎに行く選択肢だってある。なのに何故か最前線の戦場に向かう者が後を絶たないから困っているのだ」
なんじゃそれは? ちゃんとした働き先があるのに、自分から危険な死地に向かっておるじゃと?
どう考えてもこれは異常すぎる。
そして、わらわはその異常に対し、心当たりがあった。
訓練も碌に受けていない平民出身の志願兵達が前線に赴き、戦場で敵諸共自爆するという悍ましい話を。
「……よもや、これも枢機卿の企てか?」
だとすれば、奴は一体何を考えて、このような凄惨な死者を産み出し続けておるのじゃ……
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