第95話 魔王、交渉をするのじゃ

 あの後、興奮した夫人に危うくもみくちゃにされる所であったわらわじゃったが、公式の場でそれはマズイと慌てた伯爵家の使用人達によって、事なきを得た。

 その結果、夫人は非常に自然に見える手口で会場から退出させられたのじゃった。

 うむ、とても手慣れた対応であった……


「申し訳ないジェネ嬢。実物の貴女を見た事で妻が興奮してしまって」


「い、いや、問題ない」


 実際にはめちゃくちゃ問題あったがな……

 普通に考えてホストの伴侶が来客に抱きついたり、それが原因でメイクがメチャクチャになったら、女同士だとしても本気で案件じゃよ。


「そう言ってもらえると助かる」


 などと軽い雑談を終えたわらわ達は本題に入る。


「それで、先ほどの話だが、ジェネ嬢はインセクトロールが異常繁殖した理由を知っているのかね?」


「うむ、その通りじゃ」


「おおっ」


 パーティ会場では平静を保っておったが、事が事だけに伯爵も本心ではすぐさま知りたかったと見える。


「簡単じゃ。天敵がおらぬから繁殖したのじゃよ」


「天敵? インセクトロールの? あの魔物に天敵が居たのですか?」


 伯爵は初耳だと目を丸くする。

 インセクトロールの特性は広く知られ、面倒ではあるが倒せぬ相手ではない、というのが一般的な認識であるが、天敵がいるという情報は人族の領域にも魔族の領域にもおらなんだ。というかついこの間まで童も知らなんだしな。


「うむ」


「成る程、それで、その天敵の名は?」


 いい加減焦らすのは止めろと伯爵が詰めてくる。

 伯爵は40代、まだまだ落ち着きが身についておらんの。


「インセクトロールの天敵、それはダンデライポンじゃ!」


「…………」


 わらわの言葉を聞いた伯爵が、無言になる。

 うむ、まぁそうなるよの。


「は?」


 そしてたっぷり十秒ほどかけて出てきたのがその一言じゃった。


「す、すまない。ダンデライポンと聞こえたのだが……」


「その通り、ダンデライポンじゃ」


 伯爵は何かの聞き間違いかと思って訪ねてくるが、わらわは即座にそれを肯定する。


「……」


 今度こそ伯爵の動きが完全に止まる。


「はははっ、冗談が上手い。あのダンデライポンがインセクトロールの天敵とは。貴方はユーモアのセンスがおありだ」


 おっと、冗談と判断したか。じゃが現実逃避はさせんぞ。


「間違いではないぞ。先ほども言ったが、正確にはインセクトロールの幼体の天敵じゃ」


「……本気で言っているのですかな? ダンデライポンは毛玉スライムと大差ない程度の弱い魔物だよ?」


 その口調こそ静かじゃが、眼差しはいい加減にしろよ小娘とこちらを睨みつけておるわ。


「本気も本気じゃ。我が国の魔物使いが発見した事実じゃよ」


「魔物使いが? それはどういう意味ですか?」


 魔物使いの名に疑問符を浮かべる伯爵。しか魔物の専門家である魔物使いの名が出て来た事で、会話を続ける意思を見せる。


「魔物使いは知っておるな? あ奴らは魔物と契約する事で、契約した魔物を自在に操る」


「ええ、それは知っています。我が国にも魔物使いは居ますからね」


「でじゃ、魔物使いは犬猫や馬を飼うのと同じように契約した魔物と寝食を共にするようになる。そう言う訳で、ダンデライポンと契約した魔物使いもダンデライポンと身近に暮らすようになったのじゃが。偶然ダンデライポンがインセクトロールの幼体を食べている所を見つけたのじゃ」


「見間違いの可能性は?」


「何度も確認して、インセクトロールの幼体と確信したらしい」


「信じられん……」


 そうじゃろうな。わらわも本人から聞かなければ到底信じれなんだじゃろうし。


「しかしダンデライポンはどうやってインセクトロールの幼体を見つけているのですかな? 下手に探せば親である成体のインセクトロールに見つかってしまうでしょう」


 うむ、それも至極当然の疑問よな。

 獣も魔物も、子供の近くには親が居るものじゃ。


「それなんじゃが、どうもダンデライポンは自身の蜜を餌にインセクトロールの幼体を誘い出しておるようじゃ」


「蜜? 魔物なのに蜜を?」


「ダンデライポンは植物、それも花の魔物じゃ。当然蜜を産み出す事が出来る」


「成程、そう言われればそうか」


 流石国の食糧庫を統治するだけあって、畑に近しい魔物への理解があるの。



「とまぁ、そんな訳でどうやらダンデライポンはインセクトロールの幼体を食べる事で、増殖を防いでいた事が判明したのじゃ」


「なんと、あのダンデライポンにそのような利点が……」


 伯爵は目を丸くして驚いておる。

 

「だが言われてみれば確かに最近ダンデライポンを畑の近くで見ない。いつもだったら畑の近くで作物に寄って来る虫を食べていたのだが」


 ほほう、意外と見ておるんじゃのう。


「詳しいの。よもや領内の畑を見て回っておるのか?」


「当然だ。我が領地は王国の食糧庫。私も領主として豊作不作問わずに現地を見て回り、作物の実り具合を確認している」


「そう言うのは部下にやらせるものではないのか?」


「確かに部下に任せる仕事もある。しかし作物の質が下がれば、我が領地のブランド力が落ちる事になる。故に私の元に情報が回ってこないなどと言う事態に陥らぬよう、私の目と鼻と舌で作物の様子を見て回る必要があるのだ」


 おお、随分と自分の領地の作物に誇りを持っておるのじゃな。

 しかし、人族の国にこれ程真っ当な貴族が残っていたとは。


いや、だからこそ国王からしたら自分におもねらん者として疎まれているのか。

優秀な者が疎まれ、無能や媚びへつらう者が徴用されるとは悲しい物じゃな。


「そういえば近頃狂暴な魔物が増えているという報告があったな。と言う事はダンデライポンはそれらの魔物にやられたか。むぅ、すぐにダンデライポンを保護し、インセクトロールの幼体を駆除しているか確認させねば」


 おお、優秀な統治者は本当に話が早いのう。

 正直魔王国にも伯爵のような人材が欲しかったものじゃ。

 わらわの国には、ドトッグのような脳筋が多いからのう。

 一応真っ当な統治を行える者もおるのじゃが、あ奴等はあ奴等で問題があるからのう……

「ジェネ嬢、有益な話を感謝する」


「何、気にするでないわ。それよりもじゃ」


 わらわは、謝礼を払う為に部下を呼ぼうとした伯爵と止める。


「ダンデライポンが駆除できるのはあくまで幼体のみじゃ。既に成体になっておるインセクトロールはどうにもならんぞ」


「むっ、そうだったな。むぅ、大変だがそちらは自力で倒すしかあるまい」


「大丈夫なのか? 国王から前線に兵を送れと言われておるのじゃろう?」


「そんな情報が貴女にまで流れているのか? まったく口の軽い者が居た者だ」


 実際にはメイア達メイド隊が集めた情報じゃな。


「そうだな。冒険者ギルドの力を借りる事が出来れば多少は楽になるのだが、間の悪いことに、冒険者達は軒並み近隣の国の大規模討伐に向かってしまったからな……」


 うん、それわらわが原因じゃ。ちょっと申し訳ない。

 なので特別サービスとして力を貸してやるとしよう。


「冒険者か。ふむ、それなら伝手が無くはないぞ」


「何ですと!?」


 魔物を倒す為の伝手があると言われ、伯爵が大げさに反応する。

 

「別に冒険者でなくとも、ようはインセクトロールを討伐できる力をもっておれば良いのじゃろ? 冒険者でなくとも良いのならわらわの知己を紹介しよう」


「願ってもない! ぜひ頼む!」


 よしよし、交渉成立じゃな。


「うむ、任せるがよい」


 さぁて、それでは王国で暴れまわる魔物を合法的に退治するとしようか。

 勿論報酬付きでな。

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