第94話 魔王、鶏肉を食べるのじゃ。

「いやー、お美しい!」


「卿のおっしゃる通り、まるで妖精の姫君だ」


 わらわを囲む貴族の一人が口を開くと、他の貴族達も同様にわらわを褒め称える言葉を口にしだす。


「これがシルクモスのドレス、何て美しいの……」


「あれがアビスパールとジュエルコーラル、まさしく異界の美だわ……」


 もっとも、その本音はわらわが身に纏っているシルクモスのドレスとアビスパールとジュエルコーラルのアクセサリが目的なのじゃが。

 幾人もの貴族達に囲まれ、わらわはこう思う。

 ……面倒くさいのぅ。


 と言うのもわらわはとある貴族のパーティに参加していたのじゃ。

 何故そんな事をしているのかというと、ダンデライポン達の生活を守る為じゃ。

 ダンデライポンならわらわの島で保護されているだろうと思うじゃろうが、わらわが保護したのは数多くいるダンデライポンの一部に過ぎぬ。

 島で保護するにしても限度があるしの。


 という訳で根本の原因を解決する為に、このパーティに参加したのじゃ。

 目的は、このパーティを開催した貴族と交渉する為……なんじゃが、集まってくるのはわらわの身を飾る品々を求める者達ばかりじゃった。


 それというのも、パーティにはジョロウキ商会の紹介という体で参加しておるからじゃ。

 あとはアレじゃな。主催者である貴族も、アビスパールとジュエルコーラル目当てでジョロウキ商会に仲介を頼んだという裏がある。

 何せ今のわらわは、貴重なアビスパールとジュエルコーラルを一手に担う異国の貴族ジェネじゃからの。


商品価値を落とさないように供給量を絞っておる上に、国中の貴族が欲しがる製で需要が過熱しすぎてしまい、注文すら出来ぬ有様だからじゃ。

しかもどこから聞きつけたのか、国外の貴族もその事を知って求めてきておる故、倍率はさらに上がってしまっておる。


 その為、何とか目的の品を手に入れようと、彼等は仕入れ先であるわらわと仲良くなってアビスパールとジュエルコーラルを優先的に入手させてもらえないかと期待しておるのじゃ。


 しかもその所為で、メイア達の着せ替え人形にされてしまった上に、面倒な連中に纏わりつかれてしまっておった。

ええい、これだから華美な服は好かんのじゃ。皆お世辞ばかりで本題を始められん。

 そんな感じで無駄話を続けていると、会場にざわめきがおこる。


「おお、ようやく現れたか」


 パーティ会場の階段を降りてやってきたのは、壮年の紳士と大層丸……恰幅が……ふくよかな夫人が降りてくる。

彼等こそ、このパーティの主催者アートシー伯爵夫妻じゃった。


「皆さん、本日は私の主催するパーティに参加してくださってありがとう」


 伯爵は踊り場で一旦足を止めると、会場内の参加者達に語り掛ける。

 対して伯爵夫人は早くどこかに行きたいのか、気もそぞろな様子じゃった。

 ちなみにこの夫婦、完全に伯爵が夫人の尻に敷かれているらしく、わらわを招待したのも夫人の我儘が原因だそうな。

 普通なら招待客を前にしてあんな態度はさすがに嗜められるしのう。


 まっ、わらわとしてはこの夫婦の力関係は非常に都合がよかった。

 うむ、まさに情報は力じゃな。メイド隊には後で労いをしてやらんとな。


「今日は見知った顔以外にも、初めて参加してくださった方々も居るようだ」


 と言って、わらわの居る方向に視線を向けてくる。

というか完全にわらわと目が合ったんじゃが。隠す気もないと言う事か。

まぁ、その方がこちらとしても楽で良いが。


「それでは新しい友人達との出会いを楽しんでいってください」


 伯爵は挨拶を終えると、階段を降りてパーティ会場に降り立つ。

 当然貴族達が我先にと彼に挨拶に向かう。

 最も、貴族には序列がある為、伯爵と会話するには順番があるのじゃがな。


 幸いわらわはこの国の貴族ではない故、挨拶合戦に参加する必要もない。

 寧ろ、向こうからやって来るから待つだけで良い。


 わらわに群がっていた貴族達が離れた隙に、わらわはパーティ会場の料理を満喫させてもらう事にする。


「ほう、この鶏肉料理は美味じゃの。羊肉も臭みを美味く消しておる。内陸ゆえ魚料理が少ないのは仕方あるまい」


 さらに言えば、テーブルの上には緑の色どりが少ない事にも気付いておった。

 やはり貴族の食卓にも虫害の影響が出ておるのじゃな。

 しばし料理を楽しんでおると、ざわめきが近づいてくる。

 なんじゃ、もう来たのか。


「初めましてお嬢さん。当家自慢の料理人の料理はいかがですか?」


「初めましてじゃなアートシー伯爵。鶏肉料理の味わいは見事じゃの。肉の脂が絶妙なバランスを保っておる。多すぎればクドく、抜き過ぎればパサパサになってしまうからの」


「おお、分かって貰えますか。鶏肉料理はウチの領地の名物ですからね。料理人達も研鑽を積んでおります」


 事実、アートシー伯爵家は王国西部の食糧庫と言われるだけあって、食料が豊富であり、特に養鳥が盛んな土地じゃ。

 多種多様な鳥と鳥魔物を育てる事で、様々な鶏肉料理を楽しめる。


「じゃが、もう一つの名物は無いようじゃの」


「……」


 ピクリと伯爵の眉が動くが、すぐに平静さを取り戻す。なかなかに役者じゃな。


「アートシー伯爵領といえば、新鮮な作物も名物の筈じゃ。良質な脂の乗った鶏肉をさっぱりとした野菜料理で口を潤す。添え物のように見えて、この地の鶏肉料理では野菜が重要な役割を締めておるのじゃ」


 この地の鳥は人が育てているだけあって、丸々と太っておる。

 ただその分脂も多くなってしまうので、瑞々しい野菜が不可欠なのじゃよ。


「ほう、そこまで我が領地の名物を理解してくださっていたとは感激ですな」


 伯爵は一転して嬉しそうな顔を見せる。


「肉料理の調理が絶妙なのは、野菜不足を補う料理人の努力の証じゃな」


 まぁ、実際はこの国の料理を研究していたメイアが料理の説明がてら報告してくれたんじゃがな。

 意外な所で意外な情報が話のタネになるもんじゃのう。


「成る程、言われてみれば確かに野菜が少ないな」


「そう言えば今日の料理はちょっとくどかったものな」


「馬鹿っ、しっ!」


 わらわの説明に納得の声を上げる者もおれば、伯爵の不興を買わない為に慌てて黙らせる者達と反応は様々じゃった。


「ですがお恥ずかしい。確かに今年は少々作物の収穫量が少なかったですからね」


 しかし伯爵はわらわの指摘や周りの反応にも怒ることはなく、やや困ったような顔をしつつも平然と受け止めた。


「しかし作物の収穫量はその年によって変わるものです。豊作の年もあれば不作の年もある。重要なのはその数字が大きく偏らない事です」


 確かに、伯爵の言葉は正しい。自然の影響を強く受ける作物はどうしても収穫量が変動する。ただしそれは……


「虫害の影響がいつまでも終わらなくてもかのう?」


「っ!?」


 ここで初めて伯爵の表情がはっきりと歪む。


「虫魔物の件、ご存じでしたか」


「それ以前の虫害からの」


「っ……」


 お前の所の台所事情はよく分かっているぞと言外に告げると、冷静さを取り戻そうとした表情が再び歪む。


「原因が分からず困っておるのではないかな?」


「虫や魔物が突然大量発生する事は稀にありますよ。今回はたまたまそれが重なっただけです」


「いいや、偶然ではないぞ」


「なんですと?」


 偶然ではない、というわらわの言葉に、伯爵が不機嫌そうに眉を潜める。


「貴女は何かを知っていると言うのですか?」


「うむ、知っておるぞ。何ならその理由を教えても構わん」


「……それは素晴らしい提案です。是非後でゆっくりお話を聞かせいただきたいですね」


 わずかな時間ながらも逡巡していた伯爵じゃったが、デタラメと切り捨てるには抱えている問題が大きすぎると考えたのか、素直に教えを乞うてきた。

 とはいえ、これ以上ここで詳しい話をするほど迂闊ではないか。


「お話は終わりましたの? それならわたくしもお客様にご挨拶したいのですがっ」


 わらわ達の話が研ぎ出ると、待ってましたとばかりに伯爵夫人が会話に参加してくる。


「こら、お客人の前だぞ。すみませんジェネ嬢。妻が失礼いたしました」


「いや、問題ない。わらわとしても夫人と挨拶したいと思っておったところじゃ」


 交渉の糸口は得た故、少しくらいはサービスしてもよかろうて。


「まぁ! わたくしもジェネ様とお話ししたいと思っていたのです! だって、こんなに可愛らしいのですもの!!」


「う、うむ? お褒めに預かり恐縮じゃ」


 相手を褒めるのはこういった場において定番の会話のタネじゃ。

 そこから相手の装飾品やドレスを褒め、マウント合戦を始める者もいると聞くが、まぁ今回はその心配もなかろう。


「夫人の装いも女神の愛娘と見紛うほどじゃ。月の光が霞んでしまいそうじゃの」


 女神の愛娘とは、こう言った場において定番の褒め言葉じゃ。

 ただし女神のごとくとか、女神が嫉妬するほどに、と言った物言いは女神から天罰を受けると言われ、女神本人を比較対象にした言い回しは避けられる風潮があるのじゃが。


 しかし女神の娘は神に精霊に数多くいる上に、地上の民は神々の子供も同然なので、女神の娘呼ばわりしてもカドが建たないと言う訳じゃ。

 まっ、誰が相手でも使える便利な褒め言葉と言うやつじゃの。

 月の光が霞むとはその中でもとても素晴らしいみたいな感じじゃ。


「まぁまぁ、愛らしいだけでなく、社交辞令にも詳しいのね。素晴らしいわぁ」


 けれど何故か夫人はわらわの社交辞令に自愛に満ちた笑みを浮かべる。


「でも知らない土地に一人で来て不安は居ないかしら? 心配事があったら何でも相談して頂戴」


 そう、語る夫人の顔には、小さいのに偉いわぁと言わんばかりの空気が満ちておった。

 んん? なんかおかしくないかの? てっきりアビスパールとジュエルコーラルの優先購入を求めてくると思ったんじゃが。

 というかこの雰囲気、以前どこかで感じたような気が。


「ああ、近くで見ると本当に可愛らしいわ。ウチの子も昔は可愛かったのに、大きくなったらすっかり愛想が悪くなっちゃって」


 なんだか近所のオバちゃんが子供の成長を嘆くようなノリなんじゃが。


「あー、申し訳ないジェネ嬢。妻は長らく子宝に恵まれなかった反動で、大の子供好きでね。可愛がっていた一人息子が成人して手を離れてしまった事で、可愛らしい子を見ると、殊更はしゃいでしまうのだよ」


 ……何じゃと? アビスパールとジュエルコーラルが目当てだったのではなかったのか!?

 っていうか、御子息間違いなく親の過干渉が嫌で早く離れたがったのでは?


「本当は別件で話がしたかったらしいのだが、どうやら君本人に興味が移ってしまったようだ」


 うむむ、それ自体は間違いではなかったと言う事か。

 しかしメイアからは夫人のこの嗜好に関する報告は無か……はっ!? 


「ああ、本当に可愛らしいわ。ねぇジェネちゃん、ウチの娘にならない?」


「はぁーっ!?」


 そうじゃー! 夫人のこの反応! 長期間わらわと接触してなかった時のメイアの奴に似とるんじゃー!

 なんかわらわ成分とかぬかして顔を擦り付けてくる時のあ奴と同じ空気じゃ!

 こ、これはいかん雰囲気! さっさと伯爵と交渉の続きを……


「おっと、すまない。他の客にも挨拶をしないといけないので、私は一旦席を外させてもらうよ。カノーラ、ジェネ嬢のお相手をよろしく頼むよ」


「ええ、任せてくださいな」


「はぁーっ!?」


 そこは妻を諌めるのが夫の仕事ではないかのー! なんとかせんか!

 わらわは通信魔法を使う勢いで伯爵に助けを求める視線を送ると、伯爵もまた視線でこう帰してきた。


『ごめん、こうなった妻には逆らえないんだ』


 尻に敷かれ過ぎじゃろ旦那ぁーっ!!

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