第93話 魔王、蜜と共生を理解するのじゃ
冒険者が居なくなったことで、国は大規模な追加戦力を確保する事が出来なくなった。
同時にそれは、民間人の志願兵程度では戦力の維持足りえず、大司教による自爆兵の投入計画がとん挫する事でもあったのじゃ。
「とはいえ、今だ大司教が自爆兵を導入しようとした理由は分かっておらんのじゃよなぁ」
どうも大司教は秘密主義であったらしく、近しい者達ですらその真意を知る者は未だ見つかっておらんのじゃ。
「だが民を道具として使いつぶされる事を阻止できたのだから、悪い事ばかりでもないだろう」
「うむ、そうだな」
「ワンワワン!」
「キャンキャキャン!」
魔物達と共にハチミツフルーツマフィンを食べていたガルがそう言うと、レーベとウィーキィドッグ達もそうだそうだと言わんばかりに声を上げる。
「まぁのう。しっかし、聖獣が揃って甘い物に夢中とはな」
「良いではないか。美味な物は甘かろうが辛かろうが美味だ。それに里では甘味は希少だったからな。守り人達も喜んでいる」
と、ガルは自分について島にやって来た守り人達がメイア達の作ったハチミツフルーツマフィンを食べる光景を愛おしげに見つめる。
「そうだな。この菓子は美味い。長年邪神の邪気に蝕まれてきたこの身が癒されるようだ」
いや、そりゃ完全に気のせいじゃろ。
ただのハチミツと果物を混ぜた菓子に邪気を浄化する効果なぞないぞ。
邪気や瘴気と呼ばれるものは生き物の肉体と心を蝕む呪いに近いものじゃ。
これに冒された者は高位の神官の浄化魔法か、清浄な土地で時間をかけて安静にするしかない。
じゃから菓子を食ったからと言って身の内に溜まった邪気が浄化される事は無い。
「まぁ美味いのは事実じゃがの」
最近気の休まらん事件が多い故、こうして甘い物で心を癒やすのも悪くないの。
ただのう、こういうを考えるとると、大抵何かしらトラブルが舞い込んでくるんじゃよな。
「リンド様、お耳に入れたい事が」
ほれきた。
「一体何事じゃ?」
「人族の国と魔王国の一部地域で虫の魔物、インセクトロールが異常発生したそうです」
「インセクトロール 別に報告するほどでもないのと思うが?」
インセクトロールは二足歩行する虫の魔物じゃの。
見た目がトロールに近いことからそう呼ばれておるが、それ程脅威ではない。
個々の強さはそれほどでもなく、初級冒険者でもそこそこいい勝負が出来る程度の相手じゃ。
ただ甲殻を持つタイプの魔物なので、ちと面倒じゃ。
「はい、本来なら大したことではないのですが、現状ですと少々問題がありまして」
はて、何が問題なんじゃ? 戦時中とはいえ、虫の魔物程度なら冒険者に依頼すれば……
「あ、そう言う事か」
「はい。冒険者達はほぼ全て国外で偽装依頼を受けていますので、魔物討伐の依頼を受けれない状況なのです」
こりゃ参ったの。まさかわらわの策が裏目に出てしまうとは。
流石に普通の村人には荷が重いか。
「冒険者が頼れんとなると、衛兵隊あたりの出番か」
「はい。とはいえ、衛兵隊のある町は自分達の町を守るので手一杯のようで、周辺の村を守る余裕はないですね。村人も必死で耐えていますが、畑や牧場はかなりの損害を受ける事になりそうです。しかも食料を食いつくした虫魔物は他の土地に広がって行ったようで、被害は益々広がっております」
おお、そりゃマズいの。
「その結果食べる物を無くした村人達が難民となり、近隣の町や村に救いを求めて集まっています」
とはいえ、その町や村は広がったインセクトロールから自分達を守るのに手いっぱいじゃろうから、余計な食料などないじゃろうなぁ。
「インセクトロールと難民の対処で領主と衛兵隊は手一杯のようですね。とはいえ、このままだと難民も暴動を起こすかもしれません」
あー、領主は難民の受け入れを拒否して町の門を閉ざしたか。
まぁ土地を治める者として、助ける者と助けない者の取捨選択をせねばならんのは辛い所じゃな。
「ワンワワン!」
しかしわらわ達の話を聞いていたウィーキィドッグは、それを不服とばかりに声を上げる。
まぁ何言っとるかわからんのじゃがな。
「また前線の立て直しの為に各地の領主に塀の提供を催促されているようですが、インセクトロールや食料だった弱い魔物が居なくなって人を襲い出した魔物の対応で各地の領主たちは王命を拒否しているようです。王家の威信もへったくれもあったものではありませんね」
事実、目の前の問題を何とかせねば自分達の食い扶持がなくなってしまうのじゃから、王命どころではないよなぁ。
「しかしインセクトロールは何故異常発生したんじゃろうなぁ」
虫系の魔物は他の魔物に比べて数が多くなる傾向にある。
これは通常の虫も同様じゃからおかしな事ではない。
しかし異常発生となると何かしらの原因がある筈じゃが、特にインセクトロールが増えるような何かがあったという話も聞かんのじゃよなぁ。
「インセクトロールがどうかしたポン?」
わらわ達が首をかしげていると、ダンデライポン達が集まって来た。
こやつ等は普段土の中に埋まり、根である体毛から栄養を得ておるが、定期的に運動を兼ねて土から出て歩き回っておるのじゃ。
「いやのう、インセクトロールが異常発生しておるらしいんじゃ」
「へー、そうなんだポン。インセクトロールは美味しいから食べ物がいっぱいで良いポンねぇ」
「何じゃと?」
インセクトロールが美味しいとな?
「アレは殻が硬いから食うのが大変ではないか?」
魔物が他の魔物を食うのは珍しい事ではないが、基本的に殻の固い魔物は敬遠される傾向にある。
もっとも、それを気にしない様な顎と牙の鋭い魔物は別じゃが、ダンデライポンはそのぬいぐるみのような見た目通り、顎も牙も見た目通りの性能じゃ。
「生まれたばかりのインセクトロールはすっごく柔らかいんだポン」
ほう、そうなのか。サナギから孵ったセミみたいなものなのかのう?
「インセクトロールは僕達の蜜を求めてやってくるから、簡単に食べれるんだポン」
……今、何か重要な事を聞いた気がするのじゃが。
「待てダンデライポンよ。インセクトロールはお主達の所に自分からやってくるのか?」
「そうだポン。だから僕達が小さい頃は、蜜目当てにやって来たインセクトロールを食べて大きくなるんだポン」
なんと、知られざる魔物の生態を知ってしまったのじゃ。
よもやダンデライポンとインセクトロールがそのような共生関係にあったとは。
「んん? ではインセクトロールが異常発生した理由というのは……」
「おそらく食糧であり捕食者でもあったダンデライポンが居なくなった事で、命を脅かされる危険が大幅に減ったからだと思われます」
「だから魔王国でも発生しておるのか!」
まさかの原因発見じゃな!
「よもやダンデライポンの存在が生態系にそこまで影響を与えておるとは思ってもおらなんだぞ」
成程のう。弱いダンデライポンは大人のインセクトロールに叶わぬが、奪われるのは花の蜜のみじゃ。そう言う意味では食われても命の危険はない。
インセクトロールも大量の子供を食われるかわりに、自分達の食事である蜜を必要量生産してもらっておった訳か。
「奇跡的な生命のバランスじゃのう」
しかしそうか。ダンデライポンにそのような役割が……
「ならば、上手く使えるやもしれんな」
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