第91話 魔王、ギルド長の苦悩を聞くのじゃ

「冒険者を自爆兵に仕立てるじゃと!?」


 前線での戦いが小康状態になったところで大司教の事を調べさせていたわらわじゃったが、今度は冒険者を洗脳する計画が上がっている事が判明したのじゃ。


「明確にそうすると宣言したわけではないようですが、大司教の息がかかった教会関係者が冒険者ギルドに接触を試みています。信徒を使いづらくなったのが原因でしょうね」


 信徒を使いづらくなったというのは、自爆した信徒の家族が原因じゃった。

 彼らは前線に向かった家族からの連絡が全くない事を心配しておった。

 そこで騎士団関係者に伝手のある者が自分達の家族は無事なのかと尋ねたところ、ほぼ全滅していたことが判明したらしい。


 普通に考えたら戦闘訓練も何もして者に任せられる仕事など後方での雑用くらいじゃ。

 それが全員戦死したとなれば家族も黙ってはおられんかったという事じゃ。


初めは騎士団に非難が殺到したみたいじゃが、騎士団からすれば自主的な従軍希望じゃった事から、筋違いの文句だと追い払われる事となる。

そうなると追い返された家族達は、何故戦場に向かったのかの原因を探し始める訳じゃ。


「出兵前に不自然な程頻繁に教会に向かうようになったかと思えば、教会の司祭が良く語る魔族殲滅思想を口にして前線に向かったのじゃから、何か関係があると考えるのも当然じゃのう」


 結果、身に覚えのない教会は信徒達の剣幕に困惑する訳じゃ。

 実際原因であるエプトム大司教以外は自爆攻撃の事を知らぬのじゃから、関係者は文字通り寝耳に水であったじゃろうな。


「結果教会は信徒達に軽率に戦場に向かわぬように呼びかけ、エプトム大司教のもくろみを妨害する事になったわけじゃが……」


「今度は冒険者を洗脳して自爆兵に仕立てるつもりでしょうね」


「確かに冒険者達は流れ者故、戦場で自爆兵として散ってもその異常に気付かれにくいじゃろうな」


 そう考えると、寧ろ冒険者を利用する事は急場しのぎではなく、織り込み済みの計画だったのかもしれんな。


「とはいえ、これは見過ごせんのう」


 一応はわらわも冒険者じゃしな。冒険者としての身分を使いたい時に自爆兵にする為に呼び出されては堪ったものではない。


「仕方ない。ちとギルドに顔を出すとするか」


 ◆


「という訳じゃ」


 いつもの町の冒険者ギルドにやってきたわらわは、ギルド長と面会し、前線で行われておる非道な作戦について説明した。

 そして次は冒険者が狙われているとも。


「はぁ……」


 しかしギルド長の反応は半信半疑どころか全疑、完全に信じておらなんだ。

 あまぁ普通に考えたらお前達を洗脳して自爆兵として利用するつもりだと言われても、はいそうですかと納得なぞできんわな。

 それでもギルド長の腹の内を知っておるわらわからの情報である事を考慮して、反射的に否定されないだけマシか。


「嘘だと思うなら調べてみるが良い」


「ま、まぁ流石にそんな事を言われて二つ返事で真に受ける訳にもいかんからな、ちゃんと調べさせてもらうが……」


「急いだほうが良いぞ。教会、いやエプトム大司教は信徒を利用する事の躊躇いが無い。時間がかかればそれだけ冒険者達が犠牲になるぞ」


 特に回復魔法の使い手は大抵が教会に所属しておる修行中の司祭候補じゃ。

 彼等を足掛かりに冒険者達の洗脳を行う可能性が高い。


「わ、分かった。すぐに調べさせる」


 さて、冒険者達が洗脳されてしまう前に間に合うとよいがのう。

 いや、その前にギルド長達幹部が洗脳される危険もあるか。

 念のためメイド隊に陰ながら護衛をさせておくべきかのう。


 ◆


「君の言う通りだった。前線では志願兵による自爆攻撃が横行しているらしい」


 あれから、ギルド長が情報を得た事をメイド隊の情報で確認したわらわは、再びギルド長と面会をしていた。


「じゃろう?」


「それだけではなく、教会から私との面会を求める要請がきた。こうなると情報の裏付けが取れるまで居留守をしていたのが功を奏したと言えるな」


「流石に人の上に立つ者は身を護る術に長けておるの」


「からかわないでくれ。それで、これから私はどうしたら良いと思う?」


 ギルド長は頭が痛いと否定に手を当ててわらわに妙案がないか求めてくる。


「とにかく教会とかかわらん事じゃな。可能なら今すぐ冒険者を国外に避難させる事じゃ。勿論お主等ギルド関係者もじゃ」


「そういう訳にもいかん。こう言ってはなんだが、冒険者もある種信用商売だ。冒険者を全員国外に逃せば、冒険者達が戦争から逃げ出したと思われるだろう。一度全てを放りだして逃げれば、事が解決した後に再び戻ってくるのは難しい。ただでさえ冒険者は余所者の集まりだ。肝心な時に逃げ出して、今更戻ってきて何のつもりだと言われるのは目に見えている」


 しかしギルド長は冒険者達を避難させることに難色を示す。


「仮に再びこの地でのギルド運営を許されたとしても、その時は貴族や教会の要求を突っぱねるのは難しくなるだろうな」


 ふぅむ、ギルド長の懸念ももっともじゃ。


「冒険者ギルドがここまで規模と信頼を広げる事が出来たのも、代々のギルド長達が踏ん張って来たからだ。だから誰もが納得できるような理由でもない限り、冒険者達を国外に逃す訳にはいかん。戻ってきた時、冒険者の仕事がなくなってしまうからな」


 冒険者の事を考えればこそ、逃げねばならんのに逃げる訳にはいかんか。ままならんのう。

 更に言えば、自分も逃げるつもりはないと言う事じゃろう。

 しかしそうか、誰もが納得できる理由があれば問題ないのじゃな。


「分かった。ならばお主はお主の責任を全うするが良い」


「せっかく教えてもらったのに悪いな」


「気にするな。責任のある者は辛いのう」


 それだけ言うと、わらわは冒険者ギルドを出た。


「部下を忍ばせて、教会関係者が事に及ぼうとした瞬間に襲撃しますか?」


「そんな乱暴な手段を使う必要はない」


 ギルド長に人を張り付けておく事を提案してきたメイアに、そんな真似をする必要はないと却下する。


「では何か妙案が?」


「うむ、あるぞ。最高にスマートな方法がの」


 さぁて、派手にやるとするかの。


 ◆


「キステート行きの冒険者は集まれ!! すぐに馬車が出るぞ!!」


 冒険者ギルドは鉄火場となっておった。


「違う! こっちはビエイフ行きのチームだ! ノキコーは向こうだ!!」


「支援物資が足りんぞ! 買出し班は追加頼む!!」


 それというのも、複数の国の冒険者ギルド支部から救援要請が入ったからじゃ。


「巨大な魔獣が同時に出現とか、何が起こってるんだ!?」


「ノキコーには弱いがとにかく大量の魔物が発生してるらしい。単純に手が足りないそうだ。ランクは問わん、移動費は向こうのギルドの依頼主が持ってくれるから参加してくれ!」


「マジか! 移動費が掛からないなら受けるぜ!」


「俺達は魔獣だ! デカいのを倒しゃ名を上げれるからな!」


 冒険者達もギルドからの緊急招集を受けて自分達に適した依頼を受領してゆく。

 そうして、昼飯時になるころには、冒険者ギルドから、いや町から冒険者達は一人も居なくなっていたのじゃ。


「とまぁこんなところじゃな」


 冒険者が居なくなった町を、何時もとは違う人間の姿に変じたわらわとメイアは眺めておった。


「まさかグランドベアを始めとした島中の魔物達を使って魔物の襲撃を偽装し、冒険者達を救援依頼名目で国外に向かわせるとは……」


 ふっふっふっ、冒険者じゃからな。依頼があればそこが国外であろうとも向かうのは道理じゃ。

 しかも今回はメイアの管理するジョロウキ商会を依頼主として、移動費を依頼主持ちにしておるからな、旅費にも事欠く金欠冒険者でも国外に遠征できるというものじゃ。


「お陰で大損です」


 まぁ魔物は全部わらわ達の関係者じゃからな。討伐して素材で資金回収とかも出来ん。

 ジョロウキ商会としてはなんの見返りもない依頼ゆえメイアがぼやきたくなるのも仕方ないといえば仕方ない。

「じゃが、おかげでスムーズに冒険者達の国外逃亡は完了した。ギルド長達幹部連中もこれならと雲隠れをしておる。後は皆が時間を稼いでおるうちに大司教が皆を洗脳できない様にするだけじゃ。戦争に勝つ為に大量に洗脳するのなら、ちまちま一人ずつ洗脳しておるとは思えん。何かしらの設備がある筈じゃ」


 それを破壊すれば、信者達を使った自爆攻撃など出来なくなるじゃろう。

 可能なら、それらの施設を白日の下に晒し、大司教をその地位から引きずり下ろしたいtころじゃのう。


「問題は、そうなった時に大人しく引きずり降ろされてくれるかじゃがな」


 ◆


 大司教は教会内の自分に割り当てられた部屋で、部下からの報告を受けていた。


「冒険者達が全員国外に? 招集を避ける為逃亡したと言う事ですか?」


 それはリンドの企みで冒険者達が国内から消えてしまうという奇妙な事件があったからだ。


「いえ、どうも他国に強力な魔獣が複数の土地に出現したようなのですが、現地の冒険者ギルドでは対応しきれず、周辺国の冒険者ギルドに救援要請を出したそうです。更に魔獣出現の影響か、小型の魔物も活性化したようで、実力の低い冒険者達にも要請がかかったとのことです」


「それは何とも間の悪い」


 冒険者達を新たな自爆兵に仕立て上げようとしていた大司教は、目算が狂った事にわずかな戸惑いを感じていた。


「しかしタイミングが良すぎる。ギルド長の中には教会との接触を避けているような節がありました。偽装依頼の可能性は?」


「いえ、現地の司祭からの報告では、魔物は実際に暴れているようです」


「ふぅむ、本当に偶然と言うことですか。なんとも運の良いことで」


 流石に実際に魔物が暴れているのなら、冒険者ギルドが要請を拒否する為に行ったのではないのだろうと大司祭は己を納得させる事にする。


「仕方ありません、別の手段を考えるとしましょうか」


 けれど違和感は消える事はなく、大司教は別の可能性を考える。


「もしくは、冒険者ギルドを利用される事を良しとしないものが魔獣達を動かした? そんな事が出来るのは……」


 大司教はそれを実行できるだけの力と権力を持ち、実際に行う理由のある者を選別してゆく。


(魔王は封印されているから除外ですね。他にそれが出来る者と言えば……)


「……確か、今の魔族の実質的な指導者はヒルデガルド宰相でしたね。彼女なら、指揮下にある魔獣、もしくは幹部魔族の有する魔獣を動かす事が出来るでしょう。小物と思っていましたが、意外に厄介な敵かもしれませんね」


 こうして、本人の知らない所でヒルデガルドは大司教の重要警戒対象に認定されたのだった。

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