第90話 魔王、大司教の動きを探るのじゃ

 再び始まった魔族と人族の戦争。

 その初戦は魔族が人族の砦を奪い、一気に優勢に傾くかと思われた。

 じゃが人族は追撃を行ったドトッグ達に対し、自爆攻撃で反撃すると言う防御を行った。

 その結果魔族軍は浮足立ち、せっかく奪った砦を奪い返されてしまったのじゃった。


「この戦い、荒れるかもしれんのう……」


 メイド隊からの報告を受けたわらわはそんな予感を抱き、そして的中した。


「砦を取り戻した人族の軍ですが、その後も砦を責めてくる魔族の軍に対して自爆攻撃で対抗しているようですね」


「なんじゃそれ、人族は正気か?」


 窮地を脱する為の奇策をただの防衛線で使うじゃと? そんな事を繰りかえしていたら兵があっという間に尽きるぞ?


「部下を部下とも思わぬこの下策、砦の司令官が命じたのか?」


 いやまさかな。前線は激戦区じゃ。

 ただでさえ物資や兵の補充がままならんというのに、そのような愚策は犯すまい。


 補給を判断するのは、現場の苦労を知らぬ後方の者達じゃからな。

 そんな連中にいつ補給を絞られるか分からん状況では、無駄な損耗は避けるのが当然の判断じゃ。


「という事はこの作戦は誰かの入れ知恵、いや横やりじゃな」


 とはいえ、前線司令官が受け入れざるを得ない相手となると、相当に上の方からの横やりじゃろうな。


「このような外道の行い、一体誰が思いついたのやら」


 ◆


「リンド様、前線での戦いの件ですが、裏で糸を引いている人物が判明しました」


 気分転換にシルクモス達の巣でモフモフに埋もれておったら、メイアが調査報告にやって来た。


「誰が黒幕だったのじゃ?」


「王都の教会に所属しているエプトム大司教の仕業のようです」


「大司教? 教会が戦争にまで首を突っ込んできたのか?」


 人族の宗派には人族と敵対する種族は邪悪な魔物の仲間であり、討伐を推奨するという過激な宗派がある。

 ぶっちゃけ人族の国の最大勢力の宗派じゃな。

 連中はわらわ達魔族を倒す為、回復魔法を使える司祭を救助活動名目で前線に送っておる。

 いわゆる衛生兵という奴じゃが、名目上は善意の救助活動じゃ。


 しかし表向きは平和を愛する神の僕を自称している為、作戦立案といった殺し合いに直接加担するような真似はしてこなかったのじゃが……


「エプトム大司教は直接戦争に口出ししている訳ではありませんが、ここ最近前線に配属された兵達は王都の教会でエプトム大司教の説法を頻繁に聞いていた信徒達だそうです」


「説法で魔族に対する敵愾心を植え付けたという事か? しかしそれは連中のいつもの手じゃろ?」


 ぶっちゃけもう数百年近くやられておるんじゃよなその手口。


「それが、送り込まれた信徒達は元々そこまで信心深くない、良くも悪くも普通の人間だったそうです。それがある日突然邪悪な魔族を打ち倒し、世界に平和を取り戻す為に戦うと言って前線息を志願したそうです。家族を置き去りにして」


「それは穏やかではないのう。しかしそんなになる程露骨に洗脳されたのなら、途中で家族も気付けたのではないか?」」


「それが、信徒達は徐々に思考が捻じ曲がって行ったわけではなく、ある日突然人が変わったようになったそうです」


 なんじゃそりゃ。どう考えても何かされたのは間違いないではないか。


「さらに言えば前線の兵士達から得た情報では、やって来た信徒達の姿は明らかに難の訓練も受けた様子のない文字通りの一般人だったそうです。そんな彼等が、全く死を恐れる様子もなくあの自爆攻撃を行ったのだと」


 正直、その光景は相当に不気味だったことじゃろう。

 何の訓練も積んでいない一般人が、臆することなく自爆攻撃を行う。

 訓練を積んだ兵ですら自爆攻撃なぞそうそう出来る者ではない。訓練を受けていない一般人なら尚更じゃ。


「というか、なんで指揮官はそんな見た目一般人な連中に自爆攻撃なぞさせたんじゃ?」


 普通に考えれば、どう見ても戦えない一般人なぞ、追い返すか精々砦内の雑用係をやらせるくらいが関の山ではないか。


「それが自爆攻撃は砦の指揮官達によって立案された作戦ではなかったようです。上層部から特殊な作戦を行う為に特別に訓練された兵達という名目で送り込まれ、今回の作戦も彼等が主導したようです」


「おいおい、よく前線の司令官がそんな申し出を受け入れたもんじゃな」


 突然後方から良く知らん連中がやってきた挙句、自分達主導で妙な作戦を行うと言われても、現場で踏ん張って来た連中からしてみたらコイツ等なに馬鹿なことを抜かしとるんじゃと鼻で笑われるところじゃろ。


「作戦に参加するのは彼等だけで、元から前線にいた兵達は隠し通路に隠れているだけで良いと言われた事と、平時よりも多めに補給される物資で受け入れたようです。後はまぁ、上からの圧力ですね」


 成程、危険な作戦を全ての後方から来た部隊だけで行うなら、前線の指揮官達は自分の戦力を一切消耗せずに済む。

 砦への侵入を許してしまう事になるが、敵が後方からやって来た部隊の追撃に夢中になれば、砦の中は手薄になる。


 そこに隠し通路から飛び出して奇襲すれば、砦の奪取はそこまで難しくは無いと砦の司令官は判断した訳か。

 おそらくそこには、突然安全な後方からやって来た連中が失敗すれば、砦奪還の労力と合わせて後方に貸しを作れるとの思惑があったのじゃろう。


「じゃが前線の連中も、そんないけ好かない連中が突然自爆攻撃を始めてさぞ驚いたことじゃろうな」


「はい。現在進行形で行われている自爆攻撃を目の当たりにしている前線の兵達は、彼等の異常な行いに明確な恐怖を感じているようです」


「そりゃそうじゃ。誰も好き好んで自爆攻撃なんてしたくないからの」


 戦いというのは勝利し、かつ生き残るからこそ意味があるのじゃ。

 だと言うのに、勝利する為に自分の命を犠牲にしては何の意味もない。

 それが下がる事も出来ず、後ろには守る者達が居るような崖っぷちの戦いならまだ分かるが、戦後の小競り合い同然の戦いで進んで命を捨てるなど異常じゃ。


 ごくごく普通の、それも神の教えに熱心ではなかった者が熱狂的な狂信者となる。

 怪しい匂いがプンプンんするわい。


「これは、もうすこし詳しく調べるとするかの」


 そうと決めたわらわは、シルクモス達の中から起き上がると、情報を得る為前線に向かうの事にした。


 ◆


「という訳で自爆部隊の兵を一人捕まえてみたのじゃよ」


 わらわ達の前では、縛り上げられた人族の兵士が転がっておった。

 その姿は粗末な鎧を纏っていたものの、体格はどう見ても戦士のソレではない。

 全く鍛えていない体は典型的な中年太りをしており、とても戦争で俊敏に動けるようにも、強力を発揮できるようにも見えなんだ。


「どこから見ても一般人男性ですね」


「じゃのう」


「おおお……邪悪な魔族を滅ぼす……滅ぼすぅ」


 しかも目は虚ろで、口から洩れるのはこうした魔族への敵対を示す言葉ばかりで、とても会話が成り立つ洋には見えんのう。


「のうお主、魔族になんぞ恨みでもあるのか?」


 とはいえ、一応コミュニケーションを試みてみるとしようかの。


「魔族は滅ぼすべき邪悪。神に逆らいし悪……」


 うーむ、こりゃ話にならんの。


「明らかに正気ではありませんね」


「じゃな。真っ当な思想を捻じ曲げる洗脳ではないの。こりゃ薬物か魔法で操られておるわ」


 自爆などという己をないがしろにする行為を平然とする以上、真っ当な精神状態ではないと察してはいたが、これは酷い。

 過去に非道な行いをしてきたこともある人族じゃったが、戦いとは無縁の民を使い捨ての道具として扱うこの行いは、これまでとは違う意味で道理に反しておる。


「やれやれ、これでは教会の方が連中の言う魔族のようではないか」


「それなのですが、どうも教会はこの件に関わって居ない可能性があります」


「む? それはどういう事じゃ?」


 教会が関わっておらぬとな? しかし大司教が関係しておるのじゃろ?


「部下達も教会が信徒を使い捨ての戦力として戦場に投入するつもりなのではと考えて教会上層部に探りを入れたようなのですが、上層部にそれらしい動きは無かったそうです」


「では今回の件に関わっていたのは……」


「はい、エプトム大司教の説法を受けた信徒のみのようです」


 ふぅむ、それは分かりやすい黒幕ぶりじゃのう。


「教会上層部は失踪した勇者と聖女の追跡にやっきになっていますね。それと同時に新たな聖女の選定の為に司教達は自分の要する聖女候補を王都に呼び寄せています。誰も前線の戦いの事など気にもしておりません」


 絵にかいたような権力争いじゃな。


「しかしそう言われれば確かにそうじゃな。教会上層部としては前線の戦いに関与するよりも新たな聖女の後見人の座を得る事の方が重要じゃろうて」


 それにしても、この状況でも権力争いに固執するとは情けない話じゃのう。

 しかしそうなるとこの信徒達は何の為に洗脳されたのじゃろうな。

 大司教は新聖女擁立には関わらず、洗脳した信徒を戦線に投入する事を優先した。


「まぁ、何らかの実験の為に送り込んだと考えるのが妥当か」


「おそらくは」


 魔族との戦いを有利にするためだけに邪神を封印する為の神器の力を無駄遣いし、今度は信徒を使い捨ての道具として自爆させたりと、今の人族の国は明らかにおかしい事ばかりしておる。


「何を企んで折るのか分からんが、どう考えても真っ当な目的とは思えんのう。メイア、その大司教の身辺を探れ」


「はっ、かしこまりました」


 やれやれ、どうやらまた厄介なことが起きようとして……


「リンド様、続報です」


 と、部下に指示に向かおうとしていたリンドが、魔法による連絡を受けたらしく戻ってくる。


「何事じゃ?」


「状況に焦れたドトッグ卿が精鋭部隊を率いて強引に突撃し、人族の砦を破壊。その結果人族は防衛線を大きく下げる事になり、ドトッグ卿も自爆攻撃をやせ我慢しすぎた所為で撤退し、空白地帯になった土地を他の魔王国幹部に横取りされた模様です」


「……なにやっとるんじゃアイツは」


「制圧した部隊は追撃などはせず、現地を完全制圧のする為、統治活動に専念するようですね」


「一旦は戦況も落ち着いたということか」


 結局、人族の身を切るような奇策は魔族の力づくの攻撃ですりつぶされてしもうたな。

 まぁその魔族側も痛手を被ったのじゃから痛み分けじゃのう。


「何を考えているのか分からん人族と碌に者を考えずに強引に切りこむ魔族。まぁお互いにとって戦力差と相性が良かった結果と言えるのう」


 武力で勝る魔王軍が、人族の奇策で痛手を受けた。

 その結果双方の戦力は丁度バランス良く削れたのじゃった。


「わらわにとっては怪我の功名じゃの。やっかいな自爆攻撃も兵が居なくては再開できまい。この間に大司教の企みを暴かせてもらうとするかの」


 あとはそうじゃな。ドトッグめも利用させてもらうとするか。

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