第89話 魔王、戦いの始まりを見守るのじゃ

「リンド様、前線で戦いが始まったそうです」


「そうか」


 メイアの報告を受けたわらわは、テーブルの上に置かれた地図を確認する。

 地図の上にはいくつもの駒が置いてあり、メイアの報告を受けてメイド達が駒を動かしてゆく。


「攻撃を行ったのはドトッグ卿の兵ですね。定石の砦攻めはせず、強引に外壁に張り付き、内部への侵入を試みております」


「また力技じゃのう」


 とはいえ、ドトッグの主力部隊は武力に優れておる。

 たてがみや毛皮に覆われたその体は天然の鎧であり、優れた身体能力は人族の砦程度なら容易に防壁を登って内部に入る事が出来るじゃろう。


「とはいえ、ドトッグ側も無傷では済むまい」


 いかに優れた天然の防具と身体能力を持っているとはいえ、防壁を登っている間は無防備になる。

 致命傷を負うまでに登り切れるか、途中で叩き落とされないかの勝負じゃな。


「その辺りは後でポーションを使って治療すれば良いとの考えのようで、かなり無茶な進軍を行っていますね」


 そのあたり、獣人系魔族は人族とはポーションの使い方が違うのう。

 連中は怪我を治す為の保険として使うというよりも、電撃戦を完遂する為に無茶を聞かせる手段としてポーションを使う事を好む。

 つまり重傷を負っても後で治せばよいという考えで無茶をするのじゃ。

 そりゃもう、次期魔王候補として他の魔族達から支持が得られんのも当然じゃよな。


「初戦はドトッグの勝ちかの」


「しかし人族の国のポーションの保有率と、戦術次第ではドトッグ卿も戦線が途中で止まってしまうかと」


「じゃな」


 ドトッグは凄まじい勢いで打ち込まれた杭じゃ。

 それゆえ、一度勢いに乗ったドトッグの進撃を食い止める事は難しい。


 じゃが撃ち込まれた杭は途中で止まるもの。

 そこを狙われたら撤退も視野に入れなければならぬ。


「とはいえ、今のドトッグに撤退を進言してくれる部下も同僚も上司もおらんのがのう」


 現状、ドトッグの部下はヤツに都合の良い事しか言わぬ太鼓持ちばかり。そして同僚の幹部達は空席となった魔王の座を奪い合うライバル。上司と言えばわらわかヒルデガルドじゃが、わらわは言うまでもなく、同じように魔王の座を狙うヒルデガルドが助言をするとも思えぬ。


「武人でないヒルデガルドをドトッグ卿は軽く見ておりますから、助言をしても従うとは思えませんね」


 こういう時、魔族の上下関係ってつくづく力が物を言うのう。


「っ、人族に動きがありました。砦を捨てて撤退する模様です」


「ほう、判断が早いの」


 これは意外じゃ。砦を守る指揮官としては、砦を奪われた失点を減らす為にもう少し堪えると思っておったのじゃが。


「となると、撤退はあらかじめ予定されておったというところか?」


 砦の防衛線で可能な限り敵を削り、砦を奪われそうになったらそれ以上の被害が出る前に砦を捨てる。

 わらわの予想が正しければ、相手は攻撃してきたのがドトッグと知って作戦を立てておる事になるな。


「さて、一体誰が策を考えたのやら」


「しかし砦を奪われたのは痛いですね。人族はどう盛り返すつもりでしょうか?」


「まぁ順当に考えれば挑発じゃろ。ドトッグは自分の力に誇りを持っておるし、そもそもあ奴は籠城戦には向いておらん。砦の防衛を部下に任せ、自分は更に占領地を増やす為に飛びだしてゆくじゃろう」


「手に入れた陣地を有効活用するという考えが無いのですね」


「そういう戦い方を誇りとする種族じゃからなあ」


 魔族には策や設備などに頼らず、直接的な武力で勝利する事を良しとする種族が一定数おる。

 人族にもそういった考え方の部族や騎士達はおるが、比率としては肉食獣系の獣人魔族の方が多いの。


 メイアの入れた茶とハチミツクッキーを楽しみながら戦の推移を予想していると、新たな報告が入る。


「人族に動きがありました。砦から見える位置に部隊を配置し、風魔法でドトッグ卿に対し、犬小屋に籠る臆病者と挑発を始めました」


「あー、そりゃあかんのう」


 案の定、ドトッグは部下を引き連れて飛び出したらしい。


「それで、ドトッグはどの程度の被害を出した?」


「少々お待ちください」


 部下からの報告を聞いていたメイアは無言で何度か頷いていたのじゃが、何事か起きたのか突然目を見開いた。


「何かあったのか?」


「はい。人族の部隊はドトッグ卿の部隊を引き連れながら後退し、接敵と同時に自爆したそうです」


「ほう、自爆か……」


 成程のう。自爆したのか、それはドトッグもただでは済むまいて……って、んん?


「自爆ぅっ!?」


 何じゃそりゃ!? 何で自爆なんぞしとるんじゃ!?


「いったい何を考えたら接敵と同時に自爆なんぞするんじゃ!?」


 人族の指揮官はイカれとるんか!?


「人族の考えは分かりませんが、ドトッグ卿もさすがにこれは予想外だったらしく、かなりのダメージを負ったようで、砦に戻って行ったそうです」


「そりゃ珍しいの。そこまでコケにされのなら、敵を皆殺しにするまで暴れまわったじゃろうに」


「その敵が自爆で全滅した為、怒りを叩きつける相手が居なくなったようです」


 うわぁ、そりゃどうしようもないの。

 というか部隊が全滅するような規模で自爆をしたんかい。


「ふぅむ、部下に何も教えずに自爆用のマジックアイテムでも使わせたのかのう?」


 目的はドトッグの足止めと政敵か扱いずらい部下を始末する目的か?

 間違っても自爆用のマジックアイテムを自主的に使う者などおらんじゃろうしのう。


「リンド様、続報です。人族の軍が砦に攻撃を開始したそうです」


 ドトッグが戻ったタイミングで攻めたか。

 しかし攻城戦となれば不利なのは人族じゃの。


「砦の中から火の手が上がったとの事です」


 と、あまりにも早く砦内での戦いが始まったとの報告が入る。


「なんと!? えらい早いの!?」


 いくら自分達の良く知る砦とはいえ、それにしても内部に入るのが早すぎ……いやそうか。


「逃亡用の抜け道を使ったか」


 おそらく人族の軍は、砦を捨てたように見せかけ、逃亡用の抜け道に部隊を潜ませておったのじゃろう。

 そしてドトッグが負傷し、敵が動揺したところで内と外から同時に攻撃を仕掛けたという訳か。


「人族もなかなかやるのう」


 相手が猪突猛進のドトッグだったこともあるが、それにしても綺麗に作戦が決まったのう。

 結果、ドトッグ達は治療が間に合わず、折角奪った砦を捨てて逃げる事になったそうじゃ。


「初戦は人族の勝ちじゃの。実に鮮やかなものじゃ」


「そうですね。ドトッグ卿がここまで良いようにやられるとは予想外でした」


「じゃが、それを成し遂げた最大の理由は、あの部隊一つを犠牲にした自爆じゃな」


 正直言ってあれは非道にも程がある。

 過去に自爆攻撃をしてくる敵が居なかったわけではないが、それは味方を逃す為の苦肉の策と言ったもので、敵を罠に嵌める為に使うようなものではない。


「この戦い、荒れるかもしれんのう……」


 何とも不気味な戦いの幕開けに、わらわは嫌な気配を感じるのじゃった。

 まぁ、わらわ達は直接関わる気はないがのう。

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