第88話 魔王、の島に新たな住人が増えたのじゃ

 わらわの島に新たな住人が増えた。

 名をウィーキィドッグといい、毛玉スライムよりも弱い伝説の魔物じゃ。

 あまりの弱さに瞬く間に全滅してしまい、書物などにしか残っていない希少な魔物だったのじゃが、わらわは偶然にもその生き残りと遭遇したのじゃ。

 しかもオスとメスの番じゃ! これは奇跡的な出会いと言えるじゃろう。


「この島ならお主等を襲う外敵もおらぬ故、自由に暮らすが良い」


「わふ~ん」


 けれど何故かウィーキィドッグのオスは地面に突っ伏して黄昏ておった。


「きゅーんきゅーん」


 その周りをウィーキィドッグのメスが心配そうにうろついておる。


「魔物に襲われた直後で見知らぬ場所に来たので、不安なのでしょう。念のためこの二匹を発見した付近を部下に調査させましょう」


^「うむ、よろしく頼むぞ」


 運よく仲間が見つかれば、こやつ等も少しは安心するじゃろう。


「じゃが、魔物に襲われていた事を考えると、望み薄じゃのう」


 ウィーキィドッグは毛玉スライムよりも弱い。

 そんな魔物が他の魔物に襲われていたのじゃ。

 恐らくは仲間のウィーキィドッグも他の魔物に襲われて全滅したと考えるのが妥当じゃろう。

 こ奴の落ち込みぶりは仲間を救えなんだ絶望故か。


「メイア、美味い物を食わせてやるとよい」


「はっ」


 じゃがわらわにそれをどうこうする資格はない。

 魔物の世界は野生の世界。

 弱肉強食の法則に口出しするなど、力を持つ者の傲慢でしかない。


「ほーらウーちゃん、キーちゃん、ご飯ですよー」


「ワフ?」


「キャフ?」


 ……なんて?


「いや待て、ウーちゃんとキーちゃんって何じゃ?」


 メイド隊の発した言葉にわらわは思わず振り向いてしまう。


「はい、この子達の名前です。男の子がウーちゃんで女の子がキーちゃんです。名前が無いと不便ですから」


 もしかしてウィーキィドッグじゃからウーちゃんとキーちゃんなのか? 流石にそれは安直なのではないか?


「……まぁ、世話をするのはメイド隊じゃし、ええか」


 うむ、名前が無いと不便なのはまぁ事実じゃからなぁ。


「ほーら、美味しいご飯ですよー」


 メイド達は更に盛られた料理をウーとキーの前に置く。


「ワフッ」


「キャン」


 しかし二匹は警戒しておるのか、料理に手を付けようとはせなんだ。


「まぁ連れて来たばかりじゃしな」


 警戒しておる状況で人に見られて食事は出来んじゃろ。

 こういう時は放っておくのが一番じゃ。

 わらわ達は無言で頷くと、二匹を残してその場を去った。


 翌朝、目を覚ましたわらわの着替えを手伝いに来たメイド隊から、二匹に出した料理が綺麗に無くなっていたとの報告がされるのじゃった。


 ◆


「リンド様、報告がございます」


 朝食を終え、食後の紅茶を楽しんでおると、メイアから報告が入る。


「人族の国ですが、各地で虫害が始まったようです」


「ダンデライポンの件か」


 ダンデライポンは農家周辺の害虫を食べてくれる益魔物じゃ。

 そのダンデライポンが居なくなった事で、害虫が農作物に被害を与える事が予測出来ておった。


「予想よりも早いの」


「恐らくですが毛玉スライムと魔物蜂も激減したのが原因かと」


「何?」


「毛玉スライムの主食は水分ですが、固形物を食べない訳ではありませんから。魔物蜂も肉食ですし」


 ああそうか、弱い魔物は選択肢が無い分、何でも食べようとするからの。

 しかしそうか。土地から一つの種が居なくなる影響というのは、わらわ達が思うよりも重要な事なのかもしれんな。


「農村だけでなく、都市部にも悪影響が出ていますね。ハエなどの虫が増えているようです。ただ毛玉スライム達と共存しているあの町は無事のようです」


「ああ、あの町か」


 わらわが冒険者活動の拠点にしている町じゃな。


「ふむ、これは宣伝に使えるの。メイアよ、人族の国に毛玉スライム達のような弱い魔物が害虫を駆除してくれる。無暗に狩ったから虫が湧いたと噂を流すのじゃ」


「人族の魔物使い育成計画の妨害ですね」


「うむ」


 人族は戦力を増やす為に魔物使いが使役する魔物の育成に力を割いておる。

 じゃがそれが原因で毛玉スライムのような弱い魔物が餌として喰われておるのが現状じゃ。

しかしそれを人族に教えても魔物が減るなら良いではないかと思うくらいじゃろう。

餌となる弱い魔物が居なくなった事で小さな村や旅人が犠牲になると知っても、貴族は上の命令に逆らえぬ以上、平民が苦情を言っても動くことはない。


じゃから、弱い魔物を活かす事で利益が出ると知れば、あの町のように無害な魔物を保護しようとする者達が現れるじゃろう。

金のある貴族や商人なら高価な虫よけのマジックアイテムを購入できるじゃろうが、平民はそうもいかん。

最初は虫の駆除の為に飼い始める程度でよい。

その行為が当たり前になれば、高価なマジックアイテムを購入できない下級貴族も真似をしだす。


「そうなれば弱い魔物達が暮らせる場所も多少は増える事じゃろう。この島に移住させるばかりでは生物の分布に偏りが出るしの」


 あとはそうじゃな、運が良ければウィーキィドッグ達が暮らしていける下地ができるかもしれんからのう。


「しかし……予想以上に人族も魔族も戦争で利益を得ようとしておるからのう。ドトッグは脳筋じゃから分からんでもないが、人族の貴族は考えが足りなさすぎじゃろ」


 今、人族と魔族は再び戦争を行おうとしておる。

 魔族は魔王の座をかけて、人族は魔族領域から資源を奪う為に。


 じゃがどちらも戦争で得られる利益と被害の計算が合っておらん。

 今の人族の国の国力じゃと被害の方が大きいのに、何故かの国は戦争を続けたがるのか。


「やれやれ、どれだけ情報が集まろうとも、人の心の中を読むのは難しいからのう」


何せ人は理性や計算を無視して感情で行動する事が多々ある生き物じゃ。

正に採算度外視という奴じゃの。いや、この場合は意味が違うか。


 そしてドトッグの方も自分の領地の被害が増しておるのに無理に戦争を行えば、例え戦いに勝ったとしても領地の再建は難しいぞ。


「魔王になったからと言って、なんでも好き勝手出来る訳ではないんじゃがのう」


 というか、自分の領地を繁栄させる為に国政の為の税を勝手に使ったり、戦争で得た領地を分配せずに独占しようものなら、叛乱待ったなしじゃぞ?


「基本的には積極的な介入をするつもりはないが、監視は必要じゃの」


 なんか魔王を辞めても仕事しとる気がするが、これでも現役魔王時代に比べれば段違いに楽になっておるんじゃよ。

 何せあの頃は毎日ひっきりなしに問題が舞い込んできたからの。

 じゃが今は全体を見て方針を決めるだけで良い。


「何せ細かい問題は全部わらわの代理となったヒルデガルドが引き受けてくれておるからのう!」


 いやー、本当、ヒルデガルド様々じゃ。お陰でわらわはこうやって浜辺で優雅にラグラの実のジュースを楽しみながら薄い書類を見る程度で済んでおるのじゃからな!

 執務室で書類の山に囲まれておるじゃろうヒルデガルドに乾杯じゃ!


 わらわは雑務に忙殺されているであろう遠い地のヒルデガルドに盃を捧げると、ラグラの実のジュースを煽る。

 口の中には爽やかな酸味の混じったラグラの実の味が広がると同時に、いつもとは違う味わいを感じた。


「む? 今日のは少し味が違うの。いつもより甘みが強く滋養を感じるぞ」


「はい、今日のジュースには魔物蜂のハチミツを混ぜてあります」


 おお、魔物蜂のハチミツか。美味い筈じゃ。


「ジュースには魔王国のハチミツ、クッキーには人族の国のハチミツを使っております」


「ふむ、クッキーの方はあっさりした甘さじゃの」


 メイアの話だと、同じ魔物蜂でも、住む土地や食事によってハチミツの味わいも変わって来るのだそうな。

 まぁ美味いからどっちでもええんじゃがの。


「クッキー美味しいー」


「ジュース美味しいー」


 毛玉スライム達も新作のハチミツジュースとハチミツクッキーは好評のようじゃの。

 新作メニューが出ると、島中の魔物達がやって来るゆえ、中々に壮観じゃ。

他にもグランドベアやシウザアシ、ペンドリー、アピバラ、シルクモス達の姿が見える。


「モフモフ天国じゃのう」


 もう厚地の毛布の大草原が動いてるようにしか思えんわい。


「じゃがあ奴らはおらぬか」


 その中に、ウィーキィドッグ達の姿は見えなんだ。

 ふぅむ、まだまだ打ち解けるには時間がかかるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る