第87話 魔王、勇者と再会なのじゃ

 ◆勇者SIDE◆


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「ギャオォォォォォン!!」


 大司教によって魔物に変えられてしまった勇者と聖女は、魔物の群れに追われていた。

 必死で逃げていた。


「くっ、あんな雑魚魔物に追われなきゃならないなんて!!」


 始めこそ魔物を使いこなして強くなると息巻いていた勇者達だったが、それは想像以上に困難な道のりだった。

 具体的には、使いこなす以前にその肉体が貧弱だった所為だ。


 魔物の体はあまりにも弱く、低位の魔物にすら叶わず、鍛えるどころではなかったのである。

 その結果、勇者達は命からがら逃げ出し、今では延々と襲ってくる魔物達から逃亡を繰り返していた。

 だがその旅も終わりを迎えようとしていた。


 長い逃亡生活は碌に体を休める事も出来ず、傷は増える一方。

 誰にも助けを求める事は出来ず、下手に人間に近づけば魔物だと追い立てられる日々。

 体力はとっくに限界を超えていた。


「うう、もう駄目だ……」


「わ、私も……」


 魔物達に囲まれ逃げ場のない状況、もはや一歩も歩くことは出来ないまでに消耗しきった体。

 そもそも仲間である人族に裏切られたこの状況では、助けが来るはずもなく、勇者達が絶望するには十分すぎる程であった。


 その結果、勇者達は敵を前にして意識を失ってしまったのだった。


 ◆


「う……」


「おお、目が覚めたか」


 勇者が目覚めると、目の前に見知らぬ少女の姿があった。


「君は……?」


「どうじゃ? 痛いところは無いか?」


 そう言われて自分の体を見ると、先ほどまで体中にあった傷が消えていた事に気付く勇者。


「君が治療してくれたのか?」


「うむうむ、問題なさそうじゃの」


「ありがとう、君のお蔭で助かった」


 どうやらこの少女に助けられたのだと理解する勇者。


「メイア、そっちはどうじゃ?」


 少女の視線の先を見ると、美しいメイドに抱きかかえられた聖女の姿を確認する。


「シュガー!!」


「はい、こちらの魔物の治療も終わりました。ただ満足に食事も出来ていないようですから、栄養不足に陥っていますね」


「そうか。では 城に戻って何か滋養のあるものを食わせる必要があるの」


「城? 君は貴族なのか?」


 勇者が問いかけると、彼を抱きかかえた少女がニコリと笑う。


「安心せよ。向こうにはお主と似たような連中もおる故にな」


「似たような連中? それってまさか……」


 少女の言葉に勇者はハッとなる。

 まさか自分達と同じように魔物に変えられた人間が居るのかと。


「では行くとするか」


「うわっ!?」


 少女がそう告げた瞬間、突然視界が大きく歪む。

 異様な感覚に驚いた勇者は、一度目を瞑って冷静さを取り戻すと、ゆっくり目を開いた。

 すると、周囲の景色は大きく様変わりしていた。


「え? これは一体!?」


 つい先ほどまでは近くに森が見える街道沿いだった筈なのに、気が付けば周囲はまったく見覚えのない光景になっていた。

 正面には小さな豪邸、周りを見れば小さな入り江があるではないか。


「え? 海? 何で!?」


 何かの幻覚かと困惑する勇者。しかし魔物になった自分にこんなことをする意味は無い筈だと理性に呼びかけ、冷静さを取り戻してゆく。


「これは、君がやったのか?」


 勇者はこの状況の原因であろう少女に問いかける。だが……


「はっはっはっ、腹が減ったか? もう少し待つがよい」


 少女は勇者の問いとはてんで見当違いな事を言った。


「もしかして、僕の言葉が通じてないのか……?」


 よくよく考えれば、先ほどの会話は通じているようで実際には自分の問いには全く答えていなかった。


「そうか、今の僕達は魔物だから、人間と会話が出来る筈もないか」


「勇者様……私達どうなるのでしょうか?」


 自分と同じように会話が通じていない事に気付いた聖女がメイドに抱き抱えられながら不安げに問いかけてくる。


「……とりあえずは心配しなくていいと思う。この子達は魔物である僕達を退治せずに助けてくれた。なら敵じゃないだろう」


 魔物は見つけ次第退治するように育てられていた事もあって、自分達に攻撃してこない少女達を敵ではないと判断する勇者。

 二人に運ばれる勇者達は成すがままだった。というよりも一時的とはいえ安全を得た事で、これまでの逃亡生活で溜まっていた精神的な疲れが一気に噴き出したのだ。


「それにしてもこやつ等の言葉はまったく分からんのう」


「見た事も無い魔物ですしね」


「魔物なのは確かなんじゃが。ちと調べてみるか」


 そんな会話をする少女達だったが、疲れの吹きだした勇者達は二人の会話を理解する事も出来ず、再び意識を失ったのだった。


 ◆


「……うう、疲れた」


 小さな城に連れてこられた勇者達は、激戦を繰り広げた後の様にぐったりとしていた。


というのも……


「じゃあキレイキレイしましょうね~」


「「え?」」


彼等が最初に送られたのは、大きな大浴場だった。


「二匹ともずっとお外で暮らしていましたから、しっかり綺麗にしませんとね」


「「え?」」


 そこで彼等は全身を綺麗に洗われた。


「ま、待って! そんな、薄着の女の人が密着して!?」


 外から拾ってきた獣をガッツリ洗うために、メイド達は水着エプロン姿だった。

戦闘訓練と戦いの中で育ってきたとはいえ、勇者も男の子。しかも年齢的には思春期真っ盛り。

そりゃあ意識しない筈がない。


「あー、止めてください! そこはだめ! 自分で洗いますから!」


 そしてすぐ傍から聖女の悲鳴も上がる。


「あらー、この子は女の子なのねー」


「あーっ!!」


「さー、貴方も観念して現れなさい」


 ずずいと接近してくる薄着の美女たちの胸に圧倒される勇者。


「あ、ああーっ!!」


 と言う事がつい先ほどまで繰り広げられていたのだ。


「はーい、綺麗になりましたよー」


「トリミングも完璧です」


 お風呂に入った後もガッツリ手入れをされた勇者達は精根尽き果ててソファーの上に乗せられる。


「も、もうお嫁に行けない……」


 特に戒律の厳しい教会で育てられた聖女の精神ダメージは甚大だった。


(女同士なら見られたり現れても問題ないんじゃないのかな?)


 貴族の女性は侍女に体を洗わせると言う情報を、婚約者である王女からからかい半分に聞かされていた勇者はそんな風に思ったが、何となく今それを言ったら大変なことになると野生の勘を働かせて口をつぐんだ。


「食事をお持ちしました」


 と、疲れ果てていた勇者達の下に、メイド達が食事を運んできた。


「おおっ!!」


「まぁ!」


 皿に山と盛られた料理に思わず反応してしまう勇者達。


「ありがたい!」


「ご飯です!」


 しかしそんな二人をメイドの手が遮る。


「待てです!」


「え?」


「待て」


 突然の奇行に驚いた勇者だったが、それが動物に対する躾だと気付く。


「くっ、仕方ない。ここは彼女の言う通り待とう」


「うう、ご飯が目の前にあるのに……」


 そうは言っても言う通りにしないとご飯が貰えない事を理解している聖女もまたじっと待つ。


「待て」


 メイドが言葉を繰り返す。


「待て」


 分かってはいるものの、魔物の体となったからか、野生の本能が食事を求めて涎を垂らす。


「よしっ!!」


 その言葉と同時にメイドの手が下がった事で、勇者達は皿に飛び込んだ。


「っ!? 美味い! 美味いぞ!!」


 拾ってきた魔物に与える者とは思えない程の美味に勇者が目を丸くする。しかし食事の手は緩めない。


「僕が魔物になったから美味しいと感じるものが変わったのか?」


 残飯が与えられることも覚悟していただけに、自分の味覚の変化を疑う勇者。


「美味しいです! すっごく美味しいです!!」


 しかし隣で猛烈な勢いで美味しそうに食事を食べる聖女を見て苦笑する勇者。


「まぁ、どうでもいいか。実際美味しいしね」


 魔物になって初めてのまともな食事に、勇者は舌鼓を打つ。


「何故だろうな、王宮や貴族に招待されて御馳走は沢山食べたけど、このご飯が一番おいしい気がするよ……」


 それは、人の欲望と好奇と監視に満ちた視線に晒されない、初めての悪意のない他人との食事だったからであった。


 ◆


「はぁー、美味しかったですぅ」


 完全に安心しきってヘソ天で地面に転がる姿を見て女の子がそれで良いのかと心配する勇者だったが、よくよく考えると自分も同じ格好をしているので見なかった事にして同意する勇者。


「そうだねー」


 まったりとした空気で穏やかな気持ちになった勇者が考えたのは、自分達を救ってくれた少女の事だった。


「彼女には本当に助けられてばかりだな」


 命を救われただけでなく、貴族の様に湯浴みまでしてもらい、極上の食事も振舞ってもらった。

 賓客待遇である。


「ちゃんとお礼を言わないといけないな」


 たとえ言葉が通じないとしても、礼節は尽くさないと行けない。

 そう勇者が心に決めた時だった。

 部屋の外から誰かの興奮気味な声が聞こえてきたのだ。


「あの子だ!」


 さっそくお礼を言う機会が来たと立ち上がる勇者。

 ガチャリという音と共に、人影が入ってきた事で、勇者が駆け寄ったその時だった。


「君っ……あれ?」 


 しかしその姿を見た瞬間、勇者の足が止まる。


「おお、元気そうじゃの」


「え? え?」


 自分を気遣う少女の声に困惑で返す勇者。


「ふむ、まだわらわ達を警戒しておるのかのう?」


 しゃがみこんで勇者を抱きかかえる少女。

 しかし、その姿は勇者達の知っている少女の姿ではなかった。


「よいよい、ここにお主を襲う敵はおらん。安心して過ごすが良いぞ」


「なん……で?」


 少女の頭部には人にはない角が生えていた。

 少女の背中には人にはない羽が生えていた。

 それは聖女を抱えるメイドも同様だった。


 困惑する二人をよそに、少女とメイドは彼等を抱きかかえたまま外へと連れて行く。

 するとそこには無数の魔物の姿があった。


「ほうれ、お主の仲間がいっぱいおるじゃろ?」


 少女の言葉に、魔物達が反応する。


「あー、魔王様だー」


「その子だれー? 新しい友達-?」


 魔物達が勇者達の下によってくる。

 それらは毛玉スライムやミニマムテイルといった弱い種族ばかりだったが、間違いなく魔物だ。


「「何で魔王がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」


 そう、勇者達を救った少女の正体は、彼等の怨敵である魔王だったのだ。


「くっ!! は、離せ!!」


「離して!!」


 相手が宿敵と分かった勇者達は魔王達の腕の中で必死でもがく。


「おっとと」


 突然勇者達が暴れた事で、魔王達の腕が緩み、勇者達は地面に降り立……立てず思いっき顔面から落ちた。


「大丈夫かお主等?」


 しかし勇者達はすぐに立ち上がると魔王達から距離を取る。


「何でだ!? お前は封印した筈!! 何故お前がここに居るんだ!? それにあの少女をどこにやった!?」


 何故封印された魔王がここに居るのか、そして自分達を救った少女はどうなったのか、もしかして殺されたのか? それともこれは魔王の罠で、自分達はハメられたのか? さまざまな疑念が脳裏に渦巻く勇者。


「もしかして、全部お前の陰謀だったのか!?」


 国王に謀反を疑われた事、そして大司教によって魔物に変えられた事、それらが全て魔王の陰謀だったのではないかと考える勇者。


「リンド様、皆の所に連れてくるのはさすがに早かったのでは?」


「そのようじゃのう。警戒させてしまったみたいじゃな」


 しかし魔王は勇者達の言葉が聞こえていないかのように、見当違いな事を言っている。


「答えろ魔王!!」


 ここに至っては戦うのもやむなしと覚悟する勇者。


(今度こそヤツを倒してやる! たとえ慣れない体で勝てなかったとしても、この牙と爪で一矢報いてやる!)


「ねーねー君達ー、なんて魔物なのー? 僕達は毛玉スライムだよー」


 そんな勇者達の決意など知らず、毛玉スライム達が纏わりついてくる。


「くっ! 近づくな!!」


 勇者のツメが毛玉スライムに襲いかかる。


「まずは数を減らす!!」


 いかに弱体化した肉体とはいえ、最弱の魔物が相手なら間違いなく通じる。しかし……


 プヨォン。


「え?」


「わわー、なになにー?」


 勇者の爪は毛玉スライムにいともたやすく弾かれてしまった。


「は? え?」


 勇者は混乱した。何しろ毛玉スライムは最弱の魔物。子供の攻撃ですら倒せてしまうのだ。

 そんな最弱の相手に攻撃をはじかれて困惑する勇者。


「な、なんで?」


「おお、見たかメイア!」


 そんな中、魔王だけは興奮した様子でメイアに問いかける。


「はい、見ました。まさか本当に毛玉スライムに攻撃が通じないとは」


 メイアは珍しく驚きの表所を浮かべている。


「もしやお前が毛玉スライムに何かしたのか!?」


 魔王の力で毛玉スライムを強化したのかと疑う勇者。しかしリンドの発言は彼の予想を大きく裏切るものだった。


「うむうむ! わらわも古き魔物辞典を調べてわが目を疑ったぞ! こやつ等はウィーキィドッグ、伝説の最弱の魔物じゃ!!」


「……は?」


 魔王の言葉に固まる勇者。


「その昔、あまりの弱さに身も守る事も出来ず絶滅してしまったと言われる幻の魔物なのじゃ!! 毛玉スライムよりも弱いぞ!!」


「それは何とも凄いですね。一体何んために存在していたのでしょうか?」


「最……弱?」


 リンド達の会話に困惑する勇者。

 しかし思い起こせば確かに自分達は弱かった。

 魔物になってから遭遇した度の魔物にも勝てなかったのだ。


「わらわ達と会話が出来なかったのもそれが原因じゃな。体内の魔力量が少なすぎて、意思疎通する為の魔力パスすら形成できなかったのじゃ! こちらから無理につなげたら魔力圧に負けて頭が破裂して死ぬな」


「そんな魔物がまだ存在していたとは驚きですね」


「うむ。皆よ、聞いての通りじゃ。こやつらは弱すぎてすぐ死ぬ故、気を付けるのじゃぞ」


「「「「はーい!」」」」


「……」


魔王を倒す為に鍛え続けてきた筈の自分が、毛玉スライム相手に弱過ぎるから気を付けろと言われる光景に固まる勇者。


「これからよろしくねー」


「よろしく頼むぜ!!」


 そして友好的に接してくる最弱クラスの魔物達。

 そんな魔物達を前にして勇者は。


「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 心の底から自分の身に起きた衝撃の出来事に対して叫び声をあげたのだった。

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