第86話 魔王、戦争と出会いを果たすのじゃ
勇者の謀反が大々的に公表され、世間は騒然となっておった。
「民衆の反応は大別して二つですね」
「ええとグランドベアでしたっけ? の件や、クラーケンの件とかの勇者様が失敗した討伐関わった人達や町の人達は勇者様の謀反を信じてるか信憑性が高いと思ってるみたいです。聖女様もガルさんの件で同様ですね」
「対して我々魔族との戦いの前線にある砦の兵やそこから近い町の住民からは懐疑的な反応ですね。こちらは直接的に自分達の命を救われたわけですから、勇者が謀反を起こした事には何らかの意味があるか、貴族に陥れられたのではないかと疑われています」
「まぁ実際魔王国でもわらわが封印されたと聞いた前線の軍は侵攻を中断したようじゃしのう」
そういう意味では前線の者達にとっては勇者は王家よりも信頼に足る英雄じゃろう。
「で、今だに勇者の行方は不明か?」
「はい、王都の街中に逃げた以降は一切情報が入ってきません」
「未だに見つからぬと言うのは怪しいのう」
「もう2週間ですからね。何の痕跡も見つからない事で、国王陛下も表向きは冷静に振舞ってますが内心焦ってるみたいです」
「ふむ、国王陣営は勇者を捕えておらぬか。勇者の敵か味方かは分からぬが、第三勢力が関わっておる可能性も高いの。しかし国王の下には神器があるからの。新しい勇者と聖女を擁立すれば国内向けの正統性は保てるじゃろ」
「国内向けですか?」
「うむ、周辺国や他種族はここぞとばかりに勇者達の謀反と失踪の件を突いてくるじゃろうな。謀略で陥れたのではないか、謀反を行うような者に神器を持たせるとは何事かと。そうして人族の国から最低でも1つは神器を取り上げようとするじゃろう」
ただその時に新たらしい勇者か聖女が神器に認められていれば、神器を取り上げづらくなる。
他国に所属する神器の継承者ごと取り上げても、継承者が協力的とは限らんからな。
「魔王様を討伐した功績で引き渡しを拒絶するつもりでしょうが、そもそも魔王様との戦いに神器は必要ありませんからね。しかもエルフやドワーフと言った人族と交流のある種族も全部が魔族と敵対している訳ではありません。寧ろ地上の民同士の戦いに神器を用いる事を罰当たりだと攻めてくるでしょう」
「あれ? もしかしてウチの国って危ない状況なんですか?」
わらわ達の会話から、自分の祖国が危険な行いをしているのではないかとテイルが不安げな顔になる。
「もしかせんでも危ないぞ。地上の民の為に神々が下賜した神器を独占した上に、魔族と延々争っておるでの。周辺国からしたら人族の国はかなり面倒な国として認識されておる」
まぁわらわ達の魔王国も血の気の多い連中が多い故、人族の事は言えんのじゃがの。
とはいえ、そういった厄介な部分はどの種族も持っておるものじゃ。
鍛冶にしか興味のないドワーフも、森の奥で引きこもっておるエルフも、他種族から見たら訳の分からん理由で怒って攻撃してくる事があるのじゃ。
居種族間コミュニケーションというのは難しいものなんじゃよ。
「あわわ……」
「心配せんでも人族の国が他国と戦争になって危なくなったら、ここに帰ってくれば良いだけではないか」
最悪の事態を想像して顔を青くするテイルに、わらわはその時は戻ってくれば良いと言ってやる。
「え? 戻ってきて良いんですか?」
「当然じゃ。今のお主はわらわ達の同胞である魔族なんじゃぞ」
「同胞……」
テイルを魔族の血に目覚めさせてしまったのはわらわの責任でもあるしのう。
何より、テイルはわらわの弟子じゃ。
師として弟子を匿うくらいは問題ないじゃろ。
「じゃから危険を感じたら無理せず帰って来るんじゃぞ」
「は、はい!」
とはいえ、さすがに人族の国も勇者が失踪した直後に戦争を始めたりはせんじゃろ。
少なくとも新勇者と聖女を擁立するまではのらりくらりと躱して時間稼ぎに専念するじゃろなぁ。
「魔王様ぁーっ!!
と、その時じゃった。
メイド隊の一人が慌てた様子でわらわの下にやって来たのじゃ。
「魔王様魔王様魔王さもぎゃぁっ!!」
しかしわらわの下にたどり着く前に、立ちはだかったメイアに顔面を鷲掴みにされる。うーん、痛そうじゃのう。
「今はリンド様ですよ」
「も、もうしわけありまぜん……」
ああ、それで怒ったのか。まぁ外でとっさの時に魔王呼びされたらマズいしのう。
「何かついこないだも同じ光景を見た気がするが、何があったんじゃ?」
メイアを宥めつつ、メイドに報告を促す。
「は、はい! ドトッグ卿が人族の国へ宣戦布告して進軍を開始しました!!」
ほうほう、戦争とな……
「って、何でじゃ!?」
「勇者を倒して次期魔王の座を手に入れると言って出陣した模様です」
「いやいやいやいや、魔物蜂の件で満足に兵を用意できん筈じゃろ? どうしたんじゃ?」
確かドトッグの所は魔物蜂の逆襲を受けて被害者が続出して戦力の捻出が難しくなっとる筈。
まさか実力のある中核部隊のみで挑む気か!? 被害は甚大になるぞ!?
「それが、ポーションをかき集めて強引に戦力を確保した模様です」
「まじか……」
「まじです」
確かに魔王国は人族の国と違ってポーションの素材も回復魔法の使い手も十分な量を揃えておるが、それでも戦争が可能な人数を揃える為に一気に使ったら結構な消耗じゃろ。しかも戦争前にじゃぞ!?
「人族の方はどうなっとるんじゃ!?」
「新魔王討伐の為に軍の編成を開始したとの事です」
「はぁーっ!? 新魔王!?」
どういう事じゃい!?
「グランドベアの件で新たな魔王が現れたと勘違いしたままですから。恐らくはドトッグ卿を新魔王かその先兵と勘違いしたのでは?」
あ、ああー。そう言えばそんな勘違いされておったのう。
新たな勇者と聖女が決まったとは聞いておらぬゆえ、迎撃用の軍を編成しつつ急いで勇者と聖女の選別を行っている最中という事か。
というか、詳しく調べれば新しい魔王なぞ擁立されてない事くらい分かるじゃろ!
魔王国内に潜りこんでいた人族の密偵は、あえて始末せずわらわが選別した知られても問題ない情報を与えておったんじゃし……って、あ!
「もしかしてヒルデガルドめ、人族の密偵を始末してしもうたのか!?」
ありうる。そもそも密偵からの情報が集まっていたのなら、新魔王なぞ存在しないと分かる筈じゃ。
にも拘らずその事実が伝わっていないと言う事は、宰相であるヒルデガルドが密偵を始末した可能性が高い。
流石にわざと新魔王の噂を放置していたとは思えんしの。
「あの……もしかして戦争始まっちゃうんですか!?」
「始まりますね。全面戦争ですね」
しかも人族が完全敗北確定の戦争じゃ。
「え、ええーーーっ!? どどどどうするんですか師匠!?」
「どうもこうも、このまま戦ったら人族の国の敗北は確定じゃろ。今の人族の国には勇者と聖女もおらんし、聖獣は二騎がここにおる。純粋な戦力不足の上にポーション不足ときたもんじゃ。人族の国が勝てる目なぞ無い」
「ひえぇ……」
いかん、これはいかんぞ。
人族と魔族が戦争する分には何も問題ないが、相手がドトッグでは人族の国が殲滅されかねん。
そうなるとドトッグの性格じゃ、予想外に人族の国を簡単に滅ぼせた事に気を良くして、そのまま他国への侵略を開始しかねん。
そんな事になったら、最悪魔王国対複数国家の連合軍になってしまうやもしれぬ。
「しかしそれ以上に不味いのが人族の王達じゃ。この状況で戦いが始まったら、間違いなく劣勢の人族はドトッグ相手に新たな勇者達を向かわせ、最悪神器の力を使う。何しろ新魔王討伐の為というお題目を唱えておる。神器の力を使う気満々じゃ」
そうなれば邪神が復活した時に神器の力を発揮できなくなるぞ!
おおお……せっかく今まで人族が自棄にならないように生かさず殺さず加減してきたというのに!!
いや加減しても神器の力使ってきたんじゃがな。
こりゃ本格的に人族から神器を取り上げねばなんの。
魔王を引退したわらわじゃが、世界を巻き込んだ破滅の危機を放っておくわけにはいかん。
「しかたないのう。ちと邪魔するか」
やれやれ、結局わらわが出張る事になるのか。
魔王辞めてもあんま変わらんのう……いや、城におらんだけ、雑事はヒルデガルドに押し付けておるからまぁ多少はマシか。
「な、何とかなるんですか!?」
「うむ。何とかするしかあるまい」
「で、でも大丈夫なんですか? 戦争を止める事なんて……」
これまで戦争に直接かかわる事のなかったテイルは、どうやって戦争を止めるのかと不安げな様子を見せる。
「なぁに、戦いが始まってないのならいくらでもやりようはあるわ」
「はぁ……」
「安心しなさいテイル」
なおも不安を拭えないテイルの頭に、メイアがポンと手を載せる。
「メイア先輩……」
「リンド様は数千年の長きにわたって魔王国を統治してきたお方。その力を貴方は目撃するでしょう」
「師匠の力……」
むぅ、わらわのプライドを刺激してくれるのう。
まぁ良いじゃろう。たまには弟子の前で師匠の凄さを見せてやるとするか!
◆
「グランドブレイカーッ!!」
「「「「「うわぁぁぁぁぁぁっっ!?」」」」」」
戦場へと向かう人族の軍隊が広域に発生した大地震に巻き込まれ、壊滅的な損害を受ける。
「テンペストバスターッ!!」
「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」」」」」
同じく戦場へと向かっていたドトッグの軍隊が、史上類を見ない大嵐によって吹き飛ばされた。
「よし、これで戦争どころではないの!」
「思った以上に力技だった!!」
「はっはっはっ、こうやって自然災害に見せておけば、わらわの介入とは分からんじゃろ。精霊の力を借りるエルフ辺りは人為的な匂いを感じるかもしれんがの」
ちなみの自然災害に見せかけた戦争介入はこれまでにも何度か行ってきたりする。
特に敵が撤退したところでこれ以上の泥沼の戦争を回避したいのに、血の気の多い友軍が勝手に追撃を始めた時とかにの。
「ええと、良いんですかこれで?」
「大丈夫でしょう。人族の軍隊は負傷者こそ多いですが、死者は最小限です。最大の被害は戦場に運ぶ物資がメインですから、戦争を継続しようとしてもすぐに干上がります。大地震の影響で馬も人もこの先に進むことは困難ですから、道を直すだけで数年かかるでしょう」
「えっと、魔族の方は……」
「ドトッグ卿の方は略奪を想定して最小限の物資で進軍速度を上げていたようですが、吹き飛ばされて塵尻になっては合流も難しいでしょうね。リンド様の温情でダメージの少ない風魔法による吹き飛ばしだったのは幸いでしたね」
うむ、メイアはよく観察しておるの。
今回の目的は物資と街道の破壊がメインじゃ。捨て置かれる死者を出さず、治療の為に運ばねばならぬ負傷者を増やす方向に専念したのじゃよ。
「いや、ものすごく高いところまで吹っ飛ばされてる人達が居ましたけ……」
「魔族の体は頑丈なので大丈夫ですよ」
「いやそれでも限度が……」
「ドトッグ卿の部下は武闘派ですから、まぁ心配はいらないでしょう」
「はぁ……」
なお、後で知った事じゃが、総大将のドトッグだけは、地上に落下した際に当たり所が悪く他の部下達よりも治療に時間がかかっとか。
「ええと……もしかして師匠が本気になったら、私達の国って簡単に支配されちゃいます?」
「されちゃいますよ。ただそんな事をしたら暴れたいだけの連中の衝動のはけ口がなくなるので、生かさず殺さず戦いを続けてるだけです」
「うわぁ……」
まぁ魔王国の統治で一番面倒なのは血の気の多い連中を制御する事じゃからの。
そう言う意味では戦争がなくなるとめっちゃ困るのじゃよ。
「さて、わらわも久しぶりに大魔法を使った事ですっきりしたし、今日は帰るとするかの」
残る神器の事を何とかせんといかんが、人族も魔族も数日はそれどころではないじゃろう。
メイド隊が神器の保管場所を発見するまで休憩するとしようか。
そう思って帰ろうとしたわらわじゃったが、ふと地上を見ると奇妙な物が目に入った。
「む? 何じゃ?」
それは街道の、それもど真ん中におった。
上空からでははっきりとした姿は分からんが、楕円形に近い丸さじゃな。
「人族ではないな。あれは……魔物か?」
おそらくは魔物じゃろうが、獲物も居ないのに何をしておるのじゃ?
人族が来るのを待ち構えておるのか? いや、それなら近くの茂みに隠れておるじゃろう。
その奇妙な光景に好奇心を刺激されたわらわは、高度を下げて街道のど真ん中に立ち尽くしている魔物に近づく。
「ん? いやアレは……二頭が、寝ておるのか?」
見れば魔物は二体おった。
そして魔物達は地面に突っ伏して眠っておるようじゃ。
「人族の領域に近い場所でようもまぁこう大胆に眠れるものじゃ」
いっそ大物じゃな。
「寝ておるだけなら害はないが、寝ている間に人族に襲われるのも哀れか。おい、お主等……」
起こしてここから逃がしてやろうと近づいたわらわじゃったが、その魔物の体に違和感を覚える。
「これは、傷だらけじゃな」
近づいてみてみれば、魔物達の体はボロボロじゃった。
毛皮に固まってこびり付いた血が付いていることから、負傷したまま逃げ続けてきたのじゃろう。
「何とも苦労してきたようじゃの」
これは眠っておるのではなく、力尽きたという方が正解の様じゃな。
「じゃがまだ生きておる」
このままじゃと危ないが、いまならまだ間に合うじゃろう。
「メイア、こやつらを連れ帰る。治療の準備を」
「かしこましました」
本来なら野生の魔物など捨て置くところじゃが、これも何かの縁じゃろ。
そう思って魔物を抱えようとしたその時、わらわはある事に気付く。
「こ、こやつ等!?」
それが、わらわとこの魔物達の運命的な出会いだったのじゃ。
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