第85話 魔王、勇者の失踪を訝しむのじゃ

◆勇者SIDE◆


「はははっ、君達は私の人を魔物にする呪いで姿を変えらえれたのですよ!」


「ワ、ワンワワーン!?(な、なんだってぇーっ!?)」


「キャンキャキャーン!?(だんですってーっ!?)」


 城からの逃亡中、勇者達は聖女の師である大司教と遭遇したが、彼の放った呪いによって、二人は魔物に姿を変えられてしまったのだった。

 大司教の衝撃的な言葉に驚いた二人は、敵を目の前にしているにも関わらず、慌ててお互いの姿を凝視する。


「ワンワワン?(まさか、本当にシュガーなのか?)」


「キャンキャキャン(そう……です、勇者……様?」)


 確かにその姿は人間のそれではない。

 だがその姿は過去に勇者達が戦ったような獰猛さや、危険を感じるような外見ではなかった。

 どちらかと言えば、犬、それも足の短い長毛種の子犬に似ていた。

 しかし彼等の知る犬とはどこか違い、魔物と言われればそうなのかもと思う程度には犬とは違う外見だった。


「キャウン……(そんな、大司教様が私を魔物に……何故ですなんです……?)」


 二人はお互いが認めた事で、本当に自分達が魔物にされてしまったのだと自覚してしまう。


(少なくともこれは幻術なんかじゃない。両の前足は確かに地面の感触があるし、この尻尾も自分の意思通りに動く。つまり、僕達は本当に呪いで魔物に姿を変えられてしまったのか!?)


 その事にショックを受ける勇者だったが、それ以上に聖女の受けた衝撃は大きかった。

 恩師によって魔物に変えられた事、何より神に仕える大司教がそのような邪法を使った事が、彼女の信仰を大きく揺るがしていたのだ。


「ワンワワン!!(何故だ! 何故そこまでして僕達を消そうとする!!)」


「君達が邪魔になったから、と先ほど言いましたよね。そしてこれ以上騒がれると、勇者が街中で追手と戦う事になります。貴方達はこのところの失敗続くで評判が大きく下がっていますが、それでも魔王を倒した英雄として貴方達を特別視する者が一定数居るのは事実ですからね。ですから、勇者が戦っている姿が人々に見られると、王国や教会に対して不満を持っている者達が貴方達を旗印にして反旗を翻す可能性も少なくありません」


「ワンワワン!(だったら人前で堂々と僕達を倒すか、捕まえてみせしめとして 処刑すれば良いじゃないか! 何故こんな回りくどい手段を使う!?)」


「貴方達は魔王を倒した英雄です。貴方達の偉業に憧れを抱く者達の前で見せしめの処刑などという生々しい手段を使えば、我々がどれだけ正当性を主張しても反感を抱かれる事は避けられません。世界を救った英雄にここまでするのか、王国側の対応に問題があったからではないのか、などとあらぬ疑いをもたれてね。ですから、貴方達は不名誉な謀反の果てに誰にも知られずに陰で討ち取られてもらった方が都合がよいのですよ」


「ワォーン!!(なんて身勝手な!!)」


 一方的な理由に勇者が憤りをあらわにする。


「さぁ、無駄話はここまでです。そろそろ君達に引導を渡してあげましょう」


「ワォォーン!!(引導を渡されるのはお前の方だぁーっ!!)」


「おっと」


 勇者は怒りのままに大司教を攻撃するが、慣れぬ体では思うように動けず、容易に回避されたばかりか流れるような動きで蹴り飛ばされてしまう。


「ギャウン!(ぐわぁーっ!)」


 自分でも驚くほど派手に吹き飛ばされる勇者。

 それもその筈。今の勇者は精々小型~中型犬程度のサイズになっており、大司教を見上げねばならない程に体格差が出来ていたからだ。


「無駄な抵抗はお止めなさい。ただでさえ慣れない魔物の体なのですよ。なに、君達は魔王を討伐した英雄です。なるべく苦しまないよう、一瞬で楽にしてあげますから、じっとしていなさい」


「ワ、ワフン(ふ、ふざけるな……っ!!)」


 大司教の身勝手な言い分に再び怒りを燃え上がらせた勇者は、痛みでいう事を聞かない体を無理やり立ち上がらせる。


(くっ、せめてシュガーだけでも逃さないと……)


「……」


 しかし聖女はショックで呆然としており、逃げろと言っても自発的に動く事すら出来ないだろう。

 勇者の知っている聖女はとても強い人間だった。

 魔王討伐の旅路で、どれほど困難な出来事が起きようとも、彼女は決してあきらめることなく神の試練は必ず乗り越えられると言って勇者達を鼓舞してきたのだ。

 そんな聖女を知っていた勇者だけに、今の彼女の姿は衝撃的であった。


(今度は、僕が彼女を支える番だ!! シュガーには手を出させない!!)


 よろける体でなおも大司教に向かう勇者。

 しかしそんな有様で反撃の芽などある訳もなく、勇者は何度も蹴り飛ばされてボロボロになってゆく。


「わぅーん……(まだ……だ)」


「おお……なんと哀れな。これが魔王を封印した勇者の末路とは」


 自分でやっておきながら、大司教は手で顔を覆い、天を仰ぐ。


「これ以上は見ていられません。貴方がそこまで聖女の為に己を犠牲にするというのなら、いっそ二人一緒に滅ぼして差し上げましょう」


 大司教の手に、濃密な魔力が漲る。


(っ!? アレはダメだ!! 彼女を庇ってもアレじゃ防ぎきれない!!)


 その力に勇者は戦慄する。

 それは明らかに過剰な、確実に自分達をこの世から消し去る為に用意された力だった。


「ワゥン……(あれじゃまるで……)」


 かつて、魔王と戦った時と同じ、いやそれ以上の力を感じて勇者は驚愕する。

 もっとも、あの時の魔王は力を大幅に抑えていたのだが、その事に気付かなかった勇者には、大司教こそ魔王以上の脅威に感じていた。


(これは……無理か)


 どうあがいても聖女を守りきれない事に、勇者は悲しみを覚える。


(聖剣に選ばれて故郷を連れ出され、厳しい修行と戦い、それに貴族達への愛想笑いを繰り返し、漸く魔王を封印して平和に暮らせると思った挙句がこれか……)


 これまでの人生を思い出しながら、いっそ勇者は清々しい気分ですらあった。

 無念ではある、怒りも悔しさもある。

 けれど、どうしようもない状況は勇者から全ての力を奪い去り、楽に終われる事を喜ぶ感情すら芽生え始めていた。


 勇者達が覚悟を決めたその時だった。


「さっきからワンワンキャンキャンうるせーぞ! ペットの躾くらいちゃんとしやがれ!」


「む? 目撃者ですか」


 魔物となった勇者達の鳴き声を不快に感じた近隣の住民が怒鳴り声と共にやってきたのである。

 普通ならこの状況、戦いの経験のない者ですら明らかに脅威を感じる空間に、その男がやってきたのは、決して男が強者だからではなかった。


 男の顔は不自然に赤く染まってており、その眼はどんよりと周囲をさまよう。

 そしてその手には水ではない臭気を放つ液体、即ち酒が入った瓶を持っていた。

 つまり、泥酔していたのである。


「手前ぇか! 喧しい犬の飼い主は!!」


 下町故の治安の悪さゆえに、男は昼間から酒をかっくらっていた。

 だが気分よく飲んでいたところで耳障りな鳴き声がいつまでも続いていた事で、男の短い堪忍袋の緒は容易に切れ、その原因の排除に現れたのである。


 だが相手が悪かった。これがいつもの近所の子供や老人なら相手も男の剣幕に驚いて逃げ出しただろうが、男が怒鳴りつけた相手は教会の大司教であり、なにより今まさに勇者達を殺そうとしていた冷酷な人物だったのである。


 ならば次の行動は当然目撃者の排除であった。

 大司教は男の眼前に一瞬で移動するとその喉を容易く潰す。


「かぺっ!?」 


 声が出なくなったどころか呼吸がままならなくなって苦しむ男。

 男にとっては理由も分からぬ最悪の状況。しかし勇者にとっては刹那の希望であった。


「ワンッ!!(今だ! 逃げるぞシュガー!)」


 勇者は聖女に脱出を促すも、ショックを受けている彼女は未だ動かない。

 ならばと勇者は彼女の耳に噛みついて引っ張る。


「ワフン!(痛ぁーっ!? な、なんですか!? え? 魔物? じゃなくて、勇者様!?)」


「ワンワワン!!(話は後だ! 全力で逃げるぞ!!)」


「キャウン!?(えっ!? は、はい!)」


 二人は大司教が目撃者を排除する僅かな隙を縫って、建物の壁に出来た小さな亀裂へと逃げ込むことに成功する。


「おっと、これはしてやられました」


 既に物言わぬ肉の塊となった目撃者を放り捨てると、大司教はしゃがみこんで勇者達が逃げ込んだ壁の亀裂の奥を覗きこむ。

 しかし既に視界に入らない場所に逃げられたらしく、大司教は勇者達を見失ってしまったのだった。


「小柄な魔物の体にした事が仇となってしまいましたね。まさかこんな小さな亀裂から逃げられるとは」


 大司教は勇者達を滅ぼす為に準備した魔力を彼等が逃げた建物に向ける。

 が、すぐに手を下ろす。


「流石に建物ごと破壊してはさすがに騒ぎが大きくなりますし……やれやれ、この呪法はどんな魔物になるか術者が指定できないのが欠点ですね」


 事実、大司教は狙って勇者達をあの姿にしたわけではない

 単純に解析して甦らせた古代の魔法の実験台に丁度良いと思いつきで使っただけなのであった。


「まぁ良いでしょう。あの呪法を彼等が自力で解呪するのは不可能。誰かに救いを求めようにも、我々の工作で彼等の味方になるようなものは殆どいません。どのみち人に近づけば魔物として退治されてしまうでしょうしね」


 そして、使い道を失った魔力は、目撃者の死体をこの世から消し去る為に使われたのだった。


 

 ◆


「なんとか大司教を巻くことが出来たようだな」


 大司教から逃れた勇者達は、人気のない暗い場所で荒い息を吐きながら体を休めていた。


「ええ、やはりここに逃げ込んで正解でしたね」


「とはいえ、この臭さはキツイ……魔物の体になった所為かやたらと匂いに敏感になってる気がする」


 勇者は自分の鼻を塞ごうとするも、それが獣の前足である為に何の役にも立たないと気付いて嘆息する。


「申し訳ありません。私達の体を活かして追手から逃れるにはここ以外考えられなくて……」


 二人が逃げ込んだのは、王都の地下を走る下水道だった。

 更に聖女が入口として選んだのは、大人では入れない小さな排水溝だったのである。


「ここなら、私達が地下に逃げたと分かっても地下への入口まで向かう必要があります。少しは時間を稼げるかと」


「そうだな。今後の事を考える必要が、うっ!!」


 と、勇者の体が崩れ落ちる。


「勇者様!?」


「ああ、大丈夫だ」


 勇者の体はボロボロだった。

 聖女が我を忘れて呆然となっていた間、大司教の気を逸らす為にずっと攻撃を受けていたからだ。


「すぐに回復魔法で治療します!! ……あ、あれ? 何で?」


 しかし回復魔法の詠唱を始めた聖女が突然困惑し出す。


「ど、どうしたんだシュガー?」


「魔法が、回復魔法が使えないんです!」


 聖女は何度も回復魔法の詠唱を行うが、呪文は発動する事なく、詠唱だけが地下に響いてゆく。


「もしかして、魔物に変えられてしまった事が関係しているのか?」


「っ!? そ、そんな!?」


 勇者の推測は当たっていた。

 元々人族の魔法は魔族の様な魔力制御器官を持たない生き物が魔法を使う為のものなのである。

 しかし、今の二人は人間とはかけ離れた鳴き声を上げる魔物になってしまっていた。

 お互いが魔物である二人の間では当たり前のように会話が成立しているが、何も知らない人族が見れば、聖女の呪文は犬の様な生き物がキャンキャン鳴いているようしにか聞こえない。

 当然、そんな鳴き声が呪文として成立する筈もない。


「す、すみません勇者様……」


 助けられたにも関わらず、なんに役にも立てないと落ち込む聖女。


「気にするな。少し休めばすぐに動けるようになるさ」


 強がっているのが丸わかりの声で励ます勇者だったが、その言葉が聖女の心に届くことはなかった。


「……」


「……」


 そうしてお互い気まずいままに無言の時が流れる。

 そんな沈黙を破ったのは勇者だった。


「やっぱりさ、おかしいとは思わないか?」


「……何が、ですか?」


 とても会話をするような気分ではなかった聖女だが、それ以上に沈黙に耐えられなかった事もあって、勇者に疑問を返す。


「僕達をこんな姿にした魔法さ。どう考えても大司教がこんな魔法を使えるのはおかしい」


「それは、そうですが……ですが、実際に使われたわけですし、認めるしかないのでは?」


「ああ、それは僕もそう思う。だが重要なのは、何のために、どうやってこんな魔法を覚えたのか、だ」


「それは……」


 そこまで言われて初めて聖女もその事実に疑問を抱く。


「それに大司教は僕達の言葉を理解していた。後からやって来た下町の住人は僕達の声をワンワン煩いと言っていたにも関わらずだ」


「え? そんな方が居たんですか?」


 幸か不幸か、驚きで我を失っていた聖女は、乱入してきた男が大司教に始末される瞬間を見ずに済んでいたらしい。

 勇者はその事に内心で安堵すると無言で頷いた。


「大司教は何故か人を魔物にする邪悪な魔法を使い、更に魔物となった僕達の言葉を理解していた。どう考えても普通じゃない」


「それは、そうですね……でも魔物の意思が分かると言うのは……そうです! 魔物使いです!」


 と、会話の中で答えを模索していた聖女が魔物使いの事を思いだす。


「そうか、確かに魔物使いは使役する魔物の意思をある程度理解できると聞いた事がある。大司教が優秀な魔物使いの素質を持っているのなら、僕達の声が理解できたのも納得できない事はないか」


 しかしそこで勇者の顔が険しくなる。


「魔物使いの素質を持つ人物が、人を魔物に変える魔法を使ったのか……嫌な予感がするな」


「嫌な予感、と言いますと?」


「つまり、僕達と同じように魔物に変えられる人が居るかもしれないって事さ。いや、もう既にされているかもだよ」


「ええ!?」


 自分たち以外の人間が魔物に変えられているかもしれないと言われ、聖女が驚きの声を上げる。


「ですが何故魔物に変えるんでしょうか? 邪魔者を始末するだけなら、普通に殺せば良いのでは?」


 それは奇しくも先ほど勇者が同じことを大司教に問いただした内容だった。


「単純に弄ぶため、人間の死体を残さない為……あとは、脅迫する為、かな?」


「脅迫?」


「ああ、例えば重要な情報を吐かせる為に、人間に戻りたければ教えろ、とかさ」


「成る程、確かにそれなら魔物の声を聞こえる魔物使いの力が意味を持ってきますね!」


 結論から言えば明らかな勘違いであった。

 それもその筈。たまたま新しく使えるようになった魔法を実験目的で使っただけだだなどと、誰が良そう出来るだろうか。

 しかし真相を知らない二人は自分達の推理に強い危機感を覚えた。


「何とかして元に戻って、この事を誰かに伝えないと!!」


「ですが、今の私では勇者様を元の姿に戻す事は出来ません……」


 申し訳なさそうに耳と尻尾を下げる聖女。


「……だったら、強くなるしかないな」


「え?」


 突然の発言に困惑する聖女。


「この体は魔物だ。さっきはまだこの体に慣れていないから上手く戦えなかったが、本来は人間よりも強い筈だ」


 しかしモフモフで短足の獣姿の勇者を見て、それはどうだろうかと首をかしげる聖女。

 だが仕方ないのである。何しろ今の勇者は自分がどんな姿をしているのか正しく理解していないのだから。


「だから修行を積めば大司教を圧倒できる可能性もある、と僕は考えている」


 流石にその短足じゃ無理があるのではと思いつつも、しかし勇者の言う事だからと余計な口を挟まずに聞き続ける聖女。


「そして十分な力を着けた所で大司教に再戦を挑み、彼が強くなった僕達に脅威を感じて魔法を解かざるを得ないくらい追いつめればあるいは……」


「そ、そんなに上手くいくでしょうか?」


 どう考えてもモコモコ短足の勇者が大司教を追い詰める光景が思いつかない聖女が首をかしげる。


「やるんだ! ここで諦めたら僕達は一生魔物として人族の目から逃れながら惨めな人生を送ることになるぞ!」


「っ!? そ、それは……」


 確かにそれは嫌だった。

 それでは、自分が本当は何のために聖女になったのか分からなくなってしまうからだ。


「今はまだ弱くても、鍛え続ければ、成長して強くなれるはずだ!!」


「成長……」


 聖女は勇者が成長した姿を思い浮かべる。


(確かに精悍な犬も、子供の頃は小さくて可愛いものです。ならば勇者様も体が成長すれば、精悍な、大司教様に挑めるような姿に育つ可能性があると言う事ですね!!)


 真ん丸毛玉から、精悍なドーベルマンの姿に成長した勇者を想像して……


(これはちょっと無理でしょうか……?)


 もう少し毛量を増して大型のシベリアンハスキーの姿を想像する聖女。


(こっちならいけそうです!!)


「そ、そうですね! もしかしたら出来るかもしれませんね!」


「そうだ! やろう! 強くなって大司教達を倒し、元の姿に戻るんだ!!」


 勇者の言葉に本当に出来るのかという思いが頭によぎる。

 けれど聖女はそんな弱気を必死でこらえて勇者を見つめる。


「……分かりました。そうですね。勇者様の仰る通りです。私達にはもうそれしか道はないんですよね」


 どうせこのままだとどうしようもないのなら、やれるだけやった方がマシと考え、勇者に対して頷きを返す聖女。

 その耳はピンと天を向いて立っていた。


「ああ、やるしかないんだ、僕達は!」


 勇者の尻尾がピンと立つ。


「やりましょう勇者様。強くなって大司教様を倒し、元の姿に戻って私達の無実を晴らしましょう!!」


 聖女の尻尾もピンと立つ。


「ああ、そうだ! その意気だ!! 絶対に元の姿に戻るぞー!」


「おーっ!!」


 そして、二人の決意の雄たけびに当てられたのか、下水道にうっすらと殺気が満ちてくる。


「「「ジュゥゥ……」」」


 魔物の登場だ。

 王都は騎士団と教会のおひざ元だけあって、魔物が街中に入り込むことはないが、排水の関係で外と繋がっている下水道は別だ。

 人が入れるほどの隙間は無いが、小型の魔物が入り込むくらいは出来るのである。


「大ネズミか。本来の僕達なら余裕で一蹴できるような雑魚魔物だけど、今の僕達には良い練習相手だ」


「はい、油断せず戦いましょう!!」


 大ネズミは弱いが群れで襲ってくる魔物。

 今の二人では厳しいだろう。

 しかし二人は臆することなく、大ネズミの群れを睨みつける。

 

「行くぞシュガー! 僕達の戦いはこれからだ!!」


 後にこの選択が、勇者と聖女の未来を大きく変えることになるのだが、今はまだ知る由のない二人であった。


 ◆


「……が最後に勇者と聖女が目撃された場所です。それ以降は一切勇者達の目撃報告は無いとのことです」


「ふぅむ、妙じゃのう」


 メイアの報告を受けたわらわは、報告内容の不自然さに眉を顰める。


「何が妙なんですか? 逃げているなら見つからないのは当然だと思いますけど?」


 ふむ、この手の事に疎いテイルにはまだ分からんか。


「普通はの。じゃが勇者と聖女を追うのなら、追手も相当な手練を送っている筈。なのに見つからないというのは妙な話じゃ」


「勇者達もリンド様との戦いの為に戦力を温存すべく隠密活動の訓練はしていたでしょうが、相手はその技術を教えた側ですからね」


「はー、なるほどぉ」


 そうじゃ。技術というのは基本的に教える側の方が優れた使い手じゃ。

 何しろ教える技術を実戦で使い続けてきたのじゃから、経験の長さが違う。


「その状況で考えられる理由は多くない。まず既に勇者達は始末されており、これを良い機会と反乱分子を炙り出すために秘匿されている場合。もしくは既に捕まっている場合じゃな。ただこの2つの場合、メイアの情報網に引っかからんのはおかしい。メイアの情報網ならこの国の大抵の機密情報は丸裸じゃからな」


「恐縮です」


 静かに、しかし誇らしげにメイアが喜びの言葉を呟く。


「……そこまで情報が簡単に手に入るなら、私が宮廷魔術師になって情報を引き出す意味無くないですか?」


「そんな事はないぞ。同じ情報でも入手先によって内容が違っていたり、僅かな情報の漏れがあったりするものじゃ。より正確な情報を得るための情報源は多いに越したことはない。特にお主は国の魔術分野に関する要職に食い込んだのじゃ。その情報は値千金、期待しておるぞテイル」


「は、はい! 頑張ります師匠!」


「うむ、よしよしなのじゃ」


「キューンキューン」


 やる気に満ちた可愛い弟子を撫でてやると、狐のような鳴き声をあげて甘えてくるテイル。

 はっはっはっ、可愛い奴め。


「……」


 いや、何でお主まで頭を突き出して撫で待ちしておるんじゃメイアよ。まぁいいが。


「「「「……」」」」


 などとメイア達を甘やかしておったら、メイド隊達の行列ができておった。なんでじゃ。


「なになにー? 僕達も並ぶー」


「おっ、何かやるんですかい!?」


「むっ? また何か?面白い事でも始めるのか?」


 待て待て待て待て、流石に増えすぎじゃー!

 あとグランドベア夫婦、お前達は流石に無理じゃからな!

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