第84話 魔王、勇者の謀反を知るのじゃ!?

「た、大変です師匠ーっ!!」


 わらわが毛玉スライム達に埋もれて微睡んでおると、何やら血相を変えたテイルが飛び込んできおった。


「何じゃ、魅了の魔法で悪さした事がバレたか?」


「違いますよ!! そんなヘマはしません!」


 やっとるのは否定せんのか……

 もっかい魔法のモラルを学び直させるかの?


「そんな事より大変なんです!! 勇者様と聖女様が謀反を起こして追放されたんです!!」


 なんじゃ、そんな事か。


「ほーん……ってなんじゃとぉーっ!?」


 勇者と聖女が謀反!? いったいどういう事じゃ!?


「何がったんじゃ!?」


「それが、勇者様と聖女様が神器の力に慢心して、国王陛下と教皇猊下に反旗を翻したそうなんですよ」


 あの二人がそんな大それたことを!?

 幾らなんでもそんな筈は……いや、推測は後で良い。今は情報が優先じゃ。


「それでどうなったんじゃ?」


「幸い謀反は阻止され、神器の没収に成功したそうなんですが、二人には逃げられてしまったそうです。そんな訳で城の中は大騒ぎ。私も捜索に駆り出されたんで、急いで師匠に報告する為に戻ってきたところです!!」


 なんとまぁ、とんでもない事になったのう。

 わらわは報告に来たテイルを労う為に頭を撫でてやりつつ、傍で控えるメイアに視線を向ける。

 テイルに情報が入ったのなら、メイアの部下達にも情報が入っておる事じゃろう。


「部下からの報告がまだ無い所を見ますと、かなり強い戒厳令が敷かれていますね」


 ふむ、テイルが情報を得ることが出来たのは、実力のある宮廷魔術師見習いで、勇者の追跡に有用と判断されたからか。

 しかし……


「勇者と聖女が謀反……のぅ」


 そもそも、あ奴等の性格、というよりも教育された経緯を考えれば謀反なぞ……


「大変な事になっちゃいましたねぇ。勇者様達、いったい何が不満だったんでしょうか?」


「そもそも勇者達は本当に謀反を起こしたか、じゃな」


◆勇者SIDE◆


 ―リンド達がテイルの報告を聞く1日前―


「よく来たな勇者、それに聖女よ」


 勇者と聖女は国王に呼ばれ、謁見の間へと来ていた。

 

「今日はお前達に話があって呼んだ」


 しかし国王が本題を切りだす前に、勇者が前に出る。


「国王陛下、僕も訪ねたい事があってまいりました」


 当然、近衛騎士達は勇者が国王に近づかぬよう前に出るが勇者はそれ以上前に出る事はなく、代わりに言葉を続ける。


「一体、何時になったら聖剣を返してもらえるのですか!? クラーケン討伐後、力を増した聖剣の調査と整備の為に預けるよう言われましたが、あれから一向に音沙汰がありません! 魔族の脅威が未だ衰えていない以上、聖剣の整備を早く終えてください!」


 今勇者が身に着けているのは、聖剣ではなく、代用品の剣だった。

 勇者が使うだけあって、相応に質の良い武器だが、それでも聖剣には見劣りする。


「うむ、余がそなたを呼んだのもその事に関係がある」


「では!」


 ようやく聖剣を取戻し、勇者としての活動を再開できる。

 そう思った勇者だったが、その思いが認められることはなかった。


「勇者よ、現時刻を持ってそなたから正式に聖剣を返還させるものとする」


「……は?」


 まさかの発言に、勇者は一瞬国王が何を言っているのか理解できなかった。

 しかしすぐに我に返ると、国王を問い詰める。


「ど、どういう事ですか陛下!? 僕は勇者として魔族と戦わねばならないんですよ!?」


「まさにそれじゃ。そなたは魔王との決戦以降、目立った活躍をしておらぬ。それどころか現地の騎士達の邪魔ばかりしていたと言うではないか。家臣のみならず、民からもそなたが勇者に相応しくないのではないかと疑義があがっておる」


 国王は勇者の剣幕にひるむ様子もなく、淡々と勇者がその名に相応しくない理由を口にする。


「誤解です! 彼等が僕達の戦いの邪魔をしてきたんです!」


「それだけではない。そなた、魔王との戦いで余に無断で神器の力を使っていたそうだな」


 しかし国王は勇者の言葉を無視し、あまつさえ信じられない様な事を口にしたのだ。


「は? それは陛下の命令で……」


「黙れ! 王である余に責任をなすりつけるとは何事か!! それだけではない。クラーケン討伐の際に遭遇した魔獣との戦いでも貴重な神器の力を勝手に開放したそうだな! 余の許しもなく!! 全く許しがたい!! 神器は邪神との戦いの為に必要不可欠なモノであるぞ!!」


「そんな、何を……」


 勇者が戸惑うのも無理はない。

 そもそも彼に神器の力を使って魔王を封印しろと言ったのはほかならぬ国王なのだから。


「よって勇者、同様に聖女は神器を没収、更に勇者と聖女の称号を剥奪して投獄とする!!」


「な、なんですって!?」


「わ、私も!? 待ってください国王陛下。私は教皇猊下の正式な任命を受けて聖女となった身です! いかに国王陛下といえど、私の聖女の称号を剥奪する事は出来ない筈です!!」


 勇者の聖剣没収でも驚いていたというのに、自分の称号までも没収すると言われて困惑する聖女。


「問題ない。この件に関しては教皇猊下も納得しての事だからな」


「なっ!?」


 自らの長である教皇がそれを認めたと告げられ、聖女は困惑する。


「邪神を封印するために必要な神器の力を許可なく使用した罪は大きい! 近衛騎士達よ、この者達を捕えよ!!」


「「「「はっ!!」」」」


 国王の命令を受けた近衛騎士達が即座に動き出す。

 彼等の行動には、魔王を封印した勇者に対する仕打ちへの戸惑いは一切なく、まるでこうなる事を知っていたかのような冷静な態度だった。


「くっ!!」


 困惑する二人だったが、すぐに我に返ると、謁見の間から逃亡を試みる。

 しかし予め物陰に隠れていたのか、騎士が彼等の前に立ちはだかった。


「逃すな!! 神器を持たねばただの未熟な子供だ!!」


「なめるなっ!!」


 仮にも勇者として苦しい戦いを繰り広げた自分が、近衛騎士とはいえ、ただの騎士に負けるはずがない。

 そう思いながら剣を振るった勇者だったが、彼の剣はあっさりと受け流され、それどころか鳩尾に痛烈な一撃を喰らってしまった。


「ぐあっ!?」


 予想外に鋭い反撃に、膝を突く勇者。


「そ、そんな……」


「ふん、我等正規の騎士と魔王暗殺の為に必要な技能だけを促成栽培されたお前と一緒にするな」


 近衛騎士達は勇者を見下すように吐き捨てると、彼を捕えるべく手を伸ばす。


「聖なる光よ! 邪悪なる者を祓いたまえ!!」


 その時だった。

 謁見の間を眩い光が迸った。


「うわっ!?」


 あまりの眩しさに謁見の間に居た全員の眼が眩む。

 いや、一人だけそうではなかった。


「勇者様、逃げましょう!」


 聖女だ。彼女は死霊を払う退魔の光を強く放つことで、目くらましとしたのである。

 そして即座に勇者の口にポーションを押し込むと、彼の腕を引っ張って外への扉へと駆ける。


「す、すまないシュガー」


「くっ、逃すな! 必ず捕えろ!!」


 しかし彼等の目が光に馴染む頃には既に勇者達は謁見の間からの逃亡に成功していた。

 近衛騎士達は即座に勇者達を捕えるべく、謁見の間から飛び出してゆく。

 そしてそれを見る国王の目は、酷く冷めていた。


「まったく、あんな小娘の目くらましに引っかかるとは近衛騎士の練度も知れるな」


「部下の不手際、申し訳ございません」


 国王の護衛として残っていた近衛隊長が国王に頭を下げる。


「よい。やるべき事は成した。これで神器の力を使用したのは、勇者達の独断であったと諸外国に説明できる。後は神器の力に溺れた勇者達が捕獲の際に無駄な抵抗をした事が原因で死んでくれれば、責任は全て死んだ勇者達のものとなる」


「はっ、必ずや勇者達を部下の不手際で始末させます」


 全ては、神器の力を使用した事実を隠滅するための、国王達の陰謀であった。


 ◆


「いったいどうなっているんだ!!」


 謁見の間から脱出した勇者達は、城を出る事までは成功していた。

 だが城の構造を理解した騎士達に回り込まれ、彼等は城門から逃げる事が出来ずに城の庭を逃げ回っていた。


「僕は陛下の言う通りに魔王を封印したのに!」


 彼は混乱していた。

 自分に勇者としての役目を与えた王が何故自分の言葉をなかったかのように振舞うのかを。


 勇者が多少は大人の世界を理解していたのなら、それが大人の処世術の一種だと気付いただろうが、生憎と彼は貴族達に都合よく利用できるよう育てられた所為で、そういった人の醜さ、強かさと言ったものから意図的に遠ざけられていたのだった。


「それにローザンだ。神器の力を使ってあの島の封印を解くように言ったローザンだ! そして彼は陛下の命令で僕達の仲間になったんじゃないか! それなのに何故僕達が罪人として捕まらなければいけないんだ!!」


 彼の疑念はわずかな間ではあったものの、仲間だったローザンにも及ぶ。


「勇者様、今は逃げる事が先決です! とにかく教会に行きましょう!」


 困惑する勇者に、聖女が逃走を優先させることを求める。


「だが君も聖女の称号を剥奪された身じゃないか!」


「あれは何かの間違いです! 教皇猊下が私の称号を剥奪するだなんて!」


 それは確証のないただの願望であった。

 勿論その事は当の聖女も察していたが、同じ神に仕える者がそんな事を命じる筈がないと強引に国王の言葉をねじ伏せる。

 

「いたぞ! こっちだ!」


 二人の会話が聞こえたのか、騎士達の足音が聞こえてくる。

 

「くっ!! こうなったら!」


「きゃっ!?」


 勇者は聖女の体を抱きかかえると、城を覆う城壁に向けて走り出す。

 このままでは壁にぶつかる、その直前。


「我が身を風と成せ!! ウインドボディ!!」


 風の力で速度を増す魔法を発動した勇者は、壁を蹴って城壁の上へと駆け昇る。


「しっかり掴まって!!」


 壁を蹴り、聖女を抱きかかえる片手を話して僅かな引っかかりを掴むと、風で後押しされて軽くなった体を強引に上に押し上げる。

 本来の使用法とは違う使い方を繰り返して壁の上に上り詰めた勇者は、躊躇うことなく空中に飛び込んだ。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」


「シュガー! 守りの魔法!!」


「む、無茶です!?」


「良いから!!」


「か、神よ! 我等を守る慈悲の守りを与えたまえ! ホーリープロテクション!」


 空中で聖女が守りの魔法を発動させるが、防御の魔法は落下には対応していない。

 当然この状態で地上に落ちれば、墜落死は免れなかった。


「風よ! 我が敵を打ち払え!! ウインドブレイク!!」


 そこで勇者が使ったのは、風の衝撃魔法だった。

 この魔法は自分の前に居る敵を強風で吹き飛ばす非殺傷系魔法だ。

 勇者はこの魔法で斜めに落ちていく自分達が地面、いや通りで物を売る露店の屋根にぶつかる前に飛び込む直前に発動させた。


 その結果、風の魔法は勇者達の落下速度を大幅に減衰させ、聖女の防御魔法は破壊されて凶器となった露天の屋根から彼等の身を守ってくれた。

 とはいえ、無傷とはいかない。

 落下の衝撃は勇者の足に大きなダメージを与え、更に防ぎきれなかったガレキは彼の体を傷つけた。


「勇者様、治療を!」


「逃げるのが先だ!!」


 周囲の人間が驚いて固まっている中、勇者は聖女の手を引っ張って駆け出す。

 聖女はせめてポーションを飲ませようと懐を探るが、落下の衝撃で彼女のポーションの容器は全て割れてしまっていた。

 そしてそれは勇者も同様であった。


 更に悪い事は重なり、後方から近衛騎士達と思しき声が人々を押しのけて近づいてくる声が聞こえてきた。


「くっ、このままじゃ追いつかれる!」


 もはやここで戦うしかないかと覚悟を決めた勇者だったが、そんな彼の手を聖女が引っ張って制止した。 


「勇者様、こっちです!」


 聖女に何か考えがあると感じた勇者は、彼女の指示に従って細い路地に入ってゆく。

 そして聖女に導かれるままにいくつもの路地を抜けていくと、気が付けば薄暗い通りへとたどり着いた。


「ここなら勇者様の治療をする時間も稼げます」


 そういって勇者を壁沿いに座らせると、治癒魔法で治療を始める聖女。

 勇者はそんな彼女から視線をずらすと、周囲に目を向ける。

 薄暗く汚れた家の数々、表通りの活気に満ちた喧噪とは違い、ゴロツキなどの荒くれ者が騒ぐ声が聞こえる。


「下町か」


 それは王都の中でも下層に位置する人間達が暮らす区画だった。


「ここは私が昔暮らしていた場所です。騎士達よりは土地勘があります」


「下町で? しかし君は聖女じゃ……?」


 勇者の疑問に聖女は首を横に振る。


「私、孤児院で育ったんです。運よく魔力があった事からシスター見習いなれて、正式にシスターとしての洗礼を受けた時に神器の適性確認も受けたんです」


「それで神器に認められて……」


「はい。聖女として認められました」


 聖女の経歴を聞いて、勇者はだから下町の地理に詳しいのかと納得する。


「それから私は聖女として厳しい修行を受けることになりました」


「大変だったんだな」


 しかし聖女は寧ろ穏やかな笑みで首を横に振った。

 

「いえ、修業は厳しかったですけど、朝晩食事を頂けましたし、個室を頂けて暖かいベッドで眠る事が出来ました。孤児院時代に比べれば、恵まれすぎているくらいです。それに教会の先輩方は皆さん優しくしてくださって、特に直属の上司であり師である大司教様には大変可愛がっていただきました」


「いやぁ、そう言ってもらえると、私も君を鍛えた甲斐がありますね」


「「っ!?」」


 突然独白に応じる声が路地裏に響き、勇者と聖女は臨戦態勢を取る。


「誰だ!!」


 勇者の声に応じたのか、路地のから白い人影が姿を現した。


「待ってください勇者様!」


 そこに現れたのは薄汚い路地裏には似合わない、純白の法衣を来た男性だった。


「あの方は……大司教様です」


「大司教!?」


 聖女の言葉に驚きを隠せない勇者。


「やぁシュガー」


 そして当の大司教は、これまでの騒動などまるで知らぬとばかりに聖女に手をかざして聖女に挨拶をしてくる。


「大司教様……」


「ああ、そんなに怯えて。どうやら大変な事になっているようだね。聞けば君達が国王と教皇猊下に反旗を翻したとか」


「そんな事はしていない!」


「そんな事していません!!」


 大司教の言葉に、勇者と聖女が間髪入れずに否定する。

 本来の彼等の関係であれば、不敬と罰せられても仕方のない態度だったが、大司教は気にする様子も見せなかった。


「だろうね。私もそう思うよ」


「っ!? では!」


 話を聞いても自分達を疑わないのなら、味方になってくれるかもしれない。

 いや、そもそも教皇が自分を裏切ったという話も嘘かもしれない、そう希望を持つ聖女。


「だって、君達を陥れたのは私達だからね」


「「「っ!?」」


 しかし、その希望は一瞬で打ち砕かれた。


「大司教様、それは一体どういう意味ですか!?」


「言葉通りだよ。君達は見捨てられたんだ。勇者と聖女の役割を果たすには不適切と判断されてね」


「なっ!?」


 情け容赦ない大司教の言葉に、崩れ落ちる聖女。


「教えてください。僕達を不適切と判断したのは……誰ですか?」


 そんな中、勇者は壊れそうな心で大司教に問いかけた。

 いったい誰が元凶なのかと。

 その人物さえなんとかすれば、自分達は汚名を返上できるのではないかと。だが……


「国王と、教皇猊下、そして双方に付き従う大臣や大司教だよ」


 彼の希望は無残に踏みにじられた。


「っ!! 逃げるぞシュガーッ!!」


「そんな……」


 もうどうしようもないと逃げる事を選択した勇者だったが、同じ神を信仰する大司教たちが自分を切り捨てたと知った聖女は、立ち上がる事が出来ずにいた。


「シュガー!!」


「おっと、そうはいかない。おとなしくして貰うよ」


 聖女が動けないでいる姿に微笑みながら、大司教が無造作に近づいてくる。


「炎よ! 我が敵を焼き尽くせ!!」


「盾よ」


 しかし勇者の魔法は大司教が発した魔法でかき消されてしまった。


「僕の魔法が、いや今のが詠唱!?」


 彼の驚きは、魔法が防がれた事よりも、その方法に向けられた。


「事前に準備しておけば、最短の詠唱で術を発動させる事が出来るのだよ。人族が魔力と精度に長けた魔族を相手にするための必須技術さ」


「僕はそんな方法習ってないぞ!?」


 魔王討伐の旅に赴くために鍛えられた筈の自分が、そんな便利な力を与えられていなかったと知り、勇者は驚愕する。


「当然さ。君達は魔王を封印するために必要最低限な力を最速で覚えさせられたんだからね。元々封印の為の要員なんだから、真剣に封印に取り組んでもらう為に、そして魔王を油断させる為に中途半端な強さを持たせるわけないだろう?」


 それは非常な判断だった。

 国王達は勇者達が聖剣の力を使わずとも魔王を倒せると錯覚しないように、彼等が封印を発動させる為の技能しか与えられていなかったのだ。

 それはまるで、必要な機能だけを組み込まれた使い捨ての兵器のようでもあった。


「なっ、中途半端? いや、封印! そうだ! 僕達に魔王を封印しろと言ったのは陛下だ」


「きょ、教皇猊下もです! 魔王を封じる為、神器の真の力を開放して人の世に安寧を齎すようにと私に命じられました!」


 封印という言葉に勇者と、ようやく我に返った聖女が同じ反応を返す。


「ああ、そうだね。君達はその為に勇者と聖女に任命されたんだ」


「だったら!!」


「でもね、封印の力は数百年おきに復活する邪神を封印させる為に必要な力なんだ。だから本当は魔王程度の相手に使っちゃだめなんだよ。所詮は異種族の王だからね」


「「え?」」


 今まで聞いたこともなかった情報に、二人が固まる。


「だから神器の力を使った君達が存在していると、色々と面倒なんだよね」


「じゃ、じゃあ最初から僕達を始末するつもりで……」


 しかし大司教はそんなつもりはないと手をパタパタと振る。


「いやいや、さすがに魔王を討伐した勇者と聖女が突然死んだら疑われるだろう? だから今後も役に立つなら上手い事神器の事を隠して利用し続けるつもりだったけど、最近の君達は神器の力を勝手に使うようになっちゃったからね」


 つい今この瞬間まで穏やかに微笑んでいた大司教の笑みが、表情を変えたわけでもないのに一転して禍々しいものになる。


「ダメじゃないか、禁止されたのに勝手に力を使ったら。他国に神器の力を使ってるのがバレてしまうだろう?」


「っ!!」


 聖職者とは思えぬあまりの禍々しさに、勇者は後方に飛び退り再び剣を構える。


「さて、それじゃあお喋りもここまでだ。君達の口を封じさせてもらうよ」


「だ、大司教様……」


 けれど、聖女だけは杖を構えることなく立ち尽くしていた。


「……何だいシュガー」


「わ、私を、私を聖女にする為に修行を付けて下さった時に仰った言葉は嘘だったんですか!?」


「言葉? なんだっけ?」


 はて、と大司教は首をかしげる。


「私が、私には歴代最高に聖女になれる素質があると! 魔王を封印して世界を平和にして欲しいと!! 私ならそれが出来る、だから全力で私を鍛えると言ってくれた事です!!」


「うん、嘘だよ。神器さえ使えれば誰でも良かったからね。使い捨てを無駄に育てても労力の無駄だろ?」


「こっの! 外道がぁーっ!!」


 あっさりと嘘を認めた大司教に、勇者が吼える。

 仲間を裏切った外道に大して、全力の一撃を放つ。

 けれど大司教は軽々と彼の剣を避けた。


「おお、怖い怖い」


 到底戦いに向いているとは思えなかった大司教が自分の剣を回避した事に驚いた勇者だったが、怒りに呑まれた彼はためらうことなく攻撃を続ける。

 そんな勇者の猛攻を、大司教は鼻歌を歌うようなステップで回避し続け、呪文を唱え始めた。


「矮小なる者よ、その身の程を知るが良い。汝は地に伏すが定め、天に傅く獣。穢れと憐みの存在。すなわち……」


「くっ、させるかぁー!!」


--魔なる獣たれ--


 その瞬間、路地裏に禍々しい輝きが満ちた。


「う、うわぁぁぁぁぁっ!!」


「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


 全身を這い回るように纏わりつく魔力に悍ましさを感じる勇者と聖女。

 払いのけようとしても、魔力を物理的に取り除くことは出来ない。


「神よ! 邪悪なる力より我らが身を守りたまえ! ホーリーブレス!!」


 ならばと聖女が魔法防御魔法を発動させるが、全く効果はなかった。

 戸惑う二人だったが、しかし痛みも起きなければ体が燃える訳でも凍る訳でもなかった。

 じわじわと湯の熱が染みる様に、悍ましい魔力は二人の体に纏わり続ける。

 そして、ふと、その魔力が霧散した。


「ワンワワン!?(い、一体何をした!?)」


「キャンキャキャン!!(だ、大司教様、一体何を!?)」


「ワフ?(ん? 何か今……?)」


 大司教を問い詰めようとした勇者達だったが、ふと奇妙な鳴き声が聞こえた事に戸惑いを感じ、声の方向を見る。


 そばにいた聖女の方を見れば、そこに聖女の姿はなく、何やら見慣れない犬の様な生き物の姿があった。


「ワンワワン?(犬……の様な生き物? シュガーは?)」


「キャンキャキャン!?(勇者様!? 勇者様どこですか!?)」


「ワンワワン!? ワンワン!?(何だ!? 獣の声が聞こえる!? しかも何故俺を探している!? それにシュガーは何処に!?)」


 勇者は困惑した。

 突然目の前の動物が人間の声でしゃべりだしたからだ。

 しかも傍にいたはずの聖女がいなくなっているのだから、戸惑いは大きい。


「ははは、どうしたのですか二人とも。お互いすぐ傍にいるではないですか」


「ワフ?(は?)」


「キャフ?(どういう意味ですか大司教様?)」


 大司教の言葉に、勇者は困惑する。

 同時に、目の前にいた動物も彼の言葉に困惑しているようだった。


「目の前に居るその獣こそ、君達が求めている者ですよ。勇者、それに聖女よ」


「ワンワンワン!!(何を馬鹿な事を! シュガーは人間だ! 獣じゃない!!)」


「キャフン?(え? 何で私の名前を?)」


「ワフ?(え?)」


 大司教の言葉に反論しようとしたら、何故か目の前の獣が聖女の名に反応した事に困惑する勇者。

 まさか、と思いつつも、いやいや、いくらなんでもそんな事は……と理性で必死で否定する。


「はははっ、そろそろ気付きましたか? そう、君達は私の呪いで姿を変えられたのですよ。人を魔物に変える魔物化の呪いにでね!!」


「ワ、ワンワワーンッッ!?(な、なんだってぇーっ!?)」


「キャンキャキャーン!?(なんですってーっ!?)」


 そう、勇者と聖女は、魔物に姿を変えられてしまったのだった。

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