第83話 魔王、弟子の愚痴を聞くのじゃ
さて、一度状況を整理するとしようか。
人族の国がポーションの材料を乱獲し過ぎた所為で材料が枯渇し、低級のポーションの材料として使える魔物蜂のハチミツを求めまたも乱獲を行った。
それが原因で魔物蜂達が狂暴化して森への素材採取や魔物退治が行えなくなった。
同様の案件が魔族領域でも発生したが、こちらの魔物蜂は人族の国家の魔物蜂以上に狂暴だった為、近隣の町や村にも被害が出ておった。
まぁ魔族も狂暴なので被害はとんとんと言ったところじゃろうが。
並行して魔物使いによる戦力増強を求めておった両勢力の飼育する魔物から逃れるため、ダンデライポン達が逃亡。
これを利用できると判断したわらわが、ハチミツ目当てに魔物蜂とダンデライポン達を島に誘致した訳じゃが……
「ダンデライポンが居なくなった事で、長期的な視点では農家に悪影響が出るんじゃよなぁ」
「それってマズいんじゃないですか師匠?」
「うむ、あまり良くないのう」
「こっちの地面はまだしょっぱいポン。もうちょっと塩を抜いてほしいポン」
「はーい、分かりましたー」
地面に埋まったダンデライポンの指示を受け、テイルが地面に大量の水を染み込ませて塩分を分離する作業を行う。
そう、わらわ達は新たな住人達の生活スペースを確保する為、海底を隆起させて陸地を増やしておったのじゃ。
もう慣れた手順故、テイルの修行を兼ねて土地の調整をやらせておる。
「そうなるとこの島はいいですけど、王都で暮らす私にはしわ寄せが来ますねぇ」
「いや、この島に無い物を仕入れねばならんし、全く影響がない訳ではないぞ。おかずの選択肢が減る程度ではあるがな」
最も、この島でも農業をしておらん訳ではない。
ガルの世話係である守り人達も普段は農民として畑を耕しておる。
彼等はダンデライポンが来た事で、害虫駆除の手間や元気のない作物が分かって助かると喜んでおったわ。
「一番良いのはダンデライポンが元の土地に戻る事じゃが、育成魔物の件がある以上ただ戻す訳にはいかんな」
「ですねぇ」
「そっちはどうなんじゃ? 魔物使い計画については?」
テイルは王宮に送り込んだ密偵故、中枢の情報は手に入りやすい筈じゃ。
「まだ下っ端の私には無理ですよぉ。魔物使い計画なんて全然聞こえてきません」
まぁそれもそうか。テイルの方は気長に出世して信頼を得るまで待つしかないのう。
わらわ魔族は人族よりも時間を気にせんでよいのが利点じゃ。
「師匠、その事でちょっとお願いがありまして……」
と、テイルが申し訳なさそうにわらわを見つめてくる。
「なんぞ問題でもあったのか?」
「そうなんですよぉーっ! もうすっごく困ってるんです!!」
テイル曰く、最近やたらと貴族達が自分にアプローチをかけてくるのじゃとか。
「なんじゃ自慢か」
「違いますよぉ! 声をかけてくるのはみーんないやらしい顔をしたおじさんや碌でもない連中ばかりなんですよ!」
曰く、テイルが宮廷魔術師見習いになって王城に出城するようになった途端、男達から婚約者になれ、第二夫人にしてなると言った事を言われるようになったのじゃとか。
やっぱ自慢ではないかの?
「全然嬉しくないですよ! 声をかけてくるのは女好きで評判の悪い人達ばかりなんですから!」
あー、そういうのか。まぁテイルは見た目もスタイルも良いからの。
好色な連中が寄って来るのも仕方ないと言えば仕方ないか。
「前はそんな事なかったんですけど……」
まぁそれはアレじゃな。以前のテイルは魔法使いの名家の者でありながら魔法が使えない事で出来損ないの烙印を押され、肩身の狭い思いをしておった。
どこも問題のある者を自分の家に受け入れるのは嫌がるじゃろうからなぁ。
ついでに言えばテイルには婚約者がおった。
じゃがテイルが宮廷魔術師見習いになった事で、婚約をはねのける事が出来たのが大きいんじゃろうな。
「そういえばトラビックはどうなったんじゃ?」
「さぁ?」
まさかクラーケン退治のとばっちりでトラビックが行方不明になっているとは知らぬわらわ達は首を傾げる。
「ってトラビックはどうでもいいんですよ! 今はしつこい人達をなんとかしたいんです!」
「とは言ってものう、そういうのは場数を振んであしらい方を学ぶしかあるまい」
「そうも言ってられないんですよ。良い寄って来る人の中には高位貴族の方もいるんです! これまでは仕事があるからと断る事が出来ましたが、そろそろ限界なんですよ!」
「あー、高位貴族は厄介じゃな」
権力者が相手じゃと、流石にテイルの手には余るか。
さて、どうしたものか……
「何か良い魔法はありませんか師匠!」
いやお主、魔法で何するつもりじゃ……
「そんな都合のよい魔法がある訳……いや待てよ」
そうか魔法か。相手が人族ならやり様はあるかもしれんの。
「良いじゃろう。新しい魔法を教えてやるとするか」
「やったー! 新しい魔法だー!」
問題を解決する為の魔法を教えてもらえるとテイルが大喜びする。
「わくわく、どんな魔法なんだろー」
……お主、問題よりも魔法を学べる事を喜んでおらんか?
◆
「ただいま戻りました師匠ーっ!!」
テイルに魔法を教えてから数週間後、テイルが久方ぶりに戻ってきた。
「どうじゃった?」
といっても、この様子を見る限りでは問題なかったじゃろうがな。
「はい! 大成功です! 師匠に教えて貰った魔法のおかげで、良い寄って来る人達を簡単に追い返す事が出来ました!!」
「それは良かったのう」
「はい、魅了魔法って凄いんですね!!」
そう、わらわがテイルに教えたのは、相手を魅了して支配する魅了魔法じゃった。
とはいえ本来魅了魔法は相手に抵抗される危険のある魔法じゃ。
更に目の前で魔法を使われたら、どんな鈍い者でも何かされたと分かる。
ついでに言えば高位の貴族ともなると、金に飽かして抵抗力の高くなるマジックアイテムを身に着けておるものじゃ。
つまり下手に魅了魔法を使ったら、抵抗されてしまう可能性が高い。
それゆえ魅了魔法を使う時は、人気のない場所に連れて行ったり、抵抗できないように拘束したり、なんなら酒をしこたま飲ませて泥酔させてから使うのが一般的なのじゃ。
じゃがそれは人族の魔法使いの話。
今のテイルは魔族となった事で人族以上の魔力を持っておる。
更にわらわ達仕込みの魔法制御もあって、並の人間なら簡単に魅了する事が出来るじゃろう。
たとえ魔法使いであっても、実力者の著しく減った今の人族なら、膨大な魔力にあかせて力づくの魅了も出来るじゃろうがな。
ともあれ、魅了魔法のおかげでテイルは高位貴族のアプローチを交わすことに成功できた訳じゃ。
「ただし悪用するでないぞ。いくら抵抗される可能性が少ないとはいえ、魅了で不自然な行動を行うようになったら周りに怪しまれるでな」
「分かってますって! 私も基本的にはしつこく言い寄って来る人にしか使ってませんから!」
「そうか、それなら……ん? 基本的には?」
「はい! ちょっと迷惑料代わりに禁書庫の閲覧の許可が降りる様に口添えしてもらいました!!」
「思いっきり悪用しておるではないかーっ!!」
いかん、魅了魔法のリテラシーをしっかり教えておくべきじゃった!!
このままじゃと珍しい魔法目当てに手当たり次第魅了かけて魔法を覚えようとするぞ!!
くっ、アカン奴に危険な魔法を教えてしもうた!!
その後、メイアに引きずられていったテイルは、徹底的に魅了魔法の危険性を叩き込まれたのじゃった……
「ところで何か忘れておるような気がするんじゃが……何じゃったかのう?」
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