第82話 魔王、大移動を見るのじゃ
その日、人族の空は巨大な白い雲に覆われておった。
否、それは雲ではなかった。
「これが全部ダインデライポンって魔物なんですか……!?」
その雲の上で、テイルが困惑の声を上げる。
「うむ。この国中のダンデライポンが集まっておるようじゃの」
そう、わらわ達が見ておった雲は、魔物から逃げる為に空へと飛びあがったダンデライポン達だったのじゃ。
「でも何で皆集まっているんですか? 誰かが集合をかけたんでしょうか?」
「いや、ダンデライポンは自分で行き先を決める事は出来ん。風に流されるだけじゃ」
そう、ダンデライポンの飛行方法は、タンポポのような植物と同じく、風に流されてのランダムな移動じゃ。
「だったら何で集まってるんですか?」
「気流じゃよ」
「気流?」
「風とは完全に無秩序に吹いている訳ではない。山と山の間の谷間のように、風が流れやすい場所があるのじゃ。川の流れ、海の海流のように、空にも気流がある」
「な、成る程……?」
テイルの奴、あんまり分かっておらんな。
前々から思っておったが、テイルは魔法が使えない事へのコンプレックスから、魔法について人並み以上に学び、その所為で魔法以外の事にはたいして興味を抱かなくなってしまっておる。
唯一菓子作りだけは魔法に関係ないが、それも今にして思えばあえて魔法から遠ざかる事で、魔法への執着を失わせない為の無意識のバランス取りだったのではないかと思えてくるわ。
いやまぁ、それはどうでもいい。とりあえずテイルは今度帰ってきた時に一般常識を色々と教えてやろう。主にメイアが。
「はうっ! 何かゾワッとしたんですが!?」
「気のせいじゃろ。ともあれ、この国のダンデライポン達の生息地は、丁度一か所に集まる様な風の流れをしておったようじゃ」
ダンデライポンが好む場所は、日当たりの良い平原じゃ。
何しろ植物の魔物じゃからな。
「恐らくダンデライポン達は初め、土から出て平原を走って逃げておった筈じゃ。しかし平原では自分よりも足が速く自給力のある敵からは逃げきれん。そこで森のある山間部や、水辺に逃げこんだ。じゃが日の光を栄養とするダンデライポンには向かぬ土地じゃし、何よりダンデライポンに行ける土地なら他の魔物にもたどり着ける」
するとどうするか。
「ダンデライポン達は魔物が追いかけてこられぬ空へと逃げた。そしてそのまま新しい土地を目指すのじゃが、山間部や川の付近から飛べば、気流に掴まりやすくなる。その結果、気流の合流するこの土地の空に集まったという訳じゃ」
勿論国内全ての土地のダンデライポンが同じように気流に流された訳ではないじゃろう。
たまたまこの土地に集まる気流に乗っていたダンデライポンがこれだけ居たという事じゃ。
まぁそれでもかなりの数なんじゃがな。
「こうなると、元の土地は大変な事になるじゃろうなぁ」
「ですねぇ。餌になる魔物が居なくなったら、近くの村や町は大変な事になると思います」
「それだけではないぞ」
「え?」
確かに以前の毛玉スライム達の件のように、餌になる魔物が居なくなることで、魔物使い達が飼育していた魔物が人族に害をなすじゃろう。
しかし、もう一つ、ダンデライポンが居なくなるデメリットが存在するのじゃ。
「ダンデライポンはの、農家の味方なんじゃよ」
「え? 農家? どういうことです師匠?」
「うむ、ダンデライポンは見た通り四本の足を持て地面を自由に移動できるのは説明したな?」
「はい。正直アレが植物の魔物だなんて信じられません」
「うむ。それでじゃな。実はダンデライポンはな、虫とかも食べるんじゃよ」
「え? 肉食じゃないんですか?」
いや、肉は食わんよ。植物の魔物じゃよ。
「植物には食虫植物という虫を食う植物もおる。ダンデライポンも近い性質があってな、近づいて来た虫を食べるんじゃ」
「なんと!?」
「じゃがミツバチのように、自分達に益となる虫は食べん。あ奴らが食べるのは、植物にとって害となる虫だけじゃ」
そう、そして植物に害となる虫が居なくなって一番得をするのは……
「あっ、農家の味方ってそういう」
「そう、農家が害虫駆除を行う手間が省けるのじゃ。ダンデライポンは自分で歩きまわり、しかし植物の魔物なので畑の作物や牧場の家畜には手を出さん。自分に益のある虫は喰わんので、農家にとって益のある虫も喰わん」
「物凄く便利な魔物じゃないですか!」
「じゃろ? 農家の中にはダンデライポンを意図的に自分の畑の近くに呼び込む者もおるくらいじゃからな」
故にダンデライポンは農家の味方。人族にとっては無害じゃし、農家の守護神と言っても過言ではない。
「じゃあそのダンデライポンが居なくなったら……」
「人族の農家は大打撃じゃな」
メイアの報告を受けた時、わらわが大事と言ったのはそれが理由だったのじゃ。
「それで、どうするんですか師匠? この国が大変な事になるからダンデライポンに戻るように言うんですか?」
「いや、そんな事は言わんよ。どのみちこれだけの数のダンデライポンを元の場所に戻すのも面倒じゃしな」
「できないとは言わないんですね」
まぁやろうと思えば出来るからの。
じゃが、わらわが手を出す必要もあるまい。
人族の国は面倒な事になるが、魔王国の方も似たような状況になっておる。
つまりどっちも同じくらい国力が低下するなら、両国とも国力を回復する為に暫く戦争どころではなくなるじゃろうて。
今すぐどうにかなる訳ではないが、ジワジワと農家に負担がかかり、生産力が減るじゃろな。
「寧ろわらわが気にしておるのはこのダンデライポン達じゃよ」
何しろこれだけの数のダンデライポンが生活できる場所はこの国にはない。
更に地上に降りれば、魔物の異常発生として人族に狩られるか、魔物使いの魔物の餌として改めて狙われるじゃろう。
何なら大型の鳥の魔物の餌として襲われるやもしれぬ。
そうなれば空の魔物の勢力図が変わり、人族の国は面倒に見舞われるじゃろうな。
「どちらにしても厄介なことになるのう」
「師匠師匠、自分の中で解決してないで、説明してくださいよー」
「……お主は魔法以外の事ももう少し想像を働かせぬか」
やれやれ、しょうがない奴じゃの。
「結局師匠は、このダンデライポン達を島に連れて行くんですか? すっごい数が居ますけど、住めるんですか?」
「そうじゃのう、まぁダンデライポンの食事は日光と土じゃ。土地が足りなければまた海底を隆起させて新しい土地を確保すればまぁいけん事はないじゃろ」
「さらっと海底を隆起とか言わないでくださいよ。今度その魔法教えてください」
しれっと要求してきおった。
「無駄に戦争したがる国の国力が減るのは構わんが、関係な民が迷惑を被るのはあまり良い気分ではないのう。あと魔王国の血の気の多い連中が暴れる場所が長期的に無くなるのも困る」
「戦争を止める気はないんですね」
戦争が無くなると暴れる場所と権力を求めて謀反企む連中が結構おるでな。
「あ、いや。よく考えたらわらわ魔王辞めたんじゃし、別に部下の謀反とか気にせんでよかったわ」
そうじゃそうじゃ、ついついいつもの癖で国同士のバランスとか、国内の安定を考えてしまっておったが、もう気にせんでよかったんじゃったな。
「んー、それじゃダンデライポン達にちょっと話をしてみるか。上手くすれば魔物蜂達のハチミツが増えるでな。いや待てよ、それなら魔王国の方の魔物蜂達も勧誘すれば魔王国産のハチミツも量産できるか!」
うむ、ありじゃな! グランドベア達大柄な連中に早うハチミツを用意してやれるぞ。
「おーい、お主等、ちょっといいかのー」
「なんだポーン?」
その日、人族の空から突然雲が消えるという不可思議な現象がおき、また魔王国を悩ませていた魔物蜂達が巣ごと消える怪現象が起きたのじゃった。
さーて、それじゃ海底を隆起させるかのう。
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