第81話 魔王、熱い日差しをやり過ごすのじゃ

◆ヒルデガルド◆


「ふぅ、何とかバランスはとれたようですね」


 部下からの報告書を受け取ったヒルデガルドは、安堵のため息を吐く。

 そこにはドトッグを始めとする武闘派幹部と有力者達が、元魔王であるリンドによって禁止されていた乱獲を始めた事で、それらを必要とする魔物によって逆襲されたり、自分達の生活に問題が出るようになって、統治に支障が出ていると書かれていた。


「クラーケンの移住計画の失敗で海魔族に便乗して騒いでいた連中も、自分達の足元が危うくなればこちらに文句を言う余裕もないでしょう」


 ドトッグ達の独断専行を許した理由はそこにあった。

 これまでの作戦失敗による突き上げを回避する為、ヒルデガルドは敵対的な幹部達が自滅するように仕向けていたのだ。


「横流し品を運ぶ馬車を魔物蜂の襲撃に見せかけて回収できたおかげで、海魔族の反乱は何とか瀬戸際で食い止める事も出来たのは不幸中の幸いですね。連中も横流しするつもりだった荷を魔物蜂の逆襲で失ったから何とかしてほしいなどと実力主義のドトッグに頼る事も出来ないでしょうしね。それこそ無能かつ自分を欺いた愚か者として粛清されてしまうでしょうから」


 ヒルデガルドは、ドトッグに取り入って魔物蜂のハチミツを始めとしたポーションの材料を横流ししていた者達から、秘密裏にそれらを奪っていた。

 そしてそれらを使ってポーションを作り、負傷者多数であった海魔族への補償金代わりにしたのである。


「なんとか情勢が安定してきましたし、人族の国への妨害工作を考えませんと」


 ただしヒルデガルドの安定とは、魔王国全体の安定ではなく、自分を取り巻く有力者達の力関係という意味である。

 そこでふとヒルデガルドは何かを思い出したかのように顎に手を当てる。


「そう言えば人族の国に侵入させた部下から連絡がありませんね。確かクラーケン討伐に勇者達を同行させ、隙を見て暗殺を試みる計画の筈でしたが」


 そう呟きながら、ヒルデガルドは引き出しから書類を取り出し、計画の責任者の名前を確認する。


「ええと……ああ、ローザンという名でしたか。クラーケンが戻ってきた事を考えると、失敗して殺されたのでしょうね。全く役に立たない男です」


 実際にはこのローザン、魔族と人族のどちらの勢力でもなく、世界を滅ぼす為に二重スパイならぬ三重スパイをしていた邪神の眷属だったのだが、幸か不幸か、ヒルデガルドはその事を知らなかった。


「人族の国はこのままポーションの材料の乱獲をさせましょう。そして我等魔族の寿命なら、次に大々的に人族の領域に攻め込む頃には人族の国はポーションの材料の採取が出来ない国になっているでしょう」


 それは、長寿種族ゆえの長期的な視点の計画だった。

 もっともヒルデガルドにとってその計画は予備の計画であり、この計画を使うことなく勝利するつもりであった。

 

「多少トラブルはありましたが、魔物の育成計画も進んでいます。一部の地域では弱い魔物が減る不可解な事件がありましたが、下級の魔物などそこらじゅうに居る。魔物使いも餌になる魔物が多くいる土地に移動させればよいだけの事」


 それは間違いではなかった。事実遊牧民などは同じような方法で馬の餌になる草を求めて定期的に移住しているのだから。


 ただし、それは移住した土地の弱い魔物を食べる魔物が餌に困ると言う事であり、それを各地で繰りかえせば、当然餌に困った魔物が他の土地の魔物を求めて移住したり、小さな村や街道を移動する旅人や商隊といった新たな犠牲が生まれる事になるのだが、地図と報告書のみを見て物事を考えるヒルデガルドは、その事に気付いていないのだった。


「大変ですヒルデガルド様! カーラマ高原のダンデライポンが大移動を行い、ダンデライポンを餌にしていた魔物達が餌を求めて、現地で育成を行っていた魔物と衝突! 損害多数との事です!!」


「何でぇーっ!!」


 魔王国宰相ヒルデガルド、机上では有能な文官幹部なのだが、その土地に住む者達の実情を知らないため、このようにどうにもツメが甘い所があるのだった。


 ◆


「あー、今日は暑いのう」


 ビーチベッドに寝転がりながら、わらわは溶けそうな気分じゃった。


「そろそろ夏ですからね」


 わらわが寝転がるビーチベットは、屋根のある休憩スペースに設置されておる。

 この休憩スペース、南国の建築様式を模して周囲の壁を無くした事で風通しが良く、ゴロゴロするには最適な場所なのじゃが、生憎と今日に限って風がなく、また単純に気温も高かった。 


「メイア、アレやってくれ」


「かしこまりました」


 主語のない要望ながら、わらわの事を良く知るメイアはすぐにこちらの求めるものを察する。

 メイアが魔力を放出すると、周囲が少しずつ涼しくなってきた。


「おお、心地よくなった。いいぞメイア」


「光栄にございます」


 メイアがおこなったのは、冷気を操る魔法じゃ。

 ものとしては指定した範囲に冷気を発生させる単純な魔法じゃな。

 これで休憩スペース内の気温を下げたのじゃ。


 ちなみに微妙な冷気を継続して発動させる魔法は地味に高度で、これを人族の魔法使いが発動させたら、短時間で魔力が枯渇してしまうじゃろう。

 しかもこの休憩スペースは冷気を閉じ込める為の壁もない故、尚更じゃ。


 ちなみに魔法としては継続して効果を発動する魔法よりも、一瞬で大威力を発揮する魔法の方が、維持の必要が無い分魔力消費は少ない。

 こうした魔法の使い方は、魔力に溢れたわらわ達魔族ならではの贅沢な魔力の使い方であるな。


「わー、すずしいー」


「おお、これは良い」


 わらわが涼んでおると、休憩スペースから発せられる冷気を察した魔物達が次々と殺到してくる。


「って、お主等が来たら熱くなるではないか!」


 何しろ毛玉スライムもガルも皆全身が毛に覆われたモフモフでじゃ。

 それ故こやつらに密着されたら、さすがに冷気魔法で気温が下がっていても、毛皮の暑さで台無しになってしまう。

 せめて密着するでない!


「ではもう少し気温を下げましょう」


「う、うむ。頼む」


 メイアが気を利かせて休憩スペースの温度を下げてくれる。

 ふぅ、涼しさが戻ってきた。


「やれやれ、夏の日差しの下で、毛皮に囲まれながら涼むとは、何とも贅沢な夏の過ごし方じゃのう」


「リンド様、魔物蜂のハチミツを使ったレモネードです」


「うむ」


 メイド隊の差し出したレモネードには、氷魔法で作った氷が入っており、キンキンに冷えておった。

 おお、これは容器の方も冷やしておるな。


「ぷはぁー、冷たくて美味いのう」


「僕も欲しいー」


「僕もー」


 わらわが飲んでいるのが羨ましくなったのか、毛玉スライム達もレモネードを求め出す。


「はい、皆さんの分もありますよ」


「「「わーい」」」


 メイド隊が休憩スペースの床にスープ皿に入ったレモネードを置くと、毛玉スライム達が殺到する。


「甘ーい」


「ちょっとすっぱいー」


「おいしいー」


 うむ、メイド隊お手製のレモネードは好評のようじゃの。


「メイア様」


 と、そこにメイド達の一人が城から血相を変えた様子でやってくる。


「何事ですか、リンド様の御前ですよ」


「も、申し訳ございません!」


 メイアに叱られて慌てて謝罪してくるメイド。


「よいよい、何か重要な報告があったのじゃろ? 早う聞いてやれ」


「……ありがとうございますリンド様」


 メイアは部下の頭を掴むと、休憩スペースの端に引きずって行く。


「痛い痛い痛い! メイア様頭が捥げる捥げます!」


 ううむ、後でフォローしてやるべきかのう?


「…………っ、そうですか。分かりました。貴女は業務に戻りなさい」


 部下を返すと、メイアはこちらに戻ってくる。

 ただしその気配は少々硬いものじゃった。


「何かあったのか?」


「はい」


 うーむ、あまりいい報告ではなさそうじゃのう。


「人族の国のダンデライポンの群れが移動を始めたようです」


「何? ダンデライポンじゃと?」


 ダンデライポンと言えば、ついこの間魔王国からもやって来たあ奴等のことじゃよな。


「どうも魔物使いの魔物育成計画の影響で襲われたダンデライポンが、魔王国のダンデライポンと同様避難を開始した模様です」


 何とまぁ。タイミングが重なるものじゃのう。


「しかも規模はこちらの方が大きいですね。人族の国中のダンデライポンが動いています」


「それは……大事じゃな」


 そう、大事じゃ。

 人族の国中のダンデライポンが動くとなると、面倒な事になるぞ。

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