第80話 魔王、大地を慣らすのじゃ
「さて、どうしたものかの」
魔物蜂のハチミツ入りクッキーを食べながら、わらわはダンデライポンに頼まれた用件について考えておった。
「ハチミツクッキーおいしー」
「ハチミツもおいしー」
「あっしは木のみ入りのハチミツクッキーが一押しだな!」
「むぅ、ハチミツクッキー。そのようなものもあったのか……」
「オラ達まで貰えるなんてありがたいべぇ」
「少々量が少ないな。もっとないのか?」
「ハチミツ美味しい!!」
……ちと周りが騒がしいのう。
皆に魔物蜂のハチミツ菓子が好評なのが良いが、グランドベア夫婦とレーベは体が大きすぎる故、物足りぬようじゃの。
とはいえ、魔物蜂達も自分の生活もある故、無理はさせられん。
ハチミツはなるべく溜めておいて、皆が食べれる量が溜まった時に一気に放出した方がよいかもしれんのう。
「って、そうではない。今はダンデライポンの件じゃ」
つい先日、ダンデライポン達から地面の塩分をなんとかして欲しいと頼まれたのじゃが、さてどうやって塩分を取るかの。
もともとこの辺りは海岸沿いと言う事もあって、海風が吹きつける土地じゃ。
「とりあえずは防風林代わりになる木々を植え、地面に染み込んだ土を水魔法で流す感じかのう」
「リンド様、それでしたら私共にお任せください」
そう進言してきたのはメイアじゃった。
「うむ、では任せるとしようかの」
メイアならいい感じにやってくれるじゃろう。
「はっ、お任せください。メイド隊、集合!!」
メイアが声を張り上げると、メイド達が音もなく集まり一糸乱れぬ動きで整列する。
「これより地面の塩分を回収します。まずは水魔法で地面を濡らして塩分を溶かします」
「「「イエスマム!!」」」
メイアの号令を受けて、メイド達が水魔法で地面を水浸しにする。
「わー、お水がたくさんー」
「これ、メイア達は今仕事中じゃ。邪魔してはいかんぞ」
「はーい」
毛玉スライム達が水たまりに飛び込もうとしたので、やんわり止めると毛玉スライム達は残念そうに引き返していった。
「水場は与えてやっておるんじゃがのう」
より自然に近い水場とかも用意した方が良いのじゃろうか?
「次は地面の攪拌!」
水が十分地面に浸透したところで、メイア達は地面をかき混ぜて泥だまりを作る。
「土魔法と水魔法に組を分けて泥を分離!」
「「「はい!」」」
メイド達はそれぞれに魔法を担当すると、泥の中の土と水を別々に操作して分離させる。
泥を操作する魔法はあるが、泥から水と土を個別に操作するとなると難易度が一気に跳ね上がる。
操作系の魔法じゃと、泥は泥と言う物質として認識されてしまうからのう。
それをメイア達はそれぞれが別の魔法を担当する事で、個別に操る事に成功したようじゃ。
水を操る者は水を空中に浮かせ、土を操る者は水に引っ張られないように地面に土を縛り付ける。
そうして塩分を含んだ水だけが空中に浮かび上がった。
「水は海に投棄後、手順を繰り返します」
水を操作していたメイド達が海に放り込むと、再び泥水を作る手順に戻ってゆく。
「欲を言えば塩分を回収して塩にしたいのですが、皆が歩く場所から採取した塩では心証が良くないと判断して廃棄しました」
まぁ正解じゃの。
そして何度も塩水が海に排出される光景が繰り返された。
「こんなものでしょう。ダンデライポン、土の具合を確かめてくれませんか?」
「わかったポン」
メイアが適当を歩いていたダンデライポンに頼むと、ダンデライポンは塩分の抜かれた地面に穴を掘って潜り込む。
「……ポン、良い感じにしょっぱさが無くなったポン!」
おお、上手くいったようじゃの。
「でも土の味が薄くなったから、地面にご飯が欲しいポン」
ううむ、どうやら土の塩分を抜き出す際に、土の養分も流れ出してしまったようじゃ。
「承知しました。では地面に残飯を埋めて栄養を大地に還元しましょう」
残飯って、間違ってはおらんがもうちょっと言い方あるじゃろ……
「あとは潮風が当たらない様に防風林を植えておきましょう。それと大陸から塩分を吸収する海辺の植物を仕入れて、恒常的な塩抜きも致します」
「うむ、よろしく頼むぞ」
その後ろで、メイド隊はメイアの命令を聞く前に迅速に行動を開始する。
以心伝心じゃのう。
「島の主よ、我等の巣の周りにも潮風を遮る木々が欲しい。このままだとハチミツが塩味になってします」
と、そこに巣から顔を出したクインビーから要望が入った。
「うむ、任せるのじゃ。メイア、こちらも頼めるか?」
「お任せください」
よし、これでダンデライポン達の問題は解決かの。
◆
その後防風林は魔物蜂の巣だけでなく、城の周辺にも設置される事となった。
「洗濯物を乾かすには潮風が直接当たらない方が良いですから」
との事じゃった。
魔物蜂達はダンデライポン達といい感じに共生関係を結ぶ事に成功し、また森の魔物達とも交流を深めておった。
森の魔物達もハチミツが手に入る事もあって、魔物蜂達が森の果物を採取する事を受け入れておる。
「それはいいんじゃが……」
安定した栄養を得られるようになった魔物蜂の巣を見ながら、わらわはふと心に浮かんだ思いを口にする。
「何かデカくなっておらんか?」
うむ、明らかに魔物蜂の巣がデカくなって折るんじゃよな。
巣だけではない。働きバチのキャリービーや、兵隊であるナイトビー達も大きさが増しておる。
どうみても大きくなっておるんじゃが。
「このサイズ、魔族領域の魔物蜂に近いのう」
魔物領域の魔物蜂に比べるとまだ小さいが、人族領域の魔物蜂としては明らかに大きすぎる。
「何でこんなに大きくなったんじゃ?」
どう考えても成長し過ぎじゃろ。
「ハチミツの収穫量が増えたのですから、別の良いのでは?」
「いやまぁそうなんじゃが」
事実、巣の規模が大きくなった事で、魔物蜂のハチミツの収穫量が上がっておった。
「とはいえ、流石にこれは異常じゃ。原因を確認する必要があるじゃろ」
魔物蜂達の異常成長、もしもそれに何か良くない原因があった場合、それを口にする皆の身が危険じゃ。
「……やはりアレが原因でしょうか」
ポツリ、とメイアが小さく言葉を発する。
「なんじゃ? 何か思い当たる事でもあるのか?」
もしやメイアが魔物蜂達に何か与えておったのか?
「心当たり程度ですが、恐らくはラグラの実が原因かと」
そう言ってメイアは毛玉スライムをか抱え上げる。
「なにー?」
「ラグラの実? それに毛玉スライムが何か……あっ!」
「お気づきになりましたか」
メイアの口にしたラグラの実という言葉と、抱えられた毛玉スライムの姿にハッとなる。
「ラグラの実の効果か!」
以前わらわ達は、うっかり毛玉スライムを踏んでしまう事があった。
しかしそれは世界一弱いと言われる程脆弱な毛玉スライムにとって、命に関わる程の大ダメージ……の筈じゃった。
けれど毛玉スライムはビックリするだけで傷を負う事は無かったのだ。
そして本来ならありえないこの事態の原因こそ、毛玉スライム達が常食しておったラグラの実の効果とわらわ達は判断したのじゃった。
「あの時はラグラの実の効果かもしれんと推測をしたが、魔物蜂達の様子を見ると、あながち間違いとも言えなくなってきたの」
「そうですね。元々高位ポーションの材料となるラグラの実を常食する者は居ませんでした。ですがこの姿を見る限り、やはりラグラの実を薬などに加工せず常食した場合、身体を強化成長させる効果があると考えた方が良いですね」
「強化成長……か」
ふと、わらわは何気なしに自分の体を見る。
「リンド様の場合は超長期的に発育途上ですので、ラグラの実の効果で発展した体になる事はないと思われます」
「別にそんな事思っとらんわい!」
た、単にわらわの肉体もシンプルに強化されておるのかと思っただけじゃい!
断じてボンキュボンの大人バディになるかのとか思ってなぞおらんぞ!
「ともあれ、ハチミツが増えた事でグランドベア達にも十分な量を回せるようになったのは良い事じゃの」
……しかし、ラグラの実って一体何なんじゃろうな?
高位ポーションの原料になる貴重な実である事は知っておったが、実は何かもっと特別な力があるのか?
「いや、まさかな……」
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