第79話 魔王、魔蜜を得るのじゃ
ダンデライポン達がわらわの島に移住して数週間後。
わらわは人族の町の近くにある森へとやってきていた。
「さて、店主の話ではこの辺りの筈じゃが……おお、あったあった」
森の木々をかき分けた先には大きなハチの巣、魔物蜂の巣があった。
魔物蜂の巣は人族の家くらいの大きさがあった。
「ふむ、人族の領域の巣にしては立派じゃのう」
悠長に巣を眺めていると、周囲にブブブブブと虫の羽音が近づいてくる。
わらわが巣に近づいた事で、巣を護衛していた蜂達が気付いたようじゃ。
護衛の蜂達は普通の蜂と違い、中型犬程の大きさで前腕が針になったナイトビーと言う護衛専門の魔物じゃ。
ナイトビーは槍針をこちらに向けて、一直線に飛んでくる。
「うーむ、警告行動無しに襲い掛かって来るとは、殺気立っておるのう」
それもこれも人族が後先考えずにハチミツを強奪していったからじゃろうな。
「じゃが、わらわには通じぬぞ」
わらわは防御障壁を張って、ナイトビー達の攻撃を防ぐ。
あまり強い障壁を張ると魔物蜂達が怪我をしてしまうでな、衝撃を吸収して受け止める感じで障壁を調整しておく。
こういう微調整はテイルにはまだ難しかろうな。
「しかし、やはりというか痩せておるな」
基本的に昆虫は飢えていようが外見が変わる事はないが、虫の魔物はそうでもない。
外殻が普通の虫と違う為、飢えると余計な力を消耗せぬように体が痩せるのじゃ。
障壁で攻撃を防ぎながら巣に近づくと、更にナイトビー達がわらわに襲い掛かって来る。
いや、今やナイトビーだけでなく、蜜を回収してくる働きバチのキャリービーも攻撃に参加しておった。
キャリービーは文字通り蜜を運ぶ蜂で、普通の蜂と比べて尻尾に蜜や花粉を蓄える為の毛の量が多い蜂じゃ。モッフモフじゃの。
ちなみにキャリービーは小型犬程の大きさじゃ。
一応キャリービーも攻撃用の針は持っておるが、こちらは蜜を奪われない為の護身用といった感じじゃの。
蜂達はわらわを巣に近づけまいと次々に突撃してきて、もはやわらわを中心に蜂の球が出来ている感じじゃった。
そして蜂の球の隙間から巣穴を見ると、怯えた様子でこちらを見る幼虫の顔が見える。
「幼虫に栄養を回しておるようじゃが、それでも巣の割には小柄じゃの」
やはり栄養が足りておらん。このままでは次代の魔物蜂達は栄養不足で羽化できずに全滅してしまうぞ。
「交渉に来て正解じゃったかの」
わらわは蜂達の攻撃を無視してゆっくり巣へと近づいてゆく。
その間に蜂達は近くにいる仲間を呼んで迎撃を繰り返すが、正直キャリービーがこれ以上増えても何の意味もない。
ナイトビーも最初の方で増援は打ち止めになったみたいじゃしな。
「実力の差は分かったじゃろ。出てこい女王」
わらわは巣の中にいる女王を呼ぶ。
しかし女王は何の反応も見せず、わらわを攻撃してくる蜂達の羽音しか聞こえぬ。
「どうしても出てこんのなら、巣を破壊して無理やり顔を見に行っても良いのじゃぞ?」
ちょっと強引じゃが、揺さぶりをかける。
とはいえ、女王も状況は理解しておるはずじゃ。
わらわがわざわざ対話を求めて居る以上、それを無視し続けるのは愚行でしかないと気付くじゃろ。
「……何用か強き者よ」
のそりと、ナイトビーよりも一回り大きな蜂、クインビーが姿を見せた。
クインビーは頭部が冠状に尖っており、首元には襟巻のような毛が生えていていかにも女王といった風情じゃ。
ただし、その女王も今は痩せて見る影もないが。
「自分への栄養を最小限にして、子供達に与えたか。母じゃの」
「……この巣はもうダメだ。子供達を新たな土地に逃がしてそこで繁栄させるべきと判断した」
ふむ、なかなか冷静じゃの。しかし……
「残念じゃが無駄じゃ。この森がある人族の国は薬を作る為にお主等魔物蜂のハチミツを乱獲しておる」
「……何!?」
「さらに言えば遠方の魔族領域も、お主等のハチミツを乱獲する馬鹿が出て来た。どちらに逃げるのも無理じゃぞ」
「なんと……」
わらわの言葉にクインビーが肩を落とした雰囲気を見せる。
「追い打ちをかけるようで申し訳ないが、子供達を見れば羽化してもあまり遠くに行けぬのは……お主も分かっているのではないか?」
事実、子供達は巣の規模の割には小柄じゃ。これでは成虫になっても遠くまで旅をする事は出来んじゃろう。
「……では強き者は何が望みでここに来た? 我等に希望が無いなら何故? 残ったハチミツを取り尽くすつもりか?」
女王の問いに、蜂達から再び殺気が満ちる。
その複眼からは、どうせ滅ぶのなら死力を尽くして戦い、せめて一矢報いて見せるとばかりの決意に満ちておった。
子供達の為に、巣全体で命を懸けるか。
魔物蜂の巣は国に例えられる事がよくあるが、だとすればよい国じゃのう。
「慌てるな。わらわは交渉に来たのじゃ」
「交渉?」
ここでわらわはマジックボケットからあるものを取りだす。
「……それは?」
わらわの取りだしたものに、女王が反応する。
それは小さな瓶に入った液体じゃった。
わらわが瓶の蓋を外すと、魔物蜂達が一斉に騒めきだす。
「この香り……蜜か!」
「いかにも。これはわらわの島に住む花の蜜じゃ。まぁ一口どうじゃ」
そう言ってわらわは近くにいたキャリービーに花の蜜を渡すと、キャリービーは慌ててクインビーに蜜の入った瓶を持っていく。
「……味わった事のない上質の蜜だ」
恐る恐る蜜を舐めた女王は、わらわの蜜をそう評した。
ふふふ、これぞわらわの島に移住したダンデライポンの蜜じゃ!
植物系の魔物は普通の植物よりも滋養が高い者が多いからの。
ダンデライポンの蜜もいけると思ったんじゃよ。
何せ魔族領域の魔物蜂の巣は人族の領域の巣に比べて非常にデカイ。蜂自身もデカい。
となれば、原因は栄養源である蜜に他ならぬ。
そして魔族領域には魔物植物が多い。
当然、魔族領域からやってきたダンデライポンの蜜は格好の交渉材料になると判断した訳じゃ!
「のうお主、わらわの島に移住せんか?」
「移住……だと?」
「そうじゃ、わらわの島に移住すれば、その蜜を得る事が出来る。海の向こうじゃから人族にも魔族にも狙われる心配がない」
「そちらは何を望む?」
おっ、乗って来たな。
「そちらの子育てに影響のない範囲でハチミツを分けてもらいたい」
「……少し考えさせてくれ」
「うむ」
クインビーは魔物蜂達を呼ぶと、なにやら相談を始める。
まぁ何を考えているかは予想できるがな。
「結論が出た」
意外に早く相談を終えると、クインビーが巣から体の大半を見せる。
ふむ、身を護る鎧でもある巣から出る事で、わらわへの敬意を見せるか。
それだけこの状況を真剣に見ておるということじゃの。
「その申し出受けよう。だが私は巣から離れられん。子供達だけを連れて行ってくれ」
そう言えば聞いたことがあるの。魔物蜂の女王は巣を作る際に自身の体を巣の材料に埋め込んで巣と一体化すると。そしてミツの貯蔵庫から直接栄養を補給して子を産むそうじゃ。
「他の蜂達は良いのか?」
女王がついてこれんでも、ナイトビーやキャリービーはついてこれるじゃろうと尋ねると、魔物蜂達は揃って首を横に振った。
「子供達は私と共にある事を選んだ。故に気にする必要はない」
女王の言葉と共に、ナイトビー達が槍を天に掲げ、キャリービー達が一斉にわらわに対して頭を下げる。
ほう、忠義に篤い者達じゃ。
虫ではなく魔物虫ならば、己の自由意志を持つ。
彼等は群れの女王に仕える本能を持ちつつ、けれど自分の意志で行動できるはずじゃが、それでも滅びる巣に殉じるか。
「じゃが、その心配はない」
わらわがクインビー達の覚悟を切って捨てると、クインビー達は一斉に首を傾げる。
こういうところは昆虫に近い群れの生物じゃのう。
「わらわの力なら、お主等を巣ごと運ぶことが出来るという事じゃ」
「巣ごとだと? しかし……」
クインビーはわらわが巣を吊り下げている大木から外して、担いで運んでいく光景を想像したのじゃろう。
「安心せい。巣を切り離して運ぶわけではない。巣をぶら下げている大木、正しくはその周辺の土ごと運んでやるのじゃ。故に中の子供達が揺らされる事も巣が破壊される事もない」
「なんと!? そんな事が可能なのか!?」
巣に籠るタイプの昆虫型魔物の幼虫は普通の虫の幼虫同様脆弱じゃ。
それゆえに巣が大きく損傷すれば、中の幼虫達も被害を受ける。
「殆ど揺らすことなく運んでやる故、安心して全員移住してくるが良い!」
「それが本当なら……是非に。我が子達に安住の地を与えて欲しい」
そう言ってクインビーはナイトビーとキャリービー達に視線を向ける。
「うむ、任せるが良い!」
交渉が成立し、魔物蜂達を巣の中に集めさせたところでわらわは転移魔法を発動させる。 すると一瞬でわらわ達は島へと転移した。
「うむ、狙い通りじゃ」
転移した先で魔物蜂達の巣を確認すれば、巣は壊れるどころか僅かな揺れもなくそこに存在しておった。
そして巣が釣り下がっていた大木も真っすぐに立っておる。
木の根元を見れば、大木を中心に30メートルほどの距離に深い溝が走っておった。
「あとはこの溝を埋めれば移設は完了じゃの」
何をやったかと言えば、ラグラの木の時と同じじゃ。
あらかじめ島の地面に穴を掘っておいて、転移の際に掘った穴と同じくらいの範囲の地面を丸ごと転移する。
今回は魔物蜂の巣を揺らさぬように、一緒に運ぶ周囲の土の量が増えたという訳じゃ。
「もう出てきても良いぞ」
巣に向かって呼びかけると、まずはナイトビー達が偵察の為に出てくる。
そして周辺の安全を確認すると、キャリービー達が出てきて更に遠方の確認に向かう。
そしてキャリービー達からの報告を受けた女王が、ゆっくりと巣から姿を見せた。
「本当に別の土地に来た事は子供達から確認した。そして巣の中も子供達も全く影響はなかった。感謝する」
「よいよい、わらわにも得のある話じゃからの。そして紹介しておこう。あそこにおるのがお主等に蜜を提供するダンデライポンじゃ。お主等もクインビー達に挨拶せい」
わらわが呼びかけると、ダンデライポン達は地面から抜け出し、こちらにやってくる。
「初めまして。これからよろしくだポン」
「こちらこそよろしく頼む」
ダンデライポンが手を上げると、巣から離れられない女王の代わりにキャリービーがその手をとる。
こうして、ダンデライポン達と魔物蜂達の顔合わせは無事に終わったのじゃった。
「うむうむ。これで魔物蜂の蜜が安定して確保できるようになるの」
とはいえ、魔物蜂達も飢えておったゆえ、暫くは待つ必要があるがの。
まっ、それでも将来的には安定供給できるのは良い事じゃ。
これからのおやつが楽しみじゃのう。
おおそうそう、あの店の店主にはジョロウキ商店経由で多少はハチミツを融通してやらんとな。魔物蜂の事を教えてもらった情報料じゃ。
「あっ、そうだ魔王様」
と、ダンデライポンがわらわの下にやって来る。
「どうしたのじゃ?」
「ポン、地面がちょっとしょっぱいから、塩気を取って欲しいんだポン」
「塩気とな?」
ああ、そういえばこの辺りは海の傍じゃからな。
潮風から守る柵と、地面の塩抜きが必要と言う事か。
それでも住むことが出来るのは、魔物故ということかの。
「分かったのじゃ。メイアに行って対処させよう」
「ありがとうだポン!」
新しい住人も増えた事じゃし、これからは島で暮らす魔物達の生活環境も本格的に考えねばならんのう。
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