第77話 魔王、蜂の嘆きと怒りを知るのじゃ

「成る程、ではやはり人族の国は戦争を目論んでおるのか」


『はい』


 国がポーションの原料として魔物蜂のハチミツを乱獲していると知ったわらわは、宮廷魔術師見習いとして王宮に入ったテイルに調査を命じた。

 その結果、やはり国は魔王国相手に再び戦争を行う為、ポーションを集めているようじゃった。


 しかし国はこれまでの戦いで強引にポーションの在庫を確保する為、各地の薬草群生地を後先考えずに採取させてきた所為で、既にあの国の薬草は枯渇しかかっておったのじゃ。

 人族の国としては、魔王国との戦いに勝利すれば、魔族領域の薬草の群生地を奪取できる故、帳尻を取れるという考えじゃったみたいじゃが、結果はこの通りじゃ。


 遂には効能の低いハチミツポーションまでかき集める事にしたらしい。


「いくらわらわを封印したと勘違いしておるとはいえ、魔族を舐めすぎなんじゃよなぁ」


『それで、私はどうすれば良いでしょうか』


 報告を終えたテイルが、これからの方針を訪ねてくる。


「お主はこのまま宮廷魔術師見習いとして活動するが良い」


『でも正直、ここの魔法にはあんまり期待できないんですけど。自信満々で見せられた魔法はいまいちだったし……それになんだか嫌な目で見てくる人もいますし……』


 どうやらテイルは人族の国の魔法技術の低さがお気にめさんらしい。魔族の魔法を見せたせいですっかり目が肥えてしまったのう。


あとはテイルを邪な目で見る連中がおるようじゃのう。まぁテイルは見目が良いからのう。

 それに困窮していた冒険者時代と違い、今のテイルはメイア達メイド隊仕込みのメイク術と魔族領域産の素材を使った化粧品を使っておる。

 故に今のテイルは並みの貴族令嬢では比べ物にならんほど見てくれが良くなっておるのじゃ。

 当然、周りの男達はテイルを放っておかんじゃろうな。


 最も、当のテイルは自分の事に頓着しておらぬ故、自分がどう評価されておるか全く気付いておらんじゃろうが。

 まっ、それも修行の一環じゃ。


「今しばらくは社会修行と割り切れ。禁書庫を閲覧したいのじゃろ? ならば実績を積んで正式な宮廷魔術師となる事を目指せ」


『禁書……分かりました』


 禁書の一言で多少はやる気を取り戻したのか、テイルはわらわの指示に従うと通信魔法を切った。


「やれやれ、人族はわらわが居なければ魔王国を墜とせると思っておるようじゃの」


 じゃがそれはわらわの国を、魔族を甘く見過ぎじゃ。

 今の人族の国は長年の戦いで国力がガタ落ちなのじゃぞ。


「リンド様、ハチミツの件なのですが、どうも魔王国も同様のようです」


「なに? どういう事じゃ?」


 テイルとの通信が終わるのを待っていたメイアが、奇妙な報告をしてくる。


「魔王国は魔物蜂のハチミツになぞ頼らずともポーション用の薬草には事欠かんじゃろ?」


 魔王国は人族の戦力を削りつつ、国力を蓄えてきた。

 当然薬草の群生地も十分な数が確保できるように採取量に厳しく制限をかけてきておる。

 なのに何故蜂魔物のハチミツを乱獲しておるのじゃ?


「おっしゃる通り薬草の在庫には問題ないのですが、どうも魔王様に制限をかけられていた事が不満だったようで」


「なんじゃそりゃ」


 そんな馬鹿な理由で乱獲を始めたのか? 一体どこの馬鹿じゃ。


「ドトッグ卿が率先して行っているようです」


「ああ、あ奴か」


 ドトッグは魔王軍の幹部の一人じゃ。

 狼系の獣人で、考えるよりも戦う事を優先する典型的な武闘派でもある。


「まぁあ奴なら長期的な利益など考えんだろうが、同時にセコイ利益に目端が利くタイプでもない筈。誰かに唆されたにしても、あ奴の傍には慎重な側近が居た筈じゃが?」


 魔族は武力社会じゃが、特に肉食獣系の獣人はその傾向が顕著じゃ。

 それゆえトップに考えの足りん者が君臨する事が良くある故、周りに知恵ある者を配するのが獣人派閥のしきたりとなっていた筈じゃ。


 連中なら小銭稼ぎなどを唆すような小物を寄せ付けぬ筈じゃが……


「ドトック卿自ら遠ざけた模様です。リンド様不在の魔族領は、次期魔王を決める為に各勢力が独自に行動を始めております。ドトッグ卿は幹部間で決められた次期魔王の地位を得る条件『勇者の討伐』を、他の幹部に先んじて人族の国家への侵攻で成し遂げようとしております。慎重な側近がそれは時期尚早と諫めた事で、彼等は腰抜けと断じられ、ドトッグ卿から遠ざけられました。現在ドトッグ卿の傍を固めるのは、彼に負けず劣らずの脳き……いえ、武闘派とこれを機にうまい汁を吸おうと企む腰ぎんちゃくばかりです」


 成程、その連中が魔物蜂のハチミツで小遣い稼ぎを企んで乱獲を始めたのか。


「ハチミツはポーションの原料に使われた物が3割、納品せずに売りに出された物が7割です」


「流石に横領し過ぎじゃろ」


「現在魔族領ではハチミツが不足して殺気立った蜂が近隣の住民を襲い出し、ドトック卿の領地は被害甚大となっております」


「当然の帰結じゃな」


 ちなみに魔族領域の魔物蜂は人族の領域の魔物蜂よりも遥かに凶悪じゃ。

 単体の強さもさることながら、巣がバカデカい為に蜂の数も凄まじく多い。

 その為魔物蜂の巣は国の一種にも例えられ、魔物蜂の巣を攻める際は冗談抜きで攻城戦を想定した作戦を練る必要があるのじゃ。


「ドトッグはどうしておる?」


「蜂程度に負ける軟弱な連中の事など気にする必要なしと、放置の構えです」


 まぁドトッグならそうするじゃろうな。

 あ奴はただ武闘派なだけでなく、弱き者を認めぬ差別主義者でもあるからな。

 確かに魔物蜂は単体ならドトッグの兵達でも十分勝てるじゃろうが、蜂の本領は数の暴力じゃ。


「ドトッグ卿の軍は蜂との戦いで順調に数を減らしていっていますね。そう遠くない内に人族の領域への侵攻などとてもできなくなるかと」


 あとはその時になって激怒したドトッグが主力と共に圧倒的な武力で蜂を殲滅するものの、軍の再編と近隣を治める幹部達のちょっかいから領地を守る為にグダグダになるまでがワンセットかの。

 メイアも同じ考えなのか、苦笑して肩をすくめる。


「こうなるのが目に見えておったからハチミツにも制限をかけておいたんじゃがのう」


 実は薬草以外にも脳筋連中に乱獲されそうなものは採取制限をかけてったんじゃよな。


「それなのですが、ヒルデガルド宰相が意図的に見逃しているようですね」


 おっと、ヒルデガルドも一枚嚙んでおるのか。


「考えの足りない武闘派幹部の力を削ぐ為に部下を使って裏で唆しつつ、見逃す振りをしているようです」


 うーむ、ヒルデガルドらしいのう。

 じゃがそれを許すと魔王国の国力が下がるから辞めた方が良いのじゃがのう。

 敵は人族の国だけではないのじゃぞ?


「まぁ結果的に魔族と人族が正面衝突するのを避けられるのならよしとするか」


 もう王でないわらわには関係ない事じゃしのう。


 人族の方もハチミツを乱獲されて狂暴化した蜂の対処で領地を持つ貴族達は戦争どころではなくなるじゃろう。

現状で実際に戦争だと息巻いているおるのは、王族と王都で暮らす領地を持たない法衣貴族、あとは一部の大貴族くらいじゃろうな。

しかし兵を出す貴族の大半がそれどころでない以上、王族も強引に戦争に舵を切る事は出来んじゃろ。

下手したら謀反待ったなしじゃからな。

 

「どちらにせよ、ハチミツは暫くお預けじゃな」


 結局迷惑を被るのは現地の民ばかりか。困ったものじゃのう。


「まぁこれに関して出来る事はない故、放っておくのじゃ」


「畏まりました」


 やはり冒険者ギルドに寄らんで正解じゃったな。

 今冒険者ギルドに行ったら、蜂魔物の討伐協力を頼まれた事じゃろう。


「じゃが魔物蜂自体は悪ではないし、ハチミツが手に入らなければ人族も困る故全滅させるわけにもいかんからの」


 そして蜂の狂暴化が解けるのは、ハチの巣にハチミツが必要量集まるまで終わらん。

 つまり時間が経つのを待つのが一番じゃ。


「まっ、人族の冒険者達はそうもいかんのじゃろうけどな」


 採取や他の魔物を狩って日銭を稼ぐ冒険者にとって、戦いの最中に乱入してくるハチの魔物など厄介事以外の何者でもない。

 町から離れられぬ者以外は、魔物蜂が居ない土地に移動することじゃろう。


「まぁウチにはラグラの実があるから無理にハチミツを探さんでも良いじゃろ」


 うむうむ、ラグラの木を移植したのは我ながら良い判断じゃったな。

 メイアが切ったラグラの実を食べながら、海辺に設置したビーチベッドに寝そべっておると、沖の方からペンドリーとシウザラシの姿が見えてきた。

 どうやら漁から返ってきたようじゃの。


「魔王さまー!」


 しかしペンドリー達の様子は妙じゃった。


「どうした? また何か厄介な魔物が出たのか?」


「そうじゃないペン」


「空に見たことない生き物の群れがやって来たんだザラシ」


「見た事ない生き物じゃと?」


 一体何じゃそれは?


「鳥じゃなかったペン」


「それに別の魔物に襲われてたんだザラシ」


 ふぅむ、なにやら分からんが、どうもその生き物達はピンチのようじゃの。


「ちと様子を見てくるか」


 厄介事には関わりたくないが、この島の周辺で起こったとあれば向こうからやって来る可能性もある。

 それが無害な者なら良いが、島の魔物達に迷惑がかかるような者の場合は捨て置けん。


「確認だけはしておくかの」

 ペンドリー達に方向だけ聞くと、わらわは羽を広げて空に舞い上がる。

 そして件の変な生き物を見たという海域へと向かった。


 ◆


「おお、アレか」


 沖にでて少し飛ぶと、空に明らかに雲でも鳥でもない生き物の群れが見えた。


「襲っておるのはアローイーグルか」


 アローイーグルは大型の鳥の魔物じゃ。

 嘴が細長く尖っており、羽を広げたその姿は矢を構えた弓のようなシルエットになる。

また突進の速度は中々のもので、名前の通り弓から放たれた矢のような速度で敵を貫くのじゃ。


「とはいえ、それ以上でもそれ以下でもないんじゃがな」


わらわが風の魔法で側面から風を叩きつけると、アローイーグル達はあっさりバランスを崩して攻撃を外す。


「もう一発喰らうが良い」


バランスを崩した状態で今度は真上から風を叩きつけると、アローイーグルはあっさりと海へと墜落していった。


「ま、運が良ければ何匹かは生き残るじゃろ」


 さて、アローイーグル達は何を襲っておったのじゃ?

 邪魔者が居なくなったわらわは、アローイーグル達が襲っていた群れに視線を向ける。


「プルプル……怖い魔物が居なくなったポン?」


 そこに居たのは、ライオンのぬいぐるみのような生き物じゃった。


「なんじゃ、ダンデライポンではないか」


 ただし、その頭部を覆うのは獅子のたてがみではなく、タンポポの綿毛であった。

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