第74話 魔王、頂きに立つ者を見るのじゃ

◆国王SIDE◆


 三度目の遠征に向かっていたクラーケン討伐隊は、道の魔獣との戦いを終え、ようやく港町へと戻ってくる事が出来た。

 冒険者と騎士達は無事に戻って来れた事で安堵のため息を漏らす。


 しかし司令官を始めとした士官クラスはそうもいかない。

 港町で待ち構えていた王都の魔法使い達に、今回の討伐の一部始終を報告する必要があったからだ。

 そして数時間にわたる報告を終えると、魔法使い達は連絡用の魔法で王都に報告の内容を送る。

 そうする事でようやく王都の貴族達に今回の討伐の一部始終が伝わるのである。

 とはいえ、それでも馬車に乗って王都に向かう事に比べたら、段違いの速さなのだが。


 そうして送られた報告を受けた王城では、宮廷魔術師達と一部貴族による会議が行われていた。


「では今回のクラーケン討伐及び宮廷魔術師選抜試験についての会議を行いたいと思います」


 司会役の大臣が会議の開始を告げると、会議室に居る者達に討伐の一部始終が説明される。


「これは参りましたな。宮廷魔術師の選抜はクラーケンの討伐を見て行う予定だったというのに」


「再三の捜索を行ったにもかかわらずクラーケンが出てこなかったのでは仕方あるまい」


「左様、それにクラーケンこそ出てこなかったものの、魔法使いとしての技量を確認するのにちょうどよい相手が現れたのですから、そちらを判断材料にするべきでは?」


「地図に載っていない未知の無人島から現れた巨大な魔獣か。報告を聞く限り、相当強力な魔獣だったようだな」


「ならば十分クラーケンとの戦闘に匹敵すると言えるでしょう」


 最初は試験内容であるクラーケンの討伐がなされていない事を問題視していた貴族達だったが、宮廷魔術師側から魔獣との戦いで十分実力は判断できると言われた事で意見を取りやめる。


「ビルタムは技術は優れているが、年齢ゆえに長時間の戦闘では息切れするようですな。魔力もそこまで多いわけではないので、戦争が起こった時には少々心もとない」


「オロバンは純粋に力不足ですな。魔獣を満足に傷つける事が出来なかった以上、宮廷魔術師にはまだ早い」


「ニジョーは魔法の幅が少ない事が露呈しましたな。特異な分野では宮廷魔術師に匹敵しますが、それを封じられると弱い」


「しかしニジョーの実力は惜しい。宮廷魔術師に推薦は出来ませんが、有事の際には彼を戦力に数えても良いでしょう」


 彼等は魔獣と戦った魔法使い達の詳細な戦闘報告から、宮廷魔術師に相応しくない者達を振るい落としてゆく。


「こうなると群を抜いて優秀なのは海割りと呼ばれた魔法使いですな」


 ここで話題がテイルに集まる。


「聞けばまだ年若い少女だとか。若いのに才気にあふれるのは良い事だ。新しい宮廷魔術師は在任期間も考えると若い方が良いでしょう」


「いや、若いだけでは経験が足りん。実戦経験が足りていなければ、どこで躓くか分かったものではないぞ」


 そこにテイルの若さを危惧する声が待ったをかける。

 しかしこの言葉の主も、本当にテイルの経験不足を危惧している訳ではない。

 彼は自分が目をかけている魔術師を宮廷魔術師にしたいのだ。

 そして同じように、自分にとって理のある魔法使いを宮廷魔術師にしたいという貴族は多かった。


「確かに海割りは経験の面では少々心もとない……しかし彼女の経歴を考えると、もしかしたらとも思うのだ」


 そう言葉を発したのは、宮廷魔術師の老人だった。


「宮廷魔術師長、経歴とおっしゃると?」


 宮廷魔術師長と呼ばれた老人は、一枚の紙を取り出す。


「調査によると、海割りと呼ばれた魔法使いはテンクロ家の令嬢の事らしい」


「テンクロ家の!?」


「あの無能娘か!?」


 テイルの実家の名が出た事で、貴族と宮廷魔術師達がどよめく。

 それほどまでにテイルの実家と、そしてテイルが満足に魔法を使えない事はこの国の国政に関わる魔法使い達には知られていたのだ。


「テンクロ家の娘は魔法が使えないのではなかったのですか?」


「どうやらここ最近魔法の制御に成功したようだ」


 海割りがテイルだったと分かると、会議室の面々は疑わしげな空気に包まれる。


「それは、大丈夫なのですか?」


「魔獣相手に活躍したとの事ですが、あの娘は碌に魔法を制御できない無能、実家からも半ば勘当同然に外に修行に出された筈。そんな娘がまともに魔法を扱えるようになったと言われても……」


「魔力の多さだけが自慢の出来損ないだ。たまたま放った魔法が運よく魔獣に当たっただけだったのでは?」


 その言葉に会議室の面々は同意とばかりに頷く。

 寧ろどの貴族も自分にとって都合の良い魔法使いを宮廷魔術師に選抜するために、最有力候補であるテイルを落とすべきだとすら考えていた。


「いや、そうとも限らん」


 しかし宮廷魔術師長だけは違った。


「テンクロ家の令嬢は冒険者としてギルドに登録しながら魔法の修行をしていたそうだが、魔法を制御できるようになってからは凄まじい勢いで魔物の討伐に成功しランクを上げているようだ」


「なんと!?」


「更に海の向こうの国家の貴族からの信用も厚く、護衛依頼も請け負っているらしい」


「大陸の外の貴族のですか!?」


 驚いたのは宮廷魔術師達よりも貴族の方だった。

 彼等にとって他国との貴族とのパイプは、様々な情報や貴重な物品、そして金銭に直結する重要なものだ。

 そしてそのパイプの維持には地道な外交活動と主に金銭によって結ばれる。

 しかし周辺国ならそれで問題ないが、海の向こうの貴族とのパイプとなるとまず顔見知りになる事すら難しいのが現状だった。


 その海の向こうの貴族とのパイプをテイルが持っているとなれば、彼等の計算も変わってくる。

 自分の息がかかった魔法使いを王城にねじ込むことと、遠方の貴族との新たな伝手を得る事のどちらが良いかと。


「そういえば聞いたことがある。トルマリッド子爵のパーティに参加した異国の令嬢の護衛の話を」


 その貴族の一言で、他の貴族達も王都で話題になっていた話題を思い出す。


「まさかジョロウキ商会が取り扱いを始めたアビスパールの!?」


 一度その話題が出た事で、会議室の空気は変わった。

 ジョロウキ商会が取り扱う貴重なアビスパールは、元をたどればその令嬢が持ち込んだ物。

 そしてテイルが本当に件の令嬢の護衛ならば、テイルと懇意になる事でアビスパールだけでなく、他の貴重な海外の品が手に入る可能性が高いと言う事だ。


「他にもテンクロ家の令嬢について、奇妙な噂を聞いた。なんでもテンクロ家の当主は自分の娘の才能に嫉妬し、意図的に誤った術式を教えていたとも」


「それは聞いたことがありますな。テンクロ家の魔法教育には問題があるのではないかと」


 ここでメイア達がばらまいた情報が貴族と宮廷魔術師達の認識に更なる歪みを与える。


「テンクロ家の令嬢は魔法を扱えるようになる為、様々な書籍を読み漁り、実戦でその成果を試してきた。つまりかの令嬢は自力で誤った教育の矛盾に気付き、正しい魔法の扱い方にたどり着いたのだろう」


 宮廷魔術師長の言葉が終わると、会議室は静寂に包まれる。

 結論から言えば、完全な勘違いなのだが、貴族達にとってそれはどうでも良い事だった。

 欲に駆られた彼等は、既にテイルを宮廷魔術師にすることで、彼女から国外の貴族との窓口になってもらう事しか考えられなくなっていたからだ。


「では、次期宮廷魔術師はテイル=テンクロ令嬢でよろしいでしょうか?」


「「「「異議なし」」」」


 終わってみれば最後は随分あっさりと決がとれた会議だったと言えるだろう。


「いやー、テンクロ家の令嬢なら家柄も申し分ないですからなぁ」


「いや全く」


 先ほどまでテイルを無能娘呼ばわりしていたとは思えない程の変わり身を見せる貴族達。

 彼等は会議が終わったらもうこんな場所に用はないとばかりに会議室を出ていく。

 彼等の脳裏には、他の貴族に先んじてテイルを自分との交渉の席に呼ぶしかなかったからだ。


 そんな彼等を見送るのは宮廷魔術師長と大臣達上位の役職者だった。


「雑用も終わりました故、本題に入りましょうか」


 そう、彼等にとって宮廷魔術師の選別など、所詮末席を埋める為だけのもの。

 本当の議題はここからと言えた。


「議題は勇者一行の神器の無断使用の件と神器の没収についてです」


 長きにわたる討伐を終え、疲れ果てた体で王都に向かう勇者達の知らぬところで、彼らの処遇を巡る会議が行われようとしていた。


 ◆


 魔獣ことレーベイクとの戦いが終わり、クラーケンの姿も見つからなかった事で、討伐隊は港町へと戻ってきた。

 そして三度にわたる創作でも見つからなかった事から、クラーケンはもう別の海域に縄張りを移したと判断され、テイル達の依頼は終わりを告げた。


「師匠ーっ!! 疲れましたーっ!!」


「うむ、よう頑張ったな」


 宮廷魔術師選抜の結果は後日冒険者ギルドを介して伝えられる為、わらわ達は島へと戻ってのんびりと暮らす事にした。

 ついでに島で暮らすことになったレーベイクをテイルに紹介しようとしたら、めちゃくちゃ警戒されたのはまぁ笑い話じゃな。

 テイルも選抜が終わった事で、ようやく肩の力を抜いてのんびり……


「さぁ、戻ってきたらメイドの修行を再開ですよ」


「そんなぁー!」


 のんびり出来んようじゃのう。

 まぁわらわはのんびりするがの。

 そんな感じで数日が過ぎたある日、通信魔法でメイアの部下から連絡が届く。

 どうやら宮廷魔術師選抜の結果が出たようじゃ。


 さっそくテイルを連れて冒険者ギルドに向かうと、ギルドの受付嬢がテイルをギルド長の部屋に来てほしいと呼び出しておる。

 さーて、どうなる事やら。

 しばし待っておると、呆然とした表情のテイルが戻ってきた。


「ありゃ? アレはダメだったかのう?」


 むぅ、宮廷魔術師ともなると、実績だけではなく、様々な思惑が絡むものじゃ。

 まぁ残念じゃったなと慰めてやるとしよう。


「し、師匠……」


 プルプルと毛玉スライムの様に震えながらテイルがやってくる。


「うむ、皆まで言うな。今回は残念じゃったが、なに、名を上げる機会はこれからもあるのじゃ」


「う、受かりました」


「よいよい、お主ならすぐにでも……なに?」


 今何と言うた?


「宮廷魔術師選抜受かりましたーっっ!!」


「何じゃと!?」


 テイルの顔があまりにも毛玉スライムみたいになっておったからてっきり落ちたと思うたが、見事合格したか!!


「でかしたぞテイルよ!」


「やりました師匠ぉぉーっ!!」


 テイルは感極まって泣き出すと、わらわにタックル気味に抱きついてくる。


「うむうむ、よう頑張ったの。偉いぞ」


「ぶぅわぃぃ~~っ!!」


 やれやれ、甘えん坊じゃのう。

 まぁそれも仕方がないか。

 これまではどれだけ努力しようとも、誰にも認めてもらえなんだのじゃからな。

 それがこの国で最高峰の魔法使いの称号を手にすることになったのじゃから、喜びもひとしおと言う者じゃ。


「よしよし、メイアに命じて今夜の夕飯はお主の好きなものにしてもらうとするか」


「わだじシカ肉のシチューが良いですぅーっ!!」


 うむうむ、他にも好きな物を頼むがよい。


「おっ? どうしたどうした? なんかあったのか?」


 そんな風に騒いでいたら、周りにいた冒険者達が何事かとやってくる。

 やれやれ、この野次馬共め。

 じゃがせっかくのめでたき日じゃ。にぎやかしは多いに越したことは無かろう。


「今日はテイルのめでたい日じゃ! 厨房! 皆に酒と馳走をふるまってやってくれ! 今日はわらわの奢りじゃ!!」 


「「「「おおーっ! マジか!!」」」」


 わらわがギルド内に併設された食堂の厨房に声をかけると、奢りと聞いた冒険者達が一斉に騒ぎ出す。


「構わん! 飲め! 食え! 今宵は宴じゃーっ!!」


「「「「おおーっ!!」」」」


 はっはっはっ、めでたき事を宴にするも上に立つ者の大事な仕事じゃからな!


「しかしあれじゃな。なんか忘れてるような気がするんじゃが?」


 ふとわらわは何か大事なような大事でないような何かがあったような気がする。


「あっ、ぞれわだじもでず……」


 テイルもか。しかし思い出せんのう。


「まぁ良いか。思い出せんのなら大したことでもあるまい! それよりも宴じゃ! 今日はおぬしが主役なのじゃからな! ほれ、涙と鼻水で汚れた顔を吹け!」


「はいっ、ヂーンッ!!」

 

 差し出したハンカチで涙をぬぐって鼻をかむと、テイルは顔を上げる。

 ちーとばかし目が赤いが、まぁよかろうて。


「よし、それでは宴に参加するぞ!」


「はい、師匠!!」


 いざ、城に戻る前の食前酒代わりの宴会じゃっ!!


 ◆


 その男はとある人気のない森の中で目を覚ました。

 周囲は見慣れぬ植物ばかり。

 何故か痛む体を起こして歩くも人の気配はなく、町や村どころか街道すら見当たらない。

 漸く見つけたのは、遺跡と思しき建造物の廃墟くらいであった。

 男は焦燥に駆られて森の中を進み続ける。

 そしてついに森の先に光を、外へと繋がる光景を見つけた。

 そこに広がっていたのは、一面の大海原であった。

 あるのはただそれだけ。


「皆は、船は何処に行ったんだー!?」


 一人無人島に取り残された男、トラビックの声だけが大海原に響き渡るのだった。

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