第73話 魔王、魔獣の正体を知るのじゃ

 ローザンを倒したわらわは、テイル達が魔獣と戦う戦場へと戻ってきた。

 じゃがこの戦いはテイルが宮廷魔術師になる為の大事な試験。

イレギュラーな存在であったローザンの件は仕方ないとしても、これ以上わらわが手を貸す訳にはいかん。


「テイルのお手並み拝見といくかの」


 上空から見ていると良く分かるが、冒険者と騎士団の連携はなかなかのものじゃった。

 魔獣を包囲した彼等は、魔獣の動きを見極めては攻撃と回避、そして突発的な事態に対する援護を行っておる。


 唯一の懸念は勇者達の暴走じゃったが、こちらは騎士団が上手い事食い止めておった。

 勇者達が動こうとすると、指揮官が部隊を動かして勇者達が魔獣に近づけぬようにしておるのじゃ。


 このあたり、魔法使いであったローザンを倒した事で強引な介入が出来なくなったのも功を奏しておるの。

 あ奴が生きておったら、味方の居る場所に魔法をぶち込んで強引に道を作っておったことじゃろうからな。


「ふむ、現状死者は出ておらぬようじゃの」


 重傷者こそいるが、死んでいないのなら回復魔法とポーションで何とかなる。

 戦場で自軍の死者を最低限に抑える事が出来るのは、指揮官の指揮が良いからじゃろう。

 意外に人族にも有能な者が残っておるようじゃの。


「い、いいか! 絶対に勇者様達に神器を使わせるな! もし勇者様達が聖剣と聖杖の力を使い切って封印から解放された邪神をふういんできなかったら、私達は戦犯として処刑されるぞっ!!」


 顔面蒼白で裏返りそうな声で必死に叫ぶ司令官の姿が目に入った。

 うん、まぁあれじゃよね。人間追いつめられてから本気を出す者もおるよね。頑張れ。


 ともあれ、戦況はこちらに有利な状況じゃった。

 特に目を引いたのはテイルの活躍じゃ。

 テイルは大きな魔法だけでなく、小さな魔法で魔獣の気を逸らして仲間の危機を救ったり、自らが動き回る事で魔獣の注意を引きつけつつ攻撃を行う。

 勿論味方の射線に気を付けてなるべる上空に位置取る事を忘れてはおらぬ。


 当然、テイルの活躍は味方の指揮を上げ、他の魔法使い達もテイルに後れを取るかと奮起する。

「うむ、良い流れじゃな」


 魔獣の動きも大分鈍くなっておる。

 これなら決着も近かろう。


「斬撃も炎も効き辛いなら、これでどうです! ハウリングエフェクト!!」


 テイルが放ったのは不可視の音の衝撃波を産み出す魔法じゃった。

 しかしただ放つのではなく、魔獣の周囲を囲み、逃げ場を無くしての攻撃じゃ。

ローザンがわらわに対して行った包囲戦術の不可視魔法版じゃな。


 逃げ場がない状態では流石にどうしようもなく、不可視の全周囲攻撃を喰らう魔獣。


「ゴォォォォォォォッ!?」


 魔獣が苦痛の叫びをあげる。


「ふむ、これで決まりかの……む?」


 その時じゃった。

 突然魔獣の動きが変わったのじゃ。


「なんじゃ、あの反応は?」


 魔獣の反応は奇妙じゃった。

 急に体をブルりと震わせたかと思うと、キョロキョロと周囲を見回し出したのじゃ。

 あの様子は……


「戸惑っておるのか……?」


そう、戸惑いじゃ。恐怖や怯えではない。

しかし何故今更戸惑う? 予想以上にテイル達が手ごわかったからか? いやそういう感じでもなさそうじゃ。

寧ろテイル達の存在に今気づいたかのようじゃった。


そして魔獣は明らかに戦いを避けだした。

一見するとテイル達の猛攻に怯みだしたように見えるが、そうではない。

しかしあの場で戦っている者達はそう判断したようじゃった。


「見ろ! 魔獣の奴ビビってるぞ! 今がチャンスだ!」


「冒険者達に後れを取るな! ここで押し込むぞ!」


「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」


 冒険者と騎士団の攻撃が激しさを増す。

 対して魔獣の方は逆に彼等への攻撃の手を緩めておった。

 反撃をするにはしておるのじゃが、致命的な攻撃にならぬように加減しておる感じじゃ。


「これは何かあるの」


 このまま魔獣に勝つ事は出来るじゃろう。

 しかし長年戦争と政争で戦い続けてきたわらわの勘が、ここで魔獣を殺すべきではないと警告してきたのじゃ。

 こういう時の勘には従った方が良い。

そう判断したわらわは、通信魔法でテイルに連絡を取る。


『聞こえるかテイル』


『え? 師匠? 一体どこから!?』


 聞こえてきたテイルの声から戸惑いが伝わってくる。


『通信魔法で上からの』


『そ、そうなんですね! あっ、ご無事だったんですね! 大丈夫ですか?』


『うむ、問題ない。それでじゃの。魔獣の様子がおかしなことになっておってな、ちとお主に協力してほしいのじゃよ』


『劣勢になって腰が引けているだけじゃないんですか?』


 やはり現地で戦っているテイル達では魔獣の微妙な変化に気付けぬか。

 命が掛かった戦い故、仕方ないといえば仕方ないが。


『それだけではないようじゃ。すまんが派手な魔法で戦場の視界を封じてくれんか? その間にわらわが魔獣を別の場所に転移させる』


『分かりました!』


「皆さん! これから大きな魔法を使います! 合図があったらすぐに避難してください!」


 テイルが叫ぶと、すぐに近くにいたグランツがそれに倣う。


「聞いたかお前等! 海割りがデカいのかますぞ! 巻き込まれない様に気をつけろ!!」


「おうよ!」


「そんなヘマするヤツァいねぇよ!」


 テイルは他の冒険者達の手前、呪文を唱える振りをして魔法の準備を行う。


「行きます!」


 テイルの合図を受けて、冒険者と騎士達が蜘蛛の子を散らすように下がる。


「バーンサンライズ!!」


 瞬間、眩い光の塊が魔獣を中心に巻き起こった。

 疑似太陽魔法バーンサンライズ。

 地上に凄まじい威力の太陽の輝きを産み出す光と炎の高位魔法じゃ……本物ならの。


 しかしテイルが作ったそれはそれっぽく熱と光を発生させるだけのなんちゃって太陽魔法じゃった。


「うむ、ちと眩しいが良い仕事じゃ」


わらわは皆が光に目が眩んでいるのを良い事に魔獣に接触すると、転移魔法で島へと連れ帰るのじゃった。



 テイルの目くらましに乗じたわらわは無事島へと転移した。

ただし城と毛玉スライム達に迷惑をかけぬよう、少し離れた海岸にじゃが。


「グアァォォッ!?」


 テイルの目くらましを喰らったが故に、魔獣は目を閉じて身をくねらせておったが、眩しさが収まった事で、目を開くと、様変わりした周囲に驚いたのか目を大きく見開く。


「……っ!? 居ない!? 人族はどこに!?」


「なんと!? お主喋れるのか!?」


 まさかの反応で逆にこちらが驚かされてしまった。

 こやつ人の言葉を話せるほど高位の魔物じゃったのか。

 高位の魔物には二種類がある。

 一つは単純に強い魔物じゃが、もう一つは人と同等かそれ以上の知恵、つまり意思疎通の手段を持つ事じゃ。

 そしてどうやらこの魔獣は後者の条件も満たす行為魔獣だったようじゃ。



「人族……いや魔族か!」


 魔獣がわらわの正体を察し、臨戦態勢を取る。

 大したもんじゃのう。勇者達はわらわの正体にさっぱり気付かなんだというのに。

 まぁそれは後にしておこう。今はこの高位魔獣の正体を探る事が優先じゃ。


「お主を避難させたのはわらわじゃ。礼を言ってもよいのじゃぞ」

 

「何? 貴様が?」


「そうじゃ。人族と戦っておったお主の様子が急におかしくなったのでな。このまま戦っては殺されると判断してあの場から逃したのじゃ」


「目的は何だ?」


 わらわの言葉に魔獣は疑わし気な態度を隠しもせずにこちらの真意を問うてくる。


「まぁ色々と事情があっての。重要な部分で言えば、あのまま戦いが続いていたら、最悪勇者達が神器の力を無駄に消費してお主と戦うところだったのじゃよ」


「馬鹿な! 神器は邪神と戦う為の力だぞ。地上の民同士の戦いで使われる訳がなかろう!」


 うん、普通はそう思うじゃろうね。でも事実なんじゃよ。


「残念ながら今の人族は神器の事を神が人族に与えた無敵の武器と勘違いしておる。なんならわらわも神器の力で封印されるところだったのじゃよ」


「馬鹿な、ありえん! 神器だぞ! どこの馬鹿がそんな自滅するような事をするというのだ!」


 うむうむ、分かるぞ。わらわも本当にそう思っておるからの。


「困ったことに事実なのじゃ。なんなら人族の勇者に直接尋ねに行っても良いぞ。最も、お今のお主はその勇者達に襲い掛かった邪悪な魔獣扱いじゃから話を聞いてくれるか怪しいところじゃが」


「何? 我が人族の勇者に襲い掛かった?」


 あー、やはりこやつ先ほどまでの戦いの事を覚えておらんのか。なんかそんな感じはしておったが……


「お主はさっきまで人族に襲い掛かっておったのじゃ。自分が人族に囲まれて襲われて負ったのは覚えておるじゃろ?」


「……ではやはり先ほどの事は夢でも幻でもなく事実なのか」


 先ほどの事を思い出したらしく、魔獣は警戒を弱め、しかし完全には解かずにわらわを見つめる。

 しかし話を聞きたいのはこちらの方じゃ。色々とな。


「お主、何故人族に襲い掛かったにもかかわらず、突然態度を変えたのじゃ?」


「我は人族と戦っていたつもりはない。少なくとも人族を襲うつもりなどなかった」


 人族と戦っていたつもりはない? 襲うつもりはなかった?


「人族はそれを信じると思うか? そもそもお主は何者じゃ。何故あの島におった」


 おそらくは、それこそがこの魔獣の正体を知る為に最も重要な情報じゃ。

 魔獣もまた自分の事を説明しないかぎり、自分の身の潔白を証明できぬと考えたのじゃろう。

 ゆっくりと、己の素性を話し始めた。


「我の名はレーベイク、かつて我は人族に聖獣と呼ばれていた」


「なんと、聖獣じゃと!?」


 聖獣、この世に4頭のみ存在するという神に仕えし聖なる獣。

 まぁその聖獣の一角たるガル曰く、その正体は人族と意思疎通が出来る強い魔獣というだけの事らしいが。


「我はあの島に封印された邪神の力を敵から守っていた」


「邪神の力じゃと!?」


 まさかローザンが身に宿していたあの力か!」


「かつて地上の民と邪神が争った際、当代の勇者は将来を見越してある仕掛けを行った」


「仕掛けとな?」


「うむ、当時は四つの神器の一つが紛失した事で、凄まじい被害が出ていたのだ。そこで勇者は将来再び封印が解けて邪神と戦う事になった時の為に、邪神の力を削って、分割封印する事を考えたのだ」


「なんと!? そんな事が出来たのか!?」


 神器は邪神を封印する力を有している事は知っておったが、よもや邪神の力を切り離して弱体化させる事まで出来るとは知らなんだ。

 この辺りは神器を継承した勇者達しか知らされぬこと故、わらわも知らぬはしょうがない事じゃった。……いや、決して調査が杜撰だったわけではないぞ! 神器の持つ大いなる力を邪神の眷属に知られて対策を練られぬようにする為だったんじゃよ!


「勇者は見事邪神の力を削ぐことに成功した。そして本来の封印とは別に、分離した邪神の力の一部をいくつもの場所に封印し、邪神の眷属にばれぬよう目くらましの術をかけた。そしてこのことを知る一部の者達が封印を守る役目に付き、我はこの島の封印を守る任に付いたのだ」


 成程のう。つまりこの魔獣、いや聖獣レーベイクは邪神の封印の守り人だったという訳か。


「じゃがそれなら何故勇者達に襲い掛かったのじゃ?」


「……どうやら自分でも知らぬ内に邪神の力の影響を受けていたようだ。どうも100年程前からの記憶があいまいになっている」


 レーベイクは邪神の影響で自分が正常な判断力を失っていたようだと自己分析を行う。

 だがそれでも封印を守らねばならぬという使命だけは残っていたようだ。


「封印に悪絵強を与えぬよう、封印の傍で暴れぬことも辛うじて覚えていたが、それが邪神に都合よく捻じ曲げられていた気がする」


 ふむ、現場はどのような状況だったのか分からんが、その辺りの認識を歪まされていた所為で、邪神の力の封印が解けてしまったようじゃの。


「朦朧とした意識で邪神の力の封印が解けた事を察した我は、邪神の力を悪用されぬよう、敵を滅ぼそうとした。だが……」


「それが原因で人族と争ってしまった訳か」


「我ながらなんとも情けない話だ……」


 と、聖獣は肩を落として落ち込む。

 どうやら邪神の力に惑わされた事で自己嫌悪に陥ってしまったようじゃの。


「正気であったならば、人族や邪神の使徒ごときに後れを取る事など無かったというのに!」


そっちかい!


「だが正気に戻った以上、もはや遅れはとらぬ。危ない所を救われた事は礼を言おう。だが我には邪神が再び力を取り戻す事を阻止せねばならん。手間をかけるが我をあの島に戻しては貰えぬか」


「あー、その事なんじゃがのう……」


 やる気満々のレーベイクにちょっぴり申し訳ない気持ちになりながら、わらわは待ったをかける。


「そ奴ならわらわが倒したぞ」


「……何?」


 どういう事? とレーベイクが首を傾げる。


「弟子の戦いの邪魔になると思ったのでな、わらわが倒しておいた」


 まぁ実際には敵の自滅を誘っただけなんじゃがな。


「な、何だとぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 今度こそはと息巻いていたレーベイクじゃったが、ローザンをわらわが倒したと聞いて驚愕の叫びをあげる。


「すまんのう。返り討ちにしてしまったのじゃ」


「なんと……雪辱を果たす機会が……」


 リベンジのチャンスを失ったレーベイクはがっくりと肩を落として落ち込んでしもうた。

 いや、こ奴に肩はないが。


「あー、それでこれからどうするつもりなのじゃ? またあの島に戻るのか?」


 わらわが話を振ると、レーベイクは首を振って否定する。


「いや、邪神の封印の一角が解けた以上あの島に戻る意味はない。我は来たるべき邪神との戦いに備え、いずこかに身を隠して傷を癒すつもりだ」


 中々に切り替えの早い奴じゃの。

 いや、次の戦いで今回の雪辱を果たすつもりか。


「ふむ、それならばこの島で傷を癒すが良い。わらわの島は外部からの侵入者が入れぬようになっておるからの。療養にはもってこいじゃ」


 こ奴に怪我を負わせた一因はわらわの弟子であるテイルにもあるからのう。

 そのくらいのサービスはしてもよかろうて。


「気持ちはありがたいが辞退する。我等聖獣は他種族に借りを作る気はない」


「そうなのか? 既に聖獣が一頭暮らしておるんじゃが」


「……何だと?」


 聖獣が居ると聞いて、レーベイクがピクリと反応する。


「ガールウェルという聖獣がおるぞ」


「アイツ、何を……ああそうか、奴は聖女に恩義を感じていたからな。その繋がり故か」


 どうやらガルとは知り合いだったらしく、レーベイクは溜息を吐く。


「いや、聖女には見捨てられたみたいじゃぞ」


「はぁ!? どういう事だ!?」


 何それ初耳とレーベイクが目を丸くして驚いたので、ガルと村の民の話をレーベイクに話してやると、レーベイクは先ほど以上に呆れをたっぷりと込めた溜息を吐く。


「なんとまぁ……だから人族などに肩入れするのは止めた方が良いと言ったのだ。だのにアイツと来たら……」


 何やらガルとは因縁がありそうじゃの。


「まぁ文句があるなら本人に言えばよかろうて。で、どうする?」


「……承知した。奴がここにいるのなら、その時が来た際に探す手間が省けるというものだ。と言うか奴には聖獣としての心構えを教え直さねばな」


 と、先ほどよりも少しだけやる気を取り戻した感じのレーベイクが笑みを浮かべる。


「うむ、よろしく頼むぞ。わらわはリンド。この島の主じゃ」


「改めて名乗ろう。我はレーベイク。レーベと呼ぶが良い。これから世話になる」


 こうして、わらわの島に第二の聖獣が暮らすことになるのじゃった。

 ……うーむ、邪神の封印と言い、なんか大事になって来たのう。

 じゃがまぁ、そう言うのは今を生きる若者達の役目。

今回はたまたま関わってしまったが、いい加減ロートルのわらわは引っ込まんとな。


「テイルの件が終わったら、暫くは島に籠ってノンビリ暮らすとするかのう」

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