第72話 魔王、打ち砕くのじゃ
「だからこそ、勝てると言うものじゃ」
邪神の力に酔うローザンに、わらわははっきりと言い放った。
「ふざけたことを。出来るものならやってみろぉっ!!」
再び、ローザンとの戦いが始まった。
ローザンは邪神より与えられた冥力で大量の魔法を発動させると、先ほどの様にわらわを囲むように魔力弾を配置する。
ただし先ほどとは比べ物にならぬ厚みじゃ。
「どうやって回避したかは知らんが、鼠一匹抜け出すことが出来ぬ密度ならどうダッ!!」
瞬間、魔法が一斉にわらわ目指して襲ってくる。
一直線に向かってくる魔法、一拍ズレて向かってくる魔法、わらわの視界の外から向かってくる魔法。
「ダメダメじゃな」
わらわが抜け出せぬほどの密度というのは悪くない。
じゃが整列した魔法のタイミングを自分でズラしてしまっては、回避するスキマが生まれてしまうではないか。
わらわはあえてそれを教える様に、スキマを縫って回避する。
「ほれほれ、術の制御が甘いぞ」
「くっ、ならばコレはどうだ!」
と、魔法弾に込められた冥力が分離して、包囲の密度が二倍になる。
「おお、それは良いぞ」
悪くないやり方じゃ。ギリギリで回避しようとする相手には有効なフェイントじゃの。
「まぁこうするんじゃが」
わらわは薄い結界を広めに張る事で、意図的に魔法弾を結界に当てて爆発させる。
そうする事でローザンの視界を遮っている間に、短距離転移で包囲内の空いている空間へと移動する。
「どこだ!?」
「こっちじゃ!」
言葉と共にローザンへと貫通力の高い魔法を数発連射してやる。
「させんっ!!」
すかさずローザンの魔法弾がわらわの魔法に自らぶつかっていき、少しずつ威力を減衰させて消滅させる。
「見たか、私の魔法は攻撃だけでなく防御ニも応用できるのダ! 貫通力の高い魔法で私の急所を貫こうとしたようだが、無意味に終わったようだナ!!」
わらわの攻撃を防ぎきったローザンは得意満面の笑みで自身の魔法を誇ると、再びわらわへの攻撃を再開する。
ただし今度は攻撃のタイミングをズラしたりせず、包囲の密度を維持する事を優先しておる。
敵ながらなかなかに学習能力高いのう。
その後もわらわはローザンの魔法を迎撃し、短距離転移で安全な場所に移動しては反撃を繰りかえしていた。
それを繰り返した事で、ローザンもわらわが普通の方法で回避していない事に気付いたのか、こちらの回避方法を探ろうと着弾時に爆発しない魔法に変えるなど戦法を変えてくる。
しかしそれならこちらが相手の視界を遮る魔法にすればよいだけなので、いまだローザンはわらわの回避のタネを見抜けずにおった。
まぁこっちも攻撃を当てても回復されてしまうんじゃがの。
「えーい、チマチマチマチマト鬱陶しイッ!!」
相も変わらずローザンは無数の魔力弾による包囲を維持しておる。
しかしその包囲や攻撃の精度には明らかにムラが出てきておった。
「いい感じに焦れてきておるな」
そろそろ誘うか。
「確かにのう! いい加減わらわも飽いてきたわ」
「っ!」
わらわが動きを止めて強い魔力を放出すると、ローザンが警戒して魔力弾の動きを止める。
「そろそろ決着を付けようではないか。お互いの最強の一撃での」
わらわはこれ見よがしに魔力を収束させることで、これからデカいのをぶっ放すとローザンに告げる。
「……よかロウ」
対するローザンも、生半可な迎撃ではわらわの魔法を受け止めきれぬと判断したらしく、包囲を崩して自分の前面に魔法弾を軍隊の隊列のように整列させる。
「いい覚悟じゃ」
やはりこやつ、戦いの空気を感じとるセンスが勇者達よりも高いの。
「では、ゆくぞ!!」
「打ち砕いてクレるわっっッ!!」
わらわの収束魔法が放たれると、ローザンもまた自身の魔法の隊列を細くすることで点の厚みを持たせる。
そして両者の魔法がぶつかり合った。
「うぉォォぉォぉぉぉぉッ!!」
じゃが、わらわはバカ正直に戦うつもりなどない。
「そら」
魔力の流れを変えると、わらわの収束魔法が途中で枝分かれして両側面からローザンを襲う。
「何ッ!?」
ローザンは慌てて隊列を崩すと、わらわの魔法を迎撃する。
じゃがわらわの魔法は更に枝分かれを繰り返し、意思を持った樹木の様にローザンを狙う。
「ぐわぁぁっ!!」
じゃが遂に魔法弾の操作が追いつかなくなったローザンは、わらわの魔法に貫かれる。
「だ、だが私の再生力なら……ナニッ!? 再生しないダト!?」
そう、わらわの魔法はローザンの体を貫いてそれで終わりではなかった。
放たれた魔法は杭のようにローザンに刺さったまま。
「いかに再生能力が優れていようとも、傷口を塞ぐことが出来なければ意味はあるまい」
「ガァァァぁぁぁァァァァッ!!」
これこそローザンの回復能力封じの一つ。
常に傷を与え続ける事で再生能力を無効化する、じゃ!
苦しむローザンの体に更に収束魔法の枝が突き刺さってゆく。
「ギャアアアぁぁぁぁぁァァァアッ!!」
苦し紛れにローザンは魔力弾をわらわに放ってくるが、まともな制御も出来ていない魔法が当たる道理もない。
しかしそこで魔力弾から異様な魔力の動きが起きる。
「おっと」
すぐさま転移を行って少し離れた場所に避難すると、わらわが居た周囲で大爆発が起きた。
どうやら魔力弾を全て爆発させることでわらわの逃げ場を完全になくすつもりだったようじゃ。
収束魔力の枝で全身を貫かれておるにも関わらずよくやるもんじゃ。
「くっ、また逃げたカ……」
ローザンもわらわを倒せたとは思っていなかったらしく、すぐにわらわの姿を確認すると魔力弾の生成を行う。
しかし無理をした代償は高かったらしく、生成された魔力弾の数は明らかに減っていた。
「喰らえェェェぇぇぇ!!」
じゃがそれがどうしたとばかりにローザンは魔力を発すると、強引に魔力弾の数を増やした。
が、それがローザンの限界だったのじゃ。
「グワァァァァァァァァッ!?」
突然ローザンの腕が破裂したのじゃ。
それだけではない、全身から亀裂が走るように魔力が吹きだし始めたのじゃ。
「ナ、ナンダコレハ……ッ!? キサマナニヲシタ!?」
わらわが何かをしたと思ったのか、ローザンが憎しみを込めた眼差しで叫ぶ。
「わらわは何もしておらんよ」
「嘘ヲツクナ! 何モセズニ私ノ腕ガ破裂スルモノカ!!」
「本当に何もしておらんよ。ただ、お主の体が邪神の力に耐えられなくなったのじゃ」
「ナン……ダト?」
それは当然の事じゃった。
ローザンは邪神の力によってあらゆる能力が向上しておったが、その力を以てしても強化出来ぬモノがあったのじゃ。それこそは……
「存在の強度じゃ。邪神という神の力、文字通り格の違う存在の力を人という脆い器に入れて暴れれば、体が耐えきれなくて壊れるのは当然。紙でできた器に水を入れて振り回せば、脆くなって破れるじゃろ?」
「バ、バカナ。イママデソンナコトハオコラナカッタゾ……」
「短期間の使用ならば耐えられたじゃろう。じゃが今のお主はわらわとの戦いで普段以上に力を使い続けておった。しかも無数の魔力弾を制御し続けるなどという無茶をしながらじゃ」
そう、ローザンは力を使いすぎただけでなく、複雑な制御と集中を必要とする魔力運用まで行っておった。
邪神の力があればこそ、苦労を感じることなく力ずくで制御出来ておったが、肉体が邪神の力の出力に耐えきれなくなれば、そのツケは一気にやってくる。
その結果、ローザンは肉体の強化と再生の為に使ってい冥力の流れを制御できなくなって腕を破裂させただけでなく、全身から魔力を吹きだして肉体は崩壊寸前となっていたのじゃ。
冷静さを保っていたならば、自身の異変に気付いて無駄な力の使用を控えたじゃろうが、邪神の力に酔っていたローザンはついぞそれに気付く事もなく取り返しのつかない所まで来てしもうた。
「ガ、ガ、ガ……」
とうとう自我の制御すら怪しくなってきたらしく、まともな言葉すら発せなくなるローザン。
「では終わりにするとしようか」
わらわはローザンの全身を魔法で切り刻むと、傷口を凍らせて再生を阻害する。
ローザンの意識がはっきりしておったなら、こんな事をしても再生を阻害できなんだじゃろうに。
「力の源は……あそこか」
分割したローザンの肉体の中から、強い力が発せられる部位を確認する。
「あそこが邪神の力を宿したローザンの本体じゃな」
よし、ローザンの意識が無い今なら、神器の力を使わずとも封印出来る筈!
そう思った時じゃった。
突然ローザンの肉体から凄まじい密度の魔力が凝縮を始めたのじゃ。
「いかん!?」
凄まじい危険を感じたわらわは、即座にローザンのとの間に強固な盾の魔法を発動させると、転移魔法で島へと避難する。
次の瞬間、凝縮された魔力が爆発した。
ッゥゥゥゥゥゥン!!
わらわの置いてきた盾魔法が耐え切れずに砕ける。
「なんのっ!!」
即座にわらわは障壁の魔法を発動して攻撃から身を守る。
幸い、置いてきた盾魔法が壁になったお蔭で爆発は左右に割れ、島は直撃を逃れた。
しかしそれでも凄まじい威力がわらわを襲う。
「転移魔法でもっと離れればよかったのじゃが、後ろには不詳の弟子がおるからのう」
流石にテイル達を見捨てて自分だけ逃げる訳にはいかんわい。
なんとかかれていると、荒れ狂う爆発は静まっていき、わらわは障壁の魔法を解除した。
「ふぅ、何とかなったようじゃの」
まさか暴走して爆発するとは……これだから邪神関係は何が起こるか分からんから嫌なんじゃよ。
「じゃがまぁ、おかげで封印の手間は省けたようじゃの」
爆発が消えた後には、ローザンの姿はどこにもなく、邪神の力の残滓も無くなっておった。
「それにしてもつっかれたのう。あの魔獣はテイル達に頑張ってもらうとするか」
しんどい戦いを終えたわらわは、弟子の戦いが終わるのをのんびりと待つことにするのじゃった。
「所詮借り物の力なぞ、こんなもんよな」
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