第71話 魔王、邪神の使徒と激戦を繰り広げるのじゃ

 魔法使いを島の外に蹴り出したわらわは、転移魔法で吹き飛んだ相手に追いつく。


「くっ、この力ただの人間ではないな!」


「その様な物言いをするという事はお主も真っ当な人間ではないということじゃな」


魔法使いは飛行魔法を使い、海に落ちることなく空中に浮いておった。

人間の術者の実力が著しく下がっておるこの時代に飛行魔法が使える事からも、こやつが只者ではない事が分かるというものじゃ。

こやつ、明らかに勇者達よりも強い。


「お主、邪神の関係者じゃな」


 わらわは魔法使いにカマをかける。

 これ程の力を持つのなら、知識もまた相応の者を持っている筈。

そして先ほど魔獣から迸った邪神の力を見てもこ奴が慌てる様子は無かった。

それどころか冒険者や騎士達の反応の方に意識が向いていたのは先ほどの攻撃で明らかじゃ。

 ならばこ奴の正体は、勇者の側ではなく……


「ふん、そこまで気付いていたか」


 その瞬間、魔法使いの表情が禍々しく歪む。

 同時に全身から先ほど魔獣から感じた者と同じ邪悪なオーラ、冥気が迸る。


「我が名はローザン。邪神様に仕えし眷属なり!」


「なんとまぁ」


 邪神教徒かと思っておったら眷属とはな。

 邪神の眷属とは、邪神を信奉する者が儀式によって、邪神より冥気の欠片を授かった者じゃ。

 眷属となった者は、凄まじい力や本来以上の寿命を授かるが、代わりにその精神は邪悪に侵食され、文字通り邪神の為に働く傀儡となってしまうのじゃ。


 わらわもかつて邪神の使徒と戦った事があったが、正直言って面倒な相手じゃった。


「わらわはただの通りすがりの魔法使いじゃ。知り合いが面倒に巻き込まれておったゆえ、手を出したまで」


「ほざけ、ただの魔法使いが私を海まで吹き飛ばせるか!」


 ローザンと名乗った魔法使いは、力を隠すことなく魔法を放ってくる。

 しかもご丁寧に魔法には冥気が乗っており、威力は普通の魔法とは比べ物にならない事が見ただけで分かる。


「おお、怖い怖い。そんなものに当たったら死んでしまうぞ」


 当然当たってやる気もないので回避すると、ローザンの魔法が軌道を変えてわらわを追ってくる。

 まぁ奴の実力なら当然追尾してくるか。


「ふはははっ! 逃がさんぞ!」


 更にローザンの魔法は速度を上げてわらわに接近してくる。

 威力だけでなく、追尾と速度変化まで行うとは、なかなかに強力な魔法を使いよる。


「これは迎撃した方がよいのう」


 逃げ続けても埒があかぬと判断したわらわは、威力の低い魔法を放って相殺する。


「甘い!」


 その時じゃった。魔法同士がぶつかった事で発生した爆煙の中から、冥気の塊が飛び出してきたのじゃ。


「なんとぉ!?」


 間一髪でそれを躱したわらわは、冥気に魔法を放って相殺する。


「ふん、よく避けたものだ」


 ローザンは特段悔しそうでもない様子で笑みを浮かべる。


「まさか冥気を分離させるとはのう。いや、最初から二種類の魔法を操作しておったという事か」


 参ったのう。こ奴、本当に勇者達よりも戦い慣れておるぞ。

 しかも性格の悪い魔法の使い方をしてきおる。


「こうなると、わらわも性格の悪い魔法を使わねばならんの」


「はっ、そんな暇なぞあたえん!」


 ローザンが先ほどの魔法と同じ魔法を発動させる。

ただし今度は一度に展開する魔法の数が段違いじゃった。


「全方位から魔法と冥気の時間差攻撃を受けろ!」


 ローザンの魔法がわらわを包囲し始める。しかし……


「ぐわぁっ!?」


 突然ローザンの背中が爆発を起こしたのじゃ。


「なっ!?」


 当然意識が逸れた事でローザンの魔法は制御を失い、わらわはその隙に短距離転移で包囲から抜け出す。


「くっ、何をした!?」


周囲を警戒していたローザンじゃったが、突然背後から攻撃されたからくりが分からず、苛立ちを込めて吼える。


「はっはっはっ、答えを教える馬鹿がおる訳なかろう。さぁ、次々行くぞ」


 再びローザンの背後で爆発が起きるが、流石に今度は予想していたのか回避が間に合う。


「二度も同じ攻撃を喰らぐわぁっ!?」


 しかし今度はローザンの足元が爆発する。

 そしてバランスを崩したローザンの両側面が爆×する。


「がぁぁ!?」


 再び背後、腹、顎、後頭部、右腕、左足、右足、左上、背後と次々に爆発してゆく。


「がっ……」


 完全に集中が途切れたローザンの魔法は、制御を失ってお互いにぶつかり合って爆散してゆく。


「おやおや、勿体ないのう」


 この魔法、種を明かせばただの爆裂魔法じゃ。

 ただし範囲を人間サイズに凝縮している為、威力は段違いじゃ。

 しかしそれでは敵に当てるのは至難の業。

 そこでわらわは魔法を自分の正面からではなく、自分の背後にこっそり展開し、転移魔法でローザンの傍に短距離転移させて爆発させたのじゃ。


 その結果、見えない爆発が起きているように見える訳なのじゃよ。


「邪神の眷属はやっかいじゃが、基本は地上の民。ならば思考の仕方もわらわ達と大差ない。故に、相手の想定外の攻撃を放てば、打倒すはたやすいのじゃ」


「お、おのれ!!」


 再びローザンが魔法を発動させようとしたので、わらわも転移爆破を再開する。


「ぐわぁぁぁぁっ!!」


 後はこのまま相手の意識が途切れるまで続ければ……


「む? 妙じゃの」


 攻撃を続けていたわらわじゃったが、ふと違和感を感じる。

 というのもローザンは邪神の眷属だけあって勇者達と比べると魔力も高く、戦い慣れしておる。

 しかし眷属としてはまだまだ未熟なのか、わらわの攻撃に碌に対応できておらぬ。


「だというのに、まだ意識が途切れておらぬ」


 そう、ローザンは邪神の使徒として決して強いとは言えなかったが、それにしては異様にタフなのじゃ。


「いかに邪神の使徒とは言え、地上の民の肉体を使っている以上、肉体構造の弱点は同じ。なのに何故意識を狩れぬ?」


 これはおかしい。実力とタフさが合っておらぬ。


「こういう時はアレじゃ。何かインチキをしておるな」


 邪神の眷属には時折、インチキとしか言いようのない特別な力を持っておる者がおる。

 恐らくはローザンもその手合い。


「これは相手の力の源を探る必要があるか」


 わらわはわざと魔力が切れた振りをしてローザンへの攻撃を中断する。


「ぐぅ……ぅ、どうやら……魔力が切れたようだな……」


 うめき声を上げつつも、ローガンが姿勢を正す。

 するとローザンの肉体が徐々に修復を始めたではないか。


「高度な治癒能力か」


 この世界には回復魔法というものがあるが、一部の種族には魔法を使わずとも高速で肉体を修復する存在がおる。

 恐らくはローザンもその手合いか。


「それだけではない。私は封印より解き放たれた邪神様の力に守られているのだ!」


「封印より解き放たれたじゃと!? そんな馬鹿な!!」


 邪神の封印は非常に強固じゃ。

 何しろ神が地上の民に与えた神器は、文字通り神の力を使っておるのじゃからな。

 そして、それ程の力ゆえに、封印が解けた時は確実に分かるのじゃ。

 鍵のかかった扉を巨大なハンマーで強引に叩き割れば、音と衝撃で何かあったと分かる様に、邪神の封印もまたそれが解かれた時に地上の民に分かる様になっておるのじゃ。


 現にわらわは数度の邪神の封印が解除された時の感覚を知っておる。

 しかしここ最近は邪神の封印が解かれた感覚を経験しておらぬ。

 となると考えれるのは……


「邪神の力の一部がここに封印されておったか」


 先ほど島から嫌な気配がしたあの時に、何らかの封印が解かれたのじゃろう。

そして邪神本体の封印でないとすれば、邪神に関する何かしらが封印されておったのじゃろうな。


 恐らくローザンは邪神に関する何かしらの力を手に入れたというところじゃろう。


「こりゃあ厄介じゃのう」


 こういう時こそ勇者達の神器の出番なんじゃが、あの勇者達ではわらわが何を言っても信用せんじゃろうなぁ……

 それどころかこの男の口車に乗ってわらわに襲い掛かってきそうじゃ。


「そう考えると海におびき寄せたのは正解じゃったのう」


 ただ、そうなるとどうやってこ奴に対処したものか……

 わらわはローザンの攻撃を回避しつつ、反撃を行ってローザンを観察する。


「むぅ、わらわの攻撃が当たる前にローザンの体を覆う冥気が鎧となって威力を減衰しておるのか。これはローザンの治癒能力も邪神由来のものっぽいのう」


「はははははっ! 邪神様の加護を貫く事は不可能だ! 大人しく諦めろ!!」


 ローザンは更に追尾冥気魔法の数を増やし、空を埋め尽くす。


「やれやれ、まるで虫の大群じゃのう」


 わらわは魔法で周囲を埋め尽くすローザンの魔法の一部を相殺すると、爆煙に紛れて短距離転移魔法で包囲から抜け出す。


「無駄だ無駄だ!」


 わらわが包囲から抜け出した事に気付かぬローザンが爆煙に向かって全周囲から魔法を放ち続けておる。

 やはり眷属としては経験が足りておらんの。


「では試してみるか! 封印は神器だけの専売特許ではないぞ!」


「何!? どうやって包囲から!?」


 わらわがはローザンに向けて放ったのは、封印魔法じゃ。

 封印と言うと勇者達の神器の力を連想するじゃろうが、実は封印魔法自体は割と普通にある。

 手に負えない危険な呪いのアイテムや、危険な病気や呪いを振りまく近づく事も危険な魔物などを封じる際に、封印魔法を使うのじゃ。


「邪神本人でなければ!」


 封印の術式がローザンの肉体を包み、球状の封印力場が生み出される。


「舐めるなぁっ!!」


 しかし強固な冥気が封印の術式を食い破ってローザンは自由の身になってしもうた。


「やはり駄目か。邪神の力がやっかいじゃの」


 ローザンの冥気だけだったら何とかなったじゃろうが、この島に封印されておった邪神の力が困り物じゃ。

 というのも、ローザンの冥気は地上の民の生命力や魔力を冥気に変換した者である為、同じ地上の民の力なのじゃが、封印から解かれた邪神の力は、邪神本人、いや本神の力だからじゃ。


 どれだけ小さな力じゃろうとも、仮にも神の力。

 地上の民とは、力の大小ではなく、存在の格が違うのじゃ。

 それゆえ、わらわ達地上の民の力は神の格に勝てずに封印も通用せんのじゃ。

 邪神の封印に神器が必要なのはそう言う訳なんじゃよ。


「欠片でも流石は神の力じゃのう」


「くくくっ、遂に万策尽きたか」


 わらわの攻撃た止まった事で、ローザンが勝利を確信した笑みを浮かべる。


「そうじゃな。確かに神の力には勝てんよ」


「ようやく己の無力さを認めたか。ならばそのまま大人しく死を受け入れるが良い。私を手こずらせた褒美として苦しまずに死なせて……」


「だからこそ、勝てるというものじゃ」


 そう、神の力に勝てぬからこそ、わらわは勝てる。

 それを今から証明してみせようぞ!

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