第70話 魔王、と冒険者奮戦するのじゃ

「うぉぉーっ! 俺が先だぁー!」


「ふざけんな、俺の方が先に倒すんだぁーっ!!」


 冒険者と騎士団の攻撃は熾烈を極めた。

 何せ金貨300枚が掛かっている以上、間違っても勇者に先を越される訳にはいかぬからのう。

 対して勇者達は冒険者達の乱入で迂闊に攻撃が出来なくなっておった。


「いい加減にしてくれ! これじゃ敵に有効打を与えられない! 戦いは遊びじゃないんだぞ!」


「「……」」


 清々しいまでのお前が言うな発言を冒険者達だけでなく騎士団まで無視する。

 まぁ散々勇者達から味方を巻き込みかねない攻撃に晒されたんじゃから当然じゃよなぁ。

 何せあ奴等、集団戦の戦術も無しに乱入してきた上に、敵しか見ておらんから自分達が放った攻撃が味方に誤爆する危険を考えずにぶっぱなしおる。


 しかもその攻撃の命中率はそこまで高くはなく、結果的には冒険者達が1の力を100回放って100の攻撃を当てる代わりに10の力を10回放って5回しか当たらぬから50にしかなっておらぬ。

 つまり一発の攻撃はデカいが、総合的なダメージは冒険者と騎士団が攻撃しておった時の方が総合的なダメージは大きいんじゃよなぁ。


 わらわ達は後方から戦場を俯瞰で見つつ援護しておったからそれが分かるが、勇者達は全員が前衛に近い戦い方をしており、聖女達後方支援役も司令塔としての役割を果たしておらぬため、ぶっちゃけ攻撃力のちょっと高い烏合の衆でしかなかったのじゃ。

 近衛騎士筆頭も剣の腕と政治力ばかりで将としての力は期待できんし、教育って大事じゃね。


「何よりマズイのは、攻撃を外しても神器の力が無駄に消費される事なんじゃよね」


 勇者の攻撃と聖女の放つ支援魔法からは神器の力である神気が感じられる。

 特にヤバいのは聖女じゃな。防御魔法にも神気が使われておるから、攻撃を受けるたびにゴリゴリ神気が消費されておる。

 昔の勇者達は神器の仕組みを知っておったから、加護を受けてもなるべく当たらぬように気を付けておったんじゃがのう……

 はぁ、これからは人族の教育方針も暗躍するべきかのう。

 最低限神器の事だけは民に至るまで浸透する様にして、貴族達もこの行いの愚かさを重く考える様にせねば。


「てぇーい!!」


「ギャオオオオオッ!!」


テイルの魔法が直撃した事で、魔獣の体がよろめいた。


「よし、これなら勇者に余計な事をさせずに勝てるぞ!」


 戦況が動いた事で、冒険者と騎士団が色めき立つ。


「っ!?」


 だがその時じゃった。 突然わらわの背筋に凄まじい悪寒が走ったのじゃ。


「何じゃこのおぞましい気配は!?」


 わらわだけではない。皆このおぞましい気配に動揺しておる。

 そしてそれは魔獣も同様であった。

 否、魔獣こそが最もこの気配に強く反応しておったのじゃ。


じゃが、それを遮る様に、更なる驚愕がわらわ達を襲った。


「グッ、グギャ、グギャガァァァァァァァァァッ!!」


 魔獣が突然苦しみだしたかと思うと、全身から紫の輝きを放ち始めたのじゃ。


「なっ、あれはっ!?」


 輝きはユラユラと命を持った生き物のように、ジワジワと対象を燃やす炎のように揺らめきだす。


「え? 魔獣が紫色に光ってる? 何アレ……?」


「な、何だありゃあ……」


「馬鹿な、アレは……!?」


 周りの者も困惑しておるようじゃったが、それ以上にアレを知るわらわには信じられぬ気持ちじゃった。


「師匠、アレが何か知っているんですか!?」


 横にいたテイルだけが、わらわの呟きに気付き、アレが何なのかと訪ねてくる。

 ははっ、若いテイル達では知らぬのも無理はないか。何せ数百年ぶりじゃからなぁ。

まさかわらわもこの短期間であの邪悪な輝きを再び見る事になるとはのぅ……


「気をつけよテイル。アレは……邪神の力、冥力じゃ!!」


 そう、あれこそは世界を滅ぼす邪神の輝き、死にして紫の力、冥力だったのじゃ。


「ギャギャギャギャギャァァァァァァァ!!」


 冥力に覆われた魔獣は、異常な興奮状態となってわらわ達に襲い掛かる。

 否、苦しみのたうち回っていたのじゃ。

 しかしあの巨体ならば、ただのたうち回るだけでも相当な破壊力、更に邪神の冥力によって余波が発生し、近づくだけでも危険な状態となっておった。


「駄目だ! 近づけねぇ!!」


「下がれ! とばっちりを食喰うぞ!」


 これはいかんの、せっかく向いてきた風向きが変わってしもうた。

 皆魔獣に巻き込まれては堪らぬと慌てて下がる。


「よもやこの島、邪神に縁のある島じゃったか……」


 成程のう。わらわも気付けなんだは、恐らく神器の力で隠されておったからじゃろう。

 つまりこの島は、邪神に関する何かを封じていた島なのじゃろうな。


 邪神の封印に関しては代々の神器の継承者しか知らぬ超一級の秘匿事項じゃ。

 何せ世の中には邪神を信奉する面倒な連中もおる。

 封印を行って神器の力が失われておる時に邪神の封印を解かれては大変じゃからな。

 そのような連中の暗躍を防ぐため、邪神の封印した場所は封印した当人達以外には知られぬように情報封鎖を徹底しておるのじゃ。


 とはいえこれは厄介な事になった。

 本来これこそ勇者案件なのじゃが、今の勇者達にこの魔獣を倒す力はあるまい。


「皆下がれ! これは僕達の戦いだ!!」


たじろぐ冒険者達の代わりに前に出たのは勇者達じゃった。

 この状況でも戦意を失わぬのは見事と言いたいが……うむ、アレは状況を全く理解しておらんだけじゃのう。


「その通りです勇者様! 魔王を討伐した勇者様ならば、この程度の魔獣など恐れるに足りません!」


 見慣れぬ若い男が勇者に賛同しておるが、わらわ討伐されておらんからな!

 そもそもお主等がしたのは封印であろ!?


「その通りだ! ここには僕が居る! 臆する事はない! 行くぞ皆!」


 勇者達が再び魔獣に向かって突撃を行う。


「聖杖よ、勇者様に加護を!!」


 聖女が神器から神力を引き出し、勇者に守りの力を与える。

 そこから引き出される力は以前わらわと戦った時よりも大きくなっておった。


「こっちだ魔獣!」


「フローズンボルト!」


 近衛騎士筆頭が魔獣の注意を引き、魔法使いが魔獣の顔を攻撃して視界を塞ぐと、勇者がその隙を塗って魔獣の懐へと飛び込む。

 ふむ、魔法使いが加わった事で戦術が安定しておる。


「はぁぁぁぁぁぁっ!!」


 そして大上段に振りかぶった勇者の一撃が魔獣に傷を与えた。


「「「おぉぉぉぉぉっっ!!」」」

 勇者の攻撃が通じた事で冒険者達から歓声が上がる。


「そ、そうか、勇者様は魔王を倒したんだ……それならあの魔獣も……」


「駄目じゃの」


 冒険者達はその光景に希望を見出したが、わらわは逆にアレでは駄目だと確信していた。


「何が駄目なんだ? 勇者様が優勢じゃないか」


「そうだぜ、アレなら俺達の出るまくなんてないだろ」


 いかんの、グランツでも分からんか。


「言ったじゃろ、このまま勇者達を戦わせると神器の力を無駄遣いさせてしまうと。それに勇者達は神器の正しい使い方を理解しておらぬ。魔法使いに分かりやすく言えば、魔法を放つ時以外も魔力を垂れ流し続けていると言えば分かるかの」


「は? そんなに勇者様の攻撃は効率が悪いのか!?」


 流石に宮廷魔術師候補ともあれば、わらわの言わんとする事も理解できるか。


「戦士で言えば常に全身を力んで行動しているようなものじゃ」


「無駄な体力を使い続けているって事か」


「うむ、その通りじゃ。問題はその力の源は全部神器、聖剣や聖杖から支払われておる。それがカラになった瞬間、勇者達は特別な力を失い、お主等と大差ない存在になる」


「「「勇者様が俺達と同じ!?」」」


 神器の力を使い果たせば、勇者達が自分達と大差ない存在になると聞いて冒険者達に動揺が走る。


「昔の勇者は弛まぬ鍛錬を積み、神器の力に頼らずとも勇者に相応しい実力を持っておったが、今代の勇者は神器の力に頼りきりじゃ。最終的には勝てるじゃろうが、その時には神器の力の大部分を消耗してその先に待つ邪神との大きな戦いで神器の力を使えなくなって全てを台無しにしてしまう。そうなれば、将来多くの犠牲が出るぞ」


「邪神って、おとぎ話の存在だろ?」


「何を言う、そもそも邪神を封印した神器があるのじゃから、邪神が実在するのは当然じゃろ。そして神器は邪神を倒したのではなく、封じただけじゃ。再び復活する邪神を神器の力で封印するのじゃよ。これは他種族の国では当たり前に知られておることじゃ。長寿種族ならなおさら詳しく知っておるぞ」


「「……」」


 じゃがそこまで言うても冒険者達は動こうとはせなんだ。

 まぁ、実感が沸かぬから仕方ないか。

しかたない。ここはわらわが出張るしかないのう。


 今の姿も魔法で変装しておるだけ故、ここで目立ってしまっても別の姿に変装すれば良いだけじゃしの。

 今まで積み上げてきた実績が無くなるのは少々もったいないが、世界の平和を考えれば比べるまでも無いか。

 そうわらわが覚悟を決めた時じゃった。


「諦めちゃ駄目です!!」


 その言葉と共にひと際大きな魔法が魔獣に炸裂したのじゃ。


「ギャギャオォォ!?」


「諦めないでください皆さん! 師匠の言う通り、ここで勇者様達が神器の力を使い過ぎたら大変なことになるんです!」


 それはテイルの言葉じゃった。

 テイルは冥力によって暴走した魔獣にも、味方を巻き込みかねない勇者の攻撃に臆する事もなく、毅然とした表情で冒険者達に語り掛けたのじゃ。


「だ、だけどよぉ、魔獣があんなになっちまったら手が出せねぇよ」


 テイルの攻撃で吹き飛ばされた魔獣が痛みで暴れまわる光景を見て、冒険者が無理だと泣き言を言う。


「いいえ! やる事は変わりません! 私達魔法使いが相手の動きを封じて、魔獣が動けなくなったところに皆さんが攻撃を加える! それだけです! 敵の力が増しても、動けなくすれば同じ事です!」


 テイルの言葉を受け、冒険者と騎士団が言葉を無くす。

 その通りじゃテイル。どれだけ力が増そうとも、動きを封じてしまえま無意味。

 どうやらテイルには指揮官の才能もあるのかもしれぬ。


 あー、よく考えたら魔王城のメイド隊を指揮しつつ、各国で部下を暗躍させるメイアから直々に教えを受けておるんじゃから、広い視野を持つのも当然じゃのう。

 やっぱり教育って大事じゃね。


「それに……」


と、テイルは勿体ぶって言葉を止める。


「「それに?」」


 テイルの次の言葉を求めて皆が首を傾げる。


「勇者様の攻撃よりも敵の攻撃の方が全然躱しやすいですよ!」


「「…………ぷっ」」


 次の瞬間大爆笑が起きた。


「そりゃそうだ! 味方を巻き込む勇者様よりも、俺達だけを狙ってくる魔獣の方がよっぽど攻撃が分かりやすいよな!」


「全くだ。勇者様の方がよっぽど怖い!」


「「はははははっ!!」」


 ひとしきり笑い終えた冒険者と騎士団の顔つきが変わる。


「ホントに邪神が復活するのかは分からねぇが、海割りの嬢ちゃんがそう言うのなら信じるぜ!」


「ああ、アンタとは違う船だったから一緒に戦うのは今回が初めてだが、さっきの魔法は凄かったぜ。俺はアンタの魔法を信用するぜ!」


 実力を見た直後という事もあって、冒険者達はテイルに全幅の信頼を寄せる。


「えと、どうも……」


 対して魔法を信用すると言われたテイルは恥じらいつつも嬉しそうに笑みを浮かべる。

 魔法に対してコンプレックスが強かっただけに、魔法を褒められるのは余程嬉しかったと見える。正直ちょっとチョロくないかと心配になるが。


「女性だけを矢面に立たせる訳にはいかん。我々も騎士の端くれとして、矜持を見せねばな!」


「おおっ!!」


 同様に騎士団の面々もテイルだけに戦わせては恥とばかりに気合を入れる。


「よし! 魔法使いは魔獣の動きを止める事に全力を尽くせ! 他の連中は勇者様の攻撃が途切れた瞬間に割って入れ! 無駄な力を使わせるな!!」


「「おおぉぉぉぉっ!!」」


 テイルの下、再び冒険者と騎士団の心が一つとなり、戦いが新たな局面へと向かう。


「おらおら! 俺達の邪魔をするんじゃねぇ勇者様!」


「これは俺達の戦いなんだよ! 途中で割って入られちゃ迷惑なんだよ!」


 冒険者達は上手く勇者と魔獣の間に入り、両者の交戦を封じる。

 そして魔法使い達は魔獣の体を植物のツタを使った魔法や氷魔法、土魔法で封じてゆく。


「今だ! 一斉攻撃!!」


 グランツと騎士団指揮官の士気の下、魔獣へと一斉攻撃が行われる。

 先ほどまでの戦い以上に全員の意思が統一されておるため、魔獣の拘束は更に強固となっており、冒険者と騎士団は安心して守りを捨てて全力で攻撃を放つ。


「「「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」


 一人一人の攻撃は小さいが、それも束になれば目に見える形で効果を発揮する。

 彼等の攻撃は勇者の目にも見えるくらいはっきりと効果を見せておった。


「よし、いけるぞ! 魔法使い達は拘束に引き続き専念! ここが踏ん張り時だ!」


 一糸乱れぬ戦いぶりはまるで一つの巨大な生物のようにも見え、今度は勇者達が彼等に気圧されて攻撃に加われずにいた。


うむ、これなら今度こそ勝てるの。


「ただし、邪魔が入らなければじゃがな」


 わらわは勇者達の背後から立ち上るおぞましい魔力に意識を向ける。


「勇者様の崇高な戦いの邪魔をする愚か者どもめ! 貴様等は度し難い程の愚か者だ!」


 突然背後に発生した強大な魔法の反応に、勇者達が動揺する。


「ローザン何を!?」


「あの者達は勇者様の戦いを意図的に邪魔しております。間違いなく魔族によって操られており、どさくさに紛れてあの魔獣を逃すつもりでしょう」


「な、何だって!?」


「ですのであの者達ごと魔獣を排除します」


「ま、待ってくれ! 彼等は僕等と同じ人族だ。巻き添えにする必要はない!」


 冒険者達ごと攻撃するという魔法使いを勇者が慌てて制するが、向こうは聞く耳を持っていないのは明白じゃった。


「ふむ、ようやく正体を表したか。それにしても、勇者の仲間に紛れておったとはな」


 恐らくあ奴は邪神を信奉する者の一派なのじゃろう。

 となればこの島を見つけたのも明白な意図を持っての事か。


「さぁ、この私が心優しい勇者様に代わり、貴様等人族の反逆者を処分してやろう!」


 その言葉と共に魔法使いの展開した強大な魔法が放たれる。

 その規模は到底人族に扱える魔力量ではなく、寧ろ我等魔族の魔法のようじゃった。


「死ね! 愚か者どもめ!!」


「やれやれ、まるでそっちが悪党のようじゃのう」


 しかしそれをやすやすと行わせるわらわではない。

 わらわは勇者達と冒険者達の間に障壁を張ると、魔法使いの放った魔法を受け止める。

 瞬間、膨大な魔力が炸裂するも、わらわの放った二枚の障壁に阻まれ、行き場を失った魔力波障壁の無い左右に逃げ場を求める。

 結果、全てを破壊する筈じゃったその魔法は、島を二分する巨大な壁のように広がった。


「なっ!?」


 自分の放った魔法が意図しない結果となった事に魔法使いが同様の声をあげる。


「いかんの、魔法使いともあろう者がそのように呆けていては。今は戦闘中じゃぞ?」


「な、何者だ!?」


「なぁに、ただの通りすがりよ」


 その言葉と同時にわらわは魔法使いを思い切り蹴り飛ばし、島の外へと追い出すと、転移魔法でその姿を追う。


「さあて、魔獣は弟子達に任せて、お主はわらわが相手してやるとしようか」


 面倒事を招いてくれた黒幕には、しっかりお灸を据えてやらんとな。

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