第69話 魔王、勇者の新たな力を見るのじゃ

「そこまでだ! これ以上の狼藉は僕達が許さない!」


げぇー勇者!! 何でこんな面倒なタイミングでやって来るんじゃーっ!!

 魔獣との戦いが好転してきたタイミングで、よりにもよって勇者達が現れおった。


 しかもその位置は味方の射線が通っていて邪魔じゃーっ!!

 案の定騎士団も冒険者達も、勇者達を巻き込むのは不味いと攻撃の手が緩んでしまった。

 これまで援護の為に放たれておった弓と魔法がパタリと止んでしまう。

 そして魔獣はそれを見逃すほど甘くはなかった。


「ギシャァァァァァッッ!!」


 こちらの攻撃が甘くなったのをチャンスと見た魔獣は、案の定多少の被弾を無視して突っ込んできたのじゃ。


「「回避ーっ!!」」


 指揮官とグランツの指示を受け、騎士だけでなく冒険者達も慌てて逃げ出す。

 くっ、せっかく上手く嵌っていた陣形が崩れてしもうた!


「大丈夫だ皆! 僕達が来たからにはもう心配ない!!」


 心配しかないわぁーっ!!


「なに言ってんだあのガキ」


「オメーが邪魔したんだろうが」


 空気を読まない勇者の発言に、流石の冒険者達も呆れておる。


「ゆくぞ魔物め!」


 そして勇者は何の策も見せずに魔物に突っ込んでいった。

 ってアホかぁぁぁぁぁぁぁっ!! 真っすぐ突っ込んでいく奴があるかぁぁぁぁぁ!!


 いかん! 勇者をサポートせねば! って、勇者の仲間が広がって邪魔じゃぁぁぁぁぁぁ!!

 何なんじゃコイツ等、仮にもチームを組んでいるくせに、何で友軍の射線に割って入るんじゃ!?

 ……あっ、もしかしてこ奴等、わらわを封印する為だけに育成された所為で、集団戦の戦い方を教わっておらんのか!?

 少人数での戦い方しか知らぬからか!?


「そういう事かぁーっ!!」


勇者達がわらわの封印以降、思うように活躍できておらんかった理由にわらわは気付いてしまった。

 こ奴等、促成栽培にも程があるせいで、無自覚に味方の邪魔をしておったんじゃな!

 そして回りも勇者のする事だからと邪魔なのも何か意味があるのかもしれない、相手は仮にも英雄、文句を言ってはならぬと我慢しておったのじゃろう。

 一応近衛騎士筆頭は多少、一応多少はマシな立ち回りをしておるが……こ奴もダメじゃの、大規模集団戦の動きではない。


「なんという事じゃ……」


 全ては勇者の育成不足が原因ではないか! 何やっとるんじゃ人族の国の上層部は!!

 完全に人族の戦力ダウンに繋がっておるではないか!!

 教育方針間違っとるぞ!!


「うおお、いかん、いかんぞ。このままでは勇者が原因で討伐隊全滅もありうるぞ!!」


「くらえっ!」


「グギャアァァァッ!?」


 じゃが以外にも勇者の攻撃は通った。


「なんと!?」


 これは意外じゃ。

 グランドベアに通じなんだ勇者の攻撃が通じたのじゃ。

 

「神の恩寵よ、聖なる加護を皆に!!」


「よし、行くぞ!」


「ああ!」


 聖女が補助魔法を仲間にかけると、近衛騎士筆頭も勇者と共に駆け出す。


「「はぁぁぁぁぁぁっ!!」」


「ギャオオオオオオッ!!」


「なんとまぁ、勇者達の攻撃が通じておる」


 最初の一発だけでなく、その後の攻撃も魔獣に有効打を与えておるではないか。それも近衛騎士筆頭の攻撃もじゃ。

 あれかの、暫く見ぬ間に勇者達も鍛錬を積んでおったという事かの? 聖女の補助魔法も効果を増しておるようじゃ。


「見たか聖剣の真の力!!」


「これこそ神より賜りし神器の神髄です!!」


「って、あ奴ら神器の力を使っておるではないかぁーっ!!」


 あのアホ共、なんちゅー事しておるんじゃぁーっ!!

 いかん、いかんぞ! このままでは神器の力が目減りして大変な事になってしまう!!

 何とかして勇者達に神器の力を使うのを止めねば!


「じゃがわらわが口出して、もしも正体がバレたら不味い。何より今のわらわはあくまで一冒険者。何か言ったところで一笑に付される可能性は高いか……ならば」


 わらわは丁度攻めあぐねていたテイルとグランツに声をかける。 

 幸い、勇者達が周りを無視してスタンドプレーを行っていたおかげで、二人が戦場から抜けても問題はないじゃろう。


「どうしたんですか師匠?」


「何か重要な用か?」


 戦闘中であるにも関わらず、二人はわらわの呼びかけに応じてくれた。

 二人共わらわの顔を見た途端、大事な話と察してくれたのはありがたいの。


「二人共聞いてほしい。あ奴等は魔獣との戦いに神器の力を使っておる。このままでは力の使過ぎで大変な事になってしまう。そうなる前に止めるのじゃ!」


「大変な事……ですか? ですが勇者様は優勢ですよ?」


「ああ、俺達もこの勢いに乗って加勢するべきじゃないのか?」


「はぁっ!?」


 こ奴等何を言っておるんじゃ!? 神器じゃぞ! 神器の力を使っておるのじゃぞ!!

 まさかこ奴等、事の重大さが分かっておらんのか……?

 これは一体どういう事じゃ!?


「まさかお主等、虚無の皿の事件を忘れた訳ではあるまいな?」


 わらわは西方にあるとある巨大なクレーターの事を二人に聞く。

 これはほんの数百年前に起きた邪神が原因の災害じゃ。流石にそれを知らんと言う事は……


「あっ、知ってます! 古代文明崩壊の原因になった戦争で生まれたっていう物凄く大きなクレーターですよね」


「ん? 俺は発掘された古代兵器が暴走して出来たって聞いたぜ」


「なんじゃそりゃーっ! アレは数百年前に復活した邪神が原因で国が滅んだあとじゃぞ!」


「「ええっ!?」」


 わらわが突っ込みを入れると、二人は初耳だと目を丸くして驚いた。

 まさかアレを知らんどころか二人共間違っておるではないか!


「虚無の皿があった場所には人族の国があったのじゃ。しかし邪神の復活によって国は国土ごと更地となり、神器による封印も遅れてあのような有り様になったのじゃよ」


 その破壊の後はすさまじく、かつて国があった場所はまるで綺麗に磨かれた皿のようにツルツルなクレーターが出来上がったのじゃ。


 そして無人となった亡国の地を周辺国がこれ幸いと自分達の物にしようとしたが、邪神の邪気の影響で一切の作物が実らなかった上に、邪気に惹かれて魔物が集まって来た事から、どの国も開拓は無理と投げ出したいわくつきの土地じゃ。


「ほ、本当なんですか……? 邪神は大昔の勇者様と聖女様によって封印されたんですよね?」


「マジかよ……邪神って実在してたのか」


 この反応を見るに二人共本当に邪神の事を現実の危険だと認識しておらぬようじゃ。

 どちらかというと、おとぎ話のような現実味の無い話と考えておる様な……

 一体どういう事じゃ? いかに短命な人族と言えど、邪神の問題は長く続く地上の民全体の命題じゃろうに……


「良いか、勇者と聖女の神器は強大な力を秘めておるが、その力は使えば使うほど失われてゆくのじゃ。そしてその力を使い切ると、大変なことになる」


「どう大変な事になるんだ?」


 ううむ、邪神の事がまともに伝わっておらぬ以上、神器の事も正しく伝わっておらぬか。

これは騎士団の方も望み薄じゃのう。


「神器は伝説の通り邪神を封じる事が出来るが、邪神を封じるには十分な力が神器に溜まっている必要があるのじゃ。しかしその力を集めるには長い時間がかかるのじゃ」


「と言う事は、勇者様達がその力を使い続けると……」


「当然空っぽになる。その状態で邪神が復活すれば、世界中が虚無の皿と同じ状態になるのじゃ」


「「な、なんだってーっ!!」」


 わらわの説明を聞いて、ようやく二人は危機感を募らせる。


「そうなれば神器に力が溜まるまでに数百年の時間がかかる。それだけの時間があれば、地上の民は邪神によって滅ぼされてしまうじゃろう。そうならぬように、勇者達が神器の力を使う事を止めさせるのじゃ」


「で、でもどうやってですか!?」


「俺達ゃただの冒険者だぜ? とてもじゃねぇが勇者様に言う事を効かせるなんて無理だ」


 二人がそう言うのは想定内じゃ。


「分かっておる。お主等に勇者達を止めて欲しいとは言っておらん。お主達に止めて欲しいのは、この討伐隊を指揮する司令官じゃ」


「「司令官?」」


「うむ。グランツは実績のある銀の冒険者じゃ。そしてテイルは今回の討伐で指揮官の信頼を得るまでに至った二つ名持ちの宮廷魔術師候補の魔法使い。その二人で神器の力を使う危険を説明する事で、司令官経由で国の命令として止めさせるのじゃ」


「う、上手くいくでしょうか?」


「その為に虚無の皿の事を教えたのじゃ。一般人と比べて他種族との交流が深く、遺跡探索に詳しい冒険者と、古い知識にも精通した魔法使いの言葉じゃぞ。疑われたならエルフやドワーフ達長寿種族の長老から聞いたとか言っとけ」


「いきなり雑になったな」


「こういうのは勢いが大事なんじゃ。相手の危機感を煽って考える余裕を与えるな」


「師匠、それはなんか詐欺っぽいです」


「ええい、いいからさっさと騎士団の連中を言いくるめてくるのじゃ!」


「わ、分かりましたー!」


 よし、あとは勇者達が神器の使用禁止を命じられるまで時間稼ぎじゃ!

 わらわは大柄な冒険者達の陰に隠れると、小さな魔法を放って勇者達が魔獣に近づけない様にする。


「攻撃の邪魔だ! 気を付けてくれ!」


「ふざけんな! お前等が言うなよ!」


「そうだそうだ! いきなり現れて俺達の邪魔しやがって!」


 いやホント驚きのおまいう発言じゃな。


「この状況で何を言っているんだ! 今は僕達が力を合せなければいけない時なんだ!」


「馬鹿言ってんじゃねぇ! あのままいきゃ俺達が勝ってたんだぞ!」


「冷静になるんだ! この魔獣は聖剣の力を使わなければ勝てない!」


 あー、完全に神器の力に魅入られてしまっておるわ。

 自分達の力が足りぬから勝てぬのではなく、神器の力を使わねば倒せぬと勘違いしてしまっておるのじゃな。

 やはり人族の教育が間違っておるではないか。


「勇者様!!」


 と、そこで騎士団の者が勇者の元にやって来る。

 おお、テイル達は間に合ったようじゃな。


「……とのことです」


 かつて魔王であるわらわの説得は勇者達に届かなんだが、同じ国に所属する騎士、それも討伐隊を指揮する司令官の言葉なら通じるじゃろう……と思ったんじゃが。


「大丈夫だ、心配要らない! 新たに手に入れたこの力なら、時間をかけることなく魔獣を討伐する事が出来る!」


「ええ、そうですとも。今の私達なら、どんな敵にも負けはしません!」


「ええっ!? ちょっ、勇者様!?」


 って、マジかい!? お主騎士の話をちゃんと聞いたんじゃろな!?

 こっちは力を無駄遣いするなっちゅーたんじゃぞ!?


 しかし勇者達は騎士の制止を振り切って魔獣に特攻してゆく。

 それも神器に強い輝きを灯して。

 

「見ろ! これが真の勇者の力だ!」


「邪悪な魔物よ、神の裁きは貴方を決して許しません!」


 うわぁぁぁぁぁ!? 力を抑えるどころか思いっきり使っとるではないかーっ!?

 もう見た目からして輝きを増した神器で魔獣に攻撃をしかける勇者達。

 しかし魔獣も馬鹿ではない。神器の輝きを警戒して攻撃を回避しつつ、勇者達と接触せぬよう水の魔法による反撃を行っていた。


 おおおおおっ、魔獣の方が賢いではないか! 向こうは勇者達に神器の力の無駄遣いをさせる算段じゃぞ!


「すまん嬢ちゃん、無理だった」


「すみません師匠。騎士団の方にはちゃんと話が通じたんですが……」


 戻ってきたテイル達が申し訳なさそうな様子でわらわに頭を下げてくる。

いや、お主等は頑張ったのじゃよ。この短期間で騎士団に話を通して勇者達の説得に向かわせたのじゃから。

問題は、勇者達がわらわ達の想像以上に人の話を聞かぬアレじゃっただけで……


「どうするんだ嬢ちゃん? もうこうなったら俺達で勇者を止めるか?」


「でもそんな事したら勇者様に敵対した裏切者扱いされかねませんよ?」


 恐らくはテイルの危惧通りになるじゃろうなぁ。

 騎士団でも事情を知った者は指揮官クラスだけじゃろうし、全体に情報が伝わっていない状況でこれ以上迂闊な事を差せてはグランツ達に迷惑がかかる。


「仕方ない。こうなったら最後の手段じゃ」


「何か手があるんですか!?」


「うむ、出来ればやりたくなかったが、背に腹は代えられぬ」


 しかしこうなっては手段を選んでいる暇はない。


「聞け皆の者よ!!」


 わらわは冒険者達に聞こえるよう、風の魔法で彼等に向かって声を広げる。


「な、何だ!?」


 突然耳元に声が届いて動揺する冒険者達。


「時間が無い故詳しい話は省くが、これ以上勇者達が神器の力を使うと大変なことになる。そこでお主等冒険者の力を貸してほしい」


「力を貸すって何をしろってんだ。あんな戦い方をする連中の中に割って入るなんて正気の沙汰じゃねぇぜ」


 冒険者の反論も尤もで、勇者達は周りの事も考えずに魔法を放ち、神器を振り回して居る。

下手に近づけば味方の攻撃で大怪我してもおかしくないじゃろう。


「無論タダでとは言わん! 見よ!」


 わらわは懐から皮袋を出すとその中に手を突っ込むと、取りだした中身を天高く掲げる。


「勇者達に先んじて魔獣を討伐した者には、金貨300枚を進呈しよう!!」


「「「「おおおおおっっっっ!?」」」」


 狙い通り、金貨の輝きを見た冒険者達の目が一瞬でギラついたものになる。


「早い者勝ちじゃ! 更に活躍した者には金貨10枚をくれてやろう! 勇者より先に魔獣を倒せば、報酬と合わせて三重取りじゃぞ!」


 そう言ってわらわは金貨をさらに取りだして指の間からこぼれた金貨が何十枚も地面に落ちる。


「「「「うぉぉぉぉぉぉっ!! 任せろぉぉぉぉぉぉっっ!!」」」」


「なっ!?」


 我先にと駆け出した冒険者達に勇者達が困惑の声を上げる。

 しかし今まで散々迷惑をかけられた冒険者達は、勇者を無視して魔獣に殺到を始めた。

 魔獣も突然横っ面から責めれられて、一瞬動揺を見せる。

 そしてその隙を見逃す程、歴戦の冒険者達は甘くはなかった。


「今だ! 首を狙え!!」


 冒険者達は次々と魔獣の体に張り付くと、その体を這い上って首を狙いに向かう。


「ギ、ギシャアアアアアアッ!?」


 驚いた魔獣は冒険者を振り払おうと体を振り回すが、冒険者達も必死でこらえておる。


「シャアアア!!」


 溜まらず魔獣は体を地面に叩きつけてゴロゴロと丸太のように転がると、冒険者達も踏み潰されては堪らぬと慌てて逃げ出す。

 しかし中には転がる魔獣の体の上を器用に走って振り落とされぬようにする冒険者もおった。


「今だ!ロックウォール!」


「アイスウォール!!」


 魔法使い達は転がる魔獣の両脇に岩や氷の壁を作り出して動きを封じる。


「手伝ってやったんだ! 分け前寄こせよお前等!!」


 おーおー、金がかかっておると連携も上手いもんじゃの。

 じゃが混戦になった事で、勇者達は完全に手が出せぬようになったのは僥倖じゃ。


「あ、あの、師匠、金貨300枚って、そんな大金を出しても大丈夫なんですか!? それに活躍した人にもお金を出すって、すっごく人いますよ!?」


「問題ない。この程度なら、この間貴族共から巻き上げた売り上げで十分賄えるわ」


 わらわは地面に落ちた金貨を拾いながら金の心配はないと言ってやる。

 そう、これまでに得たシルクモスやアビスパールの利益なら、金貨の4、500枚なぞ余裕で出せるのじゃ。

 

「うっそぉ……」


「うおおーっ!! 金貨300枚だ!」


「行くぞお前等ぁーっ!!」


 いや待て、なんで冒険者に混ざって騎士団までやる気になっとるんじゃ。

 お主等国から給料が出とるじゃろ。

 あといつの間にかグランツまで混ざっておるではないか。

 ま、まぁやる気になったのなら良い……か。

 今はとにかく神器の力を無駄遣いさせぬことが先決じゃからの!


「さぁさぁ、お主も活躍してくるのじゃ! 宮廷魔術師になるのじゃろ!」


「あっ、そうでした!! 行ってきます!」


「うむ」


 よしよし、あとは上手くテイルに魔獣の止めを刺させれば、宮廷魔術師選抜の件も何とかなるじゃろうて。


「さて、それじゃあわらわはと……」


 勇者達が皆の邪魔をせぬように魔法で嫌がらせをするとしようかの。

 いや、別に散々邪魔された意趣返しとかではないからの?

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