第67話 勇者、開放するのじゃ
◆勇者一行◆
魔物に追い立てられて島の奥地に逃げ込んだ勇者達は、そこで人工の建造物に遭遇した。
「これは?」
「祭壇……だと思います。随分古い様式ですが……」
勇者の問いに答えたのは聖女だった。
神殿で教育を受けた彼女は、古い祭壇に対する知識を多少なりとも持ち合わせていたのだ。
「ふむ、この祭壇に封印がかけられているようですね」
「この祭壇に?」
「ええ。この複雑な模様を見てください。これは封印の術式です」
ローザンの言葉に祭壇を見れば、確かに不自然な模様や文字の様なものが刻まれている。
「封印という事は、何か邪悪なものが封じられているという事か?」
「いえ、逆だと思います」
封印された何かに警戒する勇者だったが、それをローザンが否定した。
「逆? 何故そう思うんだい?」
「あの魔物ですよ。あれほどの魔物を使役する者は強力な魔力を持つ魔族以外に考えられません。となれば封印されているのは連中にとって不都合なモノでしょう」
その言葉を聞いた勇者は、人族に先ほどの魔物を使役できるのかと考えてみる。
だが結果は否だった。かつて魔族から教わったという邪悪な術を使う悪党が居たが、彼が使役した魔物はもっと小さな魔物だったからだ。
到底今も自分達を見張っている巨蛇を使役できるとは思えない。
「我等人族にとって有益なものである可能性が高いと言う事か」
「ええ。かなり高い確率で」
近衛騎士筆頭の言葉にローザンが頷く。
「皆はどうするべきだと思う?」
正直対応に困った勇者はその場にいる者達の意見を求めた。
「私は封印を解くべきだと思います」
真っ先に提案したのはローザンだった。
「そんな無茶な!! 何が封じられているか分からないんですよ! まずはしっかり調査して、中に何が封じられているか調べるべきでしょう!!」
それに対してとんでもないと反対したのは司令官だ。
「それは安全で時間に余裕がある時の話ですよ。今の我々にそんな余裕はない」
そう言うとローザンは自分達がやってきた方角を指差して会話を続ける。
「あの魔物はじっとこっちの動きを見張っています。恐らく我々がここから離れた瞬間に再び襲ってくるでしょう。それこそ船に乗り込む前に上陸用の小船ごと丸のみにされてしまうでしょうね」
「そ、そんな……」
せっかく逃げ延びたというのに、今度は島から出られなくなってしまったと絶望する司令官と騎士達。
「悔しいですが、我々の戦力ではヤツに有効打を与えられません。新たな戦力が必要です」
「そ、そうだ! あの魔物がこっちに近づけないのなら、中から勇者様達の全力の攻撃を一方的に喰らわれば、時間はかかるかもしれませんが、少しずつ傷を負わせていってそのうち倒せると思いますよ!」
「おおっ! それはいい考えだ!」
騎士の一人の提案に、他の騎士達が色めき立つ。
「いえ、それは危険です」
しかしすぐにローザンが待ったをかけた。
「あの魔物が術者によって強固に祭壇への接近を禁止されているのなら問題ないでしょうが、近づくことを忌避する程度の暗示なら、攻撃された瞬間に忌避感が我々への敵意に塗りつぶされて侵入してくる可能性があります」
「安全地帯を自分から失うような愚は犯したくないのは確かだな」
この時、勇者は迷っていた。
はっきり言えば司令官達の言葉は間違いではない。
何が封印されているか分からない以上、何が封印されているのか調べてからでも封印を解くのは遅くない。
そして最初にトラビックが先制攻撃を放ち、勇者達も迎撃に参加したにも関わらず封印の祭壇が近づくと巨蛇は追ってこなかった。
それを考えれば騎士の提案はやはり説得力があった。
だが勇者はそんな彼等の提案に疑問を抱いていた。
それは船上で彼等全員が何らかの影響で臆病風に吹かれている姿を見たからだ。
謎の敵の術が司令官達の意識に介入し、封印を解かれぬよう勇者達を追い出そうと仕向けているように感じたのである。
……勿論そんな証拠はないのだが。
「けどもしも封印された者が邪悪なものだった場合は……」
それが勇者がローザンの提案を実行に移さない最後の懸念だった。
「お二人の神器ならどうとでもなりますよ」
「神器を!?」
神器と言われて聖女が強く反応する。
「ええ、神器の真の力は邪悪な者を聖なる力で封じる事にあります。この力を応用して封印を解除するのです。そしてもし中に封じられていた何かが邪悪であったなら、逆に神器の力で封印し直してしまえばよいのです」
成程と勇者は思った。
自分達が以前の旅で行ったのもまた、神器の力を使った魔王封印だったのだから。
「私は反対です。神器の力は許可なく使って良いものではありません」
けれど教会で厳しく育てられた聖女は無断で神器を使う事に強い忌避感を感じて反対する。
「しかし神器で再封印が出来ると言うのはありがたい話だな。うっかり封印を解除した事で危険なモノが解き放たれる恐れが無くなるからな」
再封印が可能ならと、近衛騎士筆頭は乗り気なようだった。
「それに、もしこの封印が魔族にとって不都合なものだった場合、それは勇者殿達の戦力向上にも繋がります」
「僕達の戦力向上に?」
「ええ、ここ最近の勇者様達は強大な魔物を相手にする際に、決定力不足に悩まされていると陛下から聞いております。ですので封印されたモノを利用してその不足を補えば、勇者様はこれまで以上に戦えるようになるでしょう」
「戦力の向上、これまで以上に……」
勇者の気持ちが更に傾く。
正直、勇者が司令官の提案に懐疑的な事には、もう一つ理由があった。
それはローザンの存在だ。
彼は隠された島を見つけ出し、司令官達が何らかの術の影響にある事に気付いた。
そして島の中心部にある封印の気配を探りだしたのだ。
敵の術中に嵌まっている司令官と、それを見破った仲間。
どちらを信じるかと言えば、やはり実績を示したローザンに軍配があがる。
「よし、やろう!」
同時に、ローザンの提案は、グランドベアとクラーケンに対し、二度も後れを取った勇者には非常に魅力的な提案だったのだ。
「勇者様!? ですがそれでは教会に……」
「シュガー、今の僕達に必要なのは敵の暴力に対抗できる力だ。くやしいが今の僕達では力が足りないんだ」
「勇者様……ですが」
「頼む! 君の力を貸してくれ!!」
聖女は気づかなかったが、勇者は追い詰められていた。
彼の実戦経験は魔王封印の旅が初めてであり、国や仲間の援護もあってその使命は上手くいった。少なくとも彼はそう信じていた。
だが、それ以降の任務では勇者は失敗続きだった。
その為、周囲の目がドンドン厳しくなることに、若い彼の心は本人の自覚以上に追い詰められていたのである。
「聖女殿、どのみちやらねば我々はあの魔物の餌食となるか、餓死するまでここに閉じ込められるんですよ」
「……分かりました」
勇者の勢いと、ローザンの脅迫にも近い説得に折れる聖女。
「ありがとう。真聖剣ガッドロウよ!」
「真聖杖テスカスタック! 私の声に応えてください」
二人は神器の力を発動させ、目の前の封印の解除を願う。
「その真なる力で邪悪なる封印を切り裂け!!」
「その聖なる力で邪悪なる封印を打ち払うのです!!」
「おおっ!! これは!!」
その時、ギィンという音と共に何かが弾ける感覚を覚える勇者達。
「これは!?」
「な、なんですかこれは!?」
最初に感じたのは強い不快感だった。
吐き気の様な、怖気の様な間隔。
それを感じた勇者と聖女は、この封印解除は失敗だと強く感じた。
何か開放してはいけないモノを解き放ってしまったと。
だが次の瞬間、勇者と聖女は全く逆の感覚を覚えた。
自分達の持つ神器に熱が籠る感覚を覚えたのだ。
それは熱エネルギー的なものではなく、何か別の熱のようなものだった。
同時に神器から自分の体の中に清浄な風が吹く感覚を覚えると、自分達が感じた悍ましさが一瞬で掻き消える。
「二人とも一体どうしたんだ?」
二人の尋常ではない様子に近衛騎士筆頭が失敗だったのかと内心焦りつつもこえをかける。
「そ、それが……」
「なんていうか、神器の力をはっきり感じるようになったっていうか……」
「神器との繋がりが強くなった感じがします……」
幸いにも二人の反応は悪いものではないようだった。
「封印を解いた影響という事か?」
ではいったい何が解き放たれたのだろうかと近衛騎士筆頭が問おうとしたその時だった。
遠巻きにこちらを見張っていた魔物が、雄たけびと共に突進してきたのだ。
「魔物が!」
「封印が解けた事が原因でしょうね」
すぐに反撃体制に移る近衛騎士とローザン。
「なぁに」
「今の私達なら……」
しかし二人の前に勇者と聖女が立つ。
二人は魔物に向けて聖剣と聖杖を構えると、神器発動の口上を発した。
「今こそ真の力を解き放て、真聖剣ガッドロウ!」
「真聖杖テスカスタック、神の名の下に!」
二つの神器が光を帯びる。
「切り裂けっ!!」
「浄化の力を!!」
絶対の自信を持って聖剣と聖杖を振りかざす勇者と聖女。
その結果。
パッカーーーーンッ!!
二人は突っ込んできた魔物に吹っ飛ばされたのだった。
「勇者ーーっ!?」
「聖女様ぁーっ!?」
森の木々を飛び越えて吹き飛ばされていった二人の姿に、近衛騎士筆頭と司令官は慌てふためいて追いかけてゆく。
「く、くくくくくっ!!」
そんな二人の姿に気付かず、ローザンは堪えきれぬ笑い声を漏らしていた。
「遂に、遂に! 遂に封印が解き放たれた!!」
魔物がローザンに近づく。
かの魔物は自身が蹴散らした勇者と聖女の事など既に意識になかった。
目の前で笑い転げる男に、強い強い敵意を向けていたのである。
「偉大なる邪神を封じていた第一の封印が!! 解き放たれたのだ!!」
それは、世界の破滅の始まりであった。
◆テイル◆
クラーケンの海域の外を捜索した私達でしたが、結局クラーケンの姿は見つからず、合流の時間となりました。
けれどまてどもまてども勇者様達の船だけがやってきません。
もしかして勇者様達に何かあったんじゃと皆が不安になって来た時、勇者様と行動を共にしていた船の内の一隻がやってきたのです。
そして連絡員の人からの情報で、魔法で隠された怪しい島が発見された事が伝えられ、私達は勇者様と合流すべくその島へと向かったのでした。
「へぇー、こんな所に島があったんですね」
意外に大きな島ですねぇ。って言うかあんな島を魔法で隠してたんですか!?
並大抵の魔力じゃ魔法が持ちませんよアレ!?
同じことを感じたのか、魔法使いの方々が困惑の声を上げています。
「あんなデカい島を隠してたって事は、マジで魔族が居るのかもしれんな」
誰かが言ったその時でした。
突然凄まじい音と共に、島から巨大な何か飛びあがり、海に飛び込んだんです。
「ななななんですかアレー!?」
「魔物か!?」
海から姿を現したのは、巨大な大木の様な蛇の様な生き物でした。
全身が濡れた毛のようなものに包まれていて、何とも不気味な姿です。
そしてその魔物らしき生き物は、私達の船を確認すると、雄たけびと共に向かってきたんです。
「そ、総員攻撃開始っ!!」
指揮官の号令を受けて、騎士団と冒険者達が一斉攻撃を開始します。
けれど皆の魔法は全身の毛に弾かれ、巻き込まれ、有効打を与える事が出来ません。
「だ、ダメだ! 全然効かねぇ!!」
「こ、こうなったら……」
皆の眼が私に集まります。
「頼むぜ海割りの嬢ちゃん!!」
うう、正直そんなに期待されると緊張するんですけどぉ。。。…
で、でもやらないと船が破壊されるし、やるしかないですよね!
「わ、分かりました!! だ、大丈夫。師匠に鍛えてもらったんだから!! ハイドロアックス!!」
私の放ったハイドロアックスが、魔物の真上から胴体を真っ二つに……
ツルンッ
「ほへっ?」
真っ二つにせずに毛皮に滑って海に飛び込んでしまいました。
「って、ええーーっ!?」
まさかの滑ったぁーっ!?」
「そ、そんな! 海割りの嬢ちゃんの魔法が通じないだと!?」
「えっと、えっと!! フレアバースト!! フリーズストーム!! サイクロンエッジ!! グランドクロー!!」
立て続けに放った爆炎、氷の嵐、刃の竜巻、巨岩の爪の魔法が魔物に襲いかかります。
けれどどの魔法も魔物に対して多少は効いているみたいだったのですが、有効打にはなりませんでした。
「あわわわわっ。攻撃が全然通じてませんよぉ~!? どどどどうしよう!?」
そうこうしている間にも、魔物はこっちに向かってきます。
「駄目だ! ぶつかる!」
「ひぃぃ~っ! もう駄目です~っ!」
魔物の姿が目と鼻の先まで迫り、私は死を覚悟しました。
「諦めるでない!!」
何故かよく通る声が戦場に響き渡り、魔物の巨体を弾き飛ばしたのです。
「えっ?」
恐る恐る顔を上げれば、そこには頼もしい人の姿がありました。
「し、師匠ーっ!!」
「全く、仕方のない弟子じゃのう」
そう! 師匠が来てくれたのです!!
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