第66話 勇者、隠された島を発見するのじゃ!
◆勇者一行◆
勇者一行の船団は、ローザンの指示を受けて進路を変えていた。
「ローザン、本当にこの進路にクラーケンが居るのかい?」
勇者は新たに仲間になった青年の真意をつかみかねていた。
彼の魔法の強力さは、クラーケンとの戦いでも確認したが、船の進路に関しては彼の魔法も関係ない筈だからだ。
「こちらの方角から奇妙な魔力を感じるのです」
「奇妙な魔力?」
勇者も多少は魔法の訓練を受けている。
しかし彼の魔力探知では、ローザンの言うような魔力は感じられなかった。
「ゆ、勇者様、予定航路を離れすぎています。このままですと合流時間までに元の海域に戻れません。クラーケンの姿も見つからない事ですし、一旦戻りましょう」
そんな勇者達に期間を促したのは、今回の討伐を指揮する司令官だった。
彼はどうにも落ち着かない様子で周囲をキョロキョロとしている。
その姿を見た勇者は、彼がクラーケンがいつ出現するのかと警戒しているのだろうと考えた。
「ローザン、指揮官殿もこう言っている事だし……」
本音を言えば勇者である自分が居るにも関わらず、こんな怯えっぷりを見せられるのは不服だったのだが、それも自らの力不足と勇者は内心の不満を飲み込む。
「おかしいとは思いませんか勇者殿」
けれどローザンは食い下がって来た。
「何がだい?」
「甲板の船員達を見てください」
ローザンの言葉に甲板を見れば、船長だけでなく船員もまた不安そうに周囲をキョロキョロとしていた。
「彼等は魔物の脅威にも恐れず海を行く命知らずの猛者達です。それがこのように怯えるのは異常ではありませんか?」
「でもそれは護衛が居るからだと思うよ。彼等は戦闘訓練をされた兵隊じゃないんだ」
「では、その兵隊である指揮官や騎士達はどうですか?」
その言葉に今度は騎士達を見れば、驚いたことに彼らまで不安そうな顔をしているではないか。
青空の下の、何かある訳でもない大海原の下でだ。
そしてそれは騎士だけではなく、同船していた冒険者達まで同様だった。
「彼等のあの怯えようは尋常ではございません。まるで何かの影響を受けているとしか思えません」
その言葉に勇者はハッとなる。
「……まさか魔王軍!?」
「何らかの術の可能性が高いかと」
魔王軍の中には、敵の精神に揺さぶりをかける魔法を好んで使ってくる者も居た。
そうした経験から、勇者はこの状況に異常を感じたのである。
「すまない司令官、もう少しだけ船を進めてくれ」
「し、しかし……」
「勇者殿、ありましたよ!」
「ひぇっ!?」
勇者の要請を受けた司令官がなんとか食い下がろうとした時、ローザンが声をあげる。
いったい何があったのかと慌てて司令官は周囲を見回すが、周囲には何も見当たらない。
「ローザン、何があるんだい? 僕には見渡す限りの海しか見えないけれど?」
勇者もまた何も感じられず、首をかしげる。
「ここに強力な結界の力を感じます。勇者殿、神器の力を開放して目の前の海域を切り裂いてください」
「待ってくれ。神器の開放は国王陛下と法王陛下に禁じられて……」
「この結界は非常に巧妙かつ強固です。これに気付くことも出来ない普通の魔法使いでは、解除はとても無理です。神器による力づくでの解除でしか開くことは出来ないでしょう。バレては不味いというのなら、私が周りの者達の注意を逸らすのでその隙に神器の力を開放して結界を破壊してください」
「いや、そういう問題では……」
「行きますよ!」
流石にそれはマズイと戸惑う勇者だったが、ローザンは強引に事を進める。
魔法によって近くに水柱を出現させ、甲板にいた全員の注意を逸らしたのだ。
「うわぁっ!? まさかクラーケン!?」
「今です! 次はもう引っかかってくれませんよ!」
「くっ! 『真聖剣ガッドロウ』よ! その真なる力で邪悪を切り裂け!!」
ローザンに急かされ、ついつい神器の力を使ってしまう勇者。
もっとも、急かされたからといってそれを行ってしまったのには、有事に際に自らの裁量でその力を振るえない不満が根底にあったからだろう。
そして、神器の力が放たれると同時に、目の前の光景が歪みだすと、避けるように目の前の大海原が弾け、その奥から大きな島が姿を現した。
「こ、これは!? 島か!?」
「うわっ、島!? さっきまで影も形もなかったのに!?」
突然の島の出現に、船員達も驚きを隠せないでいた。
「お見事です勇者殿」
島が姿を現した事にローザンが称賛の言葉を投げかける。
「結界はこの島を隠していたのか?」
「でしょうね。クラーケンの海域からほど近い位置にある結界で隠された島。間違いなく何かあるでしょう」
こんなモノが現れては調査しないわけにはいかない。
ここ数日、遅々として進まなかった討伐任務に光明が見えたと感じた勇者は、上陸を決意する。
「よし、この島を調査します! 上陸準備を!!」
しかし、彼の言葉に応答する筈の司令官の返答はなかった。
「どうしたんですか? 上陸準備を」
「あの、勇者様、この島は止めた方が良い気がするんですが」
怪訝に思って勇者が振り返ると、司令官は何とも不安そうな様子で勇者に上陸の中止を進言してきた。
「何を言っているんです! こんな島が隠されていたんですよ! 調査するのは当然じゃないですか!」
この状況で何を及び腰になっているんだと困惑する勇者。
「その通り。これ程の魔法となると、魔王軍の前線基地の可能性は高い。場合によっては討伐対象であったクラーケンも、この島を守るための番人か囮であった可能性も出てきました。ですので何のためにこの島が隠されていたのかを急ぎ確認する必要があります」
「ま、魔王軍の!? で、ですがそれなら一旦船団と合流して情報を共有した方が良いですよ」
司令官の提案は決して間違いではなかった。
敵の奏戦力が分からない以上、万全の状態を整えたいと思うのは今回の作戦の総指揮を担当するものとして当然の判断だからだ。
「いえ、この島の結界を破壊した事は術者にもバレている筈です。時間をかけたら逃げられるか、迎撃の準備を整えてしまう。今は迅速な行動が求められる状況です」
しかしローザンは司令官の提案をキッパリと切って捨てた。
「そういう事です。どうしてもというのなら、我々だけで向かいます。貴方がたは船団と合流したのち、戦力を整えてから上陸調査をお願いします」
「おお、それは名案!! ……って駄目ですよ! 勇者様達だけを危険に晒して何かあったら私の責任に、あ、いやその」
これでもし聖剣の担い手である勇者に何かあったら、責任者である自分の責任になってしまう。
それだけは避けたいと、司令官は慌てて勇者を止める。
「それならば私を動向させてもらおう!」
その時だった。勇者達と司令官の問答に新たな声が名乗りを上げたのである。
「貴方は?」
そこに現れたのはトラビックだった。
「私はトラビック。次期宮廷魔術師になる事を約束された者です」
「宮廷魔術師? 貴方が?」
むろん本当に約束されているわけではない。
トラビックの中ではそうというだけの話なのだが、それを知らない勇者はそうなのかと素直に感じてしまったのだ。
「ええ。怪しげな島の調査に行くと言うのなら、私も同行しましょう」
「助かります」
勇者との動向を申し出たトラビックだったが、その行動は決して正義感からではなかった。
(ふっ、こんな不気味な島で戦力を分けるだと? そんなの強い者と行動を共にするに決まってるじゃないか!)
そう、トラビックの行動は、我が身可愛さからくるものだった。
勇者達の会話を聞いていた彼は、船に残されるよりも魔王を封印した強者である勇者と共にいた方が安全だと判断したからだ。
何しろクラーケンもこの島を守るための番人なら、このあたりにはクラーケンがうようよしている可能性が高い。
そこに勇者という最強戦力を欠いた状態で行動するなど自殺行為だと考えたのだ。
もっとも、その勇者達がクラーケンに対して有効な連力足りえないという事実を彼は知らないのだが。
(それにこの島に何かあるのなら、同行した方が間違いなく手柄となる! 島一つを隠すような結界だぞ! 絶対何か大きな手柄がある! 海で居るか居ないかも分からないクラーケンを探すよりも遙かに点数になる!)
トラビックは非常に打算的な男であり、それこそが彼が今の地位に上り詰めた理由でもあった。
「さぁ行きましょう、勇者様!!」
「ああ!」
トラビックの言葉に意気揚々と応える勇者。
「ちょっ、お待ちを! ああもう! お前達、一隻は船団と合流したら事情を説明してこの島に戻ってこい! もう一隻の戦闘部隊は島の調査。旗艦のメンバーは待機でいつでも脱出が出来るように準備しておけ! 私の直近の部隊は共に勇者様の護衛だ!」
「はっ!!」
そして、前回のクラーケンとの戦いを経験していた司令官もまた、海でクラーケンに襲われるよりは、陸に上がった方が安全と判断して勇者に付いていくことにしたのだった。
陸ならば勇者も魔王を封印した実力を発揮できるだろうと。
やはり彼もまた自分の身が可愛かったのである。
◆
「こちらです」
小舟を使って島に上陸した勇者達は、ローザンの案内を頼りに島の内部を進んでいた。
「ローザン、分かるのかい?」
「ええ。こちらから妙な魔力を感じます」
ローザンの言葉に迷いはなく、確信すらしているかのようだった。
「ふん、適当に言っているのではないか? 私には何も感じないぞ?」
それに異を唱えたのはトラビックだ。
誰よりも魔法の力が優れていると自負している彼は、自分が感じない魔力の反応に対して非常に懐疑的であった。
「ははっ、それは貴方の感覚が鈍いだけでは?」
だがローザンはそんなトラビックに対して皮肉で返す。
「何だと!? 貴様私を愚弄するか! いかに勇者殿の仲間と言えど聞き捨てならんぞ!」
(ただの若造の癖に! 次期宮廷魔術師のこの俺を馬鹿にしやがって!)
実を言えばローザンは、近衛魔法隊筆頭という宮廷魔術師長にも匹敵する立場なのであるが、その事を知らないトラビックはローザンを見た目通りの若者としてしか見ていなかった。
(戦闘が始まったら実力の差を見せつけてやる! 魔物でも魔族でも良いからさっさと出て来い!)
そして、そんなトラビックの願いが通じたのか、島の中に大きな音が響き渡った。
「何だ!?」
音は断続的に鳴り響いており、なおかつその音は鳴る度に大きく、すなわち勇者達に近づいて来ていた。
音だけではない、音の主と思しき振動もまた近づいてきている。
「全員周囲を警戒!! 気を付けろ!」
「来るぞ!!」
「く、喰らえ! フレイムバスター!!」
敵の姿が見えるかと言うタイミングで、トラビックは振動の響いてくる方向に向かって最大威力の魔法を放つ。
だがこれは彼が緊張のあまりタイミングを間違えたわけではない。
敵の気勢を削ぐためにあえて早めに放ったのだ。
その証拠に彼は魔力回復ポーションを飲むと、次の魔法の準備に入った。
伊達に次期宮廷魔術師になろうとしている訳ではないのである。
(これで一番槍は私の物だ! 後は勇者達が敵を削ったところで十分に魔力を練った私の魔法でとどめを刺してくれる!)
少々セコい考えではあったが、戦術としては間違いではない。
ただし、それは相手が普通の敵であればだが。
「止まらない! 来るぞ!!」
勇者が仲間に警告を発する。
事実相手はトラビックの魔法に一切止まることなく突っ込んできたのである。
「ヴォォォォォォォォォッッ!!」
それは巨大な蛇の如き魔物であった。
「デ、デカいっ!?」
その大きさは尋常ではなかった。
その体は、大の大人が20人横並びに並んだのと同じくらいの太さをしていたのである。
勿論それは丸太の如き体の横幅の話だ。
全長はそれをはるかに超える。
「これは、シーサーペントなのか!?」
蛇の如き巨体に相手はシーサーペントなのかと困惑する勇者。
疑問符を付けてしまう理由は、全身が細長い毛の様なもので覆われていたからだ。
「避けろ!!」
勇者達は反射的に横に跳んで突っ込んできた巨蛇の攻撃を回避する。
「ごはぁっ!?」
しかし魔法を放った直後だったトラビックは運悪く吹き飛ばされてしまった。
不幸中の幸いだったのは、内心でビビっていた彼が端に寄っていた事で、巨蛇の攻撃を真芯で受けずに済んだことだろうか。
とはいえ、碌に鍛えても居ない魔法使いが巨体の突撃を喰らったのである。
トラビックの体は宙を舞い、近くの木々にぶつかって意識を失った。
「しまった! シュガー! 彼に回復魔法を!!」
「は、はい!」
勇者の指示を受け、聖女がトラビックに回復魔法をかける。
「くっ! ダメだ! 全然刃が通らん!!」
仲間の近衛騎士筆頭が盾で体当たりを受け流す、というよりもそのまま巻き込まれないための壁にしながら剣を振り下ろすが、高速で移動しかつ強靭な鱗を砕く事は出来なかった。
それどころか一度の防御で彼の縦は大きく破損してしまっていた。
「このっ!!」
「くっ!! 動きが早くて刃筋が通らない!!」
「ひぃっ!!」
司令官の護衛も応戦するが、巨蛇の体に有効打は与えられず、逆に武器を破損してしまう始末だった。
「アースウォール!!」
魔法使いの一人が進路を妨害する為に土と石の混ざった壁を作るが、魔物は壁を軽々と破壊して向かってくる。
「相手が蛇なら! フリーズストーム!!」
ローザンが放ったのは氷の嵐を生み出す魔法だった。
彼は爬虫類なら寒さで動きが鈍ると計算してこの魔法を放ったのである。
だが彼は忘れていた。魔物の巨体は長い体毛のようなもので覆われていた事を。
「くっ! これも効かないだと!?」
これには流石のローザンも想定外と困惑し、直ぐに方針の変更を決断する。
「勇者殿、森の中に撤退です! 森の木々があの巨体を妨害してくれます!」
「だが彼が!」
勇者が気にしたのは聖女の治療を受ける気絶したトラビックだった。
逃げるなら彼を担いでいく必要がある。
しかし気絶した人間を担いでこの速さの巨体から逃げるのは不可能だ。
「アレは動いている我々を優先して狙っているようです! ならば我々がおとりになれば気絶した者は後回しにするでしょう!」
「……分かった!」
確信のない話だったが、今はそれを信じるしかないと勇者は決断する。
「このまま当初の予定どおり魔力反応のあった方向に向かいます! アレが魔王軍に使役された魔物なら、術者を倒せば敵対する意思を失うかもしれません!」
「支配から解き放たれた魔物が僕達を餌と見なしたらどうするんだっ?」
「その場合は魔族達を囮に逃げるしかないでしょう!」
「なんとも頼りない作戦だ!!」
しかし他に良い方法が思いつかないため、勇者達はローザンの後を追って駆け出したのだった。
◆
違和感に気付いたのは後方で必死になって勇者達を追いかけていた聖女だった。
「あ、あれ?」
気が付いたら魔物が追いかけてくる事なく追跡を止めていたのだ。
「ゆ、勇者様! 魔物が……追いかけてこなくなりましたっ!!」
「何だって?」
その言葉に勇者達が振り返れば、確かに魔物はこちらを見つめたままそれ以上近づいてこないではないか。
「これは一体?」
「おそらく、あの魔物はあそこから先に入る事を禁じられているのでしょう」
「という事はあの魔物は何者かに使役されていたって事か」
「でしょうね」
「た、助かったぁ……」
ようやく安全な場所にたどり着いたと、聖女がへたり込む。
寧ろ戦士としての訓練を積んでいなかった彼女がよくここまで保ったと褒めるべきだろう。
「やっぱりここには何かあると言う事だね」
「はい。手分けをしてここに隠された何かを探しだしましょう」
勇者の仲間の近衛騎士筆頭は、動ける者を集めると手際よく周囲の探索を指示する。
「人の姿はないな。既に逃げた後か?」
「ですがあのような魔物を使役していながらわざわざ逃げたりするのでしょうか? 普通に考えるのなら、戦力を揃えて迎え撃ってくると思うのですが」
確かに、と勇者は敵が襲ってこない事に疑問を感じる。
その時だった。周囲を調査していた騎士が勇者を呼んだのだ。
「勇者様! こちらに!」
騎士に呼ばれて向かうと、そこには明らかな人工物の姿があった。
「これは……!?」
これこそが、勇者の今後の人生を左右する出来事の始まりだった。
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