第64話 魔王、集う者達を見るのじゃ

 ◆テイル◆


 その日、私達は海沿いの港町へとやってました。


「ここで宮廷魔術師選抜の試験を行うんですね」


「うむ、わらわ達が同行できるのはここまでじゃ。ここからはお主一人の力で他のライバル達に打ち勝って宮廷魔術師の地位を掴むのじゃぞ!」


「は、はい!」


 そうなんです。今回の依頼は私だけが呼ばれたので、師匠は部外者として参加できないんですよ! うわ~ん、一人は不安だよぉ~!


「でも何で師匠は呼ばれなかったんですか? 私よりも師匠の方が明らかに強いのに」


「わらわの場合、お主と違って魔法以外でも戦うからの。ギルド長が気を利かせて魔法の腕前が広まらないように気を使ってくれたのじゃ」


「ええっ!? なんでそんな勿体ない事を!?」


 師匠程の腕前なら、今頃もっと上のランクの冒険者になっていてもおかしくない訳で、なら自分の実力を誇示した方が出世できるのに。


「忘れたのか。わらわは人族の世界に深入りするつもりはない。あくまで生活の糧と情報収集の為に冒険者をやっておるのじゃ」


 そうでした。師匠は元魔王で私達人族の敵、というか親玉なんでした。

 見た目はこんなに小さくて愛らしいのに。


「今何か失礼な事を考えなんだか?」


「いえ全く」


「ではな。わらわ達はお主の活躍を見守っておるぞ」


「はい!」


 ◆


 師匠達と別れた私が港の中を見回すと、そこには沢山の冒険者達の姿が。

 彼等もまた私と同じようにクラーケン退治の為に呼ばれた人達で、全員が銛や弓を携えていました。

 確か師匠の話だと、以前にもクラーケン討伐が行われたらしいから、あの人達は二度目の参加者なのかも。

 経験者だし、いざという時は頼りにさせてもらおっと。

 

「おい、もしかしてアイツ、疾風の魔女じゃないか?」


 すると冒険者の何人かが私を見てそんな事を言い出しました。


「あれが疾風の魔女か……」


「最近凄い勢いで魔物討伐をしてランクを上げているらしいな」


 あわわ、またあの私には不釣り合いな二つ名で呼ばれちゃったよー。

 正直私はそんな凄い二つ名で呼ばれるような凄い人間じゃないんですけど。

いえ、今は本当に人間じゃなくなってるんですけどね。


「討伐だけじゃなく、護衛もいけるみたいだぞ。海の向こうの国の大金持ちのお嬢様の護衛をしていたらしいからな」


「しかも護衛相手は貴族だったって噂だぜ。冒険者としての実績はまだまだ少ないらしいが、貴族の護衛を任されるって事は、過去に色々と経験を積んでたって事なんだろうな」


 はわわ、師匠達の工作の影響で、私の経歴が凄い感じに誤解されてるんですけど!?

ホントにあんな事する必要あったんですか師匠~っ!?


「確かに、見た目の若さに反して迫力が凄いよな。どことは言わんが」


「ああ、凄い迫力だよな。どことは言わんが」


 ええ!? 一体私のどこに迫力があるっていうんですか!?

そんなのがあるんなら教えてくださいよぉ~!


 それだけじゃありませんでした。

視線を感じて振り向けば、その先に居た人達も私をジロジロと見ていたんです。

 

その人達は全員が杖を持っていて、どうやら私と同じ魔法使いみたい。

 冒険者達から離れた位置にいる彼等は、全員が高い魔力と魔法の練度を感じる。


「……そうか、あの人達が」


 私のライバル。宮廷魔術師の座を奪い合う候補者達。

 私はこれからあの人達と競う事になるんですね。


「ふん、本当に来たのか」

 

 そんな事を考えていると、目の前の魔法使い達を押しのけるように一人の男が前に出てきました。

 それは私にとって因縁の相手。


「トラビック」


 婚約者であるトラビックの姿を見た私の体は、我知らず固くなってしまいます。

 うう、戦うって決めた筈なのに、やっぱり緊張しちゃうよぉ~。


「まさか勘違いを真に受けて来るとは本当におめでたいな」


「勘違い? それはどういう意味ですか?」


「決まっている。お前が選ばれたのは何かの間違いだ。おおかた誰か他の魔法使いと間違えたのだろうさ。そんなミスを真に受けてホイホイやってくるのだから、お前もとんだお気楽女だよ」


 ……分かってる。これはただの挑発。

 もしかしたら本気でそう思っているのかもしれないけど、挑発である事に間違いないから。

 落ち着いて、こういう時にどうすれば良いかは先輩メイドの皆さんから教わっているんだから。

 ええと、こういう時は……そう、まず他の出来事と比較して緊張を緩和するんだよね。

 あれと比べればこんなの全然大丈夫だって言えるような出来事を思い出すんだ私!


 この人、トラビックに比べたら師匠の修行の方が……あっ、はい。全然怖くないですね。

 あとはクラーケンとの至近距離での戦いに比べれば……はい、大丈夫です。私は生きています。生きているから大丈夫です。全然怖くなんかないですよ? クラーケンの触手に全身を締め付けられたのとか、オシッコ漏らしそうになんかなってませんよ?

 大丈夫、アレに比べたらトラビックなんて全然怖くもなんともないですよ!

 アレに比べたら!!


「……それは、そっくりそのまま貴方にお返しします」


「何だと?」


 こういう時は話題をすり替えて相手に同じ内容を叩きつける。

 相手のプライドが高くて短気な人ほど効果的……だった筈。

 確かトラビックに遭った時はどう言えって言われたっけ……そうだ、思い出した!


「貴方こそ、私の婚約者だったから選ばれただけでしょう。私との結婚を強引に進めようとしたのが何よりの証拠。不服だと言うのなら、我が家の権威に頼らずに自力で宮廷魔術師になってみてはいかがですか?」


「なっ!? テイルの分際で!!」


 私の言葉にカッとなったトラビックは、顔を真っ赤にしてこちらに向かってくる。

 よし、成功……って、こっちに来てるんですけどー!?

 トラビックは憎悪に歪んだ表情で私の前に立つと、手を振り上げて私に叩きつけ……


「おっと、そこまでにしておきな」


 けれどその手は私に当たらなかった。

 突然現れた大きな腕が、振り下ろされたトラビックの腕を掴んだんです。


「な、なんだお前は!?」


 その人はとても大きくて、逞しい体をした冒険者だった。


「ただの冒険者さ。女の子が暴力を振るわれるのが気に喰わない、な」


 わわっ、見た目は凄く荒々しいのに、言葉はとても紳士!

 こういう人がタイプの人はコロッと好きになっちゃうんじゃないかな?


「ぐぅっ!? は、放せ!」


 トラビックはその冒険者にから離れようと腕を剥がそうとするけれど、ビクともしない。

 当然だよね。だって魔法の修行にかまけて体を鍛えていなかったトラビックじゃ、この人の丸太のような腕に叶う筈がないだろうから。


「ほらよ」


 冒険者がパッと手を離すと、バランスを崩したトラビックが尻もちを突いて倒れる。


「こ、この馬鹿力が!! 俺を誰だと思ってやがる!」


「お前さんなんぞ知らんなぁ。もしかして有名人なのか? うーん、だがお前さんみたいな小物見たことも無いぞ?」


 尻もちを突いたした姿で精一杯恫喝するトラビックだったけれど、冒険者は全く意に介さず、逆に挑発される始末。


「きっ、貴様!!」


 プライドを傷つけられたトラビックが憎しみに満ちた顔で冒険者を睨みつける。


「おっとやるかい? 俺の専門は魔物相手だが、人間とだってやれない訳じゃないんだぜ」


 そういって冒険者が剣の柄に手を当て、トラビックに殺気の籠った眼差しをぶつける。

 うわっ、凄い、私に向けられた殺気じゃないのに背筋がゾクゾクしてくる!


「うっ……」


 殺気に気圧されたトラビックが思わずへたり込んだまま後ずさる。


「ふ、ふん! まぁ良いだろう。大事の前の小事だ。見逃してやる!」


 彼は何度も膝を崩れさせながらようやく立ち上がると、言葉だけは強気な態度を崩さずに冒険者から逃れる様に去って行く……と思ったらこちらに振り返った。


「テイル、お前も覚悟しておくんだな! 俺が宮廷魔術師になった暁にはたっぷりと身の程を教えてやる!」


 そう上ずった声で怒鳴り付けてくると、今度こそトラビックは去って行きました。


「おーおー。威勢の良いこって」


冒険者はそんな彼の姿を笑って見送ると、すぐに何事も無かったかのように私に視線を向けてくる。


「大丈夫だったかいお嬢ちゃん」


「あ、はい、何とか……」


 その優しい笑顔にホッとした私は、そのままへたり込んでしまった。


「おいおい、大丈夫か?」


 慌てた冒険者が私に手を差し伸べてきたので、私もその手を取って立ち上がらせてもらう。


「こ、怖かったですよぉ~」


「さっきまでの威勢のいい嬢ちゃんとは別人だな」


「あ、あの人には負けたくないから、必死で気丈に振舞ってたんです」


 ホント、我ながらよくあのトラビック相手にあんな態度出来たものです。

 これも師匠とメイドの先輩達のお蔭……だと思います。

 でももう師匠の修行やクラーケンとの戦いの事は思い出したくないです。

 ノーサンキューです。


「ははっ、そりゃ大したもんだ。やるじゃないかお嬢さん」


「テ、テイルです。お嬢さんじゃありません」


 流石にお嬢さん呼ばわりをされ続けるのは嫌だったので、私は名前を名乗る。


「こりゃ悪かった。俺はグラントだ」


「助けて頂いてありがとうございました、グラントさん」


 私はグラントさんに助けてもらったお礼を告げる。

 

「なぁに、気にしなさんなって」


「静粛に! これよりクラーケン討伐についての説明を行う!」


 その時、港の中に大きく凛とした声が響いた。

 どうやら参加者が全員集まったみたいですね。

 皆が声の主である騎士に視線を集中させる。


「既に前回のクラーケン討伐に散開している者は知っているだろうが、クラーケンは非常に数が多い。また弱い魔法も殆ど通用せず、一部の属性の魔法に至っては反射してくる危険な相手だ」


 クラーケンが光属性の魔法を反射すると聞いて、一部の魔法使い達に動揺が走る。

 うん、アレは本当に思い出したくない出来事だったよね……


「討伐の際は戦力を分散させず、強力な魔法を一頭に対して一斉に放ち、確実に討伐を行う。討伐後は連戦を避けすぐにその海域を徹底。魔力を回復させたのちに再び討伐に戻る事になる。悠長な戦い方だと思う者もいるだろうが、それ程までに危険な相手なのだ。決して力を見せようとして独断専行など行わぬように。それが原因で危機的状況になったとしても、救助する余裕などないと覚悟しろ!」


 勝手な行動をした者がいたら何かあっても見捨てる、死んでも自業自得とは厳しい……

 それだけ前回の討伐が大変だったっていう事なんでしょうね。



「冒険者達は魔法使いの護衛に専念! 魔法使いもクラーケンの討伐に専念せよ!」


「……宮廷魔術師選抜については何も説明が無いですね。何故なんでしょう?」


 もしかして選抜の件は参加する人達には内緒なのかな?

そして選抜の採点方法も私達に秘密と言うこと?


「また前回に続いて今回も勇者様御一行がクラーケン討伐に協力してくださる! 感謝するように!」


「勇者様が!? 凄い!!」


 まさかの勇者様御一行と聞いて、私は驚いてしまいました。

 勇者様と言えば魔王……いえ、師匠と戦った相手と聞いているけど、あの師匠と本気で戦ったなんてどんな凄い人達なんだろう。


 討伐隊の人に紹介され、勇者様が姿を現します。

 わぁー、あれが勇者様。凄い、あんなに若いのに師匠と戦ったんだ……

 

「何だ、また来たのかよ」


 そんな凄い出来事だというのに、グランツさんは不機嫌そうな顔を勇者様に向けていました。


「え?」


 ううん、グランツさんだけじゃなく、他にも冒険者の何割かの人達が同じような眼差しを勇者様達に向けていたんです。


「あの、どうしてそんな顔をするんですか? 魔王……を封印した勇者様なんですよ? 物凄い助っ人じゃないですか?」


「あー、テイルの嬢ちゃんは知らないだろうが、前回の討伐は酷いもんだったんだよ。あの勇者様達が一緒だったのにだ」


 え? 前回の討伐にも勇者様がいらっしゃったんですか!?


「何かあったんですか?」


「なんにもだ。あの勇者様達はクラーケンを一体も退治できなかったんだよ」


「ええ!? どうしてですか!?」


 勇者様がクラーケンを倒せなかった? 何で?

 私でも倒せたのに? 一体どうして……


「単純に勇者様の魔法がクラーケンに効かなかったのさ。アレで本当に魔王を倒し……ん?」


 その時でした。勇者様達を見ていたグランツさんが眉を顰めたの。


「どうしたんですか?」


「いや、勇者様の傍に見覚えのない奴がいると思ってな」


 勇者様の傍に? お仲間の方かな?

 確か勇者様は聖女様や近衛騎士様と共に師匠と戦ったって話だけど……


「また、今回は勇者様の新しい仲間である魔法使い殿も討伐に同行される」


「初めまして皆さん。今回から勇者様の従者となったローザン=スフィードです」


 指揮官に呼ばれて前に出てきた勇者様の仲間の魔法使いを見た瞬間、私の背筋にゾワリと悪寒が走る。


「っ!?」


 何この感覚!? あの人の気配なの!?

 背中を毛虫が這うようなゾワゾワとした感覚に全身が凍える様な感覚を覚える。


「あの人……一体何者なの?」


「……私の実力に関しては、口で言うよりも今回の討伐で確認してください。皆さんの期待を裏切るものではないと約束いたしましょう」


 私が恐れを抱いている間にも彼、ローザン様の話は続いていた。

 

「ははっ、デカい口を叩いたもんだ」


 グランツさんはあの人を見ても何も感じてないの? 私の気のせい……?

 なんとも言えない感覚に身を震わせながら、私は彼から視線を、ううん、意識を逸らしたのでした。


「では船に乗り込め! 魔法使いはこちらの指定した船にそれぞれ乗り込むように!」


 一連の説明が終わり、討伐隊の人が乗船を命じます。


「よかった、トラビックとは違う船でした」


 自分の名が呼ばれた船に乗り込んだ私は、そこにトラビックの姿が無かったことに安堵する。

 でも本心を言えば、勇者様の仲間、ローザン様が居なかった事の方が私には喜ばしかったのだけれど。


「よう、テイルのお嬢ちゃん。どうやら同じ船のようだな」


「あっ、グランツさん」


 後ろから声をかけて来たのはグランツさんだった。

 良かった、この人も一緒なんてツイてる。

 やっぱり知ってる人が一緒の方が良いよね。


「えっと、よろしくお願いします」


「雑魚の相手は任せておきな。代わりにクラーケンは頼むぜ」


 グランツさんは豪快に笑うと、魔法での戦いを任せたと拳を突きつけてくる。

 ええと、こういう時は私も拳を当てるんだよね。

 ギルドで他の冒険者達がやっていた仕草を真似ると、グランツさんがニカリと人懐っこい笑みを浮かべた。

 ふふっ、実はこういうのちょっと憧れてたんだよね。

 信頼できる仲間同士のコミュニケーションって感じで。


「はい! 任せてください。クラーケン退治は慣れていますので!」


「慣れて?」


「あっ、いえ、今のは聞かなかったことにしてください」


 いけないいけない、私がクラーケン退治をしてる事は内緒にしないと。

 でないとここの皆に私が海の女神と勘違いされてる事がバレちゃう。

 あんな恥ずかしい事はもうコリゴリだよ!


「……まぁテイルの嬢ちゃんが聞かれたくないっていうのなら、そうするけどよ」


「ありがとうございます」


 グランツさんは私の言葉の理由を尋ねたそうにしていたけれど、あえて聞かなかったことにしてくれた。よかったぁー。


 全員が船に乗り込むと、大きな太鼓の音が鳴り響いて船が港から出航する。

 総勢10隻の、決して大きいとは言えないけれど少ないとも言えない微妙な数の船団が、クラーケンの支配する海域へと向かうのだった。


 き、緊張してきたぁ~!

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