第62話 魔王、企鵝の救い主となるのじゃ

「魔王様ー」


 朝食を終え、今日も今日とてテイルがクラーケン退治に向かおうとしておった時じゃった。

 ぺンドリーとシゥザラシが城にやって来たのじゃ。


「こんな朝からどうしたのじゃ?」


 この島で暮らす魔物達は、人族と違ってのんびり暮らしておる故、そういう生態の者以外が朝早くから活動する事は珍しい。

 日が昇ってもっと暖かくなったら、朝はもうちょっと眠っていたいから昼からといったのんびりしたペースで暮らしておるのじゃ。……羨ましいのぅ。


「朝ご飯を獲りに行ったら海底でキラキラしたモノを見つけたペン」


 そう言ってペンドリーが差し出してきたのは朝日を浴びて輝く真珠じゃった。


「これは……真珠か」


「うわー、キラキラして綺麗ですー!」


 ただ、わらわの知る真珠と違って妙にキラキラしておる気がするんじゃよなぁ?


「ふむ、真珠のう。島の財源に使え……どうしたんじゃメイア?」


 気が付けば、メイアが目を丸くして固まっておった。

 

「リ……リンド様」


 そしてギギギギッと軋むような動きで首だけをこちらに向ける。


「これ、アビスパールですよ」


「っ!? アビスパールじゃと!? まことか!?」


「この光彩、間違いありません」


 なんという事じゃ。これがアビスパールじゃったか。


「えっと、なんですかアビスパールって?」


 わらわ達が驚愕しておると、テイルが何事かと首をかしげる。

 そうか、テイルはアビスパールの事を知らんのか。


「あー、メチャクチャ高価な真珠じゃ」


「はぁ……でも真珠ってそもそも高くないですか?」


 あー、そもそもテイルは魔法にしか興味がない上に、自身の魔力が原因でそれ以外の事を考えておる余裕が無かったからのぅ。


「リンド様は女子力が壊滅的なので私が説明しますと、アビスパールはオパールに似た虹色の光彩を放つ特殊な真珠の事です」


「いや待て、わらわの女子力が壊滅的って不敬でないかの?」


「1000個の真珠の中に1つあるかどうかというほどに貴重で、その精製には複数の属性の魔力が必要だとも、精霊の気まぐれが原因だとも言われていますが、いまだ真相は不明です。そうした事情からアビスパールは通常の真珠の数十倍の価値があるのです」


「数十倍!?」


 いやだから不敬……


「モノによっては100倍を超える価値が付くアビスパールも存在します」


「100倍!?」


「アビスパールはただの真珠ではありません。勿論その複雑な光彩の放つ美しさだけでも貴重なのですが、この一粒を魔法使いの杖に組み込むことで、ほぼ全ての属性の魔法を大きく増幅する効果を発揮するのです」


「ほぼ全て!? 破格の性能じゃないですか!?」


 テイルが驚くのも無理はない。

 魔法使いの使う杖は、魔力消費の軽減、魔力制御の向上、魔法の威力アップなどの効果があるが、基本的に効果が増えるほど高価になってしまうのじゃ。


 と言うのも、杖の効果は魔法の効果を増幅する素材の数が増えるほど増幅術式同士が干渉しあってしまうからじゃ。


 例えば風と火の属性の魔法を強化しようとすると、相性が良すぎて威力が高くなり過ぎて制御が困難になり、街中で使った日には大火事を巻き起こしてしまう危険があるのじゃ。

 

 逆に火と水の属性を強化しようとすると、相性が悪くて今度は威力が激減してしまうのじゃ。


 しかしそうならない例外も存在する。

 それがこのアビスパールのように、複数の属性を持つ素材なのじゃ。

 単一属性の素材同士では相性問題や術式干渉が発生するが、複数属性を持つ素材ならば、自身の持つ属性同士を術式で掛け合わせても悪影響が出ないのじゃ。


「そうなのです。他に類を見ない美しさであるだけでなく、素材としても凄まじく有能なのです。真珠貝にとって不幸中の幸いだったのは、精製の条件が謎過ぎて乱獲されずに済んだ事でしょうか」


 一時期はアビスパールを手に入れようと真珠貝が乱獲される事件が起きたんじゃが、結局一個も見つからなかったどころか、獲り過ぎたせいで普通の真珠すら入手が困難になってしまったという過去があるのじゃ。

 そこまでしても見つからなかった事もあって、アビスパールを意図的に入手するのは不可能。偶然手に入ったら運が良いと商人達も考えるようになったんじゃよな。

 そう自分達を納得させんと、また普通の真珠すら手に入らんくなってしまうからのう。


「ああ、それなら沢山あったザラシよ」


「「「はぁ!?」」」


 と思ったら、シゥザラシがとんでもない事を言い出した。


「マジなのか!?」


「マジペン。ちょっと獲ってくるペンか?」


「う、うむ。頼む」


 あまりにもあっさりを言ってきたので、思わず頼んでしもうた。

 そして待つことしばし……


「本当に持ってきおった……」


 ペンドリーとシゥザラシは大量のアビスパールを獲って来たのじゃ。


「うわー、沢山ありますねぇ」


 アビスパールの希少性の実感が無い者は気軽な感想で良いのう……


「ア、アビスパールがこんなに……こんなに……?」


 じゃがその希少性を知っているメイアはそうもいかなんだ。

 目の前の光景が己の常識とあまりにも乖離しすぎておるせいで、え? 何コレと首を傾げておる。


「いかん、しっかりせいメイア!!」


 いかん、現実を現実と認識できておらん! 正気に戻れ! これは現実じゃ!!


「それにしてもこれ程の数のアビスパール、一体どこで手に入れたのじゃ? いや、そもそもどこまで出かけたのじゃ? 外海は危険な魔物が多いのじゃろ?」


 これだけのアビスパールを手に入れるにはそうとう遠出せんといかんじゃろう。

 じゃがペンドリー達がこの島にやってきたのは外敵から逃れる為。

 もしやこやつ等、わらわへの恩返しをする為に遠くの外洋まで危険を推して魚獲りに出かけておるのではないじゃろうな?


「それなんだけど、最近あのデッカイ魔物達の姿を殆ど見なくなったんだペン。一匹や二匹なら僕達でも逃げられるから安心して外に出れるようになったんだペン」


 ほう、どうやらテイルの修行は順調に進んでおるようじゃの。


「本当に魔王様には感謝してるんだペン!」


「ありがとうザラシ!」


「はははっ、わらわは住処を提供しただけじゃ。お主等を襲う魔物を退治したのはテイルの手柄じゃよ」


「ありがとうペン、テイル!」


「ありがとうザラシ!」


「あっ、いえ、どういたしまして」


 突然感謝された事でテイルは困惑するものの、その表情はまんざらでもなさそうじゃった。


「でも私がクラーケンを倒せる程強くなれたのは師匠のお蔭ですし、お礼なら師匠に言ってください」


「分かったペン。魔王様、テイル、ありがとうだペン!」


「とっても感謝してるザラシ! あっ、あとこれはそんな遠くに行ってないザラシ。浅瀬の海で見つけたザラシ」


「何じゃと!?」


 礼の後にさらっとトンでもない事を付けたすシゥザラシ。


「あと他にも見た事ないモノがいっぱいあったペン」


「他にもじゃと?」


 ◆


「むぅ、これはなんとも……」


 ペンドリー達の報告を聞いたわらわ達は、いまだに混乱しておったメイアを正気に戻すと、彼らがアビスパールを手に入れた海域へとやって来た。

 そしてその海底に広がっていたのは、アビスパールをはじめとした希少な素材の宝庫であった。


「すっごーい! キラキラしてます! 何ですかアレ!? 宝石の木ですか!?」


「これは、ジュエルコーラルか……」


 ジュエルコーラルとは、宝石で出来たサンゴ礁の事じゃ。

 これらは海底に木として生える希少な鉱石で、独特の色彩から鉱山で手に入る宝石よりも価値が高いとされる。

 勿論素材としての質の高さも言うまでもない。


「…………ぴぅ」


「師匠! メイド長が壊れました!」


「そっとしておいてやれ」


 アビスパールだけでなく、ジュエルコーラルの森まで見てしまった事でメイアは本格的に壊れてしもうた。

 まぁ仕方ないと言えば仕方ないか。


 こやつ、以前大きなパーティを開催する際にわらわを魔王に相応しく着飾ろうとして、メイド隊を総動員してアビスパールやジュエルコーラルを探しまわっておったが、あまりの希少さもあってそれらが市場で見つかる事はなかったのじゃ。


 さらに言えば、過去の魔族と人族の大戦争でアビスパールをはじめとした希少な素材になる品は武具の素材として大量に消費され、只でさえ少ない品が尚更減ってしまった。

 それゆえ、現存するアビスパールは国の国宝になっておったり、そもそも金に困っていない大貴族が秘蔵していたりで、入手は絶望的だったのじゃ。

 流石のメイアもわらわを着飾る為に強引に他人から奪う事は出来んかったようじゃ。


 それが無造作に海底に転がっておるのじゃから、こうもなろうというものじゃ。

 あと他にも希少なモノがゴロゴロ転がっておるのじゃ。


「しかしここまで雑に転がっておるのはどういう事なんじゃろうな? 普通は海魔族辺りが回収して地上の商人達に売りさばいて金にしている筈じゃが……」


 少なくとも以前はペンドリー達が暮らせていた程安全な海域じゃったのじゃから、海魔族に見つからずにいたと考えるのは不自然じゃ。


「となるとやっぱアレが原因かのう……」


 わらわは過去の心当たりを思い出す。

 以前グランドベアー達が過ごし易くなるように、魔法で島周辺の海底を浮上させたが、もしやあれが原因で深い海の底にあった希少な資源も一緒に浮き上がって来たという事……かの?

 ううむ、まさかこんな事になるとはわらわも予想外だったのじゃ。


「僕達はいらないから、魔王様にあげるペン」


「マジか」


 おおぅ、価値を知らんというのは怖いのう。

 正直シルクモスの生地よりもビックリしたぞ……

 とはいえ、これだけのモノを自分の懐に仕舞い込むというのもさすがに気が引ける。

 メイアが正気に戻ったら部下の商会に命じて売りさばいて島の運営資金に充てるかのう。

 これだけあれば相当な財産になるじゃろうし。


「いや待てよ」


 そこでふとわらわはある事を思いつく。


「ふむ、これは使えるかもしれんのぅ」


 わらわはペンドリーと一緒になってジュエルコーラルをつついているテイルに視線を向ける。


「一つ、やってみるか」


 うむ、これも可愛い弟子の為じゃ。


「じゅえゆ……こーらりゅがこんなに……あびしゅぱーりゅもこんなに……」


 お主もいい加減正気に戻るのじゃ!

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