第61話 魔王、新たな特訓を用意するのじゃ
「はわわわっ、どどどどうしよう~」
勢いでトラビックに喧嘩を売ってしまったテイルは完全に挙動不審となってしまっておった。
やれやれ、仕方のない奴じゃのう。
これでは宮廷魔術師選抜の試験でまともに動けぬじゃろうて。
「であればやはりやるしかないの」
トラビックとの戦いに備え、わらわはテイルに新たな試練を課すことに決めたのじゃった。
◆
今日も今日とてわらわ達は海に来ておった。
眼下にはクラーケンの群れが見える。
「テイルよ、今日からは新たな訓練を行う」
「新しい、ですか?」
修行内容が代わると聞いて、テイルがコテンと首をかしげる。
「うむ。テイルよ、これからは遠距離からの狙撃を禁じる。近接戦でクラーケンを倒すのじゃ」
「は、はい!! ……って、ええーっ!?」
しかし修行内容を聞いた途端、テイルは悲鳴を上げた。
「な、なんですかそれ!? 死んじゃいますよ私!?」
「大丈夫じゃ、問題ない」
「問題大ありですよ! 見てくださいよあの大きな体! ちょっと触手がペチッと当たっただけで死んじゃいますよ!」
やれやれ、死ぬとか大げさじゃのう。
「落ち着くのじゃ。お主にはメイア達が作った魔法の水着があるじゃろう」
「え? 水着?」
わらわに指摘されたテイルは、自らが纏う水着に視線を移す。
ちゅーても真っ先に己の視界に入るデカイ塊に遮られて全身は確認できとらんようじゃが。
……わらわ、何とも思ってないぞ?
「忘れたのか。その水着は各種防御能力が付いた優れモノじゃ。クラーケンの直接攻撃からも身を守ってくれる」
「た、確かにそんな事言われましたけど……さすがにあれは無理じゃあ……」
と、水着の事を指摘したところでわらわはある事を思い出す。
「ああ、そう言えばメイア達からもその水着の実戦データが欲しいから、2、30発程当たって性能を試してほしいと云われておったのう」
「鬼ですかぁーっ!?」
「魔族じゃよ」
一応耐久訓練はしたそうじゃが、やはり装着した状態でのデータも欲しいと言っておったんじゃよな。
「まぁ聞け我が弟子よ。魔法使いは後衛で安全に戦うのが基本じゃが、戦況によってはそうもいかん時がある。背後から寄って来た敵に不意打ちをされた時、前衛が倒された時、仲間と逸れて単独行動をとる羽目になった時など、な」
これは実戦に置いてはよくある事じゃ。
そうならぬように万全の対策を整いてもそれがおこる事は多い。
だからこそ、そうなった時の為の訓練をする事は生き延びるうえで大事なのじゃ。
わらわがそれを伝えると、テイルは不承不承ながらも理解を示す。
「それは……そうかもしれませんが……」
「という訳で敵の攻撃を避けて、防いで、見事倒すのぉ、じゃっ!」
弟子が修行の意図を理解してくれたので、さっそくわらわはテイルをクラーケンの下へと放り込んだ。
「へ? うきゃあぁぁぁぁぁ!!」
「頑張るのじゃ、我が弟子よ!!」
ドパァーンと言う景気の良い音を立ててテイルが海に飛び込むと、海面のクラーケン達が何事かと色めき立つ。
そして縄張りに入り込んだ命知らずに気が付くと、一斉に襲いかかった。
ザバァッと水しぶきを上げながらクラーケンが海中から触手を打ち上げると、空中を小さな人型が舞う。
「ひやぁぁぁぁぁぁっ!?」
そしてベシン、ベシンとクラーケン達の触手がテイルを弾き飛ばし、その小さな(一部小さくない)体が宙を舞い続ける。
おーおー、玩具にされておるのう。
「ふむ、クラーケンの連続攻撃を受けても問題なしか。防御性能の持続力にも問題なし。さすがはリンドの仕事じゃな」
わらわは自分の周囲に隠匿結界の魔法を施すと、クラーケンの上に降り立って至近距離で水着の性能確認を行う。
ちなみに隠匿結界は術者の身と気配を他者から隠す効果があるが、対象と接触してしまうと効果がなくなる。
しかしクラーケン程の巨体ならば、相手に触れようとも視界から外れてさえいれば気付かれる事もないのじゃ。
大型の魔物程そうした傾向にあるようで、隠匿結界の上手い者は大型の魔物にタダ乗りして危険な土地を楽に移動する事が出来るのじゃ。これ豆知識な。
「おっ、今度は海に引きずりこまれたのじゃ」
クラーケンはテイルを海に引きずり込むと、水魔法を使ってテイルを攻撃してゆく。
水の中で水魔法を使っても分からんかと思うじゃじゃろうが、明らかに周りの水と動きが違う水の塊がると、光の透過具合が変わったりして意外と分かるのじゃよ。
魔法を使う者なら魔力の輝きでも判別できるの。
という訳で今水中は無数の水の塊が飛び交い、テイルに殺到しておった。
テイルは水の塊にぶつかる度にはね飛び、別の水の弾にぶつかると更に別の方向にはね飛ぶ。
そうやってポンポンと四方八方に水中を跳ね続ける様はまるで何かのゲームの様じゃった。
「ふむ、魔法の耐性も十分、水中での呼吸も問題なしじゃの。こちらも良い仕事じゃ」
最後にひときわ大きな水の塊が当たると、テイルの体がポーンと水上に飛び出した。
「はわわわわぁ~」
おー、さんざん吹き飛ばされ続けて目を回しておるわ。
そして再び海中に落ちる前にクラーケンの触手が空中でテイルをキャッチし、ギリギリとその体を締め付け始める。
「うぅ~苦しい~」
苦しむテイルじゃったが、その顔に命の危険を感じる必死さはなく、せいぜいが寝ている間に毛玉スライムが上に乗っかって悪夢を見ている程度のうめき声じゃった。
まぁアレ、顔の上に乗っかられると息が出来なくなって危ないんじゃがの。
「本来なら全身の骨が砕けてもおかしくないクラーケンの締め付け攻撃でもあの程度か。さすがに過保護過ぎではないかの?」
メイアのヤツめ、弟子可愛さにやり過ぎじゃ。
あやつアレで自分が育てた部下に甘い所があるからのう。
「ほれほれ、いつまでやられたままでおるつもりじゃ。さっさと反撃せんか」
「し、師匠~? どこですかぁ~?」
目を回しつつも意識は残っていたらしく、テイルがわらわの姿を探す。まぁ隠匿結界で見えんのじゃ蛾の。
「こんなの無理ですよぉ~」
「泣き言いっとらんでさっさと脱出せんか」
「無理ですってぇ~こんなに締め付けられたら魔法を使って脱出なんて出来ませんし、四方八方から魔法を叩きこまれたら避ける事なんて無理ですよ~!」
「やれやれ、情けない奴じゃのう」
「そ、それなら師匠が手本を見せてくださいよ~~!」
「ふむ……しょうがないのう」
確かにこの有様ではどうにもならんか。まずは手本を見せてやるとしよう。
わらわはクラーケンの頭から飛び立つと、テイルを拘束している触手を切断して上空に避難させる。
「ほれ、自分で飛べるか?」
「な、なんとか~……」
テイルが飛行魔法で自力で浮かび上がると、海面のクラーケン達が逃さんとばかりに魔法で攻撃をしてくる。
「ではこれより手本を見せる故、しっかり見ておくようにの」
「え?」
「ゆくぞ!」
わらわは上空から水面に向かって一気に降下した。
途中向かってくる魔法はあえて回避せず、障壁魔法を自身の正面にやや斜めに展開する。
斜めの障壁にぶつかったクラーケンの魔法はお互いの魔法が打ち消し合って消滅するのでなく、斜面を滑るように逸れていった。
「魔法攻撃の中を突っ切るときは、剣士が敵の攻撃を受け流すように障壁魔法に角度を付けて逸らすのじゃ!」
同時に通信魔法を使ってテイルに戦い方をレクチャーする。
そして海面まで降り立つと、こちらからクラーケンに向かって突撃し、両手に展開した魔力の刃でその体に突き刺す。
「クラーケンは魔力防御が強いが、それは遠距離からの魔法だと威力が減衰するじゃらじゃ! 至近距離で圧縮された魔力の刃を使えば貫ける!」
さらに魔力の刃を突き刺したまま表面を移動すれば、クラーケンの体は自然と裂けてゆく。
これ以上やらせるかと別のクラーケンが襲ってきたので、攻撃を回避して戦場を水中に移す。
メイアの作った水着によって、わらわは水中呼吸の魔法を使わずとも海中で息が出来た。
うむ、呼吸の切り替えが行わる際の息苦しさもないの。良い仕事じゃ。
「不利な場所に追い込まれた場合の対処は二つ。一つはなんとか不利な場所から逃れる事。そしてもう一つは……」
わらわは火の魔法を自分の周囲に張り巡らせると、一気に解放した。
「こうして不利な空間自体を丸ごと破壊することじゃ!」
炎の魔力を圧縮解放させたわらわは、周囲にあった海水を一気に蒸発させると海上に離脱する。
さて、お次は……
「おっ?」
その時じゃった。わらわの体クラーケンの触手が巻きついたのじゃ。
そして触手はギリギリとわらわの体を締め付け始める。
「ちょうど良い。体を拘束された時の対処法を教えよう。まず一つは自分から離れた場所に魔法を展開し、相手のを攻撃するのじゃ」
わらわは自分から少し離れた場所に風の刃の魔法を発動させると、クラーケンの触手の表面を削り切る。
「このように我等魔族は人族の様に杖をかざして呪文を唱える必要もない故、敵に捕まって精神さえ集中できれば魔法を発動して不意を打つことができる。また魔力の制御にも秀でておる故、人族程の集中もいらぬ」
寧ろ魔法使いが弱いという考えは人族特有の考え方じゃからの。
魔力の多い魔族にとって、魔法とは当たりまえに使える力じゃ。
言ってみれば見えない手足のようなものじゃから、こうしてただ手足を拘束された時には魔法を使って脱出するのは当然よ。
まぁ相手の魔法を封じる対策とかも当然あるが、その場合はこうする。
「あとは身体強化魔法で肉体の性能を大幅に向上し、力づくで抜け出すのじゃ!」
わらわは魔力で自身の筋力を強化すると、力づくで触手を引きちぎって脱出した。
魔法を封じる魔法封じじゃが、実はこの方法は体の外に出る魔力を封じるものなので、体の内で発動させた魔力で肉体を強化する身体強化には効果が弱いのじゃ。
といってもある程度は身体強化も弱体化してしまうゆえ、魔法の鍛錬がおろそかな者は抵抗できない事もあるんじゃがの。
「あとはいつも通り、弱点を見つけて、そこを貫くのじゃ!」
わらわはクラーケンの弱点に降り立つと、魔力を込めた拳を叩きこむ。
するとクラーケンは全身を痙攣させ、海面に崩れ落ちた。
「とはまぁこんなモンじゃ。やる事は簡単じゃろ?」
わらわは上空に戻るとテイルに一連の流れが終わった事を伝える。
「…………」
しかしテイルはプルプルと震えているばかりに反応が無い。
「どうした? そう難しい事はしとらんぞ? 単純な作業じゃったろ?」
「……たしかに単純でしたけどっ! めっちゃ力技じゃないですかぁーっ!!」
うむ、単純な手順とはすなわち力技じゃからの。
「あんなの師匠の物凄い魔力じゃなきゃ無理ですよ!」
「そうでもないぞ。ようは魔力の圧縮技術の問題じゃ。凝縮した魔力を一気に放出すれば、瞬間的な威力は十分に高くなる。貫通力を高めるのじゃ!」
クラーケンの体を切り裂いた魔力の刃など、刃先だけに魔力を集中した超圧縮攻撃じゃからの。
「更に言えば今のお主の魔力は並の人族の魔法使い以上じゃ。クラーケン相手に後れを取る事は無い」
「で、でも……」
「いいから、行ってこーい!」
なおも渋るテイルの尻を蹴っ飛ばして、再び戦場に送り込む。
「またぁーっ!?」
「見本は見せたんじゃーっ、しっかり狩るんじゃぞー!」
「ひーん!」
泣き言を言いつつも、テイルはクラーケンの攻撃を開始して反撃を始める。
やはり手本を見せたのは良かったの。倒す方法があると分かれば、あとは試行錯誤を繰り返すだけじゃからな。
「なんだかんだ言って長年魔法使いになる事を諦めずに研鑽を積んできた娘じゃ。根性はあるんじゃよな」
うむ、あの様子なら選抜までにしあがるじゃろ。な
「師匠の鬼~、悪魔ぁ~! 幼児体型~!」
……せっかくじゃからわらわからも試練を追加してやろうかの。
ちょっとだけ、ちょっとだけ空を埋め尽くす程度の魔力弾をばらまいて、可愛い弟子に常に周囲を警戒する癖を付ける手伝いをしてやるか。
◆国王◆
「全く、思った以上に使えんな」
勇者達の敗走の報告を受けた王は、呆れと失望を滲ませた声でため息をつく。
「相手は魔王よりも遙かに弱い魔物であろうに、何故さっさと倒すことが出来んのだ」
国王の声に苛立ちが混ざる。
それもその筈、クラーケンによって海路が封鎖されたも同然の現在、王国が海上貿易によって得ていた利益がほぼ失われてしまったのだ。
税収だけではない、国外から流れてくる貴重な品々もだ。
「だからこそ早く問題を解決させる為に勇者を派遣したというのに、あの愚か者め!」
クラーケンという魔物の厄介さを知らない国王は、無責任に勇者を送りだせば問題が解決すると思い込んだのだ。
魔王を封印できたのならそれ以下の魔物を倒すなどたやすいと。
だが勇者が魔王を封印できたのは神器の力があればこそ、実際の勇者の実力は魔王の封印を行う事に特化した能力しか持たないのだから。
もっとも、実際には魔王は封印できていないのだから尚更である。
「まぁ、それも仕方がないでしょう。何しろ彼は、所詮神器に選ばれただけの平民なのですから」
突如王しかいない初の執務室内に若い男の声が響いた。
「おお、お主か!」
声のした方向に顔を向けた国王は、先ほどまでとは一転して笑顔を浮かべる。
そこに居たのはローブを身に纏った年若い青年だった。
「近衛魔法隊筆頭ローザン=スフィード帰還しました」
「そなたが戻ったと言う事は、上手くいったのだな!」
ローザンと名乗った青年に、国王は期待を込めて尋ねる。
「はっ、魔王国中心部にて工作活動を行い、魔族共の作軍事動を数年遅らせることに成功しました」
「おお! 流石だローザンよ!」
ローザンの報告に国王は満面の笑みを浮かべる。
「よくやってくれた。魔王を封印したとはいえ、魔族の戦力の大半は健在だったからな。これで更なる魔王国侵攻作戦に取り掛かれる」
「勿体なきお言葉にございます」
国王の言葉は事実だった。
魔王を封印した(と信じている)者達はこれで世の中が平和になると楽観的になっているが、実際には魔族全体はほぼ無傷なのだ。
とはいえ、指導者である魔王を失った以上、魔族が再び攻めてくるまで時間がかかるのは事実だ。
そして国王にはもう一つ懸念があった。
「それで、あの噂はどうだったのだ?」
寧ろこちらの方が重大だと国王は緊張を滲ませた声で尋ねる。
対してローザンは気負うことなく笑みを浮かべて答えた。
「ご安心ください。魔族領域内に新しい魔王の存在は確認されませんでした」
「おおっ! そうか!」
そう、国王が恐れていたのは、人族の間で噂になっていた新たな魔王の存在だった。
勿論それは完全な勘違い、ただの噂以上の何物でもないのだが、その前後に現れた巨大な魔物の襲撃や一部の魔物一斉失踪などからそういった噂が蔓延していたのである。
「おそらくは多少力を持つ魔族が我々の領域で暴れて勘違いされたのでしょう。辺境は戦力が足りていない土地もありますから」
「成る程、それもそうだな」
ローザンの推測に国王は頷く。事実人族の領域全てを国内の戦力で守りきる事は不可能だ。どうしてもカバーしきれない場所は出てくるもの。
「だがそれなら我が計画も問題なく遂行できるな」
不安要素の一つが解消した事で国王は安堵のため息を吐く。同時にニンマリと笑みも浮かべた。
「ではローザン、お主に新たな任務を与える。勇者一行に同行し、我が国を脅かすクラーケンを退治してくるのだ!」
「はっ!!」
国王は築かなかった。命令を受けて深々と頭を下げたローザンの口元が笑みを浮かべていた事を。
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