第60話 魔王、乙女の決意を目の当たりにするのじゃ
◆トラビック◆
テイルの奴は未だに見つからなかった。
「くそっ、このままだと次期宮廷魔術師の選抜が始まる前に婚儀を行えないじゃないか!」
なんとしても婚儀を終えてテイルの家の権威を宮廷魔術師達に見せつける必要があるというのに!
「トラビック様、王宮から使者が参りました」
俺が苛立ちを隠せずにいると、使用人が王宮からの使者がやってきたと報告に来る。
「王宮の使者だと!? まさか選抜の日程が決まったのか!?」
くっ、これは不味い。日程次第では間に合わなくなるぞ!
ともあれ王宮の使者を待たせるわけにはいかん。俺はすぐに応接間で待つ使者の下へ向かう。
「お待たせしました使者殿」
「いえ、大して待ってはおりませんよ」
ちっ、ただの使者の癖に随分と上から目線で語る。
「次期宮廷魔術師選抜の日程と内容が決まりました。トラビック殿にはその候補として参加を要請します」
「承知いたしました。喜んで参加を表明いたします」
まぁこれは既に決まっていた事だ。
社交辞令というやつだな。
「では次に選抜に付いて説明いたします。今回の選抜ですが、総勢85名の魔法使いが参加予定となっております」
「85名!?」
ちょっと待て! 何でその人数は!? 幾らなんでも多すぎるだろう!?
「それは一体どういう事ですか? 例年通りならば多くても5名程度の筈」
だが使者の発言は文字通りケタがひとつ違う。
何かの聞き間違いか?
「仰る通り今回は例年とは違います。今回は国王陛下の提案で候補者は貴族平民問わず、優秀なら市井の魔法使いでも召し抱えるとの事です」
「馬鹿な!? しきたりを無視すると言うのですか!?」
宮廷魔術師になる資格を有する者は、宮廷魔術師、有力な魔法使いを排出する貴族家および貴族に使える家臣の一族と弟子のみと決まっているのだ。
であるにも関わらず、今回の選抜ではなんの後ろ盾もない平民までもが候補に挙がっていた。
「陛下はここ数百年の人族の戦力低下を憂い、実力がある者を育てるべきだとお考えになられました。l今回の決定もその一環だそうです」
だからと言ってどこの馬の骨ともしれぬ者を宮廷魔術師にするだと!? 国王陛下は正気か!?
「既に国内の実力者に声をかけているところです。特に実戦経験豊富な冒険者が多く候補に挙がっていますね」
「冒険者……」
あのゴロツキ共か。
ふと使者の言葉に俺は同じゴロツキに身を落とした愚かな女の姿が思い浮かぶ。
「ああ、そう言えば、候補の中には貴女の婚約者であるテイル嬢も含まれているみたいですよ」
「……は?」
今まさに心に浮かんだあの女が候補?
なんの冗談だ!?
「いやいや、未来の夫婦が揃って次期宮廷魔術師候補とは、テンクロ家の未来は明るいですな」
驚きのあまり、俺は使者の言葉が全く聞こえていなかったのだった。
◆
テイルを引き連れたわらわは、久しぶりに町へとやって来た。
というのもメイド隊経由で得た国内の情勢が面白い事になってきたからじゃ。
「うわー、久しぶりに人の多い場所に来たしたよー」
ずっと島での生活だった事もあって、テイルは町の光景に目を輝かせておる。
「町の散策は後じゃ。先に冒険者ギルドに行くぞ」
「はい、師匠!」
冒険者ギルドに入ると、ザワリと空気が震える。
明らかに入って来たわらわ達に視線が向いているのが感じ取れる。
「テイルさん!? 探していたんですよ!!」
そう言ってやってきたのはギルドの受付の娘じゃった。
「え!? 私!? 何で!?」
まさか自分を探していたと言われるとは思ってもいなかったようで、テイルは困惑する。
「ももももしかして罰金の件ですか!? まだ何かあったんですか!?」
テイルが戦々恐々とした様子で尋ねると、受付の娘はケラケラと笑いながらそうじゃないと否定する。
「違いますよ。実はテイルさんに宮廷魔術師選別の儀への参加要請が来ているんです」
「宮廷魔術師選別!? 私が!?」
まさかの要請にテイルが驚き、周囲で聞き耳を立てていた冒険者達もどよめく。
しかし中にはこの話を聞いても驚く様子を見せない者達もおった。
「はい。現在王宮では次期宮廷魔術師を選別するために優秀な魔法使いに声をかけているそうで、市井の高名な魔法使いだけでなく、各地の冒険者ギルドからも実力の高い魔法使いに声掛けがなされているそうです。で、テイルさんもその中の一人に選ばれたんです!」
「わ、私が優秀な魔法使いとしてっ!?」
「ヒューッ、やるじゃねぇかテイルの嬢ちゃん!」
「さっすが疾風の魔女! 王宮の耳に入るのも風の如しだな!」
見知った顔の冒険者達が困惑するテイルをはやし立てる。
「え? え? う、嘘ですよね? 私なんかが……」
「嘘じゃありませんよ。ここ最近の目覚ましい活躍が認められたんですよ。おめでとうございます」
「はわわ、ありがとうございましゅ……」
状況を受け入れきれないながらも、テイルは反射的に礼の言葉を述べる。
「あとこれは噂なんですけど、海の方では単独でクラーケン退治して回る女神と呼ばれる凄胸の魔法使いもいるそうで、王宮はその人の事も探しているみたいですよ。いやぁー、世の中には知られざる達人が居るもんですねぇ」
「めっ!? は、はは、そんな人もいるんですか……凄いですね……」
いや、お主今、凄胸って言わなんだか? 腕の間違いではないかの?
「選抜についてはまた後日連絡があるので、暫くは町に滞在していてくださいねー」
言うだけ言うと、受付の娘は仕事に戻って行った。
「良かったではないかテイルよ」
「で、でも私なんかが宮廷魔術師候補だなんてそんな恐れ多い……」
けれどテイルは自分が候補として選抜された事に懐疑的な様子を見せる。
「何を情けない事を言っとるんじゃ。ギルドの職員も言っておったじゃろう。活躍が認められたと。良いか、自分の努力を認めてやれるのは自分しかおらん。お主は自分が積み重ねてきた努力を認めてやるのじゃ。慢心するでもなく、過信するでもない。正しく自分の努力の成果を受け入れるのじゃ」
「自分の努力の成果を受け入れる……」
今のテイルに足りんのはそれじゃ。
どれだけ実力を付けようとも、心が正しく自分を評価できねば、いつか思わぬ不覚を取ってしまうじゃろう。
じゃからはよう自分の実力を正しく認識して欲しいんじゃよ。
「わ、分かりました! 私、自分の努力の成果を受け入れます!」
わらわの言葉に思うところがあったのか、テイルは胸元でギュッと拳を握ってわらわの言葉を復唱する。
「うむ」
「で、でも万が一何かの間違いだったって事は……ないですよね?」
「お主のぉ~」
やれやれ、まだまだ心に溜まった澱は完全には消えぬか。
まぁこれは長い間努力が実らなかったが故の精神の自己防衛というやつじゃろうな。
ゆっくり時間をかけていけばそのうち納得できる日も来るじゃろうて。
「では選抜を受けるんじゃな?」
「えっと、それはその、まだ自分に自信が持てないと言いますか……もうちょっとだけ修行してからにしたいなーって」
「お主のう……」
やれやれ、やはり弱気過ぎるのは良くないのう。
「良いかテイルよ。今はチャンスなんじゃぞ」
「チャンス、ですか?」
「そうじゃ。普通はどれだけ冒険者として活躍したからと言って、宮廷魔術師のような権威の象徴にになるチャンスなどそうそう無い。というか皆無じゃ。しかし今回は何かしらの事情があって実力を持っている者なら誰にでも栄光に手が届くチャンスが転がり込んで来たのじゃ。この機を逃せば次は何十年後になるか分からんのじゃぞ、それどころか二度とチャンスはやって来んかもしれん」
まぁわらわとしては別にテイルが宮廷魔術師にならずとも問題はないのじゃが、この件はテイルが実力に見合った心構えを得る良い機会じゃ。
ぜひともテイルには宮廷魔術師選抜に参加して、気弱な性格から脱却してほしいとわらわは期待しておった。
「この機会を逃したら何十年かかるか分からない……最悪二度とやってこない」
わらわの檄が効いたのか、テイルは不安そうな顔で悩む。
うむうむ、悩むという事は上に行きたいと言う気持ちがあると言う事じゃ。
あとはその気持ちに気付く事が出来ればテイルも……
「ようやく見つけたぞテイル!」
とそんな時じゃッた。
突然テイルの名を呼ぶ声がギルドのロビーに響き渡ったのじゃ。
「え? あ、トラビック?」
そう、そこに現れたのはテイルの婚約者であるトラビックじゃった。
じゃがトラビックには以前会った時のような余裕は感じられず、何やら焦りを滲ませておった。
そして僅かにじゃが、テイルに対して嫉妬の籠った眼差しを送ると、ボソリと吐き捨てるように呟く。
「何でお前なんかが……」
ふむ、どうやらトラビックもテイルが宮廷魔術師候補となった事を知ったらしいの。
メイド達の情報通り、この国の王は貴賤問わず実力者を囲い込もうとしておるようじゃの。
「ちっ、全くどこに隠れていたのやら。さぁ行くぞ!」
「痛っ!? い、行くってどこに?」
突然やって来たトラビックはテイルの腕を乱暴に掴む。
「お前の実家に決まっている! さっさと婚儀を行うぞ」
そして唐突な結婚宣言。
「ええ!? それは罰金の件があったからで、もうお金は支払ったから必要な……」
「忘れたのか! 元々お前は俺の婚約者だ! ただ単にそれを先延ばしにしていたに過ぎん!」
「っ!」
忘れていた事を指摘され、テイルがビクリと体を震わせる。
そうじゃの、これはトラビックが正しい。
「役立たずのお前でも家の役に立てるようにと俺との婚約が決まったんだ。分かったらさっさと帰るぞ! 婚儀の準備はとっくに終わっているんだ!」
「やっ!」
嫌がるテイルを強引に引っ張ってギルドから出ようとするトラビックじゃったが、その前に立ちふさがる者達の姿があった。
「おい待てよアンタ」
立ち塞がったのはギルドの冒険者達じゃった。
「何の用だ貴様等」
「嫌がる女を無理やり連れていこうってのは感心しねぇな」
「それにテイルの嬢ちゃんは痛がってるじゃねぇか、離してやんな」
彼等は無理やり連れて行かれようとしているテイルを開放しろとトラビックに意見する。
「何のつもりだ? こいつはここでも役立たずの無能として煙たがられていた筈だが?」
「っ!」
トラビックの心無い言葉にテイルの顔が歪む。
正直言えば今すぐ可愛い弟子を悲しませるこのバカタレをぶん殴ってやりたいが、立ちはだかった冒険者達の顔を立てて今は我慢なのじゃ。
「それとこれは話が別よ。俺達ゃ冒険者だ。どいつもこいつもここに来た理由は色々あるさ。けどな、ここに流れ着いた連中には、もうここしか居場所が無ぇって奴もいるんだよ。だったらよ、その居場所から無理やり連れだそうって奴がいたら黙っちゃいられねぇんだ。俺達は同じ冒険者だからな」
「っぁ!?」
「それにテイルの嬢ちゃんは役立たずなんかじゃねえぜ。昔はともかく、今の嬢ちゃんはギルドでも有数の凄腕魔法使いだ」
「そうそう、二つ名持ちになるくらいだもんな!」
冒険者達はテイルは自分達の仲間だと言い、そして彼女が決して無能などではないと弁護する。
それは同情や憐みではなく、同じ冒険者として、テイルを仲間と認識しての言葉じゃった。
「皆さん……」
冒険者達の言葉にテイルが涙ぐむ。
そうじゃの、よくよく考えればそうじゃった。
彼等はテイルが力を制御できずに持て余している時も、力の暴走に巻き込まれる事を恐れてはいたものの、決してギルドから追放しようとはせなんだ。
それこそが彼らにとっても最低限の仲間意識だったのじゃろう。
「それによぉ、いい年したおっさんが若い娘を無理やり嫁にしようってのはさすがに世間体が良くねぇぜ」
「全くだ!」
「「「「はははははっ!!」」」」
そして二人の見た目の年齢差がある事をあげつらう。
「う、煩い、クズ共が!!」
侮辱されたトラビックは、顔を真っ赤にして声を上げる。
「ああん? 誰がクズだって?」
流石にクズ呼ばわりは気に障ったらしく、冒険者達が気色ばむ。
「お前等の事だ! 冒険者だと? それらしい呼び方をしているが、ようは食い詰め者のゴロツキだろうが!」
「手前ぇ、言ってくれるじゃねぇか。まぁその通りだけどよぉ。それを言ったらどうなるか分かってんだろうな?」
冒険者達は指を慣らしてトラビックに睨みを利かせるが、トラビックは彼等を見下す表情を止めなんだ。
「何だ? 俺を襲うのか? はっ、やはりゴロツキだな。こんな街中で次期宮廷魔術師候補の俺を襲えば、お前達は犯罪者として衛兵に捕まるぞ! 俺の後ろ盾には有力な貴族が居るのだからな!」
「手前ぇ、貴族の名前出してイキがってんじゃねぇ! 手前ぇの力で喧嘩売りやがれ!」
まさかの貴族の威を借る発言に冒険者が呆れる。
「分かっていないな。俺は貴族に望まれて士官できる程の一流魔法使いと言う事だ。実力も才能も人徳もお前等とは違うんだよ!」
「「「「いや、お前に人徳は無ぇだろ」」」」じゃろ」
おっといかん、あまりにブーメランなセリフについうっかりわらわもツッコミを入れてしもうた。
「う、うるさい! だいたい貴様等のようなゴロツキからも宮廷魔術師選抜候補が出る事がおかしいのだ! お前達は身の程を弁えて俺達上に立つ者に従っていれば良いんだ!」
「い、いい加減にしてください!」
そんなトラビックに喰ってかかったのはテイルじゃった。
「何?」
「私だけならまだしも、他の冒険者の方達を悪く言うのは止めてください!」
自分を庇ってくれた冒険者達を侮辱された事で、テイルの堪忍袋の緒が切れたようじゃな。
「ふん、ゴルツキをゴロツキと言って何が悪い」
「ギルドの魔法使いの方々は皆さん腕利きです! 魔力が少ない方も確かな実戦経験で弱点を補って魔物と互角以上に渡りあいますし、深い知識で冒険の手助けをする思慮深い方達です! 私も沢山お世話になりました! ……習った魔法技術はあんまり活かせませんでしたけど」
ふむ、どうやらわらわに師事する前はギルドに所属する魔法使い達に色々と教えを乞うておったようじゃの。
「馬鹿馬鹿しい。本当に優秀な魔法使いなら、今頃名門魔術師に弟子入りするなりして力を発揮している筈だ。どうせゴロツキ連中相手にお山の大将気取りしたくて一端の魔法使い面してるだけだろうよ」
「なんだとぉ手前ぇ……」
「俺達に喧嘩売ってんのかこの野郎」
トラビックの侮辱に近くにいた魔法使い達が袖をまくって気色ばむ。
いやお主等魔法使いなんじゃから拳よりも魔法を使おうとせんか……
「冒険者を馬鹿にしないでください!」
しかしテイルも引かぬ。
「この人達は騎士団とは違います! 彼等は屋外でのフィールドワークに特化した専門家なんです! それに冒険者として活動している魔法使いは実践派の方達ばかりで、頭でっかちの研究者とは役割が違うんです!」
「ぬ……」
堂々としたテイルの言い分にトラビックが困惑を見せる。
それも当然じゃろう。
恐らくじゃが、今までトラビックが見てきたのは、魔法を満足に使えない事で自分に自身が持てずにいた気弱なテイルじゃろう。
しかし今のテイルは違う。魔法を自在に扱えるようになったことで、これまでの否定され続けてきた自分から羽ばたこうとしておるのじゃ。
皮肉にも、そのきっかけとなったのがトラビック自身の傲慢な振る舞いだったようだがの。
「辞退しようと思っていましたが、気が変わりました」
強い眼差しを湛えたテイルは、正面からトラビックを睨みつける。
「トラビック、私は宮廷魔術師選抜に参加します! そして見事選抜に受かって、貴方との婚約を解消します!」
「な、なんだと!?」
まさかの宣戦布告に今度こそトラビックが動揺の声をあげた。
「私が貴方を差し置いで宮廷魔術師になれたのなら、私は貴方よりも魔法使いとして実力は上という事になります。それを成せれば、出来損ないだからと魔力の才を残す為だけに結ばれた婚約を破棄するに十分な証明となります!」
「お、お前、俺に逆らうつもりか!」
「そのつもりです! トラビック、私は貴方にだけは絶対に負けません!」
ビシッ! とトラビックに指を突きつけるテイル。
「いいぞー! よく言ってくれたテイルの嬢ちゃん!」
「さすが疾風の魔女!」
その気風の良さに、冒険者達が歓声を上げる。
「ちっ、後悔するなよ!」
流石にこれ以上はアウェーにも程があると判断したのか、トラビックは逃げるように去って行った。
「お、一昨日きやがれです!」
うむ、テイルもなかなかに肝が据わって来たではないか。
師匠として喜ばしい限りじゃのう。
ふーふーっ、と荒い息を吐いていたテイルじゃったが、トラビックが去った事でようやく安心したのか、大きく息を吸って呼吸を整える。
そしてようやく落ち着いた所で、わらわの方に振り返った。
「ど、どどどどうしましょう師匠!? うっかりやっちゃいました~っ!!」
……oh、全然落ち着いておらなんだ。
「私がトラビックに勝つとか流石に無茶ですよぉー!! どーしよー!?」
……やれやれ、まだまだ未熟じゃのう。
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