第59話 魔王、の弟子、海の伝説になるのじゃ

◆とある船の副長◆


「急げ! クラーケンが来るぞ!!」


 船長の悲鳴のような金切り声をあげる。


「もっと速度を出せっ!」


 だけど無理だ。

 帆は全ておろし、魔法使い達も全力で船を加速させる為に魔力を使ってる。

 それでも、クラーケンの縄張りとなったこの広い海域を抜けるにはあまりにも早さが足りなさすぎた。


「クラーケン引き離せません!」


「欲をかいてクラーケンの縄張りを突っ切るなんて言い出すから……」


 それもこれも全ては船長が欲をかいたからだ。

 とある商人が急ぎの荷だから早く目的地に届けたいという依頼を持ってきたんだが、相手が提示した期日が問題だった。

 数週間前ならそれの期日でも問題なかったのだが、目的地までの海路にはクラーケンの群れが住み着き、とても航海どころではなくなってしまったからだ。


 当然俺達は反対した。一匹でもヤバイというのに、群れが居る海域に入るなんて自殺行為だ。

 だが相手もさるもの、報酬は相場の二倍を提示してきた。

 こうなると強欲な船長は止まらない。俺達の制止を無視して依頼を受けてしまったんだ。

 そしてこう言った。


「なぁに、馬鹿正直にクラーケンの群れを相手しなけりゃいいんだ。風魔法と水魔法を使える魔法使いを雇えるだけ雇って、船をかっ飛ばすのさ。そうすりゃクラーケンも追いつけない」


 そう言われると学の無い連中がそれならいけるのか? と思い始めた。

 なおも反対する声には報酬二倍なんだから、その分護衛を追加すれば良いだけだと言われてしまい、結局なし崩しで受けることになってしまった。

 どのみち一度依頼を受けてしまった以上、契約を破棄したら安くない違約金を支払わないといけなくなる。

 案の定、船長が持ち帰った契約書にはバカみたいな違約金の金額が書いてあった。

 だからもうやるしかない、船長の言う通り、クラーケンに捕まらないように全力で逃げればいいんだと考えて。


 だが俺達は船長の強欲さを良く考えるべきだったんだ。

 結果から言えば最悪の状況になった。船長が金をケチったのだ。

 

 報酬をケチって数を集めたもんだから、やって来た魔法使いは大した魔法を使えない雑魚ばかりだったんだ。

 その事実が発覚したのが現れたクラーケンから逃げようと魔法を使わせた時だったのだから堪らない。

 魔法を使っても大して早くならないわ、魔力はあっという間に尽きるわ。

 更に護衛代金もケチる為、何と戦うのかはっきり説明せずに普通の護衛として雇っていたみたいで、いざ戦いとなったら弓を用意せず剣だけしか持ってこなかった連中が多い始末。


 結局まともな戦力になる奴はその中の一部だけで、更に海域のクラーケンはこちらの予想をはるかに上回る数。

 安物買いの銭失いとはよく言ったもんだ。

 もっとも、喪うのは銭だけではなく命ものようだが……


「畜生! 魔法が跳ね返される!」


 船尾に陣取って追ってくるクラーケン共を牽制していた護衛が悲鳴があがる。


「駄目だ、矢が切れた!」


「ぐぅ、魔力が足り……ない」


 数少ないまともな戦力だった冒険者達からの絶望的は報告。

 だが本当の絶望はこれからだった。


「大変です! クラーケンが進行方向に浮上!」


 最悪だ、回り込まれた。

 いや、前だけじゃない。後ろも左右も見渡す限り周囲全てがクラーケンに囲まれている


 ああ、今更ながらにこの判断をした船長をぶん殴ってやりたい。

 そう言えば船長の耳障りな悲鳴が聞こえないな?


 ふと振り返ると先ほどまで居た船長の姿が見つからない。

 船室にでも逃げ込んだか?


 いや違った。船長の姿は船の外にあった。

 なんてこった、船長の奴脱出ボートで自分だけ逃げやがった。

 俺達を囮にして逃げたんだ! あのクソ野郎!


「ギャァーッ!!」


 と思ったらクラーケンの触手が脱出ボート近くの海面を叩いた衝撃で転覆した。ざまぁ。

 

「と言っても、俺達もすぐに同じ目に遭うんだけどな……」


 クラーケン達はもう目と鼻の先にまで近づいてきた。

 あとはこの巨大な触手に船を破壊されて海の藻屑になるだけだ。それとも直接食われる方が先かな?

 ああ、なんてクソッタレな光景だ。


「せめて死ぬ前に思いっきり船長をぶん殴りたかったぜ……」


 近づいてくる巨大な触手を見つめながら、俺達は抵抗する気力すらを失った。

 その時だった。


 カッッッ!!


 突然天から何十もの細い光の柱が飛んできたのである。


「な!?」


 何だ? 神様のお迎えか!?

 それはある意味では正しかった。


「見ろ! クラーケン共が!!」


 空から降って来た光は、クラーケンの群れを貫き、凄まじい勢いで沈めていく。


「本当に……神様が助けてくれたのか……?」


 まさか、と思いながら空を見上げた俺達は、そこにありえないモノの姿を見た。

 それは美しい女だった。


 その頭には獣の耳が、尻からは獣の尻尾が映えている。

 もしや獣人の魔法使いか? いや、獣人は魔法を使ったりは出来ないと聞く。

 それに空を飛ぶ魔法なんて聞いたこともない


 そして何よりもその女は胸がデカかった。

 一見すると成人しているかしていないかぐらいの年齢なんだが、胸は明らかに極上の大きさだった。

 更に女は何故か下着のような恰好で肌を晒し、まるで水の様に透き通った衣服を羽織っている。


「女神だ……」


 誰かの呟いた声に同意せずにはいられなかった。

 確かにアレは女神だ。


 神殿の壁画に描かれるような豊満で、己の美しさを隠すこともしない姿。

 それは美の化身と言われる女神そのものだ。

 女神が無言で手をかざすと、そこから幾重もの光がクラーケンに降り注ぐ。


 ああ、間違いない、あれはまさしく女神だ。

 魔法使いなら呪文を唱える筈だ。だが彼女は一言も言葉を発していない。

 それはまさしく神の御業……


 気が付けば俺達は全員が空の上の女神に対してひれ伏していた。

 跪いて手と額を甲板にこすり付け、感謝の祈りを捧げる。


「ありがとうございます女神様」


「ありがとうございます」


「ありがとうございます」


 誰も彼もが女神への感謝を口ずさむ。

 するとフワリと風が俺達の頬を撫でた。

 反射的に顔をあげると、空にはもう女神の姿は見えず、更に周囲にはクラーケンの姿も無くなっていた。

 わずかに海を漂うクラーケンの触手の切れ端などから、確かにここで戦いがあった事を証明している。


 俺達は……助かったのか。

 改めて自分達が命を拾った事を実感していると、何やら耳障りな声が聞こえてきた。


「おーい、助けてくれー!」


 船長だ。どうやら運よく命だけは助かったらしい。


「おい、何をしている! 早く引き揚げろ! 俺はお前達の雇い主なんだぞ!」


 俺達を見捨てて逃げようとした癖によくもまぁ図々しい事を……


「「「「……」」」」


 船上の全員が無言で頷く。

 良いだろう、引き上げてやろう。

 ただし、その結果どうなるかは保証しないけどな。


 ◆テイル◆


「はぁ~、恥ずかしいぃ~!」


 師匠に命じられて一人でクラーケン狩りに来ていた私は、偶然クラーケンの群れに襲われている船を見つけました。

 さすがにこれを見捨てるわけにはいかないと慌ててクラーケン達を倒したんですけど、慌て過ぎて大事なことを忘れていたんです。


「この姿を見られちゃった~」


 そう、メイアメイド長に着る様に義務付けられたこの水着です!

 確かにこの水着は凄い性能です。

 それこそ下手な鎧よりも断然高性能ですし、肌の見えている部分も実は魔法で守られています。

 水の中に潜っても息が出来るし、良いこと尽くめ。

 ただ一つ、肌を晒し過ぎて下着同然という事を覗けば!!


「うわぁ~ん! 恥ずかしいよぉ~!」


 船の人達皆凄い顔で私を凝視してた~!!

 羽織るものを用意しては貰ってるけど、これスケスケで全然肌が隠れてないし~!


「せめて師匠が来てるような肌を多めに隠すのだったらよかったのにぃ~」


 しかも船の人達、皆して一斉にうずくまってたし、なんだったのアレ!?

 恥ずかし過ぎて倒したクラーケンを魔法で回収して逃げてきちゃったけど、大丈夫……だよね?


「ま、まぁでも、こんな海のど真ん中で半裸の女の子が突然空に現れたとか言われても誰も信じないよね?」


 う、うん、そうだよ。万が一その話をどこかでしても、酔っ払ってたんじゃないかって笑い話になる筈! よく冒険者ギルドでも変なものを見たって慌ててる人が笑われてたし!


「よ、よーし、不安も解消したし、島に帰るぞー! 今日は一人でクラーケンを倒せたから、師匠も褒めてくれる筈!!」


 だが私は知らなかった。

 港に到着したあの船が海の女神に救われたという話を夢中になってしていた事を。

 そして普通なら笑い話になる所が、彼らが回収した何匹ものクラーケンの体の破片から真実である可能性が高いと判断されてしまった事を。


 そうして、人から人へ、港から港に噂は広がり、いつしか船乗り達の間では『半裸の物凄く胸のデカい耳と尻尾を生やした海の女神が船乗りを救ってくれる』というトンでもない伝説が生まれてしまった事に、私はまだ気づいていないのだった……


「どうしてこんなことにー!?」

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