第57話 魔王、と弟子の新装備?

「よし、今日の所はこんなものか。帰るぞテイルよ」


「はひぃ~」


 日も落ちてきたところで、わらわ達はクラーケン狩りを切り上げて島へと戻って来た。

 クラーケンは巨体の割に数が多く、更に弱点が小さい故、狩るのに手間がかかるのじゃ。


「おかえりなさいませリンド様、テイル」


 城の前に降りると、メイアが入り口でわらわ達を迎えつつ濡れタオルを差し出してくる。


「うむ、帰ったぞ」


「ただいま戻りましたぁ~」


 ううむ、潮風でベタベタになった顔に濡れタオルはありがたいのう。


「あら? 貴女海に潜ったの? びしょ濡れじゃない」


 と、そこでメイアがびしょ濡れのテイルに有り様に目を丸くする。


「そうじゃないんですけどぉ~、魔物が大暴れする度に水柱が立って、この有り様ですぅ~」


「まぁ、体が冷えるから早くお風呂に入って海水を洗い流しなさい。この季節でも油断したら風邪をひくわよ」


「はーい」


 メイアに促され、テイルが浴場へと向かう。


「ささ、リンド様も浴場に。私がしっかり全身くまなく洗いますので!」


「うむ」


「あー、メイド長ずるーい!」


「私も魔王様洗いたいですー!」


「ほほほほっ、これは私の役目です」


 いやわらわは誰でもいいんじゃがの。なんなら自分で洗うし。


「それは駄目です!」


「リンド様は適当に洗いすぎるから、放っておくと髪の毛が痛んでしまうんですよ!」


「そうです! 全部石鹸で洗おうとしないでください!」


「駄目かのう?」


「「「「駄目です!!」」」」


 駄目かー。いちいち洗うモノを替えていたら面倒なんじゃがのう。


 ◆


「ふぃ~ヌクヌクですよ~」


 体を洗ったわらわ達は、大きな浴槽に体を浸して冷えた体を温めておった。

 というか城の浴場、気が付いたら大きくなっておるんじゃよな。


元はわらわが入るだけじゃからと小さな浴槽だったんじゃが、メイア達が増設したのかすっかり大浴場と言ってもおかしくない広さになっておった。

まぁこうして順番待ちせんでも皆が入れるからわるくはないんじゃがの。


「それでテイルよ、どうじゃった魔物退治の手ごたえは?」


「そうですねぇ~。弱点をピンポイントで狙うのは回数をこなしたら慣れてきました~」


 さらっと慣れてきたとテイルは言うが、実際にはそう簡単な事ではない。

 離れた位置から猫の額ほどの狭い範囲を狙い撃つのは相当な精密作業じゃ。しかも攻撃を回避し続けながらとなれば猶更よ。

 それを回数をこなしたとはいえ実行できたのじゃから、テイルの才能は相当なものじゃった。

 こ奴の今までの不遇は己の力をとても制御できないか細い術式しか知らなんだ事に尽きる。

 じゃがそれも決して無駄ではなかった。

 なんとか力を使いこなそうと、様々な知識を学び、実践してきた事がこうして実を結んでおるのじゃからの。

 テイルが己の魔力を制御出来ていたら、果たしてここまで魔法を使いこなすことが出来たじゃろうか?


「ただぁ~」


 と、テイルが言葉を続ける。


「攻撃を避けるたびに服がビシャビシャに濡れるのは勘弁してほしいですよぉ~。私あんまり服持ってないですから」

「買えばよいではないか」


「元の姿に戻ると尻尾が出ちゃうんで……」


「ああ、そうじゃったな」


人族の領域で獣人用の服を買うのはこれでちと面倒じゃ。

と言うのも獣人は基本魔族側の種族と考えられているのじゃよ。


無論獣人にもいろいろいる故、人族と近しい距離にいる土地もあるにはある。

ただそういう土地は稀で、長い戦いの歴史もあって獣人達の生存地域は魔族領に寄っておるのじゃ。


なので獣人向けの衣装となると、魔族の国か、隣接する国にでも行かねば売っておらぬわけじゃな。

ちなみにエルフなどの人族と親しい異種族がメインの国では普通に売っておったりする。

あと人族の国でも商人が力を持つ物流の国でも何故か獣人向けの服は売っておるの。


「でしたら私共が用意いたしましょうか?」


 と、そこで今までわらわの腕をマッサージしていたメイアが会話に加わって来る。


「おお、メイアなら安心じゃぞ。センスはともかく良い品を作る」


「センスも良いですよ?」


 そうは言うが、メイアに任せると妙に子供っぽいデザインにしてくるんじゃよなぁ。


「えっと、メイド服以外でお願いできますか? 外に出るのにメイド服はちょっと……」


「あー」


 そう言えばテイルはメイド見習いとしてメイドの仕事もさせられておったのう。

 そういう時はメイドとしての心得を叩き込む必要があるからとメイドの格好をさせられておった。


「ではメイアよ、テイルの服を頼む。出来ればわらわが指導しておらん時でも大丈夫なように守りも固めておいてくれ」


 メイア達メイド隊なら、防具としての性能を持った衣装を作る事が可能じゃ。

 事実メイア達のメイド服は場内で突発的に戦いが起きても大丈夫なように十分戦闘に耐える性能を誇っておる。

 さらに言えばわらわが魔王をしておった時の衣装もメイア達メイド隊が実戦を考慮して作っていた超一流の装備じゃ。


「分かりました。それでは水に強いメイド服以外の衣装を用意いたしましょう。数日ほどお待ちください」


「わーい、ありがとうございます~」


……ただ、なんか嫌な予感がするんじゃよな。


 ◆


「では今日も修行に行くぞ!」


「はい、師匠!」


 今日もクラーケン狩りに向かおうとしたわらわ達じゃったが、そこにメイアが待ったをかける。


「お待ちを」


「なんじゃメイア?」


「テイルの衣装が完成しました」


 おお、完成したか。


「ホントですか!?」


「ええ、水に強いから、貴方の修行着にも最適ですよ。さぁ着替えてきなさい。ああ、最初は着方が分からないと思うから、メイド達に手伝ってもらいなさい」


「はーい!」


 テイルはウキウキ顔でメイド達について城の中に戻ってゆく。ゆくんじゃが……


「メイド達が……嫌な予感が止まらんのう」


 そしてしばし待っていると、メイド達が戻って来た。


「魔王様、メイア様、着替えが終わりました!」


「うむ、ってテイルはどこじゃ?」


 しかし見えるのはメイド達の姿ばかりで、テイルの姿が見えぬ。


「あ、あの……」


 と思ったら入り口の端から顔を覗かせるテイル。

 じゃがその顔は何故か赤く染まっておった。


「そんなところに隠れてどうしたんじゃ? 修行に行くんじゃろ? はよう出てこい」


「そ、それがその……」


 けれどテイルはモジモジとした態度で出てこようとはせん。


「もう、いい加減覚悟を決めなさいよ!」


 そう言って近くにいたメイド達がテイルを強引に城の外へと連れ出した


「はひゃぁぁぁぁ!!」


「んん!?」


 外に出て朝日に照らされたテイルの姿は、なんと半裸であった。

 いやこれは……


「あうう……」


「良く似合っていますよテイル」


 慌ててしゃがみ込んだテイルにニコニコと笑みを浮かべるメイア。


「はうう……」


「のうメイアよ、わらわの考えが正しければ、アレは水着というものではないかの?」


「はい、その通りです」


 テイルの衣装についてメイアに尋ねると、メイアはなんら悪びれる様子もなく返事を返し、メイド達がテイルの両腕を掴んで立ち上がらせる。

 うむ、隠しているのは胸と股間だけで一見下着と見紛うが、これは間違いなく水着と言うヤツじゃな。


「新しい衣装だったのではないのか?」


「はい、水に強い新しい衣装ですよ」


 しれっと言い切るメイア。


「物は言いようじゃのう」


「あ、あの、何なんですかこれ? 肌がいっぱい出てまるで下着なんですけど!?」


 ああ、テイルは水着と縁の無い土地で暮らしておったんじゃの。

 そりゃあ恥ずかしがるのも分かるという物じゃ。


「それは水辺で着る水着と言う衣装です」


「で、でも腕も足もお腹も出てるんですけど!?」


「そういう衣装です」


「は、恥ずかしいんですけど!?」


 まぁ初めて着たら恥ずかしいじゃろうなぁ。


「水に落ちると布が水を吸って体が重くなります。そうなると溺れる危険が増えるので、水着は布地の量を減らしているのですよ」


「で、でも、こことかもうヒモですよ!?」


 テイルは胸を首で支える紐を指差しながら涙ながらに問う。

 ちなみにテイルの水着は上半身と下半身が分かれたビキニタイプの水着で、テイルの巨大すぎる胸を支える為に首の後ろに紐を通してある。

 ……アレが無ければあのヒモも要らんのではないかの? いや他意は無いぞ。無いぞホントに。


「それはそういうデザインなのでそれで良いのです。それにシルクモスの生地を使ってますから、着心地は良いでしょう?」


「そ、それはそうですけどぉ」


 最高級の生地を容赦なく水着に浸かっておるのう。

 まぁ余っておるから問題ないと言えば無いんじゃが。

 ラグラの実を食べるようになってからシルクモス達の糸の生産量が益々上がっておるらしいからの、それに質も。


「魔道具作りに長じたメイドが制作に関わっていますから、各種身の守りも万全です。防水、防火、防風、耐刃、耐衝撃機能を持ち、肌を覆っていない場所も守ってくれます。さらに空気を纏って水中呼吸も可能ですから溺れる心配もありません。安心して濡れてきなさい」


「は、恥ずかしくて修行どころじゃないですよぉー!」


 しかしテイルはそういう問題ではないとしゃがみ込んで抗議を続ける。


「ふふふっ、頑張りなさい」


 いや無理じゃろ。


「メイアよ、あれでは修行どころではない。せめてワンピースタイプにしてやってはどうじゃ?」


「それではデザインが被ってしまいますので」


「は? どういう意味じゃ?」


「いえ、なんでもありません」


 明らかに何でもありそうなニュアンスだったんじゃが?


「ではせめてもう少し布を増やしてやるのじゃ」


「リンド様がそうおっしゃるなら」


 メイアが目配せをすると、メイド達が織り畳まれた服を持ってくる。


「テイル、これを羽織りなさい」


「ふえ?」


 メイアが持ってきたのは透けて見える程に薄い羽織じゃった。

 それをテイルに着せて、同じく極薄の帯で締める。

 そうするとテイルの水着が隠れこそせぬものの、脚と腕はだいぶ隠れる事になった。


「あの、全部隠しちゃだめなんですか? あともっと布地を厚くしても……」


「駄目です。あとそう言うデザインなので寄せても隠せませんよ」


 布を寄せて胸を股間を隠そうとしているテイルにそんな事をしても無駄だと無慈悲に告げるメイア。

さてはこやつ、わざとセットで用意していた羽織を後から出したな?

最初にテイルを恥ずかしがるだけ恥ずかしがらせて、多少肌の隠れる羽織を追加で出して妥協を強要しおった。

完全に詐欺師やらの手口ではないか。


「はうう……」


「あらあら、いけませんねぇ。あれでもまだ恥ずかしいんですか」


 いや、お主等がそうデザインしたんじゃろ?


「こうなってはテイルだけでなく、もう一人同じ目に遭ってくれる方が必要ですね」


 そう言った途端、メイド達が一斉にこちらを見てくる。なんか怖いんじゃが!?


「ああ、そう言えばせっかくシルクモスの生地が手に入ったからとリンド様の為の水着もご用意していたのですよ! 生憎使う機会が無いからと出番が無かったのですが」


「メイド長、持ってきました!」


 メイアの言葉を繋げるように流れる様な速さでメイド隊が衣装を持ってくる。

 お主絶対それ持ってスタンバってたじゃろ!?


「ささリンド様、こちらリンド様の為にあつらえた水着です。どうぞお着替えを」


「さらりとわらわまで着せようとするでないわ。別にわらわが着る必要ないじゃろ!?」


「いえいえ、先日はリンド様の衣服も海水で濡れておりました。手入れを考えると水着でお出かけされた方が宜しいかと思われます」


 水着を持ってジリジリと近づいてくるメイア達。


「いや、それなら障壁を張ればじゃな」


「し、師匠~」


 そんなわらわに縋るような眼差しを向けてくるテイル。


「ほらほら魔王様、テイルも寂しがっていますよ?」


「いやアレはそういう目ではないじゃろ!?」


 単に恥ずかしいから着替えたいと言っとるだけじゃと思うんじゃが!?


「魔王様も一緒に水着姿になってあげましょうよぉ~」


「二人で水着になればテイルも恥ずかしくなくなりますよ」


「さ、さてはお主等、このためにテイルに水着を着せたんじゃな!?」


 しもうた! 本当の狙いはわらわじゃったか!?


「「「「さぁさぁさぁさぁ」」」」


「ぬわぁー!?」


 ◆


「うぐぐ……」


「まぁー可愛い!」


 強引に着替えさせらえたわらわを囲んだメイア達が悶える。


「素敵! 愛らしすぎます!」


「とてもお似合いです! 魔王様の体を覆う花柄の布地、更にお体を彩るフリルは大輪の花のようです!」


 わらわは今、花柄のワンピース水着を着せられておった。

 ミニスカートのように大きなフリルがへその下をぐるりと多い、肩口にもフリルが羽のように覆っておる。

 胸元にもヒラヒラとした布地が縫い付けられており、水着と言うよりは丈の短い衣服のように感じられた……んじゃが、なんか、やらと、子供っぽい感じがせんかのうコレ?


「はぁはぁ、魔王様の女児水着……」


「我が魔生に悔いなし!」


 やっぱこれ子供用の水着じゃろ!?

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