第56話 魔王、貫くのじゃ

テイルの冒険者ギルドでの評価を改善したわらわは、更なる成長をさせる為修行を次の段階に進める事にした。


「テイルよ、そろそろ修行を再開するぞ」


「っ!? はい!!」


 修行の再開を告げられたテイルが、メイド服姿で満面の笑みを浮かべる。


「やっと魔法の修行をつけてもらえるんですね! メイドとかパティシエの修行じゃないですよね!?」


 すまんのう、メイア達が好き勝手メイド修行させてすまんのう。

 まぁでもテイルの作った菓子は美味かったので反省はせんが。


「と言ってもお主の冒険者としての実力は既に一人前じゃ。ここからはその先へ往く為の鍛錬となる」


「その先……ですか?」


 先、と言う言葉にピンとこなかったのか、テイルが首を傾げる。


「そうじゃ。いわゆる一流と呼ばれる者達の領域じゃの」


「一流の領域……!?」


 一流と言う言葉を聞いたテイルの目に強い輝きが満ちる。

 ふふん、一流という言葉はやはり気になるようじゃの。


「ではゆくぞ!」


「はい!」


 ◆


「と言う訳でやって来たのじゃ」


 わらわ達がやって来たのは島から程々に離れた海の上じゃった。

 ちなみにわらわ達感覚の程々なので、船で移動したら結構な日数がかかるがの。


「修行って海でやるんですか?」


「うむ、ここなら魔法を外しても誰にも迷惑は掛からんからの」


 さて、アレはどこにおるかの……おお。おったおった。


「見よ、あれが今回の標的じゃ」


 わらわが指差した先の海面には、キラキラと光を反射するイカの姿があった。

 そう、イカじゃ。


「あれが標的? 根っこ? もしかして植物なんですか? いやでも海ですよね?  あっ、動いた。動物なの? なんだか不思議な生き物ですね」


 イカを初めて見たらしいテイルは興味深げにその動きを眺めておる。


「なんかグネグネ動いて泳いでいるだけですね。全力で魔法を使う訓練の相手っていうからもっと見た目からして強そうな生き物だと思ってたんですけど」


 拍子抜けした様子でイカの感想を漏らすテイル。

 ふふ、そうかそうか、強そうではないか。


「ではもっと近づくぞ。あまり距離が離れていては全力で魔法を撃っても威力が足りぬじゃろうからな」


 わらわが降下を始めると、テイルもそれに倣って降下してくる。

 そしてだんだんと海面が近づいてくるにつれ、海面のイカの詳細な姿が判別できるようになってきた。


「……あ、あれ?」


 するとテイルが戸惑ったような声を上げる。


「なんか、大きくないですかアレ……?」


 そう、テイルが感じた通り、イカの姿はどんどん大きくなってゆく。

 というより、高々度から輪郭を確認できるのがおかしかったのじゃ。

 さらに言えば、海面に浮かぶイカの姿は、すぐ近くに見える小島と比較しても明らかに大きかった。


「うむ、アレはクラーケンじゃ」


「クラーケン!? 海の大海魔!? 荒くれ者ぞろいの船乗りですら船を捨てて逃げ出すって言うあの!?」


 船乗りが船を捨てて逃げたら遭難するんじゃないかのう?

 まぁそのくらい恐れられている魔物という事じゃ。


「あやつによってペンドリーとシゥザラシ達は本来の住処を追われる事になったそうじゃ」


「その子達って確か海岸で暮らしてる子達ですよね?」


「うむ」


 そう、ペンドリー達から詳しい事情を聞いたわらわは、連中が元々住んでいた縄張りへとやって来た。

 そして見つけたのがあのクラーケンだったのじゃ。


「本来クラーケンは一度決めた縄張りを出る事は無い」


「で、ですよね。こんなのが海をうろうろしていたら船がいくつあっても足りませんし」


 そうじゃの。そしてクラーケンの魔物としての性質を考える限り、こやつは何者かによって元の縄張りを追い出されたと考えるのが自然じゃろう。

 一体何に縄張りを追い出されたのか知らんが、そこまではわらわ達には関係ない。  大切なのは目の前のクラーケンをなんとかする事じゃ。

 

「ペンドリー達が安心して海を泳げるようになる為にも、お主がクラーケンをなんとかするのじゃテイルよ。出来るか?」


 わらわの命を受けたテイルは、自信なさげに海面のクラーケンを見つめる。


「私があのクラーケンを……」


「怖気づいたか?」


 しかしテイルは首を横に振る。


「いえ……いえ、やります! クラーケン、私が倒します!」


 そこには先ほどまでの不安げな眼差しは無かった。

 むろん本心から不安を吹き飛ばした訳ではない。その眼の奥には未だ怯えが見える。

 当然じゃ。相手は小島ほどもある巨大な化け物。つい最近までまともに魔法もつかえなんだ小娘が相手にするには荷が勝ちすぎておる。


「だってペンドリーちゃん達は同じ島に暮らす仲間ですから!」


 しかしその怯えを島の仲間を救う為にと振り払う。


「うむ、その意気じゃ! では詳しい修行の内容について説明する」


 真っ直ぐなテイルの眼差しを受け止めながら、わらわは言葉を続ける。


「テイルよ、お主の術式制御はもう問題ないのない水準じゃ。次は自分の全力を知るが良い」


「自分の全力……ですか?」


「うむ、最大威力の魔法を使う訓練じゃな」


 全力での魔法の行使。それこそが新たにテイルに課す修行であった。


「魔族として目覚めたお主は熟練の人族の魔法使い以上の魔力を行使できる。故にお主が己の力の全てを発揮すれば、クラーケンと言えど倒せぬ相手ではないのじゃ」


「え? それだけですか? 魔力を増幅させる特別な術式を行使するとかそういうのじゃ……?」


「そう言うのは自分の力を隅から隅まで理解してから使うモンじゃ。自分の力の上限から下限までを理解しておかねば、術式に溺れて鍛錬がおざなりになる。今までは素材を綺麗に回収するために下限を、そして今回は大物を倒す為に上限を知るのじゃ!」


「は、はい!」


 うむ、自分の最大の力がどれ程のものか、しっかり理解するのじゃぞ。


「でも私的には今回の修行の方が楽に感じちゃいますね」


 しかしわらわの提示を受けたテイルは、あからさまにホッとした顔を見せた。


「ほう、自信満々じゃな」


「それはもう。何せ今まで自分の魔力の大きさが原因で上手く魔法を使えませんでしたから、寧ろ細かな制御をする事の方が大変でした。でも今回は全力を出すだけですし、それにあんなに大きな魔物なら的が大きすぎて攻撃を外す心配もありませんし」


「うむうむ、それは頼もしいのう」


 本当に頼もしいのう。

 あとはその余裕がこの後も続けばよいのじゃがなぁ。


 ◆


「キャアーッ!!」


 クラーケンの反撃を受けたテイルが悲鳴を上げて空を逃げ回る。


「なんか!? 魔法が跳ね返されたんですけどーっ!」


「あ奴は光属性の魔法を跳ね返す魔法を本能で使う。じゃが特定の部位だけは反射魔法の効果が弱い。そこをピンポイントで狙うのじゃ! ただし一度に一定以上のダメージを与えんと障壁を貫通出来ん。よく狙って最小範囲で高出力の一撃を叩き込むのじゃ」


「ひ、ひぃー! 無理無理無理ぃー! あんな小さな面に全力の攻撃を当てるとか無理ですよぉー!」


 ちなみに障壁の弱い部分は猫の額くらいの広さじゃよ。


「というか全力で魔法を撃つだけだったんじゃないんですか!? あんな狭い範囲に魔法を使うのは術式制御の訓練になるんじゃないですか!?」


 全力で攻撃する事には変わらんじゃろ?


「つべこべ言わずやらぬか。ペンドリー達の為にクラーケンを倒すのじゃろ?」


「せめて光属性以外の魔法を使わせてくださいよー!」


「それでは修行にならんじゃろ、ほれ弱音を吐いておらんでさっさとやるのじゃ! そんな難しいもんでもないぞ」


 ちなみにテイルには光属性の魔法のみを使うようにと属性縛りのルールを設けてある。

 折角珍しい反射魔法を使う相手じゃからの。それに対する対処法を学ぶ良いチャンスじゃ。

狙いを絞って全力を放ち、更に反射魔法の対処法まで学べる。うーん、一石三鳥の良い魔物が現れてくれたもんじゃ!


「そんなに言うなら師匠が手本を見せてくださいよぉー!」


 と、魔法を反射されて逃げ惑うテイルが泣き言を言ってくる。


「ふむ、まぁ良いじゃろ。ならばよく見ておくのじゃ」


 まぁ確かにぶっつけ本番もちと可哀そうか。すこし手本を見せてやるとしよう。


「むん!」


 わらわは広範囲殲滅魔法クラスの魔力をあえて小さく凝縮させると、魔力誘導による狙撃で猫の額ほどのクラーケンの弱点に魔法を叩きこんだ。

 そして魔法が内部に入った瞬間、収束させていた魔力を開放しクラーケンの体内で拡散させる。

 結果クラーケンは一撃で絶命し、その亡骸は全身を弛緩させユラユラと海上を漂うのじゃった。


「嘘ぉ……」


「とまぁこんな感じじゃ。本来拡散する範囲魔法の魔力を極小範囲にまで圧縮する事で高密度の魔力を作り、敵内部に侵入したタイミングで解放、内部から破壊するのじゃ。魔力誘導を行えば精密射撃も問題ない。大事なのは命中するまで高めた魔力を維持し続ける事じゃ」


「は、はい! 勉強になりました!」


「よし、それではやってみるのじゃ」


「は、はい!! ……って、あっ」


 と、海上に向けて手をかざしたテイルはあれと首をかしげる。


「師匠、クラーケンもう倒しちゃいましたよ!?」


 ん? ああ、そうじゃな。もっとしぶといかと思ったが意外に根性の無い奴じゃったわ。


「あははー、そっかー、師匠が倒しちゃいましたもんね。いやー、これじゃ修行の続きもできないやー。いやー、残念ですねー。次こそは出来ると思ったんですけど!」


 魔法を反射してきたクラーケンが居なくなった事で、あからさまにホッとするテイル。

 やれやれ、まだまだ甘いのう。


「なぁに、心配はいらん」


「でもクラーケンは師匠が……え?」


 ユラリと、海の一部の色が変わる。


「え? ええーっ!?」


 そして姿を現す第二第三のクラーケン達。


「別にあ奴等は一匹しかいないとは言っておらんぞ?」


「な、なな……」


 生き物じゃからな。つがいが居るのは当然じゃろうし、群れを作るのも道理じゃ。


「これだけおれば練習台には事欠くまい。さぁ、やってみせい!」


 ニョロリと触腕を持ち上げてこちらに伸ばしてくるクラーケン達。


「うひぃーっ!!」


 青空と大海原の中で、テイルの悲鳴が響き渡るのじゃった。

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