第55話 魔王、キツネのお菓子を食べるのじゃ

「モグモグ……美味いなホントに!?」


 弟子入り試験騒動が終わった後で、わらわは改めてテイルが作った菓子を食べていた。

 いや驚いたわ。長い事生きてきて王として様々な美食を口にする機会があったが、間違いなくテイルの菓子はその中でもトップクラス。


「のう、魔法使いよりも菓子職人になった方が良いのではないか?」  


 思わず本音を口に出すと、メイド達もそれに強く同意してくる。


「本当ですよ、これ程のお菓子は魔王国の王都でも滅多に見かけません!」


「モグモグ、すぐにお店を持つべき」


「いやいやいやいや、私は魔法使いですから! 魔法使いですからね!」


 しかしわらわ達の勧めを真っ向から拒絶するテイル。

 むぅ、このクオリティならばそれこそ王家御用達の看板も夢ではないんじゃがの。

 まぁずっと魔法使いとして大成したかったのじゃから、今はそれ以外考えられまい。


「そのうち飽きて別の事をしたくなるじゃろうしな」


 何せ魔族の寿命は長い。

 魔族として目覚めたテイルは普通の人間とは比べ物にならぬほど長き時を生きるだろう。

 ゆえにわらわ達もしつこく勧めたりはせぬ。

 そのうちテイルが暇を持て余した時にまた進めれば良かろうて。


「それよりも私は修業しなくていいんですか? なんか奇妙な服を着せられてずっとメイドの皆さんのお手伝いをしたりお菓子を作ってばかりなんですけど?」


 事実テイルの姿は今までの冒険者としての姿ではなく、東方の国家の衣服である着物に酷似した服を着ておった。

 メイア曰く、向こうの国の女中というメイドの仕事着を参考に動きやすさも考慮したものらしい。

 うむ、完全にメイア達の趣味のデザインじゃな。


「問題ない。今までは罰金の支払いに期限があったから急いで育てたが、本来の修業とはもっと丁寧に時間をかけて行うものじゃ。今は改めて今後の修行計画を練っておる最中じゃよ」


「あっ、ちゃんと修業の事考えてて下さったんですね」


「その通り、リンド様はしっかりと考えて下さっております。そして今の貴女に必要なのは、魔法使いの修業よりもリンド様のお役に立つこと。すなわちメイドの修行です!」


「ええ!? 何でそうなるんですか!?」


 うん、わらわもそう思った。


「何を馬鹿な事を。貴女はリンド様の貴重な時間を割いて貰って修行を付けてもらうのですよ。ですがその貴女はメイア様に何が出来るのです? 言っておきますがリンド様に稽古を付けてもらおうと思ったら、授業料に金貨が何千枚あっても足りませんよ?」


「そ、そんなにかかるんですか!?」


「それはもう。何しろリンド様は歴代最強の魔王と名高いお方ですから」


 流石にそれは持ち上げ過ぎじゃと思うんじゃけどな。


「更に歴代最可愛で!」


「歴代最プニプニで!」


「歴代最良い匂いで!」


「歴代最ミニマム!」


 おいメイド共、後で城の裏に来るのじゃ。


「さらに言えばリンド様から受けた御恩は相当なものでしょう? それを返す為にも貴女は立派なメイドとなってリンド様のお役にたつのです!」


「はうっ! 言い返せない!」


 いや別にメイドにならんでもええんじゃよ?

 だがまぁ止める気はない。なんだかんだ言ってもメイアは超一流のメイドじゃ。

 そのメイアに鍛えられたなら、たとえ魔法使いとしての仕事を無くすことになっても十分に生きていけるだけの技術を覚える事が出来るじゃろう。


「さぁ、それが分かったならメイドとしての修行に励むのです! まずは廊下の掃除から!」


「は、はい!」


 ただ、ああも簡単に言いくるめられるところはちょっと心配じゃのー。

 ともあれああしてメイドの仕事に忙殺されておる方が今は都合が良い。

 こちらも色々と仕込中じゃからの。


「しっかし本当にテイルの菓子は美味いのう」


 これはデザート担当を任される事は確定じゃの。


 ◆トラビック◆


「それはどういう事だ!?」


 その日、テイルとの結婚式の打ち合わせをする為、俺はテンクロ家にやって来ていた。

 だが肝心のテイルの姿が無い。

 仕方がないので先に当主と打ち合わせをしていたのだが、そこにテイルを連れ戻す為に出かけていた筈の使用人が一人で帰ってきたのである。

 何故テイルを連れてこなかったという俺の叱責に対し、使用人は震えながらこう言った。


「テイルお嬢様は罰金を完済した為に


「罰金を完済しただと!? あの落ちこぼれ女が!?」


 信じられない報告に俺は困惑する。


「金貨2000枚だぞ!? 一体どうやって金を用意したんだ!?」


 たとえ借金をしたとしても容易に揃える事の出来る額じゃないんだぞ!?


「そ、それがお嬢様がご自分で魔物を討伐して金子を稼いだとの事です」


「あいつが自分で魔物を討伐した!?」


 あり得ない。アイツの魔法制御の無能さは誰よりも俺達が知っている事だ。


「これはどういう事ですかご当主殿? 」


 俺はすぐ横に居たテンクロ家当主、すなわちテイルの父親に事情を訪ねる。


「い、いや私も初耳だ。あの子は幼いころから魔法を碌に操れなかった一族の落ちこぼれだったのだから」


 もしアイツが魔法を自由に操れるのだとすれば、当主であるこの男が何か知っている筈だからだ。

 しかしテイルの父も娘の予想外の躍進に戸惑っている様子だった。

 まさか本当に冒険者として活動する事で魔法の制御が出来るようになったと言うのか!? 馬鹿な、あんな不安定な魔法制御が一日二日で安定する筈がない!


 不味い、もともとテイルとの婚約はアイツが碌に魔法を使えない出来損ないだったからこそ成立したところがある。

 アイツの魔力制御の未熟さが子供に遺伝しないように、魔力制御に優れた俺が婚約者に選ばれたのだから。

 だがテイルが魔法を自在に扱えるようになったとなれば、家格の低い俺は婚約者の地位をはく奪されかねん!

 これは不味い! 当主が余計な色気を出す前に急ぎテイルと結婚しないと!


「過ぎた事はもういい。それよりもテイルとの結婚式を進める為にも早くアイツを連れて来い。ドレスのサイズ合わせの必要もあるのだろう?」


 俺が宮廷魔術師になる事はテンクロ家にとってもメリットになる事は変わらん。

 古く家格が高い家は名誉を重んじるからな。なんとかそれを前面に押し出して結婚を早めないと!


「そ、それなんですが、テイルお嬢様は罰金を完済して以来町から姿を消してしまったそうです」


「はぁ!?」


 姿を消した!? なんだそれは!?


「近隣に町でも聞き込みをしたのですが、影も形も見当たらないのです」


「なっ!? それでは結婚どころではないではないか!」


「それだけではありません。近隣の町でテイルお嬢様に関する妙な噂が流れているのです」


「妙な噂? 何だそれは?」


 ええい、次から次になんだ!?


「そ、それが、テイルお嬢様がこれまで失敗してきたのは、お嬢様を陥れんとする何者かの陰謀であるとの噂が流れているのです」


 何だそれは!? アイツの失敗が誰かの陰謀だと!? 誰がそんな馬鹿な噂を!?


「その犯人は、幼いお嬢様に懸想をした変態と言う噂でして……」


 と使用人の目が俺を見つめてくる。


「き、貴様、俺が変態だと言うのか!?」


「め、滅相もありません! で、ですが町ではトラビック様がそうなのではないかと噂されています」


「そもそもアイツは私とそこまで年が離れていないだろうが!」


 魔法使いは魔力が高い肉体の成長が遅くなる。

 それゆえテイルの容姿は実際の年齢に比べて幼い姿をしていた。


「くそっ、誰がそんな根も葉もない噂を!」


「それと……」


「まだ何かあるのか!?」


「ひぃっ!? そ、その、テイル様が長く魔法を制御できなかったのは、実家の教え方が悪かったのではないかとも言われておりまして」


「なんだと!?」


 今度はテイルの父が目を丸くして驚く。


「テイル様が魔法を制御できるようになったのは家を出たおかげで、実際には才能のある若者達を何人も駄目にしてきたのではないかという噂が……」


「な、なんじゃそれは!? 言いがかりも甚だしい!?」


 ええい、一体何が起きているんだ!?


「とにかくテイルを探し出せ! そしてこの噂を流した犯人も捕まえろ!」


「か、かしこまりました!」


 テイルとの結婚さえ済ませれば、俺の宮廷魔術師入りは確定したも同然だ。

 宮廷魔術師の地位を手に入れさえすれば、こんな不名誉な噂も握りつぶせるのだからな。

 しかし、異変はこれで終わりではなかったのだと、のちの俺達は思い知る事になるのだった。

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