第54話 魔王、の弟子入り試験と宮廷の陰謀なのじゃ
「魔王様に!」
「弟子入り!」
「したいのなら!」
「私達を!」
「倒してからにしなさい!」
何か始まったのじゃ。
「え? え?」
突然の展開に付いていけずテイルが困惑しておる。
まぁ分かる。
というのも、テイルを島に連れ帰って正式に弟子にする事を皆に告げたら、突然メイド隊の者達が荒ぶってこんな事を言い始めたのじゃ。
一体何があった。
「リンド様の決定に異を唱えるつもりはありません。ですが貴女の方にその覚悟はあるのかと私は問いたいのです」
と、メイド隊の陰から満を持して登場したメイアがそれっぽい事を言い出した。
いや、わらわの決定に異を唱えるつもりがないなら普通に受け入れれば良いのではないかの?
「貴女が本気でリンド様に弟子入りしたいというのなら、我がメイド隊の繰り出す試練に見事打ち勝って見せなさい!」
「「「「「私達に勝てるかしら!?」」」」」
ホントなんでこ奴等こんなにノリノリなんじゃ?
「……分かりました。やって見せます! 見事貴方達に打ち勝って、師匠の弟子として認めさせて見せます!」
と思ったらこっちもノリノリじゃった。
「ふふん、良い度胸ね。ならば先方はこの私、掃除の達人ソーティがお相手しましょう」
良く城の廊下を掃除して回っておったメイド隊のソーティがモップを手に前に出る。
「勝負内容は掃除! この新魔王城(仮)の廊下をどっちが先に吹き終わるかで勝負よ!」
「はい! 望むとこ……え? 掃除?」
「特別に雑巾でもモップでも好きな方を貸してあげるわ。メイドの情けよ」
「え? ちょっ、え? 掃除? 魔法比べとか戦いとかじゃないんですか?」
「メイドが戦う訳ないじゃない。それじゃあはじめ!」
言うや否や、ソーティがモップを構えて駆け出した。
「あっ、狡い!」
慌てたテイルも訳も分からないままモップを掴んでその後を追う。
……わらわ、主なのに完全に放置されとるんじゃが?
と思ったらメイアがこっちに来た。
「リンド様、テイルの許嫁の情報が集まりました」
え? この状況で報告始めるんか?
「彼女には伝えるか微妙な内容でしたので」
ああ、テイルを引き離す為の茶番だった訳か。随分と凝った真似を……
「いえ、あれはあれで本気でやっています。リンド様の正式な弟子になるのですから」
あっ、そう。まぁそれに関しては放っておくとするかの。なんとなく深入りせん方がええ気がするのじゃ。
「テイルの許嫁のトラビックですが、彼はこの国の宮廷魔術師争いに参加しております」
「ほう、宮廷魔術師争いとな?」
「現在王宮に仕えている宮廷魔術師の一人が老齢で近々引退する為、その後釜を狙って政争が繰り広げられております」
あー、そういう事か。
「その中でトラビックは次期宮廷魔術師の有力候補です。彼自身はあまり地位の高い家の出ではありませんが、その才能を見出されて国内でも有数の魔法の大家であるテイルの家に婿入りする事が決まっています。つまり将来的には地位の面でも安泰になる訳です」
ふむ、実力はあるが権威の足りない者と権威はあるが実力が無い者が政略結婚で両方を得ようとすることはよくある事じゃ。
しかしそれなら急に焦ったように結婚を急く必要もない。
宮廷魔術師の選定を考慮して許嫁になったのなら、結婚もそれに合わせた時期に行う筈じゃからの。
領主に横槍を入れてまで急かしたのは訳がある筈。
「宮廷魔術師争いに何か問題があって結婚を急いだという事じゃな?」
「その通りです」
「メイド長、五番勝負まで終わりました」
しかし肝心な話を聞こうとしたところでメイド隊のムニェーがやって来た。
「分かりました。では説明の続きは貴方がしなさい」
「畏まりました」
「申し訳ありませんリンド様。席を外します」
そう言ってメイアはスッと滑る様にわらわの下から離れると、テイルの下へ向かってゆく。
「よくぞメイド隊の試練を乗り越えました。最後の相手はこの私です! かかってきなさい!」
「は、はい!」
「……ちなみに、戦績はどうなっておるんじゃ?」
なんとなくテイルの勝率が気になったわらわはムニェに尋ねる。
「0勝5敗でメイド隊の圧勝です!」
それ、全然乗り越えられておらんのではないかの?
まぁドラビックの件を聞かせぬ為の茶番じゃからええのか?
「まぁメイド長に勝てるとは思えないので、弟子入りは辞退して貰いますが」
「あれぇ!? 茶番じゃなくて本気じゃったの!?」
「ではメイド長に変わりまして報告を続けさせて頂きます」
しかしわらわの問いをさらっとスルーしてムニェは報告を続ける。
「このままでしたら順調にトラビックが時期宮廷魔術師候補筆頭だったのですが、現宮廷魔術師の体調悪化が原因で引退時期が早まりそうになったのが原因だそうです」
あー、そもそも引退するくらいの年齢じゃからのう。
「そうなるとまだ結婚していない婚約者では、後々婚約が解消される可能性もあります」
まぁ当然じゃな。貴族が家同士の繋がりを得るために幼いうちから婚約者を決めるのはよくあるが、婚約者の家に問題が発生した際に婚約を解消する事もよくある事じゃ。
貴族の婚約は仲良くする為のちょっとした保証程度のものじゃからの。
「それで結婚を急いだと」
そしてそれを許したのはテイルの両親じゃ。
婚約者が確実に宮廷魔術師になれるのなら、魔法が碌に使えない一族のお荷物であるテイルにしては十分な働きとなる。
両親がそれを快諾するのは当然と言えるじゃろうな。
世知辛い話じゃが、人族の貴族や権力者の世界ではそうやって自分達の贅沢な生活を維持する事が普通なのじゃから、わらわが口出しする事でもない。
ちなみにわらわ達魔族の世界だと地位を得るには先達から地位を譲られるパターン意外に力づくで相手から地位を奪うのが普通じゃ。
婚姻も同様に相手の婚約者に決闘を挑んで勝てば婚約者の座を奪う事が出来る。
魔族社会は力を持つ者が尊ばれる故、新たらしく婚約者になった者は強者、つまり生活の糧をより確実に手に入れる事が出来るとまぁ好意的に受け入れられる。
逆に新しい婚約者が気に入らなんだら、令嬢本人が婚約者をぶっ飛ばして元の婚約者と再婚約する事も珍しくはない。
魔族の世界は女も強いからの。
おっと話が逸れた。
結果として言えば、テイルの件は典型的な政略結婚のゴタゴタという奴じゃな。
となるとわらわが口出しする事ではないが……ことではないが気に入らんな。
わらわ達魔族としては、本人が納得いかん婚約なら男をぶっ飛ばして拒否すればよいという考えが普通じゃ。
そしてテイルはもう人族ではなく、わらわ達と同じ魔族。
「ならば同族の為に魔族式の断り方を教えてやるのも先達の務めと言うものじゃの」
よいぞ、せっかく弟子にしたのじゃ。
つまらん事を言ってくる連中が何も言えぬような強者に育てて見せるのも面白いのう。
それこそ、宮廷魔術師が束になっても勝てぬような魔法使いにでもしてみるか。
「くっくっくっ、面白くなってきたのう」
さて、そうと決まればメイア達の暴走を止めるか。
なんぞ自分達に勝てなんだら本気で辞めさせるつもりだったみたいじゃが、わらわも方針を決めた故な。
ムニェではないが、メイアに勝てるとも思えん。
改めてわらわがテイルの弟子入りを受け入れた事を伝えて諦めさせんとな。
そう思って意識をテイル達の方に戻すと、メイアが地面に膝を突いて項垂れておった。
「……ん?」
なんか変なモノが見えた気がしたわらわは目を軽くこすって再びテイル達の方を見る。
「「「「おおおおおおおおっっ!!」」」」
何かメイド隊がざわめいておる。
そしてテイルの足元に崩れ落ちたメイア……って何があった!?
「一体何が起きたのじゃ!?」
尋常ならざる光景に思わず声を上げてしまうわらわ。
だってメイアじゃぞ!? ちょっと、いやちょっとどころではないがアレなところはあるが、メイドとしての実力は魔王国内随一のメイアが何であんな事になっておるのじゃ!?
「大変ですよ魔王様! あの子凄いです!」
と、興奮した様子でメイド隊一の食いしん坊のグリリルが口に何か詰め込んだまま話しかけてきた。
いいから食い終わってからにせい。
「あの子のお菓子ものすっごく美味しいんです!」
「……お菓子?」
もしかしてお主が口に詰め込んどるそれの事かの?
「メイド長のお菓子よりも美味しいんですよ! 凄いです!」
「お、おう、そうか……」
「くっ、まさかこれ程の力を隠しもっていたとは……」
「実家ではお菓子作りだけは褒めてもらってましたから……まぁ魔法修行が上手くいかない事への現実逃避で作りまくってたからなんですけどね」
ボソッと呟いた内容があまりにも切なすぎるのじゃ。
ヨロヨロと起きあがったメイアは、ダメージが残る様子でテイルに手を差し出す。
いや、やったのは戦いじゃなくてお菓子作り勝負なんじゃよね?
「見事です。貴女の正式な弟子入りを認めましょう」
「あ、ありがとうございます!」
メイアが差し出した手をガシッと掴み、友情(?)を育むテイル達。
「「「「「おおおおおおおおっ!!」」」」」
お主等、人生楽しそうじゃのう……
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