第53話 魔王、の弟子達の戦いなのじゃ

「テイルさんの罰金の完済を確認しました。お疲れ様です」


 提出された罰金の額を確認し終えた受付の娘が罰金の完済を告げる。


「や、やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 罰金を完済したテイルは、涙目になりながら喜びに浸る。

 その姿を周囲にいた冒険者達が微笑ましい眼差しで見つめておった。


「これからは魔法を使う時は気を付けてくださいね。魔法は便利な力ですが、それ故に大きな災害となってしまうこともありますので」


「は、はい! 気をつけます!」


 罰金を受けた者達は皆似たような警告を受けるらしく、テイルもその例に漏れず窓口の娘から注意を受けておった。


「さて、何はともあれお疲れ様じゃ」


「本当にありがとうございました師匠!!」


 わらわが労うと、テイルは畏まった様子でわらわに深く頭を下げてくる。


「何の役にも立たなかった私を弟子入りさせてくれただけでなく、借金返済の為に色々と協力してくださって、どれだけ感謝してもし足りません!」


「まぁ乗りかかった船じゃったしの。それはそれとしてテイルよ」


「はい、なんでしょうか!」


「お主の弟子入りを解除する」


「……は?」


 わらわの言葉にポカンとなるテイル。


「ま、ままま待ってください師匠!! それはどういうことですか!?」


 そしてすぐに我に返ってわらわの真意を問いただしてくる。


「今回の件はわらわも少なからず関わっておった故弟子入りを許したが、もうお主は一人前じゃ。一人でも十分やっていける。術の研鑽を怠ったりせぬかぎり、アレの件も問題はないじゃろう」


 テイルの魔力は魔族と比べても遜色のないレベルで高い。

 それゆえ、魔力切れで変化の魔法が切れる心配はないじゃろうし、このまま鍛錬を続けていけば、唯一正体がバレる危険のある魔法を解除する魔法にも対抗できるじゃろ。

 つまり最低限生きて行く為に必要なものは既に伝え終えておるのじゃ。

 あとはテイル自身が更なる高みに登る為に研鑽を積んでいくのみ。


 なによりテイルがわらわに弟子入りしたのは逼迫した状況があったからじゃ。

 その問題が解決された以上、テイルをわらわの傍に縛り付けておくことはテイル自身の為にもならんじゃろう。


 何せわらわは元魔王じゃからな。

 生真面目なテイルならわらわの正体を吹聴して回る様な真似はせんじゃろうが、それでも人族の敵である魔王の下に居続けたいとは思わんじゃろ。


 あとはまぁ、今のテイルなら無理やりに結婚を迫られようとも何とでも出来るじゃろうしな。


「そんな事言わないでください師匠! 私はもっと師匠から学びたいんです!」


 しかしテイルはわらわの下に居たいと言ってきおった。


「魔法使いとして上を目指すのなら、より広い世界を巡るべきじゃ。わらわはわらわの事情がある故、あまり目立って動き回る気はない」


「「「「「えっ?」」」」」


 おいお主等、勝手に聞き耳を立てるのはともかく、何で不思議そうな顔しとるんじゃ。


「師匠、私はそうは思いません」


 しかしテイルは真面目に食い下がって来る。


「師匠の魔法の技術はそこらの魔法使いなど比べ物になりません。それこそ私の実家にも、いえ、この国の宮廷魔術師にだって引けを取りません! だったら師匠の下で学ぶ事が一番魔法の研鑽を積むことになります。そのうえで冒険者として活動して師匠から学んだ技を自分の血肉にしてみせます!」


 ふむ、テイルの目は本気のようじゃな。

 わらわがかつて魔王だと教えた時はひっくり返る程ビビリ散らかしておったものじゃが、随分と肝が据わったもんじゃ。


 じゃがその方が好都合な事も事実ではあった。

 テイルの婚約者の件、それにテイルへの罰則に干渉した者の正体。

 単純な実力で言えばテイルだけでの何とかなるじゃろうが、人族の社会で生きて行くことを考えたらまだまだテイルの心は悪党共の悪知恵相手には不安がある。


 本人に鍛える意思があるのなら、今度はその辺りを鍛えてやるのもよいじゃろ。


「あ、あれ、何だろ? 何故か急に寒気が……?」


 何じゃ風邪でも引いたか? 南の島だからと言って腹を出して寝ていたのではないか?


「まぁ良いじゃろ。最低限の手ほどきはしたものの、安心して外に出すにはまだ少々不安はあった。もう少しだけ鍛えてやるとしようかの」


「ありがとうございます師しょ……」


「ちょっと待ったぁぁぁあぁぁ!!」


 再びテイルの弟子入りが決まったと思ったその時じゃった。

 突然ギルドのホールに待ったの声が響き渡ったのじゃ。


「何じゃ?」


「その弟子入り、ちょっと待った!!」


 そこに現れたのは……うん、ロレンツの奴じゃった。


「なんじゃ、またお主か」


「久しぶりにお会いしたのに辛辣!」


 いやお主、定期的にギルドでわらわが来るのを待ち構えておるではないか。


「まぁそれはともかく!」


 しかしすぐに立ち直ったロレンツはテイルをビッと指さす。


「今までは罰金の件があったから大目に見ていたが、それを終えた以上は物申させてもらう!」


 どうやらテイルの境遇に気をつかって罰金の支払いが終わるまで待っておったらしい。

 意外と気を使う奴なんじゃな。


「しかしだ! リンドの姐さんの一番弟子は僕だ!」


「え? 何それ、わらわ初耳なんじゃけど?」


「なんですって……?」


 しかしわらわのツッコミを無視して会話が進んでゆく。いや聞いて。


「それは、聞き捨てなりませんね」


「ふん、何と言おうと僕の方が先に姐さんに薫陶を授かった身だ。ブロンズのお前と違って僕はアイアンだしな」


「む? お主もアイアンじゃったのか?」


 実はロレンツがわらわと同じランクと知ってちょっと驚く。


「ええ、少し前までブロンズだったのですが、姐さんの指導のおかげでアイアンに昇格しました」


 はて、わらわなんか指導したかの?


「くっ! アイアン!」


 しかしテイルにとっては重要な事だったらしく、自分の方がランクが下である事を悔しがる。

 いやお主ならすぐに追い越せると思うぞ?


「一番弟子として言わせてもらう。姐さんの弟子になりたいのなら僕に勝ってから言うんだな!」


「いやいやいやいや、何でそうなるんじゃ」


「良いでしょう。その勝負受けます」


 だからわらわの話聞いて?


「ついてこい、実力の差という物を見せてやる!」


「それはこちらのセリフです!」


 バチバチに敵意を向け合いながら、二人は訓練場に向かっていった。

 そして……


「ちーん」


 三分と立たずロレンツは地に倒れ伏しておったのじゃった。


「ロレンツが負けたぞー!」


 しかも二人の戦いを賭けておったらしく、冒険者達が掛札を握りしめて喜んだり天に放り投げて悔しがっておった。


「結果は三分持たないだ! 三分持たない!」


「おっしゃ予想通り!」


「くっそー! せめてあと五秒は保てよな」


 おいギルド長、お主まで賭けておったのか……


 というかじゃの、賭けの内容が勝敗ですらないではないか……

 流石にロレンツめが不憫と思ったものの、下手に慰めるとまた懐いてくるじゃろうから放っておくことにしたのじゃった。

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