第52話 魔王、の弟子、疾風の魔女と呼ばれる

「依頼達成しました! あとこっちはついでに狩ったので買取りお願いします!」


「え!? もう終わったんですか!? これ、見つけるのに何日もかかる依頼なんですけど!?」


 依頼を終えたテイルがギルドの受付に達成報告に行くと、受付の娘が目を丸くして驚く。


「運よく目当ての魔物の群れに遭遇できたんです!」


 まぁ実際には探知魔法で高速で動き回る魔物の位置を察知して、ピンポイントで向かったんじゃよな。


 冒険者の依頼には単純に強い魔物を倒す依頼と、今回のように発見や追跡が困難な魔物の依頼がある。

 とくに報酬が良い割には内容が簡単な依頼は予想外に手間がかかる事が多く、そう言う依頼は地雷依頼と言われておった。

 しかしこういう依頼も魔法による探知や速度強化を行えばそこまで難しい依頼でもなくなるのじゃよ。


「またアイツか」


「最近随分と活躍してるな」


 冒険者達の視線が依頼を終えたテイルに集まる。

 何故か顔ではなく胸に集まっている気がするがわらわは何とも思っておらんよ?


「マジでこの間までとは別人じゃねぇか」


 皆テイルのあまりの変わりように困惑の籠った眼差しを送っておる。

 しかしそこに今まであった嘲りや腫れ物を見るような視線はない。

 純粋な強者となったテイルの変化に驚いておるのじゃ。


「疾風の魔女か……」


 そして気が付けばテイルは二つ名で呼ばれるようになっておった。

 驚くべき速さで依頼を達成し、驚くべき速さ魔物を倒す事から『疾風』と。

 まぁ単純に魔物の素材を綺麗に回収する為に風系統の魔法を愛用する事も名づけの一端を担っておるのじゃが。


 そんな訳でテイルは瞬く間に罰金の支払いの為の金額を稼いでいき、その関係で依頼を高速で達成し続けた為、冒険ランクもガンガンあがって今ではブロンズじゃ。

 ついでにわらわもテイルに付き合っていた関係でランクが上がってブロンズからアイアンになった。

 正直わらわはそんなにランクをあげんでもええんじゃがの。


「おう、景気が良いな」


 そんな中にやって来たのはギルド長じゃった。


「おお、ギルド長か」


「ギルド長だ!?」


 ギルド長がロビーに現れた事で冒険者達からどよめきが上がる。


「何でこんな所に!?」


「あーん? そりゃおめぇ、ここは俺のギルドだぞ? 俺がどこにいても不思議はねぇだろ」


 まぁ道理なんじゃが、近くにいる職員達が邪魔だから奥に戻ってくれんかなぁって顔してるのは言わないのが情けじゃよな?


「丁度、お前等ちょっと来てくれ。話したいことがある」


「うむ、良いぞ」


「は、はい!」


 ギルド長に誘われた故、わらわ達は二つ返事で頷く。

 まぁ呼ばれた理由も分かるしの。


 ◆


「しっかし随分と見違えたもんだなぁ」


 ギルド長はテイルを見て感慨深げに二度三度と頷く。


「そ、そうですか?」


 対してテイルは褒められ慣れていないからか、顔を赤くしてアワアワとしておった。


「ああ、この間までと違って自信に満ちてやがる。そしてそれに恥じない成果もあげてるんだから文句も出ねぇや。いやホント何したらこんなに変わるんだ?」


「それは秘密じゃな」


 どうやってテイルの問題を解決したのかと問うギルド長の眼差しはスルーじゃ。

 言えるものでもないしの。


「まぁしかし実際助かってる。腕の立つ冒険者は国の命令で強制依頼に連れてかれたからな」


「なんじゃまたか?」


「ああ、まただ」


 わらわ達の会話にテイルが何の話かと首を傾げる。

 しかし会話に加わる勇気が無いのか見に専念のようじゃ。

 今後の事を考えると権力者との会話にも慣らさんといかんのう。


「で、今度は何が暴れておるんじゃ?」


 ともあれわらわは会話に意識を戻す。


「何でも交易船の航路に巨大な海の魔物が住みついたらしい」


「ほう、巨大な海の魔物とな?」


 海の魔物と聞いてわらわはついこの間新たな住人となったペンドリーとシゥザラシ達の事を思い出す。

 ふむ、何か関係があるのかもしれんの。


「そんな訳で特に魔法使いが重点的に集められてる」


 海だと戦士達の出番は少ないからのう。


「つまりテイルも参加しろと?」


「いいや逆だ。テイルには可能な限り名が売れるまでウチで頑張ってほしいのさ」


 しかしわらわの問いとは逆にギルド長はテイルを手元に置きたいと言ってきた。


「それもわらわの時と同じという事か」


「おうよ、国の尻ぬぐいで腕の立つ冒険者をあっちこっち連れてかれちゃたまったもんじゃねぇ。しかも手柄は国のもんになるんだから商売あがったりさ」


 やれやれ、冒険者ギルドも大変じゃのう。

 昔は冒険者などしょせんゴロツキ、訓練された騎士団にとって足手まといでしかないみたいな事言っておった筈じゃが……あれは何百年前の話じゃったかのう? 何千年じゃったか? 


「報酬は出るんじゃろ?」


「数を集めてるからな。苦労の割には儲からねぇよ。国に目を付けられない為に受けるしかない状況だ」


 悲しい事に、グラント達程のランクの冒険者でも大した報酬にはならんとの事じゃった。

 これ、パーティの戦術によっては赤字になるんじゃないかの? 多分必要経費も出んじゃろうし。


「冒険者も世知辛いのう」


「それが嫌なら国が文句を言えないレベルで発言力を持つしかねぇな」


 そう言ってギルド長がチラッチラッとこちらを見てくる。


「わらわは興味ないの」


「わ、私も魔法使いとしての修行に専念したいので……」


「ちっ、見込みのある奴らはこれだからなぁ……」


 まぁ頑張れ管理職。


「で、わらわ達を呼んだのは世間話をする為か?」


 話はこれだけという事もあるまい。

 これだけだと本当に世間話で終わってしまうからの。


「まぁな。嬢ちゃんが頑張って依頼を消化してくれたお陰で罰金の支払いももうすぐ終わるだろ? 腕の立つ冒険者が連れてかれたせいで残ってた厄介な依頼が解消されて領主様も喜んでる。罰金の支払いさえ完了すれば、今回の件は無かったことにしてもらえるだろう」


「ホントですか!?」


 本当なら前科として傷になるであろう案件を、なかったことにしてくれるとは気前が良いのう。


「冒険者が連れてかれた所為で領内の問題が後回しになってたからな。事件を起こしたがテイルの急成長は領主様にとって嬉しい誤算だったようだぜ」


 ふむ、今後も領内に留まってもらいたくて恩を売ったと言う事か。

 なかなかしたたかな領主じゃの。

 しかし未来のあるテイルにとって、将来の出世に悪影響を与える事が間違いない前科をなかったことにしてくれるのは下手な報酬よりも価値があるじゃろう。

 それだけ見込まれたという事じゃな。うむうむ、色々依頼を受けさせた甲斐があったというものじゃ。


「そんでな、ご機嫌が領主様がポロッと漏らした言葉があるんだ」


 と、ギルド長の雰囲気が真剣なものになる。

 どうやらこれが本題のようじゃの。


「『本当ならこんな厳しい罰を与えるつもりも無かったから安心した』、だそうだ」


「ほほう、『本当なら』とな?」


「ああ、『本当なら』だそうだ。そもそもウチの領主様は金にはがめついが子供には甘いんだよ。遅くに生まれた跡継ぎを溺愛してるって話だからな」


 ふむ、ラグラの木の件ではろくでもない領主かと思ったが、意外と話が分かる人物なのやもしれんな。

 もうすこし領主に関する情報も集めさせるか。


 それにしても領主の発言を鑑みるに、テイルへの罰則は何者かの意思が影響していたようじゃの。

 何者かと言われるとトラビックとかいったあの小僧を思い出すが、やはりアレ関係かのう?


「そう言う訳だから、罰金の支払いが終わっても油断はするな」


「情報感謝するのじゃ」


「なに、感謝してるのはこちらも同じだ。やらかしたテイルの監督役になってもらった上に、力を制御できるようにして貰えたんだからな。今じゃもう誰もテイルを腫れ者扱いしたりしなくなった。まぁ疾風なんて大層な二つ名は貰ったみたいだがな」


「あ、あれなんか恥ずかしいんですけど!?」


「まぁ名が売れてきた証だ。二つ名っていうのは他人が付けるものだからな」


「そう言う訳だから、期待してるぜ未来のエース様よ。あとお前さんは新人冒険者の指導役もやってみないか? 監督料出るぞ?」


「遠慮しておくのじゃ」


 どうせ薄給じゃろうし、それを実績にギルドに就職させるか未来の幹部候補として取り込むつもりじゃろ?

 間違いなく無駄に忙しいからお断りなのじゃ。


 ◆


「はわわ、緊張しました」


 ギルド長の部屋を出たテイルが大げさに溜息を吐く。


「地位のあるただのオッサンじゃ。そこまでビビる相手ではないわ」


「いやいやいや、地位があるだけでビビる相手ですよ!?」


 人族のわりにはそれなりに腕は立ちそうじゃが、それでも圧倒的な魔力の制御に目覚めたテイルと比べれば弱いんじゃがのう。

 まぁ良い、そのうち自覚が追いつくじゃろう。


「そんな事よりも罰金の金集めじゃ。おぬしもランクが上がったからの。短期間で稼げる依頼を受けつつ金になる魔物を狩りまくるぞ!」


 今はそっちの方が優先順位が高いからの。


「うう、また報酬の割にはしんどい依頼を受けるんですね。お金を稼ぐなら魔物を倒して買取りを頼んだ方が良くないですか?」


 しかしテイルは手当たり次第に乗り気ではないようじゃ。

 確かに手っ取り早く金を稼ぐなら強い魔物を狩る方が効率的じゃ。

 なんならドラゴンの数匹も倒せばお釣りがくるからの。

 じゃが今後の事を考えるとそれだけではいかん。


「お主の実力なら誤差範囲じゃ。それよりも今のお主のランクで受けれる一番高くて拘束時間の短い依頼をバンバン受けた方が良い。良いかテイルよ、お主はただ金を稼ぐだけでなく、積極的に冒険者としてのランクもあげていかねばならぬ。お前がこれまでの失敗で積み重ねてきた悪評が多すぎる。じゃから他人が受けたがらぬ面倒な依頼を積極的に達成する事で信頼を得るのじゃ。それは冒険者ランクを上げる為の査定に大きく影響する」


 組織というものは本人達が思っている以上にその人物の素行を見ているものじゃ。

 粗暴な人物に繊細な案件は任せられぬし、手癖の悪い者に物資の管理を任せたりはせぬ。

 ゆえに達成したらギルドが喜びそうな依頼を受け続けることは、冒険者ランク昇格の査定に大きく影響すると言える。というか、わらわならそうする。


 そしてあんな話をしてきた以上、ギルド長も同じ考えなのじゃろう。

 迂闊な連中にテイルを取られたくないとな。


「ランクが上がればお主の発言力も高くなる。それはつまりお主が望まぬ政略結婚をお主の感情で拒絶しても文句を言わせぬ事が出来ると言う事じゃ」

 

 政略結婚の言葉が出てきた事で、テイルの顔が強張り、姿勢が正される。


「が、頑張ります!」


「うむ、では行くぞ! ついでに依頼を達成したら近くの魔物も狩って帰るのじゃ!」


 そして、二日と経たずに残りの金額を集めたテイルは、めでたく罰金を満額支払い終えたのじゃった。


「は、はひ……魔物の巣のど真ん中に飛び込んで全体魔法で薙ぎ払うの怖すぎぃ……」


 楽で良いじゃろ?

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