第28話 魔王、狙われるのじゃ
◆ロッキルSIDE◆
「欲しい、アレが欲しいぞ!」
魔王達が店から去ったあと、ロッキルは商会長室に戻ると己の願望を躊躇うことなく口にした。
「アレは何だ!? これまでさまざまな商品の取引をしてきたが、あんな物は初めて見たぞ!?
あれがシルクモスの生地だと!? わたしの知っているシルクモスとは別物だ! 違うナニカだ!」
叩きつける様に心情を吐露した事で、ようやくロッキルは落ち着きを取り戻す。
「アルコル、シルクモスの飼育に成功した話を聞いたことはあるか?」
「いえ、ありません」
ロッキルの質問に部下のアルコルは効いた事もないと首を横に振る。
「ではここ最近シルクモスを手に入れた者は?」
「いくつかの商会が入手に成功したそうですが、いずれも飼育に成功したという話はありません」
「確証はあるのか?」
アルコルはジョロウキ商会の会頭として集めた情報を総動員して主の質問に答える。
「はい。最初の内はシルクモスの糸を意気揚々と取り扱っていましたが、すぐに販売数が減り今では糸の一本も売りに出されておりません。中には貴族の使いとトラブルになった店もあるようで、飼育に失敗したのは間違いないかと」
「ではあの生地についてはどう思った」
ロッキルは魔王達の持ってきたシルクモスの生地を思い出して恍惚とした感情が湧きあがるのを抑え問いかける。
「まず普通のシルクモスの糸ではありませんね。あの美しさを見れば偽物ということもありません。寧ろアレが偽物なら本物以上の価値があるかと」
事実ロッキル達が見てきた中で、あれ程のシルクモスの生地は無かった。
「そうだな。では飼育に成功したと言う話は本当だと思うか?」
「家畜でも野菜でも人の手が入った方が量も味も良くなります。飼育に成功したのなら厳しい野生の生存競争から解放され、滋養のある餌をふんだんに与えられてああなった可能性も否定はできません」
問われたロッキルはその方が品質が良くなるだろうと答えた。
事実野生種の植物は人が食べる事を考えて育ってはいない。
大抵の野生種の野菜はエグ味があったり可食部が少なかったり味がいまいちだったりとたいして美味しくないのだ。
美味な野菜は人が何年も時間をかけて品種改良した野菜なのである。
「だが餌を大量に与えても飼育に成功したと言う話は聞かんぞ?」
シルクモスの飼育を目論む者は多い。
だがその飼育に成功するのは一人としていなかった。
それもその筈、シルクモスは家畜と違い小屋に入れて飼育できる生き物ではないからだ。
寧ろ野生環境に近い環境でないと具合を悪くしてしまうのである。
だがシルクモスに逃げられたくない者達がそれを許すはずもなく、結果としてシルクモスは衰弱して死んでしまうのだった。
魔王達が考えたようにシルクモスの使役を考えた者が居たらまた話は別だったかもしれないが。
しかし一般的な魔物使いが飼育できる魔物の数は平均で五匹、多くても10匹程度である。
それ以上は術者の魔力が足りないのだ。
商品として必要となる糸の量はとても一匹や二匹使役した程度で賄えるものではない。
しかもそれで育成が上手くいかない場合はシルクモスが死ぬまで他の魔物を使役出来なくなるのだ。それではとても金にならない。
そして育成が失敗した場合、契約内容によっては魔物使いに責が及ぶ場合もある。
そうした過去の遺恨もあって魔物使い達は協力を拒むようになり、次第にシルクモスの飼育という概念が途絶えて行ったのである。
つまり強欲な商人達の自業自得だったのだ。
「もしかしたらシルクモスの育成に適した餌を見つけたのかもしれません。未だシルクモスが好む食材の情報はありませんから」
飼育と言う意味では的外れだが、糸の大量生産という意味では正解を言い当てるアルコル。
「もし本当に飼育に成功したのなら、是非とも欲しいな。しかし向こうもシルクモスの飼育法という金の卵を手放そうとはしないだろう。なら無駄な時間をかける必要もない」
普通の商人なら交渉によって生地の取り扱い量の増加を交渉するだろう。
だがロッキルはそれ以上を望んだ。
「では?」
「あの二人を捕らえろ。最低でも雇い主の娘であろう小娘は絶対に捕らえろ。人質として使える」
ロッキル達の考える欲しいとは、取引ではなく略奪を意味していた。
それはロッキルという男がそうした方法を好む人物だからだ。
彼はこれまでも幾度となく他者から奪う事で財を成してきた。
表向きは普通の商人として振舞っている為、ロッキルの正体を知る者は少なかった。
彼は盗賊団の様な組織だった犯罪はせず、相手を皆殺しにする事で目撃者を消していたからこそ、その犯行が知られることは無かった。
「シルクモス、そしてその飼育法、それにあのドレスだ! あのドレスを仕立てた職人も手に入れろ。あれ程の品を仕立てる腕はシルクモスの生地とは関係なく欲しい!」
「お任せください。すぐに腕利きの連中に説得に向かわせます」
「うむ、任せたぞ」
すぐさまアルコルが部下に命令する為に部屋を出て行く。
「くくくっ、これは運が回って来たぞ! あの生地を私が独占できれば他のシルクモスの生地などゴミも同然だ! 貴族達はパーティに着て行くドレスを仕立てる為に大枚をはたいてあのシルクモスの生地を求めるだろう」
既にロッキルの中ではシルクモスとその飼育法が手に入る事は確定となっていた。
それは彼の商会が後ろめたい方法で成り上がっていた事の証明であった。
「ふふふふっ、船ごとアレを失った時はとんでもない損失だと絶望したものだが、まさかアレ以上のモノに出会うことが出来るとは私は運が良い」
ロッキルはここ最近で起きた失敗に頭を悩ませていたが、それを補って余りある朗報に心を沸き立たせる。
「うまくいけば。秘密裏に受けたあの依頼などよりも遥かに金になるぞ」
シルクモスの生地が生み出す美しい輝きを思い出しながら、ロッキルは満面の笑みを浮かべて部下の朗報を待つ。
だが、おかしなことにいつまで待っても部下達が戻って来る様子はなかった。
「どうなっているのだ!?」
「はっ、もうそろそろ戻ってきてもおかしくないのですが……」
本当ならもうとっくに戻ってきてもおかしくない筈の部下達が戻ってこない。
「まさかアイツ等、シルクモスの生地を盗んで逃げたのではないだろうな!?」
ロッキルは部下達がシルクモスの希少性に気付き、自分を裏切って魔王達を連れて逃げ出したのではないかと疑う。
彼は自分以外の人間を信用していなかった。だからまず真っ先に考えたのが部下の裏切りだ。
「そ、それはありえません。連中には何のためにあの子娘達を襲わせるのかを教えていませんから」
目的を知らされていないのだから裏切り様がないとアルコルは否定する。
だがそれで納得できないからこそ、ロッキルは苛立ちを募らせた。
「では何故戻ってこんのだ!?」
「い、今他の者達に探させていますのでもう暫くお待ちください」
「は、はいー!」
しかしいつまでたっても魔王達を捕らえに行った部下達は戻ってこなかった。
苛立ちを紛らわせるために酒を飲みながら待つも夜は更けてゆくばかり。
いい加減我慢の限界に至ったロッキルはアルコルを怒鳴りつけた。
「明日の朝までにあの子娘どもを連れてこい! もし逃げられたならただではおかんぞ!」
「か、かしこまりました!!」
逃げる様に部屋から出て行くアルコルに悪態をつきながら、ロッキルはベッドに身を沈ませる。
「あの女達から情報を手に入れた後は……部下に命じてどこぞの貴族にでも売りつけてしまうか。どちらもなかなか見栄えが良かった事だし、あのドレスと一緒に遠方の国の貴族令嬢と偽って売れば、良い値がつくだろうて」
酒に酔ったロッキルは、シルクモスの生地だけでなくリンドとメイアにも想像の魔の手を伸ばしていた。
彼自身は素性がバレぬよう、直接自分の店で後ろめたい品を売ることはないが、子飼いのごろつきを行商人に偽装させて違法な品を売買させる事は多々あった。
「他の商人や貴族が私の店に目を付けない様にシルクモスの生地は別の商会の名目で売った方が良いな」
どこまでも強欲な割に臆病なロッキルは自分の正体がバレない様にシルクモスの生地を売る方法を考える。
今後の利益を考えた事でようやく気分が良くなったロッキルは、酒を煽るとベッドに体を沈めて瞼を閉じる。
目が覚めたらバラ色の未来が待っていると確信して。
だが、そんな未来は訪れなかった。
ズシャアッ!!
部屋全体に何かが断ち切られるような音と共に鈍い震動が走る。
「な、何だ!?」
突然の異変にロッキルは飛び起き、慌てて明かりをつけようと手を伸ばす。
しかし慌てているせいで灯りがどこにあるのか分からない。
次の瞬間、天井に灯りが灯った。
その灯りは室内を照らす人口の光ではく、見える筈のない夜空の星と月の輝きだったのだ。
その光景におかしいと思う間もなくロッキルは違和感を感じる。
月の真ん中に何か黒いものが見えたのだ。
「な、何だ?」
それは人の形をした二つの影だった。
影はベッドの上で呆然と佇むロッキルの下に降りてきてこう言った。
「「こ・ん・ば・ん・わ」」
それが、欲をかき過ぎた男から全てを奪う、破滅の言葉だったのである。
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