第27話 魔王、至高の生地を売り出すのじゃ

「す、素晴らしいぃぃぃぃぃっ!! これが、これがシルクモスの生地で作った服だと言うのですかっっっっ!?」


 男達は興奮を隠せぬ様子で声を上げた。

 その視線はわらわの、いやわらわの着ているドレスに向けられておった。


「……はぁ。どうしてこうなったのじゃ」


 ◆


 それは今から数分ほど前の事じゃった。

 シルクモスの生地を持て余したわらわ達は、彼等の許可を得て生地を売りに出すことにしたのじゃ。

 いつも通り変身魔法で素性を変え、わらわ達はとある商店へと生地を売りにやって来た。


「この商店の規模でしたらシルクモスの生地を適正な価格で購入してくれるでしょう」


 店に入るとメイアが近くに居た店員に声をかける。

するとすぐに奥の応接間へと通されたのじゃ。

 どうやら既に事前調査とアポイントメントを取り付けおったらしいの。

 少し待っていると貫禄のある男達が応接室へと入って来た。


「ようこそいらっしゃいました。わたくしジョロウキ商会の商会長を務めさせていただいておりますロッキルと申します。こちらは会頭のアルコルです」


「アルコルと申します」


「うむ。わらわはジェネという。こっちは部下のリアじゃ」


 いつもの姿と変えて来た故、別の名前を名乗る。


「おお、愛らしいお名前ですな。ところでこの度はシルクモスの生地をお売りいただけると伺ったのですが、誠ですか?」


 ロッキルは嬉しそうに笑みを浮かべるが、その眼差しの奥には疑いの色が透けて見える。

 わらわ達が本当にシルクモスの生地を持っているのか疑っておるようじゃ。

 やれやれ、商売人の癖にこうも簡単に本心を見抜かれるとは未熟じゃのう。


「いやー、シルクモスの糸と言えば滅多に手に入らない逸品です。それの生地となればどれほどの価値になることやら。正直年甲斐もなく興奮しております」


 ん? そこまで貴重な物なのか?

 ちらりとメイアを見ると小さく頷いて返してくる。

 どうやらわらわが思っておったよりシルクモスの生地は貴重なようじゃった。

 島ではアレが溢れかえっておるんじゃがのう。


「こちらがシルクモスの生地でございます」


 メイアはマジックポケットを使わず、わざわざ抱えておった箱をテーブルの上に置く。

 箱はいかにも高級そうな細工が施されており、中に入っておる品が高価だと告げていおった。

 

 ゆっくりと勿体ぶる様に鍵を開け、静かに箱を開いてゆくメイア。

 それを見るロッキルの目はわずかじゃが早く開けろと苛立たしげな様子じゃ。

 しかし、箱の中身が見えた瞬間、その眼差しが驚愕に変わる。


「なっ!?」


 中から出てきたのはまるで自ら光を放ってるかのように輝く美しい生地。


「っ……ぁ……」


 ロッキルだけでなくアルコルまでも言葉を無くす。


「何……という美しさ。これほどのシルクモスの生地は、見たことがありませんっっ!」


 ようやく絞り出した言葉がきっかけとなって動きを取り戻すロッキル達。


 その顔は恍惚と興奮と困惑に彩られ、プルプルと震えながらシルクモスの生地に触れようとしたところでメイアの手に弾かれハッとなる。


「大変貴重な品ですので、許可なく触れるのはご容赦を」


「はっ!? これは失礼しました。あまりの美しさについ……」


 慌てて頭を下げるロッキル達。

しかしそれでもロッキル達はシルクモスの生地を確かめたくて仕方がないようじゃった。


「メ……リアよ。これは取引じゃ。品質を確かめる為にも触れることくらいは許可しても良いのではないか?」


「「っ!?」」


 わらわのとりなしにロッキル達の目が輝く。


「……承知いたしました。こちらがシルクモスの生地で作ったハンカチとなります」


「「おおっ!!」」


 渋々と言った様子でサンプルのハンカチを差し出すメイア。

 勿論これは仕込みじゃ。勿体ぶる事で商品の価値を高めるのじゃとか。まぁわらわにはよう分からんが。


「何と言う美しさだ……私の知っているシルクモスの生地とはまるで違う」


 ロッキルの奴、興奮のあまり口調が変わっておるわ。

 ロッキル達はハンカチの手触りを確認しては感動し、様々な角度から見ては溜息を漏らしておった。


「そして」


 メイアがわざとらしく声をかけると、品定めを中断されてたロッキル達が苛立たしげに顔を上げる。

じゃがすぐにその表情も凍り付いた。


「こちらがシルクモスの生地で作ったドレスでございます」


 ロッキル達はわらわが纏ったドレスを見て言葉を失っていたのじゃ。


「なっ、ド……」


 そう、実はわらわはローブの下にシルクモスの生地で作ったドレスを着ていたのじゃ。

 そしてロッキル達の注意がハンカチに向いたところでローブを脱いでドレスを露出させたのじゃよ。


 ロッキル達はパクパクと口を動かすばかりで言葉を発する事が出来なんだ。


「いかがですか、シルクモスのドレスは?」


「っ!? かはっ!」


 メイアに話しかけられてようやく我に我に返ったロッキル達は慌てて呼吸を行う。


「こ、こここれは!?」


「当方の職人が仕立てたドレスです」


「これを貴女方の職人が!?」


 もう取り繕う様子もなくロッキルが喰いつく。


「ええ。その通りです」


 一瞬だけメイアに向いていた視線が、すぐにわらわに戻る。


「す、素晴らしい! 素晴らしいドレスです! まさに、まさに至高の逸品っっ!」


「ええ、ええ! わたしもこれ程の品質の品を見たのは生まれて初めてです! いえ、これは本当にシルクモスの糸なのですか!?」


 アルコルに至ってはこれはシルクモス以外の品なのではないかと疑うほどじゃった。


「いいえ。これは間違いなくシルクモスの糸から作られた品です。当方が飼育する特別なシルクモスの……ね」


「「シルクモスを飼育!?」」


 ロッキル達がギョッとなってメイアの方に顔を向けるとまたわらわのドレスに戻って来る。

 あっち向いたりこっち向いたり大変じゃのう。


「こ、これが人の飼育したシルクモスの糸……!?」


「飼育に成功したのですか!?」


 ロッキル達の視線が無遠慮にわらわに突き刺さる。

 はぁ、何でわらわがわざわざドレスを着て交渉に参加せねばならんのじゃ。

商品を売る為には実際に使っている者を見せるのが一番とかいうメイアの口車に乗ったのが間違いじゃったわ。

 よくよく考えたら、メイアの部下にやらせればよいではないか。

 おかげでさんざんメイアとシルクモス達の着せ替え人形にされてしもうたわ。


 その後も興奮したロッキル達からさんざんおべんちゃらを言われつつ、わらわ達はシルクモスの生地を金貨500枚で買い取ってもらう事になった。

 たかが布地一つにとんでもない金額がだと驚いたのじゃが、なんとそれは生地丸々一つではなく、ドレス一着分の分量だけでその金額と知って二度驚いてしまったわ。

 

おおぅ、その金があれば兵士達にどれだけ美味い物を喰わせてやれた事か……

 金ってある所にはあるもんじゃのう。


「はー、肩が凝ったわい。二度とやりたくないわ」


「あらそんな事をおっしゃらずに。先方もお嬢様の麗しさに惚れ惚れとしておられましたよ」


「ありゃドレスを見ておっただけじゃろ」


 もう面倒事はコリゴリじゃ……


 ◆


 と思った僅か数十分後に、わらわ達は見知らぬ男達に囲まれておった。

 町を出て人の目が入らぬ場所に入った瞬間これじゃ。

 ちーとばかし治安が悪くないかのこの辺?


「へっへっへっ、悪いが俺達に付いてきてもらおうか? 大人しくしていれば痛い目には合わせないでやるからよ」


「メイア、さっさと終わらせるのじゃ」


「かしこまりました」


「ん? 何ごちゃごちゃ言ってやがる? いいから大人しく……うげっ!?」


 目の前でごちゃごちゃ言っておった男の体が吹き飛んだ。

 そして男の仲間達がそれに反応する前に両サイドの男達も吹き飛ばす。


「へ?」


 四人目が反応した直後に地面に埋まった。


「ひぃっ!?」


 悲鳴を上げた五人目がくの字を書いて宙に浮きあがると六人目と共に近くに木へと叩きつけられた。

 おっと、木が傷つかないように気を使ったな。偉いぞ。


「そ、そこのガキを人質に取れ!」


 危険を察した七人目と八人目がわらわを捕らえようと向かってくる。

 それをいなして鳩尾に肘を打ち込む。


「ごっ!?」


 七人目の体を壁にして八人目の側面に回り込むと、魔力の掌底を叩き込んで無力化した。


「ふぅ、ちょっとすっきりしたのう」


 視線をメイアに戻せば、九人目と十人目は既に沈黙しておった。


「リンド様、終わりました」


「殺しておらんじゃろうな?」


「ええ、勿論でございます。殺しては黒幕が分かりませんから」


 ですが、とリンドは溜息を吐く。


「このタイミングで襲撃となると、犯人は推理するまでもないですね」


 まぁそうじゃろうなぁ。


「ほれ、起きろ」


 犯人を魔法で拘束したわらわは、そのうちの一人を叩き起こす。


「う、うう……ひっ!?」


 目が覚めた男はわらわ達を見て悲鳴をあげる。


「のう、お主達に命令をした者が誰か教えてくれぬか? 正直に言えばあっちの連中のようにならずに済むぞ」


 そう言いながら地面に倒れたままの他の犯人達を指差すと、男は情けない悲鳴を上げた。

 まぁ別に死んでおらんのじゃけどね。


「ジョ、ジョロウキ商会のロッキルさんに頼まれましたぁ……」


 まぁやっぱそうじゃよな。


「どうやら刺激が強すぎたみたいですね」


「そうみたいじゃな」


「どうなされますか?」


 メイアがニヤリと笑みを浮かべながらわらわに問うてくる。

 こやつめ、分かっていて聞いておるな。


「そりゃあ決まっておるじゃろ。わらわ達に手を出したのじゃ」


 襲ってくる者には相応の報いを。

 それが魔王になる前からのわらわ達のモットーなのじゃから、答えは当然。


「「根こそぎ頂いて帰る」」


 という訳でわらわ達を狙った報いを受けて貰おうかの。

 待っとれよロッキル。


「慰謝料はたんまり貰うからの」

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