第15話 魔王、森に入るのじゃ
「リンド様……朝ですよ」
穏やかな日差しと柔らかな潮騒の音に紛れ、わらわを呼ぶ声が聞こえる。
慈しみと親しみに溢れた声がわらわに囁きかける。
「起きてください」
いやじゃー。わらわは眠いのじゃ。
「お食事も用意も整っておりますよ」
後でいいのじゃー。
「起きてくださらないと、とびっきり可愛い服を着せますよ」
着替えくらい勝手にすれば……着替え!?
「待つのじゃ!!」
慌てて意識を覚醒させると、目の前にはフリフリでロリロリな衣装を手にしたメイアの姿がそこにはあった。
「何じゃそりゃぁぁぁぁぁ!!」
「はい、リンド様の新しいお召し物です」
「そんなモン着れるかぁー!」
危ないところじゃった。
こ奴等メイド隊は何故かやたらとわらわに可愛らしい服を着せようとしてくるんじゃった。
魔王国を建国したばかりの時は激務が続いていたこともあって睡眠不足が続いておったのじゃが、その際にうっかり寝ぼけて着替えを任せたら酷い目にあったのじゃ。
フリフリ前回の女児服やら、動物を模した着ぐるみやらと着せたい放題。
危うく会議の場にその格好で出て行って大恥かくところじゃったのじゃからな。
あれで懲りて以来、メイド達に着替えだけは任せぬように警戒しておったのじゃが、魔王生活から解放されて気が抜けてしまったようじゃ。
危ない危ない。
「ちぇっ、残念です」
「可愛く拗ねてもその服は着ぬからな」
「リンド様は魔王をお辞めになったのですから、もう威厳を気にする必要もないのは?
「別のものが減りそうな気がするから嫌じゃ」
「ふぅ、仕方ありませんね。今日のところはこれで諦めるとします」
「と言いながら少しだけフリフリを減らした服を出してくるではない」
こやつ、わざと要求を取り下げる振りをして一段階下げた服を出してきおったわ。
わらわがNOと突っぱねると、大げさにため息を吐いていつもの私服とは違う服を取り出した。
「ふむ、少しデザインが違うの」
「魔王様の私服は魔王国で一般的に使われるデザインですので、そのままですと魔族に詳しい者に疑われます。ですので魔王様に近い年頃の人族の女性が着る一般的な服をご用意しました」
「ほう、それは気を使わせたな。しかし町でこのような格好をしている娘を見たことがないのじゃが」
「少し離れた国の都会の流行服です。魔王様は異国からやって来た設定で通していらっしゃるのでしょう? でしたら拠点とされる町から離れた土地の服の方が説得力があるかと」
「道理じゃな」
「ではお着替えを手伝います」
「要らん、自分で着れる」
納得したわらわはメイアから分捕った服に着替える。
「こんなもんかの……って何でガッツポーズをとっとるんじゃい?」
「いえ、あまりにもお似合いですので興奮しました」
「……そうか」
これ、本当に普通の服なんじゃろうな? わらわ不安になって来たぞ。
◆
「ふぅ、相変わらずそなたの作る食事は美味いのう」
着替えを終えたわらわは毛玉スライム達と共にメイアの用意してくれた朝食を食べていた。
これまでの野営食と違い、メイアの作った料理は宮廷で食べていた料理と寸分違わぬ出来栄えで見事な味わいじゃった。
「おいしかったー」
「ごちそうさまー」
「お褒めにあずかり光栄です」
「碌な料理器具も無いのによくもまぁこれだけの料理を作り上げたの」
「実は城の空部屋を改造してキッチンとして使わせて頂きました。問題がありましたら撤去いたしますが?」
「構わん、好きに使え」
成程、メイアもわらわほどではないがマジックポケットを使える。
そこに調理機材一式と食材を収納していたと言う事か。
……なんでキッチンを作れるほどの調理機材を入れておったんじゃ?
「さて、今日は何をしようかのう。昨日はメイアの冒険者登録をしてすぐ帰ってしまった故、知り合い連中にお主を紹介でもするかの?」
ロレンツ辺りは文句を言いそうじゃがのう。
「リンド様、それも良いのですが提案があります」
「ふむ、何じゃ?」
「毛玉スライム達から要望があります」
「毛玉スライムがどうした? 何か苦情でもあったのか?」
毛玉スライム達に何か不満でもあるのかと思ったが、リンドはそうではないと首を横に振る。
「毛玉スライム達の活動域なのですが、これは魔王様の新しい城周辺のみですよね」
「うむ。島に生息している魔物に襲われてはいかんゆえな」
流石に連れて来てあとは自由に生きろと放り捨てる訳にもいかんのでな。結界で保護しておる。
「はい、ですので島の調査を行うべきではないでしょうか?」
「ふむ、確かにの。金を稼ぐ事を優先してすっかり忘れておったわ」
毛玉スライム達の安全を考えると島の調査もするべきであったな。
「そうだと思いました。それともう一つ、毛玉スライム達から果物が欲しいと言う要望も入っております」
「果物か。それなら町で買ってくるか」
まぁその程度なら大した手間ではないな。依頼を受けにいくついでに買ってくればよかろう。
「いえ、それだと魔王様が長期不在の時に食べれませんので、出来れば島で栽培したいと思います」
ふむ、島で果物を育てるか。それは良いのう。
魔王を引退したあとは冒険者兼果物農家というのも面白そうじゃ。
町に出荷する訳でもない故、大量に育てなくてもよいしのう。
「それならいつでも新鮮な果物が楽しめるのう。ふむ、果物の畑はわらわが作った畑の横に作るとよい」
「畏まりまし……リンド様が作った畑ですか?」
と、そこでメイアがピクリと眉を潜める。
ふふ、わらわの畑が気になるのじゃな!
「うむ。広いぞ!」
「……後ほどしっかりと確認させて頂きますね」
「では今日は島の調査といくかの」
「お供いたします」
◆
メイアを伴って島の南部に位置する森にやって来たわらわは、懐かしい空気を満喫しておった。
「ふはは、この空気懐かしいのう。魔王国を建国する前はこのように野や森を歩いて縄張りを広げておったのう」
「そうですね。あの頃を考えると随分と勢力が大きくなったものです」
「今となってはわらわ達だけじゃがの。ははははっ!」
「悲しくなる事を言わないでください」
襲ってくる獣を逆に倒して喰らい、森で見つけた果物や山菜を食べては舌鼓を打つ生活。
おや? あの頃って意外とスローライフだったのでは? それがどうしてああなったのやら……
「しかし……」
「これは……」
そんな過去の記憶を懐かしみながらもわらわ達は森の中を見てある思いを抱いた。
「何もないのう!」
そうなんじゃよ、この森、碌な物がないのじゃ。
「そうですね多少木の実などはありますが、果物や山菜の類が殆どありませんね」
「せめて野生種があるかとおもったんじゃがのう」
「ここまで恵みの乏しい森は珍しいですね」
うーん、予想以上に何もないのじゃ。
島に強い魔物の反応が無かったのは碌な食い物が無い所為ではないのかのう?
微妙に切ない島の現実に涙がちょちょぎれるわい。
「おいお前! ここを誰の縄張りだと思ってやがる!」
「なんじゃ?」
その時じゃった。
突然森の中に活きの良い声が上がったのじゃ。
見れば木の上には小さな毛の塊が立っておった。
いや違う、あれは尻尾じゃ。大きな尻尾をした生き物じゃ。
リスのような体をしたその生き物は……
「ミニマムテイルのようですね」
「なんじゃミニマムテイルか」
ミニマムテイルはリスの魔物で、デカイ尻尾を持った小柄な魔物じゃ。
当然弱い。だって所詮はリスの魔物なんじゃもん。
「おうおうおう、俺様を相手にミニマムとは言ってくれるじゃねぇか! 俺様はこの森の主ビッグガイ様だぜ!」
「「ビッグガイ」」
まさかのビッグな名前にビックリじゃ。
「ふっ、群れで一番立派な尻尾がその証よぅ!」
「ミニマムテイルってそういう番付をする魔物じゃったのか?」
「私も初めて聞きましたね」
うーん、外敵の居ない島で育った故に独自の風習を育んだのかのう?
「俺様の縄張りに無断で入った以上、タダで返す訳にはいかねぇな!」
ミニマムテイルのビッグガイが腕まくりをするような仕草をしながら声を上げる。
「どうするんじゃ?」
「決まってんだろ! 縄張りを破ったよそ者はぶっ飛ばすのさ!」
ブンブンと尻尾を振りながらビッグガイは威嚇してくる。
「恐ろしいの。まったく怖く感じぬのじゃ」
「分かります。遊んで欲しくて尻尾を振っているようにしか見えませんね」
凄いのじゃ。どう見ても愛らしい小動物がはしゃいでいるようにしか見えぬのじゃ。
「……のうビッグガイよ」
とはいえ、喧嘩を売られた以上はこちらも黙っている訳にはいかぬ。
野生の掟に従う魔物は、たとえ弱い種族といえど力を示さねば舐められる。
「なんでい!」
「この森の主と言ったが、それはお主達の種族だけの話か? それとも森に生きる全ての者という意味か?」
「勿論森の頂点に決まってんだろ!」
「ほう、それは話が早いの」
「ああん? まさかテメェ、尻尾も無しに俺様に挑むつもりかぁ!?」
「むんっ」
わらわはビッグガイを威嚇する為に敵意を込めた魔力を開放する。
「ぴきぃぃぃぃぃぃ!!」
すると次の瞬間、ビッグガイは悲鳴を上げてぶっ倒れたのじゃった。
「あっしの負けです。どうか命ばかりはお助けを」
そして目を覚ましたビッグガイはそれはもう綺麗なまでの掌返しをしてわらわに服従を誓ったのじゃった。
「あー、うん。別に殺したりはせんので安心するのじゃ」
「寛大なお言葉ありがとうございやす!」
口調まで変わっておるんじゃが……ロレンツといい、何でわらわのまわりにはこんなのばっかり集まるんじゃろうなぁ。
「わらわ達はこの島の浜で暮らすことにした。故にわらわ達と共に暮らしておる毛玉スライム達を攻撃せぬように仲間達に命じるのじゃ!」
「へい! 承知しやした!」
よし、これで森の魔物を個別に従える必要もなくなったのじゃ。
やはり群れを制圧するにはトップをシメるのが一番楽じゃの。
「ところで姉御、毛玉スライムってなんですかい?」
しかしそこでビッグガイが毛玉スライムを知らぬと言い出した。
「毛玉スライムを知らんのか!?」
マジか!? 世界中どこにでもいると言われとる毛玉スライムがこの島にはおらんのか!?
「す、すんません」
驚いたわらわに叱られたと思ったのか、ビッグガイが申し訳なさそうに体を竦める。
別に怒った訳ではないんじゃがの。
ともあれ、それなら毛玉スライム達を連れてきて面通しをするとするか。
「メイア」
「そうおっしゃると思って毛玉スライムを一匹用意しておきました」
「出番来たー」
ポンとメイアのポケットから出てくる毛玉スライム。
「って連れて来とったんか!」
まさかの毛玉スライム同伴じゃったとは。
「驚くと思いまして」
「どっきり成功ー」
「めっちゃびっくりしたわい。あー、これが毛玉スライムじゃ。こ奴らとは仲良くしてくれ」
「へい分かりやした、よろしくお願いします毛玉スライムの兄貴!」
「よろしくねー。仲間もいっぱいいるよー」
「合点でさぁ!」
まぁ顔合わせが出来たので良しとするか。
「ところで姉御」
「姉御ってわらわかい、こんどはなんじゃ?」
「実はあっしが支配してるナワバリはこの森だけなんでさぁ。なんで他の場所に行くなら別の主を倒して言う事を聞かせないといけやせんぜ」
と、ビッグガイは他の土地にも主がいると告げてくる。
「ほう、場所によって主が違うのか。何人おるんじゃ?」
「へい、平原と山、そして森のあっしの三匹でさぁ」
ふむ、生息域によって分かれていると言う事か。
「分かった。その主のところまで案内してくれ」
「お安い御用でさぁ!」
◆
「おうおう森の、この俺様の縄張りに攻め込んくるたぁいい度胸だ。知らねぇ顔がいるようだが、俺様に勝てるとでも……」
小山にやってきたわらわの前に出てきたのは、マルクフワフワしたぬいぐるみの様な鳥じゃった。
「むん」
「ぴぎょぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「ファンシービークですね。これも弱い魔物です」
「次行くぞ」
「ふん、この私の縄張りに攻め込んでくるとは愚かな。我が爪に掛かって死ぬがよ……」
平地で遭遇したのは尻尾がフカフカなタヌキの魔物じゃった。
「むん!」
「ぴぎぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
「モフルパングマーですね。よくもまぁこれだけ弱い魔物が大きな顔をしているものです」
「大陸から大きく離れた無人島であったがゆえに、強い魔物がやってこなかったんじゃろうな」
「運が良かったのですね」
奇跡って起きるものなんじゃなぁ。
「「「我等島の長は貴方様に忠誠を誓います!!」」」
そして島を統べておった長達と、その仲間である魔物達がわらわの前にひれ伏す。
うーんモフモフ天国。なんじゃこのモフモフ絨毯。
飛び込んだら気持ちいいじゃろうなぁ。
「うむ。皆喧嘩をせず仲良くするのじゃぞ」
「「「ははーっ!」」」
魔物達の平定が済んだことで、わらわ達は島の食材についての情報を聞くことにした。
しかし困った事に、どうやら島にはめぼしい果物や山菜が無いようじゃった。
「これは大陸から仕入れて来るしかないですね。そして島で栽培できるようにしましょう」
「それがよさそうじゃな」
結局大陸から敷いてくるしかなさそうじゃな。
「姉御! あっしも連れて行ってくだせぇ!」
ならばと町に転移しようとしたわらわの下に、ビッグガイが尻尾をあげた。
「ついて来たいとな?」
「へい、聞けば海の向こうにはデカい森があるそうじゃないですかい! 俺ぁそれを見て見たいんでさぁ!」
ふむ、若者が都会に憧れるようなもんかのう?
「まぁ構わんが……死んでも自己責任じゃぞ?」
「死っ⁉ い、いやあっしも群れのボス! その程度でビビったりはしやせんぜ!」
なんかめっちゃビビリ散らかしそうじゃの。頼むからわらわの服に小便漏らすでないぞ?
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