第16話 魔王、不思議な木の実の種を手に入れたのじゃ

 新たな食材を求め、わらわはメイアとビッグガイを引き連れて町へとやって来た。


「さて、それではどうする? 市場に買いに行くか? それとも森で採取するか?」


「まずは市場に行きましょう。食材の相場も確認しておきたいので」


「よし、ビッグガイよ、そなたはわらわに捕まって大人しくしておるのじゃぞ。そなたの尻尾を狙ってくる者もおる故にな」


「あっしの尻尾を!? へい、承知でさぁ! 絶対離れやせんぜ!


 ビッグガイが尻尾をギュッと抱きしめながらわらわの髪の毛にしがみ付いてくる。

 ミニマムテイルは小柄な分肉に価値はないが、フワフワの尻尾や毛皮は襟巻などの防寒具といてそれなりの需要がある。

 

すばしっこい上に木の上を自由に行き来する故、わざわざミニマムテイルを狙う冒険者はそうそうおらんがの。

ただ南の島で捕食者を知らずにノンビリ育ったビッグガイじゃから、少しくらいは脅した方が危機感を持つじゃろうて。


 ◆


 市場にやってくると、さっそくメイアが露天や商店の食材をチェックし始める。


「この店は鮮度が良くないですね。こちらのお店は鮮度の割には値段が良いので要チェックです。ああ、ここは論外ですね。こちらのお店は値段は高いですが質は良いですね。ここもチェックです」


 まるで主婦のようにキビキビと食材の質と価格をチェックしていくメイア。

生き生きとしておるのう。

 しかしそんなメイアじゃったが、ある果物を手にした途端眉をひそめたのじゃった。


「このリンゴ、随分と高いですね。それにこちらの山菜も」


 ふむ、わらわにはさっぱり分からんが、高いのかのう?


「あー、そこら辺はしょうがねぇんだ。この間急に領主様が森へ入る事を禁止しちまったからな」


 森を封鎖とな? それはまた穏やかではないのう。


「禁止ですか? 大規模な魔物の群れでも見つかったのですか?」


「いや、騎士団や衛兵達が慌ててないから、そういう訳じゃねぇみたいだ」


 危険な魔物が出た訳でもないとはますます持って奇妙じゃな。


「それは妙ですね。過去に同じような理由で封鎖された事はあるのですか?」


「ないから俺達も困ってるんだ。この辺の森で採れる果物や山菜は農家も育ててなかったからよ。仕入れようとすると、領主様が封鎖してない町から離れた森か、別の町からやって来た商人から買うしかない。けどそうなると危険だったり高くついたりしてこんな値段になっちまうのさ」


 ふむ、領内の森が全て封鎖された訳ではないのじゃな。


「大変じゃのう」


「大変なんだよ譲ちゃん。だから何か買っていってくれよ」


「ではこちらの相場が普通の食材を」


「そっちは農家から普通に仕入れてる奴じゃねぇか」


「はい。無理に高くなっている物を買うつもりはありませんから」


 同情を引いてちゃっかり商品を買ってもらおうとした店主じゃったが、歴戦のメイドであるメイアには通じないのじゃった。


 ◆


「元々他所から仕入れていたおかげで値段が変わらない食材があったのは良かったですね」


「そうじゃの。全ての食材が値上がりしていたら住民の生活が大変な事になっておったところじゃ」


「しかしお主、人族の町の相場なぞよく知っておったの」


「定期的に部下に調査させておりますので」


「そう言うのはヒルデガルドの仕事なのではないのか……?」


「とりあえず食材と果物は確保できましたが、これからどうなさいますか?」


「そうじゃな。仕入れる事ができなんだ果物や山菜が気になるところじゃのう」


「他の町に仕入れに行きますか? それとも……」


「そりゃあ勿論勝手に森に入るに決まっておろう」


「犯罪ですよ?」


「わらわ達は魔族じゃぞ。潜入任務でもないのに人族の法に従う義務などないわ」


「ふふふっ、悪いお方ですね」


「まぁそれにこの町はわらわ達の活動拠点じゃしな。暮らしやすくなるよう、領主が横暴を行う原因を取り除いても罰は当たるまいて」


「畏まりました」


「あっしは姉御について行きやすぜ!」


「うむ、では行くとするかの」


 ◆


 買い出しを終えたわらわ達は、町を出て森へと向かう。

 ついでに冒険者ギルドで依頼を受けておこうと思ったが、森が封鎖されている事もあって止めておいた。

 というのも、冒険者の依頼は森での討伐や採取が大きな割合を占めておるのじゃ。

 薬草は言うに及ばず、食料となる小動物や隠れる場所の多い森は魔物にとっても格好の住処じゃからじゃ。

 森が封鎖されている以上冒険者達は森に行く必要のない護衛依頼などを受けている様子が多かった。

 ただ、わらわはギルド長からあまり町から離れないでくれと指名依頼を受けておるからな、つじつまの合わなくなる依頼を受ける訳にはいかなかったのじゃ。

 

「ああ、もしかしたらギルド長に頼まれた案件かのう」


「何ですかそれは?」


「実はの……」


 わらわは魔物の不自然な大量発生が起きた件をメイアに説明する。


「ああ、それは宰相が原因ですね」


「なんと!?」


 あっさり事情が判明してしまったわ。

 そしてヒルデガルドが人族の貴族を唆して魔物の育成計画を企てておる事も判明してしまった。


「宰相はそりの合わない幹部の土地でも実験を行っていますね。条件を変えて育成の違いを見ている様です」


「成る程のう。あの計画を再開させたのはヒルデガルドであったか」


 やめとけと言ったんじゃがのう。

 ヒルデガルドは弱くはないが武闘派の上位幹部と比べるとやや劣る。

 その戦力の差を使役した魔物で補おうという腹か。


「もしそれが理由なら、群れの魔物を適度に間引けばよかろうて」


「そうですね買取の際は森の外で遭遇したと言えば問題ないでしょう」


 疑問の一つが解決した事で、童達は気分良く森へと入った……のじゃが。


「警備がザルじゃのう。森の外周だけでなく、中も碌に巡回しておらぬではないか」


 あっさり森には居れたので、代わりに森の中の巡回が多いのかと思っておったがそんな事は無かった。


「そうですね。どちらかというと警備よりも森の中に向かっている感じですか」


「そうじゃな」


 とはいえ冒険者のように探索に優れているという感じでもない為、動きがぎこちないの。

 ふむ、ある個所に数人が固まっておるな。ここは野営地か何かか?


「お二人は何で見えても無いのにそんな事が分かるんですかい?」


 森の中の動きについて話していたわらわ達に、ビッグガイが首を傾げながら聞いてくる。


「魔力感知をしておるからのう。お主も頑張ればそのうち出来るようになると思うぞ」


「マジですかい!?」


 うむ、範囲はともかく魔力による探知自体はそう難しい事ではない。


「あまり真に受けない様にしてください。あっという間に魔力切れで倒れますよ。リンド様の技術は余人には真似のできないものですので」


「あっ、はい」


 メイアに止められてビッグガイが真顔で返事をする。

 いやホント大した魔法ではないんじゃぞ?


「やはり人族の動きがおかしいのう。明らかに何かを探しておる」


「おや? 何か動き出しましたね。これは……何かを追っているのでしょうか?」


 と、その時じゃった。

 騎士達の反応が一斉に動き出したのじゃ。

 これは先ほどの野営地らしき場所じゃな。


「このまま進むと鉢合わせじゃの。隠れて様子を見るとするか」


「そうですね」


 わらわ達が茂みに隠れると、メイアが魔法で植物を操ってわらわ達の体を覆い隠す。

 そして待つ事しばし、姿こそ見えぬ者の、騎士達の声が聞こえて来た。


「来やしたぜ姉御!」


 騎士達はしきりに自分達の前を指差して声を上げておるが、誰かを追っているようにも見えぬ。

 はて? どういう事じゃ?  むむむ? 何やら弱々しい反応はあるのじゃが。


「姉御、ありゃあっしの同族ですぜ!」


 ビッグガイの指差した場所を見れば、確かにそこには立派な尻尾が動いておる。

 なんと騎士達が追っていたのはビッグガイと同じミニマムテイルじゃった。


「何でまた騎士がミニマムテイルを追っておるのじゃ?」


「どこかのご令嬢の我が儘でミニマムテイルの尻尾を取って来いと命じられたのでは?」


 ありえるのう。貴族社会では何が流行を産み出すか分かったものではない。

 数千年生きているわらわじゃが、本当に何が面白いのやらさっぱり分からん流行り物も多いのじゃよ。


「なんて酷ぇ連中だ! 姉御、お願いでさぁ! アイツを助けてやってくだせぇ!」


 同族が追われていると知り、ビッグガイがわらわに救助を求めてくる。


「ふむ、そうじゃのう」


 助けるのはやぶさかではない。しかしわらわ達の顔を見られるのはよろしくないのう。と言う事でじゃ。


「よし、ビッグガイよ。お主、囮になれ」


「ガッテンでさぁ! おうおう手前ぇら! 寄ってたかって何やってやがんでぇ!」


 わらわの指示を受けて勢いよく飛び出していくビッグガイ。躊躇わん奴じゃのう。

そして追われていたミニマムテイルと騎士達の間に立ちはだかると、威勢よく口上を始めた。

 しかし普通の人族にはミニマムテイルの言葉など分からぬ為、突然現れてキィキィと鳴きだしたビッグガイに面食らっておった。


「うむ、良い感じに気を引いてくれたの。それスパークアローじゃ」


 わらわは雷の矢を放つと、大きく弧を描いて騎士達の背後から命中させた。

 

「「ぐわぁっ!?」」


「な、なんだ!? ぐわぁ!!」


 完全な不意打ちであったことと、金属の鎧であった事が災いして騎士達はあっさりと昏倒した。

 そして革鎧を着ていた事で運よく気絶まではしなかった従者達も、メイアが後ろから忍び寄って意識を刈り取る。


「ようやったぞビッグガイ。お陰でわらわ達の顔を見られずに済んだのじゃ」


 全員の意識を奪った事を確認したわらわは、植物の陰から姿を現す。


「お主も大丈夫かの?」


「あ、貴方達は一体……?」


 わらわが声をかけると、ミニマムテイルがビクリと身を竦ませて後ずさる。

 しまった。警戒されてしもうたか。


「安心しな。姉御達はお前を助けてくれたんだ!」


 そこにビッグガイが割り込んでわらわは味方だとミニマムテイルに告げる。

 すると……


「……」


 何故かミニマムテイルは動きを止めてしもうた。


「んん? 急に黙ってどうしたんだよ?」


「……ポッ」


 そして顔と尻尾を赤く染める。


「「んん?」」


 何じゃあの反応は?


「あ、あの、助けてくださってありがとうございます、立派な尻尾の方」


「「えっ!?」」


 立派な尻尾のお方!?


「へっ、俺ぁ大した事はしてねぇよ。あいつ等をやっつけてくれたのはリンドの姉御のお陰さぁ」


「でもあの人族の前に立ちはだかってアタシを守ってくれたのは貴方だわ。アタシはリリリル。貴方の名前を教えて頂戴」


 もはやわらわ達の事など忘れたかのように会話を続けるミニマムテイル。


「俺様の名前はビッグガイ! 森の王者ビッグガイ様よ!」


「ビッグガイ……素敵なお名前……」


 おお、なんという事じゃ……ビッグガイの名前、ミニマムテイル的にはかなりイケてる名前じゃったらしい。


「それでリリリルとやら、お主何故人族に追われて負ったのじゃ?」


「はぁ……素敵な毛並み」


「おーい」


 完全に二人の世界に入っておるミニマムテイルにもう一度呼びかけると、ようやくわらわ達の事を思い出したらしく、ビクリと体を震わせた。


「え!? あ、はい。えっとよくわからないんだけど、突然人族がやってきてアタシ達を追いかけまわし始めたの。お陰で迂闊にご飯の成る木にも近づけなくて困ってるのよ」


 ふぅむ、何か理由があって追われている感じでもないのか。

 これはメイアの予想した通り貴族の我が儘かのう?


「それでね、貴方にお礼を受け取って欲しいの」


「俺にか?」


「ええ、これを受け取って!」


 と、リリリルは口からガボッと何かを出すと、ビッグガイに差し出す。


「何じゃ? 種?」


 それは小さな種じゃった。

 といっても小柄なミニマムテイルが持つには一抱えもあるシロモノじゃが。

 ちゅーかよくそれが口の中に入っておったの。げっ歯類ってそう言うところあるよの。

「アタシ達がご飯にしてる木の実の種よ。種だけでも美味しいんだから!」


「ほう、種も美味いとのう」


 ふむ、種まで美味いとは珍しい。まぁほお袋に入っていたモノを食べる気にはなれんが。


「少々よろしいですか?」


 と、メイアがリリリルの種を上から取り上げる。

 あっ、しっかり革手袋しておるわ。


「あっ! 返して! それはビッグガイにあげるの!」

 メイアはリリリルの頭を押さえつつ、種をじっと観察する。


「何か気になるのかメイア?」


「……リンド様、これラグラの実の種ですよ」


「何じゃと?」


 ラグラの実と言えば確か……


「成る程、そう言う事か」


 メイアの言葉にわらわは全てを察したのじゃった。

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